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明日でお別れ2007年07月11日 20時32分37秒

今日のクリニックもなぜか混んでいました。
新患のお子さんも何人か見えました。喘息はほとんどのお子さんで治まりつつありますが、夏カゼのお子さんが入れ替わるようにたくさんお見えです。

さて、明日で受付事務のK嬢が退職します。クリニックにお見えの患者さん達は知っての通り、お腹が僕より大きくなっていて、いよいよ出産準備です。
大変お目でたいことです。
この日が来ることは、クリニックを作った時から分かっていたことですから、予定通りと言えます。
今度はお子さんを連れてクリニックに来てくれるでしょう。きっとご主人に似ているお子さんに違いない。ご主人はレッドソックスの松坂似の良い男です。お父さんの遺伝子が強そうなので、お子さんも松坂似だ。

K嬢には本当に感謝しています。
医師や看護師は腕一本で全国どこでも生きて行くことが可能です。うちのA嬢もSK嬢も、日本中どこでも通用します。
しかし、事務はシステムが無いと動かない。僕のクリニックは電子カルテが診療の背骨になっていますから、事務機能がきちんと動かないとクリニックが回っていきません。
そこで、大学病院で働いていたK嬢にお願いしてうちに来てもらったのです。
彼女には、うちのクリニックの事務の立ち上げを開院前にすべてやってもらいました。
僕のクリニックは3つだけ、大学病院と完全にサイズが同じ様に設計したものがあります。1つは中廊下の幅。1つは診察室のタテ・ヨコのサイズ。そしてもう1つが、受付の奥行きの幅です。
大学病院と同じサイズの余裕の空間で、K嬢には存分に働いてもらえたと思います。
そして、後継者のN嬢もM嬢もたくましく育ったし。

土曜日には送別会です。よ〜し、下痢するまで飲みましょう。

1日1日を生ききる2007年07月07日 16時05分27秒

今日の午後はクリニックにお客さんを迎えました。
2時間近くお話をしました。終わりが無いので、最後は終わりにしました。
迷いとか、恐れとか、不安とか、、そういった感情を心の中にしまい込んでいると、どんどんマイナスの感情が自己増幅します。
喋れば、水で洗い流すようにすっきりします。
たくさん、喋ってください。時間はいくらでもあります。
世の中には難しい病気がたくさん、ありますよね。
何の罪も無い小さなお子さんが、なんでそういう病気になるのでしょうか?
いえいえ、そういう問い掛けが間違っているのかも。だって、それじゃあ、その子がまるで可哀想なお子さんみたいじゃないですか。
そうではありません。
その子は、「一日一日を生ききる」ことの大切を教えるようにと、神様から役割を担わされて来たのです。
おかげで、僕は「1日を生ききる」ことの大切さを繰り返し、繰り返し、教わっています。
がんばれ、太一!そして、ママとパパ。
僕はみつわ台から応援しています。

第44回日本小児外科学会2007年06月01日 21時07分49秒

昨日のクリニックは少し混みましたので、今日もそれなりに混むのではないかと予測していましたが、大はずれでした。
午前中クリニックは閑散としてしまい、看護師A嬢は庭の雑草をむしり始める始末です。僕も院長室へ引っ込んでジャズを流している状態でした。
午後の注射の時間はそれなりに患者さんがお見えです。千葉市では麻疹が流行していますから、年長さんがワクチンをうちにたくさんお見えです。
昨年、うたなかった今の一年生はなんてもったいないことを、、、。
さて、夕方の診療開始です。どうせなら、のんびりしたいです。あれ?いつの間にか、カルテが山となっています。
終わってみれば19時。患者さんは1時間30分待ちの状態でした。

実は今日は仕事が早く終われば新宿に行こうと思っていました。第44回日本小児外科学会が新宿で行なわれています。
会長は慶応大学の森川教授。僕の大好きな先生です。
で、今夜は会員懇親会。椎名林檎さんがミニコンサートを開くそうです。
う〜ん、名前は知っているけどどんな歌を歌うかは知らない。
残念ながら、今から行っても間に合いません。どれ、菱木先生に電話してみましょう。なになに、椎名林檎を間近に見てファンになった?
ミーハーですね。
お、電話は九州大学の田尻先生に代わりました。先生と話しをするのは久しぶりです。他にも大阪大学・米田先生、名古屋市立大学・近藤先生、広島大学・檜山先生、東大・杉山先生と悪性の先生たちが、いや、もとい、悪性腫瘍を専門とする先生たちがそろって飲みにいくところです。
いや〜〜、猛烈に僕も参加したい!
しかし、こんな会に参加したら、僕は下痢するまで飲んでしまって健康に悪いでしょう。ここはじっと千葉でおとなしくしていましょう。
さて、明日は我がクリニックは休診です。
そうです、学会に参加するためです。明日は悪性腫瘍の発表が目白押しです。
どんな発表なのか楽しみです。詳細はここにリポートしましょう。僕のリポートですから、切り口は辛辣ですぞ〜。
わはは。冗談です。しっかりと勉強して来ましょう。

祝!開業。めいわこどもクリニック2007年05月12日 15時28分43秒

四街道のめいわに、僕の同級生の青柳先生が開院しました。
めいわこどもクリニックです。今日はその内覧会だったので、さっそく家内と行って来ました。
めいわというのはこじんまりとしたきれいな街並ですね。その中に、きれいなクリニックが立っていました。
青柳先生と言えば、長年、下志津病院で喘息治療の最前線にいた先生です。僕みたいながらっぱちなドクターでは無く、優しい先生ですよ。良かったですね、めいわの子ども達。青柳先生がいつでも診察してくれるので安心ですよ。
僕も難しい喘息のお子さんは、これまで下志津の青柳先生に電話していましたが、これからもめいわこどもクリニックに電話して色々、教えてもらいましょう。開業仲間が増えるということは、それだけ僕の財産が増えるということです。何でも相談できる先生がまた1人増えて、僕は心強い限りです。

ジグザグに迷って2007年04月26日 23時06分02秒

今日もクリニックはそれなりに混雑していました。発熱の患者が大変多く、診察している僕の方に熱が移って来るかのようです。
診療が終わってJR千葉駅まで出かけました。
今夜は千葉県こども病院OB/OGの開業医の小さな集まりです。僕も1年間、こども病院に勤めていましたので、OBなのです。
色々な話しを伺いましたが、その中で印象的だったのが、小児神経で高名な田辺先生のお話しです。詳述は避けますが、ジグザグに色々と迷いながら開業医としての生活を送っているとのことです。
分かります、分かります。
僕も迷います。診療の内容というよりも、開業医としての人生のあり方について迷います。
開業して1年ですが、あまりにも昨年までの19年と内容が違うので、そのとまどいがまだ消えないのですね。
別に後ろ向きに迷っている訳ではありませんので、これからも迷い続けながら進んで行くでしょう。
良いじゃないです、悩まない人生より。
考えるから人生の根が深くなるんです。

何だかほろり2007年03月20日 22時42分50秒

3月は別れの季節です。また会いましょうの季節です。
今日は大学小児外科の送別会でした。もちろん、これに参加しました。このブログで全国的に有名になった武之内先生とも一時、お別れです。また1年後にには会えるでしょう。おっと、何てことでしょう。同じお店に循環器内科の看護師さんたちが飲み会をやっているではないですか。彼女たちも送別会なんですね。
さて、我が小児外科の二次会はカラオケです。僕は音痴なので一人で飲みに行きましょう。玄関を出ると、男女の大集団がこちらに入ってきます。
なんと、大学の小児科グループです。それだけではありません。千葉大を離れて現在、東京女子医大八千代病院のボスになった寺井先生や海浜病院の南谷先生までいます。
みんな元気そうです。
千葉大の小児外科と小児科は、外来も病棟も隣り合っていて大変仲良しです。
彼らは言ってみれば共に闘った戦友です。
お世話になった一番面、一場面を僕は今でも忘れることがありません。
たとえば、現在、おゆみ野で開業している佐藤好範先生。佐藤先生は僕の顔も名前も完全に忘れているでしょう。
でも僕は今から20年前に、食道閉鎖の術後の赤ちゃんを一人で見ていた一年生の時に、胸に水がたまって呼吸状態が悪くなったその赤ちゃんについて、佐藤先生に相談したことがあります。日曜日の真夜中でした。
その時の佐藤先生のご指示は今でも憶えています。
そうやって小児外科の仲間だけでは無くて、小児科の先生たちにも助けられて来て、今の自分があります。
そんな戦友たちに久しぶりに再会して、何だかほろりとしてしまいました。

なんでインフルエンザ?2007年02月09日 20時09分45秒

昨日の保険医指導講習会の帰り道、同じ会に参加していた稲毛の耳鼻科のU先生にばったり会いました。
U先生はクリニックをリニューアルして、『行列のできるクリニック』が『長蛇の列ができるクリニック』になってしまいました。連日、患者さんは200人。終わるのは夜の9時、10時。休みは日曜日だけだそうです。
なんでこんなに長蛇になるかというと、彼の人柄と実力です。
で、そのU先生と話しをしていて今季のインフルエンザの話しになりました。やはり稲毛でもインフルエンザは今年は極端に少ないそうです。そんな話しをして千葉駅で別れましたが、、、。ん!?
耳鼻科の先生なのに、なんでインフルエンザ?
そうなんです。これが彼の実力なんですよねえ。何でも知ってます、本当に良く。どんな臓器でも診ることが出来るんじゃないでしょうか?
そう言えば、前に言っていました。小さなお子さんが「嘔吐した」って言ってクリニックに来るのだそうです。ママたちからすれば、どんな時にでも頼りになる先生なんですね。

年に一度の教室例会2006年12月09日 23時22分21秒

今日は千葉大小児外科の年に一度の教室例会です。夕方から懇親会(忘年会)。もちろん、こっちには参加してきました。
懐かしい顔がたくさん、、、と言いたいところですが、何のことはない、月に一回は外来のために大学に出かけていますので、まあ、ただの飲み会です。
でも、やっぱり楽しい。
二次会にも、もちろん、参加です。あれ、ここでは僕が最年長だなあ。
昔話に花が咲いたり、ジャズの話しをしたり、楽しい時間はあっという間に過ぎて行きます。
また、若い先生と話しをしていて、物の考え方のヒントをもらったりしました。
大沼教授の退官と同時に教室は35周年です。これを区切りにやっておくべきことがいくつかあるのではないかと僕は考えます。そんな考えを後輩に伝えておきました。大沼先生にも今度、直接お話ししてみましょう。
わずか数時間の間に脳がたくさん活性化されました。
やっぱり仲間との時間は最高に有意義です。

みんな教授になりました!2006年12月04日 18時53分58秒

大学在職中に、僕は日本小児外科学会の理事会の仕事をしていました。
うちの大沼教授が理事長だったので、僕は『理事長付き庶務委員』として理事長をサポートしたのです。
この仕事は言ってみれば、企業の社長室室長みたいなものです。
理事会って一体何をやってるの??とほとんどの小児外科の先生たちは思うでしょうね。これはね、、、膨大な雑用の山脈なんですよ。年に6回開催される理事会のたびに、学会の準備を5個くらい同時に抱えたような忙しさになるんです。
この忙しさ、仕事の多さはやった人にしか絶対に分かりません。僕は2年間、理事会の仕事をしましたが、本当にやらせて頂いて良かったと思います。こんな貴重な経験、お金を払ったってできません。
理事のメンバーは8人、監事は2人で、みなさん、大学の教授か日本を代表するこども病院の外科部長先生です。
そこに5人ほど、僕のような教授のお手伝いをする(やや)若手が混じる訳です。
で、今日、その一人、順天堂大学の小林先生からお手紙が来ました。
教授就任の挨拶です。同じ順天堂の山高先生が先に教授になって、小林先生はどうするんだろうって、ずっと気をもんでいました。
良かったですね!小林先生。
こんなに才能に溢れた先生はちょっといませんから、教授になった後の活躍が楽しみです。
(ちなみに小林先生もラグビー部。学生時代に対戦して彼の足を骨折させたことがあります。許して!)
上野先生も、北川先生もこの春に教授になりましたから、教授でなかった理事会のメンバーは僕を除いて全員、教授になりました!
なんだか、嬉しいやら、誇らしいやらです!

みんな協力してくれます。2006年10月29日 19時41分25秒

開業医になっても小児がんの勉強を続けたいと先日、書きました。
一人の医者が小児がんの全体を研究するのは無理です。僕には僕の専門がありますが、小児がんの全体を網羅している訳ではありません。
特に染色体レベルでの研究は経験がありません。
そこで、小児がん研究の全体を把握できるように、今、資料を集めています。
九州大学の田尻先生、埼玉がんセンターの金子先生、茨城こども病院の平井先生、などなど、ご相談するとみなさん大変良くご協力して頂けます。
本当に感謝、感謝です。
人は宝です。人脈は財産です。