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上智大学訪問記2021年06月05日 21時55分37秒

医師の使命と倫理
今日はクリニックを休診にして、上智大学に行ってきました。
早慶上智といえば、日本の私学のトップ3ですよね。キリスト教文化研究所協議会が主催するシンポジウムに参加してきました。
メインテーマは『いのちに仕え いのちを守る〜医療・福祉・倫理』です。
ぼくは『いのちは輝く〜医師の使命と倫理』というタイトルで講演させていただきました。
緊急事態宣言下にありますので、シンポは聴衆を入れず、ライブ配信で行いました。スタッフのみなさんは大変なご苦労をされたと思います。
今回、このような機会を持ったのは上智大学神学部の竹内教授からお声がかかったからです。
先生は、拙著『運命の子 トリソミー』を講義で使うことがあり、その縁で2年前に東京で会食いたしました。
昨年はコロナ禍第一波の状況にあり、今年に延期になったわけです。
今日のシンポで竹内教授は「誠実さ」という言葉を使っていました。
ぼくにはこの言葉がすごく新鮮で、大事だと感じました。医者の世界では「誠実さ」というワードは使われませんが、これはまさに医の原点に関わるのではないでしょうか。
患者に対して誠実であることはもちろんのこと、自分の仕事に対しても誠実である必要があります。
医療には必ず治療による合併症があり、これを避けることはできません。特に外科医の場合、合併症を作ると患者も家族も医師自身も大変苦しみます。
(医療ミスとは全然別のことですから誤解なく)
ぼくも19年間外科医をやっていましたので、合併症の経験はあります。その時に家族にどう対応するか。
謝って済むような話ではありませんし、ぼくは謝る必要もないと考えています。
なぜ合併症がおこなったのか、十分に説明し、かならずやその合併症を収めて、患者を治すことが真の意味での赦しにつながります。
その時の一連の対応の中に、まさに誠実さが求められるのだと思います。
ぼくは自分の講演の中で、「患者を尊重できる医師が、自分の仕事を尊重できる。その時、仕事は天職になる」と言いました。
誠実さとは、ここにもつながるのではないでしょうか。
竹内先生が使った誠実さという言葉を、もっと深く追求していきたいと思いました。

さて、上智大学は東京の一等地にあり、広い敷地に多数の高層ビルが立っていて実に立派な大学でした。
ぼくは医学部に行きましたが、あれは職業訓練の場のようなところですから、教養とか学術に対して劣等感や憧憬があります。
そんな教養の最高峰の大学で、医師の使命と倫理について語ることができたのは、本当に光栄でした。
ぼくは今年で還暦ですが、なんだかようやく「いい医師」とは何かが見えてきたような気がします。
ぼくは生まれ変わったら、違う職業を選ぶと普段から言っていますが、ちょっと考えが変わってきました。
「ふつうの医師」ではなく、「いい医師」になりたいと、つまり医者をやり直したいと考えています。

開業医をやりながら作家もやってみた②2021年05月22日 13時35分17秒

m3.com の連載第2回が掲載されました。

医療関係者はログインして読むことが可能です。

https://www.m3.com/news/iryoishin/913174

今回は、大学を辞めることになって、次の仕事を見つけるために悪戦苦闘した話です。
興味のある方は、ご覧になってください。

AERA に登場2021年05月19日 16時36分17秒

AERA に登場
AERA から取材を受けました。
巻頭特集は、発達障害。ぼくもインタビューを受けて、誌面に少し載っています。
雑誌の発売は一昨日なので、もう入手できないかもしれません。
本屋さんに少し残っているかな。

発達障害の子をどう支援するのかは大変難しい問題で、小児科のかかりつけ医が鍵を握るのは間違いないのだけれど、それだけでは解決しない難しさんがあります。
千葉市医師会でもこのことを重く見ており、どう解決していくか、知恵を絞っているところです。

『開業医をやりながら作家もやってみた』①2021年05月08日 08時57分11秒

m3.com (医療情報サイト)で連載が始まりました。
『開業医をやりながら作家もやってみた』
第1回目です。よかったら読んでください。
https://www.m3.com/news/iryoishin/909395

新型コロナウイルスワクチンを打って考えた2021年04月18日 16時32分13秒

本日、千葉市中央コミュニティーセンターへ行って、新型コロナウイルスワクチンを接種してきました。
まず受付。検温して、問診票(接種券)を提出すると、パソコン(正確にはタブレット)に僕の名前がリストに上がっているかをチェックします。
自動車運転免許証を提出して本人確認。
次は、問診する先生が、問診票を見ながら体調を聞いてくれます。
そしていよいよ接種ブースの中に入ります。接種ブースは全部で4つ。
このワクチンは筋肉注射ですから肩に打ちます。したがって今日は半袖のワイシャツで行きました。
僕は右利きなので、「左腕に打ちましょう」と言われました。3週後もまた左に打つのかな?
針が刺さった瞬間はチクッとしましたが、薬液が入って来る時は、何も感じませんでした。インフルエンザワクチンより痛くないな。
そして接種証明書をもらい、待合ブースで15分経過を見ます。近くには看護師さんがいて、摂種した人たちの様子を観察しています。
何事も起きず、ぼくは会場を後にしました。

さて、この会場には一体何人の医師と看護師、そして千葉市の職員がいたのでしょうか?
これだけ大勢のスタッフがいて、一体何人の人に接種できたのでしょうか?
もちろん、一人一人の患者さんに丁寧に対応していることは大変素晴らしいし、こういうスタイルは全国で行われていると思います。
しかしこれでは日本国民(子どもを除く)全員に接種するためには半年くらいかかってしまうのではないでしょうか?
つまりあまりにも「時間」と「スタッフの人数」のパフォーマンスが悪い。

ぼくは毎年、冬の2ヶ月半に800回インフルエンザワクチンを接種します。医者一人に看護師二人、事務一人です。
アメリカとかイスラエルってもっと大雑把にやっているのではないでしょうか?会場を設営して、打ちたい人がうちに来る・・・みたいな。個人確認なんて厳密にやっていないのでは?
あとは政府がキャンペーンをやって、みんな接種しようと呼びかければ国民の70%は打つんじゃないかな。

日本のスタイルだと、国民の70%が接種する頃には、最初に打った人たちから免疫が消えちゃうんじゃないかな。こういうのって国民に一気に打たないと、コロナウイルスは消えないのでは?と思ってしまいました。心配しすぎでしょうか?
そんなことを考えました。

京都へ 日本小児科学会2021年04月17日 20時53分19秒

京都へ 日本小児科学会
1泊で京都に行ってきました。日本小児科学会です。
コロナ禍で長距離移動は本当に久しぶりです。いえ、東京にだって行っていませんでした。
久しぶりに乗る新幹線のぞみ号。京都までわずか2時間ですが、これが長い。本を2冊持っていきましたが、1冊は数学の本で、最初の3ページで挫折しました。期待して買ったのですが、あまりにも難しすぎました。

京都に着いたのは夕方。現在、「まん延防止」ですから、レストランが20時で閉まってしまいます。タクシーに乗りますが、道は混雑。なかなか到着せず焦りました。
ホテルは、ザ・プリンス京都宝ヶ池。国際会議場の隣ですね。とても豪華な建物で、部屋も広々としていて立派でした。
急いでレストランに行き、ビールと料理を頼みます。
結構待たされて、時間を持て余しましたが、しかたないことです。料理の味は「びっくり」するほど美味しいというわけではありませんでした。つまり、まあまあでした。
部屋で風呂に入り、特にやることもないので、NHKとテレビ朝日のニュース番組を観ます。フィギュアスケートの織田さんが大泣きで鼻水まで流していたのにはびっくりしました。
なかなか寝つけませんでしたが、それでも就寝。当日を迎えました。

雨がかなり降っていましたが、ホテルから会議場まで道路に屋根が付いていて濡れることはありませんでした。
会場に入ると結構人がいるなと感じたのですが、会場を覗くと聴衆はまばらでした。
今回の学会はハイブリッド形式。現地に聴きに来る人と、ライブ配信を地元で視聴する人と両方です。
会頭の細井先生によれば、7000人の参加申し込みがあったそうです。これはかなり大きな数字で、現地だけの場合、ここまでの参加はないそうです。
つまりライブ配信があるのなら、学会に参加してみよう(視聴してみよう)という先生が結構いるということです。

僕の講演は学会中日(なかび)のお昼前。他の会場は全てクローズですから必然的に注目を浴びることになります。
座長をしていただく大阪母子医療センターの和田先生にご挨拶して、いよいよ登壇です。
メインホールですからかなり広い。こんな大きな会場で発表したことはないかもしれません。
聴衆はあまり多くはありませんでしたが、それでも2〜300人はいたと思います。こういう状況で僕は緊張するかというと・・・まったく緊張しません。ま、こういう場が好きなんですね。
時計を見ながら話すスピードを調整し、50分の講演時間を45分で終了しました。

全国ではライブ配信で、どれだけの先生が視聴してくれたのかよくわかりませんが、2〜3000人は見てくれたと思います。
みなさんの心に響くような講演ができたでしょうか?
仮に何かが伝わったとしたら、それは僕が関わった家族の力のおかげです。
ぼくは、重い障害を持つ子どもの家族に深く関わり寄り添って、いろいろなことを勉強させてもらいました。僕はそれを皆さんにお伝えしただけです。

大学病院の時と違って、開業医になると子どもの生命に直接関わることはほとんどなくなりますが、それでも障害を持った子どもたちとは関わり合いを持ちながら、自分にできることをコツコツと積み上げて、命について今後も考えていこうと思っています。
6月には上智大学で講演があります。コロナ禍で延期・中止になった講演が多数ありますが、来年くらいからは少しづつ活動を広げていければいいなと思っています。
写真は京都府立医大の細井先生。
こんな一介の開業医にすぎない僕を招待していただき、本当にありがとうございました。

帰りの新幹線はなぜかすぐに東京駅に着いた印象でした。やっぱり自宅の書斎が一番落ち着くな。
これを書きながらそんなことを感じています。

日本小児科学会・特別講演2021年04月14日 23時40分04秒

日本小児科学会・特別講演
16日(金)の午後と17日(土)は休診です。
京都で開催される日本小児科学会へ行ってきます。
コロナの流行状況もあり、観光は一切なし。学会場へ行くのみです。
ぼくの仕事は特別講演。大変名誉なことです。
ぼくがこれまで本を書いてきた中で学んだことを話します。医の倫理と使命についてです。
日本小児科学会は2万人の会員がいるそうです。小児外科学会の1000人とは桁違いです。
当日の学会は、現地に来る先生と、ライブ配信を視聴する先生と、二通りのようですが、それでも小児外科の学会とは規模の違う数の先生たちが来てくれるようです。
15年前に大学を辞めて、ぼくはこういう学術の世界では過去の人間と思っていました。しかし、京都府立医大の細井創教授がこうした機会を作ってくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。
スライドも何度も練り直して作り上げました。
細井先生の期待を裏切らない講演をしたいと思います。

m3.com その32021年04月10日 13時12分37秒

m3.com のインタビュー3回目が公開されました。
https://www.m3.com/news/iryoishin/893913
会員登録していない人のために、以下に書き下します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――コロナ禍で、全国的に小児科クリニックの受診が減っています。

 大人、高齢者の場合は、高血圧や糖尿病などいろんな病気がありますから、クリニックに行かざるを得ないんです。でも、子どもの場合はそういう生活習慣病ではないので、基本的には風邪や感染症で受診します。今、みんなが手洗いやマスクをして衛生環境が非常に高まっているので、風邪自体が減っている。もう一つは風邪くらいだったらクリニックに行かなくてもいいのではないか、クリニックに行ってコロナをうつされたら嫌だなということで、小児科の患者さんはとても減っています。耳鼻科さんもかなり患者さんが減っていると聞いています。

 2020年の僕の収入はかなり減りました。減りましたが、仕方がないです。患者さんが減るのは、子どもにとっていいことですから。

――今季、インフルエンザの子はいましたか。

 例年だと1日に40人くらい、インフルエンザの子が来るのですが、今季はまだゼロです(※インタビューは3月10日に実施)。すごいですよね。それだけ手洗いやマスクをちゃんとすると、インフルエンザは消えてしまうということです。

 今はクリニックが空いているので、それを利用して、例えば発達障害の子のご両親とみっちり30分間かけて話ができるので、空いているなりの診療の在り方があるのかなと思います。別にお金儲けを目的に開業医やっているわけではありませんから。

――とはいえ、経営的にはなかなか厳しいのでは。

 患者さんの数が3分の2くらいになりました。スタッフに払う給料と大家さんに払う家賃は同じですから、僕自身の収入は3分の2どころではありません。

 例えば、小児は採血するにも聴診するにも、看護師さんが押さえていてくれないと何もできません。内科のクリニックでは、看護師さんが診察室におらず、朝から夕まで採血室にいるということもありますが、うちのクリニックは診察室に看護師さんが2人いるんです。2人いないと、お子さんを押さえたり、お母さんに説明をしたりできませんから。患者さん1人に対する人件費のかかり方が全く違うので、内科と小児科と同じ1点1円というのは厳しいなと思います。

――今後の小児科クリニックの在り方はどのようになるでしょうか。

 子どものちょっとした風邪でクリニックに行く必要はないという価値観が定着するかもしれないし、案外喉元を過ぎれば熱さを忘れて、元に戻るかもしれないけど、まだちょっと予想がつかないです。

 でも、僕の希望的な思いを込めて言うと、日本の小児医療は多くの自治体でほぼ無料であったり数百円であったりして、非常にアクセスが容易になっています。僕はそれはやり過ぎで、本当に医師の助けが必要な人だけがクリニックに行くべきだと思っているので、コロナ禍で患者が減っているのは、本来あるべき姿かと思っています。

 ではその分、何をやるべきなのかというと健診と予防接種。特に健診は大事です。小児のかかりつけ医の仕事は、その子どもが0歳の時から、15歳になるまでの発達・発育に伴走していく、ご家族と一緒に走っていくことです。

――小児医療の魅力とは。

 小児医療の面白さは、発達・発育を診るということです。大人は発達・発育しませんから、僕なんてもうあとは枯れていくだけなんですけど、0歳の赤ちゃんは無限に伸びしろがありますよね。そういう0歳の赤ちゃん、生まれて0日の赤ちゃんのオペをすると、その子にはその後の八十何年の人生があるのかと思うと、やりがいがあります。

 もともと子ども好きというわけではなかったのですが、小児がんという病気に興味があって、小児外科に入りました。いざやってみると、子どものいろんな可能性やパワーがあって、子どもってすごいなと思いました。


――これまでは小児医療に関する著書が多いですが、今後、取り上げてみたいテーマはありますか。

 今考えているのは終末期医療です。2020年、ALSの患者さんに対する嘱託殺人容疑で医師が逮捕される事件がありました。あの事件は嘱託殺人なのか、安楽死なのか。人生の、人間の命の最終段階をどういう風に締めくくるかは、これからの時代ますます大事になっていくと考えています。

 2025年になると団塊の世代が後期高齢者になり、日本は超高齢社会から多死社会になるわけです。今、大多数の患者さんは病院で亡くなりますが、もう病床が足りなくなる恐れがあります。そうするといやが上にも自宅で亡くなる人が増えるはずで、どうやって人生をクローズするかというのは、小児医療をやっている僕にとっても、避けて通ることできないテーマなのかなと思っています。

 よく考えてみると僕も大学にいたとき、子どもの死をたくさん看取っています。大人はやがてみんな死にますから、医師が何千人の大人の死を看取るのは、考えてみれば当たり前の話です。だけど僕は子どもが亡くなる瞬間を100回以上看取ってきました。がんの子どもの場合は緩和ケアも随分やりました。

――当事者の方を取材して書いてみたいと考えているのですか。

 取材というとオーバーなんですけど、この間、千葉大学の脳卒中センターのセンター長の先生に話を聞きに行くことができました。小児でも大人でも結局同じですが、例えば脳に重篤な損傷があって、もうこれは回復不可能だというときには、最後の最後まで治療するというよりは、本人の生前の意思や家族の意思を最大限に尊重して、治療を望まれない場合には、治療レベルをゆっくり減らしていって、苦しむ時間が長くなるだけの治療はやらないようにしています。それは小児医療も、脳卒中でも変わらないんだと分かりました。

 今は、本当にどうやって最期をいい形にするかということに、現場の医師はかなりのエネルギーを使っていると思います。

 がんの子どもの末期になると、もう延命にあんまり意味がなくなってきて、いかに痛くないようにして、できれば楽しい時間を少しでも長く過ごすということに注力してきました。そういう人生の最終段階をいい形でクローズする。僕は、答えは決して安楽死みたいなことではないと思っているので、そういうことを深く考えて、本を作れればいいかなと思っています。

m3.com その22021年04月04日 11時38分14秒

m3.comの2回目のインタビュー記事が掲載されています。大学病院での過重労働や、ぼくが大学病院を辞めた理由、開業医の難しなどについて語っています。以下のURLから読めますが、会員登録していない人のために、その下に書き下します。
https://www.m3.com/news/iryoishin/893912
――研修医時代の話は、昔のことと断った上で、結構過酷な勤務体験をつづられています。今の時代では考えにくいことも経験したと思いますが、先生自身は、そうした体験が医師としての成長につながったと考えていますか。
 それはものすごく成長につながりました。やっぱり患者を診るということを、もう骨の髄までたたき込まれたというか、徹底的に患者さんの具合が良くなるまで本当エンドレスに診続けることで、自分の医師としての技能は上がりました。今同じ事をやらせたら、ブラックになっちゃいますが。
 ある大学の教授の先生からは、今の若い人がそういう部分を読んでどう感じるのだろうかと感想を言われました。僕もそう思います。ちょっと理解できない部分もあると思いますね。
――一方で、若い医師を育てるというのは同じで、今の働き方改革などの風潮をどのように感じていますか。
 これは、どちらがいいと論じても仕方がないので、昔の方が良かったとか今の方がいいとか比較すること自体、意味がないことだと思っています。今は研修医の先生は9時から17時までの勤務と決まっているのであれば、その範囲の中で一人前の医師を育てるしかありません。だから今、各大学の教授たちは、そういう限られた時間の中で若者たちをどうやって一人前にするか、一生懸命に考えているのではないでしょうか。
 365日働けって言ったら、それはもうブラック企業でありパワハラですから、それはできないわけです。僕は教育者ではないので、こうすべきだという答えは持ち合わせていないのですが、もうその決まった形の中でいい医師を育てるしかないでしょう。
――ワークライフバランスが重んじられる今の時代に医療を学んでいる医学生や研修医の方へ伝えたいことはありますか。
 医師の基本は何かというと、患者を診ることなんです。とにかく患者を診る。自分の目を使って見て、耳を使って患者さんが言っていることに耳を傾けて、口を使っていっぱい語り掛けてコミュニケーションを取るということです。
 9時から17時であっても、看護師さんから何号室の患者さんが今こういう状態ですと言われたら、必ず足を運んで診に行く。ベッドサイドに行って必ず患者さんを診て、痛いって言っていたら必ずその場所を触れることです。看護の「看」っていう字は手に目と書きますよね。手で看るってよく言いますけど、医療も同じで手で看ること。頭が痛かったら頭を触ってあげるし、腹が痛かったら腹を触ってあげる。とにかくコミュニケーションと患者さんに触れてみるということ。絶対に患者さんを診ることを疎かにしてはいけません。
 それは1年目であっても、教授みたいな偉い先生になっても同じで、教授になったからといって「俺は偉いんだ」と教授室から出てこない医師はもう駄目です。患者さんから要請があったら、必ずベッドサイドに足を運んで患者を診る。それが基本です。それは絶対に譲れないことです。
――2006年にクリニックを開業した経緯を教えてください。
 18年前に大きな病気をしてしまったんです。解離性脳動脈瘤で、血圧が上がるとくも膜下出血を起こすリスクがあるので、千葉大学の脳外科の教授から「もう夜中とか土日の仕事は全部やめてなさい」と言われて、これは大学でやっていくのは無理だなと。ちょっとかっこ悪いんですけど、そういう理由で開業医になりました。
――大学勤務医と開業医では環境が大きく変わりますね。
 大学の医局というのは、基本的には少人数の集団が一つの価値観に基づいて行動するので、結構危険な側面もあります。患者を治すという1点のみの価値観においては有効な組織だと思いますが、一人一人の個性や多様性、伸びしろ、そういうものを発展させていく上では妨げになることがあります。
 僕は開業医になって、本も書くようになって、いろんな人と出会って、人間としての幅が広がったと思います。
 大学で勤務している若い先生たちにはぜひ、医局の外には膨大な世界が広がっていて、いろんな人がいて、いろんな考えがあるんだということを知っておいてほしいです。
――医師としての働き方も随分変わったのでは。
 大学にいたときは、僕は小児がんが専門だったので、千葉県の小児がん患者は全部診ていたし、それこそ全国からセカンドオピニオンで患者さんが僕のところ来ていました。幼い患者さんの親は、もう本当にみんな必死で、何とか子どもの命を助けたいと思っていて、必死になって僕のところに来ていました。
 ところが、開業してみると、必死な人はあんまりおらず、「乾燥肌なので保湿剤ください」みたいな感じで来る人も、いくらでもいます。重い患者さんは基本的に大きな病院に入院させますし。そのギャップの大きさは、開業して15年目ですけど、いまだに慣れないかな。
――開業にあたって、小児外科だけではなくて小児科を標ぼうされたんですね。
 そうです。純粋な小児外科の疾患はとても少ないので、小児外科だけ看板に出したら、多分誰も来ないです(笑)。
――今はそれこそ皮膚疾患みたいなものから、風邪など感冒系も。
 何でも診ますよ。
――ギャップの大きさになかなか慣れないというのは、大学病院時代に懐かしさを感じるということですか。
 大学にいたときは、ある意味小児がんっていう一つの疾患を、研究もしていたし臨床もやっていたし、僕なりに小児がんという病気を、もう極限まで追究していたわけです。海外の論文も全て読むし、診療が終われば研究棟に行って実験をし、常に病棟には小児がんの子が何人もいるという状況で。小児がんに対する知識や経験、手術の技術は、本当に日本の中で誰にも負けないくらいのものを持っていたと思います。だけど、開業してみると、そういう専門性って全然求められませんので。2006年に開業して今に至るまでって、小児がんの子は2人しか診たことないんです。そういう専門性を発揮できないのは、大きなギャップです。
――逆に開業して学んだことはありませんか。
 それはいっぱいあります。小児科の開業医は15歳以下であれば、ありとあらゆる子どもの病気の悩みに応えなくてはいけないという使命があって、それはそれでたくさん勉強しなくてはいけません。大学にいたときの狭い範囲を深くというのとは、逆に広く浅くになります。
 特に新たに学んだのが発達障害です。本も2冊書きましたけど、こんなに多いとは思いませんでした。2006年頃はそんなにいなかったのですが、今は本当に多いんです。
 僕自身も勉強することによって、発達の遅れがないかなと精密に診るようになっているので、見つけられるようになっている部分もあるかもしれないけど、親御さんから「うちの子、発達が心配なんです」って言われることも多いので、増えているのかなと感じています。
――発達障害という言葉とか認識が広がっているというのもあるのでしょうか。
 それもあるでしょうね。発達障害とか自閉症スペクトラムとかADHDとか、今の親御さんは結構知っています。
――開業医ならではのやりがいは。
 コロナ禍の前は1年間に延べ1万7000人の患者さんが来ていました。その中には単に自宅から近いという理由で来ている患者さんもいますが、僕のことをいいお医者さんと思って、信用・信頼して来てくれる患者さんもいます。信頼して来てくれる患者さんに出会うとやっぱりうれしいし、何とかその期待に応えたいと思います。

私の視点2021年03月30日 20時20分02秒

私の視点
今朝の朝日新聞の「私の視点」に
ぼくの意見が掲載されました。
朝日新聞を取っているかたは、よかったらご覧になって下さい。

WEBにも記事は掲載されていますが、有料なので一部しか見られません。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14852383.html?iref=pc_rensai_long_297_article

コロナが早く収まるよう政治家の人たちには頑張って欲しいです。