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「言論の自由」という高尚な話ではない2015年01月13日 19時52分34秒

ぼく自身は宗教を持っていないし、宗教に詳しい訳ではありません。
しかし宗教とは何かということは、長年医者をやっていると何となく理解できます。
生きる意味を徹底的に問い詰めるのが哲学ならば、死の意味を理解してその恐怖を乗り越えるのが宗教ではないでしょうか?

ぼくはこれまでに100人くらいの子どもの死を見てきたので、死は恐怖でないと知っています。
ですが、そういう人生を歩んでしまう人間はめったにいなくて、やはり人にとって最大の恐怖の一つが「死」でしょう。あるいは死後の世界かもしれない。

そこで、その恐怖を乗り越えるために編み出されたものが宗教だとも言える。
宗教に殉じて死ぬ人がいるのは、来世で幸福になれるからと信じているからです。
イスラム原理主義者の自爆テロもまったく同じコンテクストです。

今から20年くらい前に大学病院に小児がんの子どもが入院してきました。全身にがんが転移していましたので、予後は相当に厳しい状態でした。
ですが、当時の医療レベルであってもおよそ3人に1人くらいの確率で転移性の小児がんは治癒していました。
そのためには毎月抗がん剤を投与し、放射線治療をおこない、手術もします。
抗がん剤を使えば副作用で、赤血球や血小板が低下しますので、頻繁に輸血が必要となります。
そういった説明をしたところ、ご両親は治療を拒否しました。
家族は「エホバの証人」だったのですね。

エホバの証人をカルトだと切って捨てる人もいますが、それは言い過ぎでしょう。
あくまでもキリスト教の一つの宗派です。
エホバの証人にとって、輸血を受けることは神の教えに背くことですから、「死」よりも残酷で辛い。
天国に行けなくなってしまうのです。

ですから、彼(女)らは、肉体的な「死」を選びます。
この小児がんの家族も同じでした。
輸血は絶対に受け容れられないと主張し、結局、治療を受けずにこの子は退院していきました。
あの病状を考えれば数ヶ月の余命だったと思います。
年端もいかない子どもの心(宗教)を無視して、親が決めても良いのかというのは、もちろん大問題なのですが、ぼくが言いたいのは、宗教を持っている人の心の中に手を突っ込むことには無理があるということです。

イスラム教にはイスラム教の厳しい戒律があります。
偶像崇拝は禁止ですから、預言者ムハンマドの顔を描くことなどは許し難い冒涜となります。
ましてやそれをマンガという風刺画にして笑いものにすれば、自分の死を賭けてでも、反撃しようとする信者が出てくるのは当たり前の話です。
そんなことは欧米人であれば、誰でも知っている常識です。

だから、シャルリー・エブド紙は、警察から何度も警告を受けていた訳です。
この雑誌はくりかえしムハンマドを笑いものにしてきました(念のために書いていておくと、キリスト教もユダヤ教も笑いものにしています)。
なぜでしょう? 宗教界の不正や腐敗を暴くためでしょうか?
いえ、単に商業誌として「売れる」ためでしょう。

自分が信奉する神(預言者)が冒涜されたからという理由で、大量殺人が正当化されないことは誰にでも分かることでしょう。
だけど、こういう風刺画を掲載すれば、こうした事件が起こると誰もが知っていたのです。
警察も市民も雑誌社も。

日本は世界からは仏教の国に分類されることが多いようですが、ぼくはちょっと違うと思います。
かつて山本七平さんが指摘したように日本は「日本教」の国で、やはり最も敬愛されている人は天皇ではないでしょうか(神道とはちょっと意味が違う)。
かりに中国の雑誌社が、天皇を笑いもののするマンガを繰り返し掲載すれば、いつか大きな事件が起きるのではないでしょうか?
その時に、中国人が「言論の自由を守れ」と大声で叫んだら、私たちは大変な違和感を覚えるのではないでしょうか?

週刊シャルリー・エブドは、発行部数6万部だそうです。
ところが事件を受けて、来週号にはまたもやムハンマドの風刺画を掲げ、25カ国に300万部を売るそうです。
あらたな事件が起きないか心配です。
フランスは「風刺」の伝統が強いことはぼくも知っていますが、資本主義丸出しの姿勢にはちょっと違和感があります。

フランスで「言論の自由を守れ」と370万人のデモ行進がありました。12人もの人がテロで殺されたのですからそれは当然でしょう。
しかしこういう状況はある種の危険が無いでしょうか?
言論の自由はどこまで可能か、宗教の自由とそれに対する帰依をどこまで尊重するかという問題について、370万人の人たちは冷静に語れるでしょうか?
こうなってしまうと、ちょっとした「戦争」ではないでしょうか?
そもそもの発端が「言論の自由」と言うには、レベルが低すぎると感じます。

世界には13億人のイスラム教徒がいます。
9・11後のアメリカのように、イスラムへの偏見と憎悪が燃えさかり、テロがテロを呼ぶようなことにならないことを祈ります。

追記)ドイツでは早速そうした対立が顕在化しているようです。「反イスラム」とその「反対派」、12万人がデモの応酬をおこなったそうです。
「言論の自由を守れ」は正しい。
「言論封殺のテロは許されない」は正しい。
そして、
「他人の宗教を冒涜してはいけない」も正しいと思いますよ。

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