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第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞2017年05月30日 21時16分04秒

大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞
ノンフィクション賞として最も権威のある大宅賞がリニューアルしました。
その名も「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」。
読者からの投票も参考にして大賞が選考されます。
その第1回の栄誉に輝いたのは森健さん。
第22回小学館ノンフィクション大賞を受賞した「祈りと経営」で栄冠を勝ち取りました。

僕と森さんの出会いは数年前。
当時僕は講談社「g2」のwebで、ノンフィクション作家にインタビューを行っていました。
森さんは、「つなみの子どもたち」で第43回大宅賞を受賞していました。そこでインタビューを申し込んだのです。
お会いしてみると、なんと森さんは僕の著作「命のカレンダー」を読んでくれていて、とても感激したと言います。
この時の出会いをきっかけにお付き合いが始まりました。
「命のカレンダー」が中公文庫から「小児がん外科医」として再版された時は、解説を書いてもらいました。

その後、千葉で飲んだり、東京で飲んだり。
大作家だからといって、全然偉ぶらないところが素晴らしいと思います。

さて、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞は、読者投票をおこなった読み手にも賞が出されます。
候補の5作品に対して140字以内のレビューを付けて投票します。
すべての投票者のうちレビューが優れていた5人にベストリーダー賞が贈られるのです。
で、今日、日本文学振興会から連絡が来て、僕の書評がベストリーダー賞に選ばれました。授賞式に招待されるそうです。
嬉しいじゃないですか。森さんの嬉しそうな顔を見に行こうかな。

なお、毎日新聞の記事によると、投票した読者は4054人だったそうです。

何の苦労もしないでベンツを買う方法2017年03月31日 10時12分48秒

あなたはタバコを吸いますか? 吸う? そうですか。健康によくないし、子どもにも迷惑をかけるし、いいことは何一つありませんね。
え? やめようと思っているけど、やめられない?
そうですね、タバコを吸う人というのは、ニコチン中毒ですから、やめるのは容易ではないでしょう。

ところであなたは、どういう車に乗っていますか?
普通の乗用車?
気分を変えてベンツCクラスに乗ってみませんか?
高くて買えない? そんなことはありません。ちょっと発想を変えればいいのです。
あなたが吸っているタバコは、メビウス。1箱440円。
1日1箱吸うとして、1年で、16万円かかります。
あなたは今、30歳。あと40年間はタバコを吸いますね?
すると640万円になります。

タバコをやめれば、健康になることができるし、ベンツCクラスを買うこともできます。
めっちゃ得した気持ちになりませんか?
今日、すぐにタバコをやめて、週末に車を見に行きましょう!

書評が出ました!2017年02月10日 00時21分51秒

「子どもの危険な病気のサインがわかる本」書評
2月8日(水)、読売新聞の夕刊に書評が出ました。
とても嬉しいです。取り上げて頂き、有り難うございました!

未読の方は、ぜひ、手にとってみてください。
子どもの危険な病気はほとんどすべて網羅しています。これを読めば、どんなサインに気付けばいいかすべてわかります。
早期発見のための本です。
0〜6歳のお子さんをお持ちの保護者にはきっと役立つはずです。

http://amzn.asia/6FAJync
などから、どうぞ。

写真をクリックしてください。拡大されますよ。

謹賀新年 20172017年01月03日 23時24分14秒

2017年のご挨拶
2016年は平穏な1年でした。
2017年もいい年でありますように心からお祈りしています。
(画は、うちの下の子・中学2年の作品です)

夕闇に待ち伏せされる2016年11月19日 22時14分54秒

夕闇に待ち伏せされる
この話は大変怖いので、心臓の弱い人は読まないでください。

クリニックを受診しているみなさんはご存じだと思いますが、ぼくはメルセデスのGLAという車に乗っています。
コンパクトSUVですね。
ただし、横幅が若干大きくて、出先の駐車場で乗り降りに苦労することがあります。
すぐに買い換える予定はありませんが、ちょっと他のメーカーの車も研究しておこうと、先日、あるメーカーのディラーへ行きました。

そこで見たSUVは、ぼくが思っていたサイズよりもかなり大きく、コンパクトというよりもミドルサイズでした。
一通り営業のA氏から話を聞いたところで、時刻も昼どきに近づいたので帰り支度を始めました。
ところが、A氏が「試乗しませんか?」と何度も強く勧めてくる。
ま、そこまで言うならばと、説明してもらった恩も感じて試乗してみました。
エンジンはなかなかいいと思いましたが、インテリアのデザインがとてもプアでした。
メルセデスと比べて10年遅れている。
ステアリングも硬くで握りにくい。
ちなみにホイールのデザインもとてもプアでした。
でもエンジンはなかなかいい。
しかし、こんな大きな車は取り回しが悪すぎます。

試乗を終えて店に戻ると、PCが設置されたテーブルに、非常に強引に座らされました。
PCを使って見積もりを作るとA氏は言います。
「いや、買い換えませんから」とぼくが言ってもおかまいなし。
どんどんオプションを加えていって、見積書をプリントアウト。
500万円を軽く超えています。
ぼくはゾッとしました。
さらに彼は、「車のキーを貸してください。下取りの査定をします」ときました。
ぼくは「売りません。買い換えるつもりはありません。もう帰ります」と席を立ちました。

時刻は12時30分。こっちは空腹で低血糖気味です。
こちらに対する配慮はないようです。皮肉の1つも言ってやろうと思って、「Aさん、お腹空いたでしょ? もうこんな時間ですよ」と言うと、A氏いわく、「ぼくは10時にお握りを食べたから全然平気です!」

その日の夜。
18時45分頃。家族で楽しく夕食の時間を過ごしていました。
すると呼び鈴がピンポーン。一体だれ? こんな時刻に。
モニターを見ると、暗闇の中にA氏が立っていました。
こ、怖い。
ぼくは玄関まで出ると、「自宅まで来ないでください」と彼を追い払いました。

その後、数日して、ディーラーから手紙が自宅へ届きます。
さらに留守番電話にメッセージが残されています。

こんな強引な営業を仕掛けるディーラーは初めてです。このメーカーはここまでしないと車が売れないのでしょうか?

そして今日。
午前中、50人の患者さんを診療し、午後に60人の患者さんにインフルエンザワクチンを接種し、夕方ようやく仕事を終えて帰路につきました。あたりは夕闇です。
車を走らせ、30分ほどで自宅へ。

あれ? 自宅の前に大きな車が止まっている。そして自宅前に背広姿の男が立っている。
あれは、A氏ではないか?
こ、怖い。
駐車スペースに車を停めて玄関に向かうとA氏が立ち塞がります。
「来年のカレンダーを持って来ました」
そんなもの、当然要りません。一体彼はいつから家の前で待ち伏せていたのでしょう?
我が家は閑静な住宅街です。そんな中で、家の前に大きな車を停めて、ずっと突っ立っていたのでしょうか?
近所の人はどう思ったでしょうか?
ぼくは「車は買いません!」とはっきり言って大急ぎで家の中に入りました。

居間に入ると、家内は体調を崩していてソファで眠っていました。
呼び鈴が鳴ったかどうかは分からなかったそうです。
うちの妻には持病があって、精神的なプレッシャーを受けると不整脈が出て心臓が苦しくなり、起き上がれなくなります。
ぼくが留守の間に A氏が押しかけてこなくて本当によかった(実は来たのかもしれないが)。

しかし、こ、怖い。自宅の前で待ち伏せって、何なんでしょう?
この恐怖はいつまで続くのでしょうか。
次回、現れたら警察に相談することにします。

小学2年生置き去りと「しつけ」2016年06月08日 17時07分52秒

北海道で小学2年生の子どもが置き去りにされて、その後7日目に奇跡的に救出されたことが大きく報道されています。
この事件を巡って「しつけ」論争も起きているそうですが、僕のニュースソースは新聞だけなので、世間でどんなことが言われているのか全然知りません。
そこでちょっと私見を書いてみたいと思います。

まず、これは「しつけ」ではなく「虐待」です。ネグレクトの1つの形態ですね。
海外でも大きく報道されているようですが、その理由は、日本では子どもの人権が重く見られていないからです。

ベネディクトの「菊と刀」を読むと、日本では子どもと老人に最大の自由があると指摘されています。ここで言う自由とは「甘やかし」のことです。
横軸に時間をとって、縦軸に自由度をとると、日本人の一生は U の字を描く訳です。これは欧米(英語文化圏)とは逆になります。

日本人は菊を愛でる優しい心がありながら、日本刀を研いで人殺しの道具に磨きをかけるという両極端な矛盾した二面性があります。
これはなぜでしょうか? それは子どもを目一杯甘やかし、ある時から急に厳しい態度でのぞみ、子どもに恥をかかせるからです。
アメリカの子どもは夜泣きをしません。親は自分の都合で授乳をおこない、寝る部屋も別々です。赤ちゃんは泣いても親が来てくれないから、泣くのは無駄だと知っている訳ですね。

日本では乳児をとことん甘やかし、会話が成立する年齢になると
恥をかかせます。
「誰々ちゃんはできるのに、お前はできなくて、ああ、恥ずかしい」という具合です。しかしこれも甘やかしの変形で、子どもは「ごめんね」と言って親に抱きついてくるのを親は期待しているのです。

そして小学生くらいになると、親も抱きつかれるのは恥ずかしいので、子どもを冷たく突き放します。
これがまさに北海道の例です。こういうことは、英語文化圏ではおきません。

そこで、オーストラリア在住の僕の友人に取材してみました。友人 A さんは、世界中からホームステイで数多くの子どもを受け入れています。

僕「日本と英語文化圏のしつけの違いはある?」
A 「ずいぶん違うね。東洋は強いるけど、西洋は尊重する」
僕「それって大人になっても影響は残る?」
A 「東洋に指示待ち症候群が多いのは、強制の影響だと思う」
僕「その東洋の中でも日本人の特徴は?」
A 「大人になるのが一番遅いと思う。勉強さえしていれば、家事の手伝いは一切しなくても許されるでしょ? それが日本の特徴」
僕「西洋はお手伝いの文化なんだね?」
A 「それも命令ではなく、お願いの文化。Don't do this. じゃなくて、Can you please do this? なんだ。尊重されるから、責任感が芽生えるんだと思う」
僕「責任感とは強制されて生まれるものじゃないんだね」
A 「オーストラリアの家庭に、日本人家族がホームパーティーに呼ばれた時があった。ホスト夫婦のご主人は日本語が分からなかった。その時、ご主人は、日本人の子どもたちの名前が『あぶない』と『だめ』だと思ったそうだ。奥さんがその言葉を頻発していたからなんだ」
僕「それは日本人らしいエピソードだね。ちなみにベネディクトも70年前に日本人は『あぶない』『いけない』という言葉を連発すると指摘している。それは日本家屋の構造からくるという分析で、敷居や畳の合わせ目が危険なので、そういう言葉を連発するそうだ。でも、その伝統は現代に生きているね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私たちの文化は「横並びの文化」で、右を見て同じことをやっていればそれが不正であっても罰を受けないという無責任な文化でもあります。
子どものしつけがどうあるべきかを考えるためには、私たちが永く背負っている歴史にともなう文化を肯定的にとらえるか、変革していこうと考えるかで変わってくると思います。
こどもは誉めて育てよとか、、、愛情たっぷりにとことん甘やかせとか、、、、めりはりをつけてとか、、、そういうキャッチフレーズみたいなものは、何の意味もありません。
まず私たち日本人がどういう人間なのかを理解しないと、子どものしつけなどできません。

昨年のラグビーW杯で日本は世界を驚かせました。
なぜ勝てたか? 理由は多々ありますが、チームの規律がしっかりしていたからです。
規律とはディシプリンのことです。しつけですね。
しかし、北海道の事件はパニッシュメントです。罰です。
あとになって抱いてあげても、子どもの心には傷が残り続け、消えることは残念ながらありません。

読売新聞社探訪記2016年06月01日 20時45分05秒

読売新聞社探訪記
東京駅で丸ノ内線に乗り換えて大手町で降ります。
しばらく歩くと出口のC3番。
読売新聞の玄関ホールに直結しています。
ホールでは中央公論新社のK氏が出迎えてくれました。彼は、僕の「命のカレンダー」を中央公論新社から文庫本「小児がん外科医」として生き返らせてくれた編集者です。
僕の文章を大変高く評価して下さっており、書き手からすると実に信頼をおくことができます。

玄関ホールからエレベーターホールへ。
なんでしょう? ここは新聞社と言うよりもまるで高級ホテルです。
内装もきれいですし、とにかく天井が高い、そして廊下が広い。
いや、ホテルと言いましたが、僕はこんな立派なホテルには泊まった経験はないかもしれません。

Kさんと一緒に最上階の32階へ。ここは展望レストランです。
職員食堂は別の階にあるそうですが、「先生」などをお招きする時はここを使用するそうです。
写真をご覧になってください。皇居が眼下に広がっています。
レストランは大変広く、テーブルも椅子もゆったりした間隔で並んでいます。

僕はランチセットの「カレーライス」をお願いしました。
Kさんとは、先日僕がこのブログで書いた「プロレスという生き方」という本の話題で盛り上がりました。
プロレス・ファンには「確信犯」のようなマニアがいますので、あのようにプロレス愛で熱く語れば大ヒットは必然だったでしょう。
僕はこの本に刺激されてYouTubeで中邑選手の試合を鑑賞しましたが、猪木のプロレスとは全然違っていました。
猪木プロレスは力道山のプロレスの線上にあり、情念の世界を演出しているのですが、現在のプロレスはスポーツ・ライクに僕には映りました。

さて、14時から8階で編集会議。途中、26階に「読売巨人軍」とエレベーター内に表記があり、やはりスケールが大きいなと再認識しました。

編集会議はヨミドクターの連載についてです。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/?from=ytop_ymag

僕は7月からここに「小児医療の常識のウソ!(仮題)」を連載します。
編集長は I さんという女性。お若くてたいへん美しい方です。
そしてさらに編集者2名。
連載について大きな枠を決めていきますが、僕はおしゃべりなので、話が時々脱線します。
よく言えば、大いに会話が弾んだということですね。

連載は隔週。1回に約3000字。写真・図表もOK。
取り敢えず3カ月やってみて、成果があれば延長を考慮。
僕としては6カ月でも1年でも書きたい気持ちです。
しかしこればかりは読者のニーズがすべてですから、僕のような無名な開業医の文章にどれだけの人が興味を持ってくれるかまったく分かりません。
僕としては、子どもの最善の利益を何よりも優先して、業界の因習にとらわれずに正しいことを書き貫くつもりです。
ま、これで「敵」を作ってしまってもしかたないでしょう。

ヨミドクターにアクセスする人は、1日あたり20〜30万人だそうです。
(当たり前ですが)1カ月で600万人です。
ヨミドクターの記事は Yahoo ニュースなどにも転載されるため、紙媒体と違って拡散する時は爆発的だそうです。

打ち合わせは、およそ1時間半で終了。
会議室から退出して、職員のフロアを見させて頂きました。
広大なスペースに机が数え切れない程並び、見当も付かない程たくさんのスタッフがデスクに向かっていました。
天井は高く、部屋は明るい。
あちこちに大型のテレビモニターが吊り下がっていて、何だかアメリカ映画で見るような新聞社のイメージが眼の前にありました。

I 編集長さんたちと会話してますますやる気が湧き上がってきました。
帰りの電車の中では BabyMetal を聴いて、さらにファイトを燃やしました。

世界は驚きに「満ちていない」?2016年04月05日 22時39分08秒

ウイルスがわかる
講談社ブルーバックスの編集者とメールで話をしているうちに、今の出版苦境の理由がなんとなくわかったような気がしました。
非常に大ざっぱなことを言えば、ノンフィクション(新書や実用本を含む)に関しては「驚く」ようなことは、もう書き尽くされてしまったのでは? という気がします。
ブルーバックスはこれまでの長い歴史で2000点を超える作品を世に送り出したそうです。
しかし、テーマが「科学」と決まっていますので、「大きな」ことはすべて書いてしまった。
すると隙間(ニッチ)を埋めるようなサイエンス・テーマを追い求めていく。
ニッチですから、読者も多くない。
小ヒットはしてもベストセラーにはなりにくいということです。

確かにそうかもしれない。
「銃・病原体・鉄」を初めて読んだ時は感激したものです。
しかしその後、「感染症」と「世界史」の関連を述べた本がたくさんあると知って、あの感激はだんだん薄れてしまいました。
ものすごく「重要」で、「大きな」ことで、なおかつ誰もまだ書いていないテーマなど存在しないのかもしれません。

講談社は新書・実用本を残してルポルタージュなどのノンフィクションから撤退してしまいました。
小学館ノンフィクション大賞も、今年度から賞金が減額になるようです。規模縮小ですね。
ぼくの大賞受賞作が大して売れていないことも遠因ならば、小学館さん、ごめんなさい。

「大きな」テーマで、みんなが「驚く」ことってなんでしょう?
案外、灯台もと暗しで、実は身近な所に存在しているのかもしれませんね。
それを何とか見つけてみたいものですが、難しそうです。

なお、近い将来、絶対に新書で扱われるテーマをお教えしましょう。
それは「ゲノム編集」です。
この技術がどういうものか、説明し始めるときりがなくなるのでやめておきますが、「ゲノム編集」は、iPS細胞なみのインパクトがあると思います。

写真は、ぼくの恩師の先生が書いた講談社ブルーバックスの「ウイルスがわかる」。
ぼくはこの本に触発されて執筆活動を始めたのでした。
「小児外科がわかる」というタイトルで、本を書かせてくれる出版社はないでしょうか? ま、ないか。

ホキ美術館へ行く2016年03月30日 14時33分37秒

自宅から車で30分くらいの場所にホキ美術館があります。
医療器機で有名な保木さんが作った美術館です。今日は家族で出かけてきました。
展示されている絵画はいずれも写実作品。まるで、写真で撮影したかたのような表現力に驚きます。

巨大なキャンバスにこうした精密な画を描くというのは、いったいどういうセンスで可能になるのでしょうか?
頭の中の仕組みが我々凡人とはまったく違うのでしょう。

絵画を鑑賞していたら「生きる喜びを表現する」という言葉に行き当たりました。
良い言葉ですね。ぼくも常々そう思っています。

生きるって案外辛いことの連続です。
もちろん中には、人生楽しくてしかたない人もいるでしょう。
しかし多くの人が生きることに困難を感じて、生きる意味を問い続けるのでしょう。
だから哲学という学問が存在すると言ってもいいかも。

音楽でも美術でも文学でも、生きることの喜びをストレートに表現できるのは、こういった芸術だけではないでしょうか?
悲劇であれ、喜劇であれ、良質の芸術の中には必ず生きる喜びが包含されています。

ぼくも細々と本を書いていますが、その中で追い求めたいのは、やはり生きる喜びです。
やさしいことではないかもしれませんが、一生をかけて追求する価値があると信じます。

インタビューを受ける2016年03月25日 19時09分21秒

インタビューを受ける僕
ゐのはな(千葉大医学部)同窓会のホームページに、ぼくのインタビュー動画が掲載されています。

http://www.inohana.jp/online/iryou/index.html

このページを下の方へスクロールしていくと、拙著「運命の子」に関する動画があります。時間があれば、ぜひご覧下さい。