簡単アクセスカウンター
アクセスカウンター
パジャマネットパソコンサプライキッズ洋服成犬用フードチワワの服マタニティグッズおっきくなぁれ販売PCショップベビー服販売PCアプリ

ヨミドクター、連載17回目2017年02月20日 12時39分16秒

「ネット医療情報は、信用できない?」
何が正しいのか? それはけっこう難問ですね。じっくり考えてみましょう。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170203-OYTET50020/


ぜひお読み下さい。

たたかうきみのうた (宮本 和俊)2017年02月18日 23時52分02秒

たたかうきみのうた (宮本 和俊)
旭川医大・小児外科の宮本先生の医療エッセイです。
この本を読んで一番の感想は、「羨ましいな」という思いです。
小児外科という仕事は、小さな命を救うだけでなく、その子のその後の人生も作っていくことにあります。
しかしながら、医師と子どもたちとのふれ合いは、病院の中だけ、あるいは診察室の中だけになりがちです。

だけど、宮本先生は、自分が手術した子どもたちとまるで家族のような関係を作っています。
これはおそらく、作ろうとして作ったのではなく、先生のお人柄によって自然と人間関係ができていったのだと感じます。
そうした医師と子どもたちとの関係性がとても羨ましい。

そしてもう一つ。
先生は30年で4000件の手術をしたと書いています。
これは僕が経験した手術よりもはるかに多い。
おそらく宮本先生も多くの雑用を抱えていたと思いますが、4000件の手術をおこなったのは素晴らしいと思います。
外科医が自分の手術の技術を向上させるには、経験を積むしか方法はありません。
小児外科医が、手術に生きる姿はカッコいいし、とても羨ましいと感じます。

楽しい話、哀しい話、胸が温まる話、いろいろなエッセイが満載です。
多くの手術をおこない、多くの子どもたちと交流を続けている宮本先生にしか書けない物語の数々です。
みなさんも本書を手にとってみてはいかがでしょうか?

杉村太郎、愛とその死 (杉村 貴子)2017年02月15日 18時14分16秒

杉村太郎、愛とその死 (杉村 貴子)
Amazonで闘病記を検索しているうちにこの本に出会いました。
杉村太郎さんという方は存じ上げませんでしたので、検索していろいろと調べてみました。
マルチタレントで、ベストセラー作家でもあるようです。
社会を変えようとするスケールの大きさがこの人の魅力なんですね。

その彼は若くして原発不明癌で亡くなったと言います。
原発不明癌は稀少癌であり、検査の進め方も治療戦略も難しいとされています。
奥さんがその闘病記を書いたというので、興味を持って読みました。

結論を先に書くと、この本は闘病記ではないかもしれません。
前半は杉村さんの留学記です。で、ここの部分がとても面白い。
後半は病気になってからの杉村さんが描かれますが、彼は闘病の具体的な姿を奥さんに伝えていなくて、描写は抽象的なものに変化します。

闘病記の面白さとはなんでしょうか?
それは人間が「死」に向き合って、置き換えることのできない自己を意識すること、そして「死」とは何かを考え詰めることにあると言えます。
本書はそういう本ではなくて、杉村さんがいかに「生きた」かを描いており、また奥さんがご主人をどれだけ愛して、そして尊敬していたかを綴ったものだと思います。

杉村太郎さんの著書に感銘を受けた人にとっては、必読の1冊です。

「本をつくる」という仕事(稲泉 連)2017年02月12日 21時35分09秒

「本をつくる」という仕事(稲泉 連)
この本には、本作りに携わる実に様々なプロが登場します。
活字・製本・印刷・校閲・製紙・装幀・翻訳書のエージェント・児童本作家。

すべて面白い話でしたが、僕には校閲の物語が一番面白かった。
僕自分が校閲が好きなんですね。
校閲の人が入れたアカを、その通りに従ったり、提案を受けて加筆や修正したり、自分の意見を通してママにしたり。
そうやって自分の文章を研く作業はとても面白い。
そういえば、僕の最初の著作「命のカレンダー」(現在は「「小児がん外科医」として中公文庫から発売)を編集してくれたSさんは、僕の本を仕上げると、校閲部へ異動していきました。
もともとそういった仕事がしたかったそうです。

あと、装幀の話も面白かったな。
僕は「デザイン」にとても興味があるので、引き込まれるように読みました。
それにしても、著者の稲泉さん。文章がうまいですね。
淡々としていますが、味がいいですね。
ノンフィクション作家さんですが、エッセイを書いたらうまいような気がします。

本好きの方はぜひどうぞ。

書評が出ました!2017年02月10日 00時21分51秒

「子どもの危険な病気のサインがわかる本」書評
2月8日(水)、読売新聞の夕刊に書評が出ました。
とても嬉しいです。取り上げて頂き、有り難うございました!

未読の方は、ぜひ、手にとってみてください。
子どもの危険な病気はほとんどすべて網羅しています。これを読めば、どんなサインに気付けばいいかすべてわかります。
早期発見のための本です。
0〜6歳のお子さんをお持ちの保護者にはきっと役立つはずです。

http://amzn.asia/6FAJync
などから、どうぞ。

写真をクリックしてください。拡大されますよ。

ヨミドクター、連載16回目2017年02月06日 22時32分13秒

子どもの花粉症について書きました。
あの手この手で花粉症を防いでください。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170203-OYTET50022/

ぜひ、お読みください!!

1984年のUWF (柳澤 健)2017年02月04日 21時51分12秒

1984年のUWF  (柳澤 健)
プロレスファン以外にはこの書名の意味はわからないでしょう。
しかし、プロレスファンであれば、猛烈に興味を持つ一冊でしょう。
UWF とは一体何でしょうか?
いろいろな定義が可能だと思います。その訳のわからなさが UWF の魅力かもしれません。
可愛さ余って憎さ百倍という言葉がありますが、新生UWF を真剣勝負と騙されてしまった人には、UWF は苦い過去かもしれません。
ですが、ある程度距離を置いていた人からすると、UWF とは、プロレスと総合格闘技の橋渡しだったと冷静に振り返ることができるでしょう。

かつて猪木は前田日明を批判して、「あいつも猪木という名前を利用して商売している」みたいなことを言いました。
今となってみるとそれは当たっているように思えます。
しかし猪木だって馬場という名前を利用して商売していた訳です。
つまり自分こそがリアルだと、誰かを批判することで商売していた。左翼政治運動家が、自分こそが真の革命家だと左に位置していることを主張していたようなものです。
ところが誰もリアルではなかったということですね。

武士は食わねど高楊枝と言いますが、残念ながら日本のプロレス界には武士はいなかったのかもしれません。
晩年高田延彦はリアルファイトをいくつかやって惨敗を喫しますが、実はあの姿が武士なのかもしれません。

この本は分厚い取材で成り立っていますが、さすがに前田に対するインタビューは掲載されていませんでした。
新生UWFで前田は「格闘王」としてこの世の春を謳歌していた訳ですが、あれは世間に向かって嘘をついていたとも言えます。
霊長類最強の男カレリンと試合をした時はテレビでニュースになったと記憶しています。
あの時代、世を欺いていたことを前田はどう考えていたのか、ぜひとも聞いてみたいものです。糸井重里さんなどは、本気で前田をリアルファイトと信じていたと思います。
著者は、「1976年のアントニオ猪木」では、ぎりぎりのところまでインタビューしているのですから。

大変読み応えのある一冊でした。しかしこれをもって、著者のプロレスシリーズは終了でしょう。
ちょっと技術的なことを付け加えれば、この本は「ナンバー」に連載された記事を書籍化したものです。そのために、表現の重複が何カ所かに見られました。
編集の段階でもう少し煮詰めてもよかったのではないでしょうか?
UWF という言葉に反応する人には、オススメの作品です。

フレディ・マーキュリーの生と死2017年01月31日 22時06分15秒

フレディ・マーキュリーの生と死
中学生の頃、僕はクイーンの大ファンで、彼らのLPレコードをくり返し聴いていました。メジャーになった後期よりも初期の作品に好きな曲が多かった印象があります。
しかしなんと言っても、彼らの最高傑作は「ボヘミアン・ラプソディ」であることは誰しもが認めることでしょう。
僕も大好きでした。
華麗にして壮大な曲、目まぐるしく変転する重厚な構成。こんなロックがあるのか驚き感動したものです。

クイーンは一人ひとりに才能がある優れた個性が集まった4人組みですが、フレディ・マーキュリーのヴォーカルは世界最高レベルのロックだったと思います。
その彼は、1991年11月23日に、自分がHIVに感染していることを公表しました。
日本でも夜のニュース番組で流されました。
当時、HIV感染症(AIDS)は死に至る病でしたので、その時の衝撃と言ったらなかなか言葉になりにくいものがありました。
さらに驚くことがあり、翌日の夜のニュースで、フレディ・マーキュリーが45歳の若さで亡くなったことが報じられたのです。
この時、僕は29歳。それからもクイーンの音楽を聴き続けました。

そしてある時に、「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞が、深い意味を持っていることに気付きました。

『ママ、たった今、人を殺したよ
彼の頭に銃を突きつけて
引き金を引いたら、彼は死んだ 』

これは何を意味するのか?
フレディ・マーキュリーはゲイでした。彼はゲイであることを隠し続ける自分をやめて、カミングアウトの道を選んだのです。
つまり、彼が殺した人間とは、以前の自分自身なのです。
では、ゲイであることを公にした人生が、晴れやかで堂々としたものであるかと言うと、そうではありません。
ゲイを生きることに彼はものすごい恐怖を感じていました。

歌詞に My time has come とあります。中学生の頃、僕はこの意味がわかりませんでした。
今ならはっきりわかります。
Time とは「死期」です。かつてイギリスではゲイは罪でしたから、1990年頃にも偏見が残っていたはずです。
彼はゲイに誇りを持つことなどはできず、絶望の中で叫んだのです。

『もう遅すぎる、死ぬ時が来た
背骨の中を恐怖の震えが貫く
体中が痛みで満ちる
みなさん、さようなら、僕は行かなくては
あなた達のもとを離れ、真実と向き合うよ
ああ、ママ
死にたくないよ
時々願ってしまう、こんなことなら生まれてこなければよかったと』

何という凄絶な歌詞でしょう。
フレディ・マーキュリーが「ボヘミアン・ラプソディ」を歌い上げる時、まるで魂の叫びのように声が天空に舞い上がっていきます。
それは文字通り、自身の命を懸けた歌だったからでしょう。

すっかり歳をとってしまった僕は、フレディの「ボヘミアン・ラプソディ」を聴くたびに落涙しそうになります。

キャスターという仕事 (岩波新書) 国谷 裕子2017年01月29日 22時39分04秒

キャスターという仕事 (岩波新書) 国谷 裕子
「クローズアップ現代」のキャスターを23年間つとめた国谷さんの手記です。
岩波新書らしく硬い内容と文章でした。
テレビ番組の舞台裏みたいな話はあまり面白くなく、テレビとは何か? インタビューとは何か? といったジャーナリズム論が大変読み応えがありました。

国谷さんはテレビの危うさを次の3つと考えます。
①「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」
②「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」
③「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」
大変鋭い指摘だと思います。
そして国谷さんは「フェア」であることにとてもこだわり、インタビューでは徹底的に質問を重ねます。
だから安保法制で菅官房長官に食い下がったのは、「右」とか「左」とか、あるいは「反権力」とか「親権力」とか、そういうこととはまったく関係がない。
ジャーナリストとして、徹底的に質問するという態度を貫いている訳です。

そしてそのためには国谷さんはものすごい準備を毎日のように重ねて来たのです。
「クローズアップ現代」が生放送だったとは知りませんでした。
準備に準備を重ね、生放送でゲストから話を深く聞き出すのは並大抵のことではありません。
努力の人だったということがとてもよく理解できました。

彼女は帰国子女で、どうやら思考回路はアメリカ流のようです。
アメリカという国には欠点も多々ありますが、日本が見習わなくてはいけないのはジャーナリズム・スピリットだと思います。
国谷さんはそういった良識あるメディアのリベラリズムを持っていたのでしょう。

今にして思えば良い番組でした。もっと見ておけばよかった。
なお、国谷さんはNHKの職員ではないというのも初めて知りました。

ボヘミアン・ラプソディ2017年01月25日 21時50分56秒

ボヘミアン・ラプソディ
これは現実の人生なのか?
それとも幻の世界か?
地滑りに巻き込まれたように
現実から逃れることはできない
目を開いて
空を見上げ見つめるがいい
僕はたたの哀れな男、同情は要らない
なぜなら僕は気ままに生きているから
ちょっと良かったり、少し悪かったりする
どんなふうに風が吹こうと僕には意味はない

ママ、たった今、人を殺したよ
彼の頭に銃を突きつけて
引き金を引いたら、彼は死んだ
ママ、人生が始まったところだった
だけど今、僕はすべて投げうってしまった
ああ、ママ
あなたを泣かせるつもりじゃなかった
たとえ明日の今頃ここに戻って来ることができなくても
そのまま生きていって、まるで何ごともなかったように

もう遅すぎる、死ぬ時が来た
背骨の中を恐怖の震えが貫く
体中が痛みで満ちる
みなさん、さようなら、僕は行かなくては
あなた達のもとを離れ、真実と向き合うよ
ああ、ママ
死にたくないよ
時々願ってしまう、こんなことなら生まれてこなければよかったと