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日本の血友病者の歴史2014年12月01日 23時14分41秒

日本の血友病者の歴史
この本を読んだ理由は、渡部昇一氏の「神聖な義務」問題が書かれているから。
先日の練馬の講演会では取り上げなかったけれど、優性思想を考える上で分かりやすい題材です。

別の機会に使ってみよう。

Steves スティーブス2014年12月04日 22時13分40秒

Steves スティーブス
純文学でもノンフィクションでも漫画でも、面白さの基本は共通していると思います。
それは「物語る力」です。

文章であれば、言葉の流れ方。こういう風に流れて欲しいと読者が感じる時に、そのように文章を回してくれる。そして意外なところに変調が入って読者をさらに引っ張る。
そういう文章のうまい作家は、純文学でもノンフィクションでも同じことだと感じます。

漫画に関しては僕は専門家ではありませんので、正しいことを言えないかもしれません。
ただ私見を述べれば、文学の文章に当たるものは、漫画の絵ではなくて「カット割り」だと思います。
どのようにカットを割って、大きな絵を描くのか、小さな絵を描くのか、それによって漫画の物語る力が決まると思います。

「Steves スティーブス」の良さは、そうした物語る力がしっかりしていること、それから作者の登場人物に対する思い入れの深さにあるようです。
一人ひとりのキャラが異常なくらいピキッと立っているのは、登場人物のすべてを作者が愛しているからでしょう。

この漫画の中に素晴らしい言葉がありました。

「世界を変えるには二つのことをしなければいけない。正しいことをする、、、そしてもう一つは、世界を正しくする」
劇中ではウォズの台詞ですが、実際はアップル社に伝わる言葉だそうです。
Do the right thing, do the things right.

これってとても普遍的なメッセージですよね。
ちょっと感動してしまいました。
今後の講演で使いたいと思います。

紙の本でもデジタルでも購入可能です。オススメです!

ぼくは異端者か?「YAH! DO みやざき」山之内さんへの手紙2014年12月07日 22時04分05秒

先月、宮崎県へ講演会に行った時、主催者の「YAH! DO みやざき」の事務局長の山之内さんから、「先生は学会の中で異端ですか?」と聞かれました。

医師で、なおかつ外科医で、障害者問題に強い関心を持っている人間をほとんど見たことがないから、質問してみたくなったそうです。
そう聞かれると返事に窮します。

障害を持って生まれてきた赤ちゃんにできる限りのことをやってあげたいと思うのは、僕だけではありません。
そういう意味では異端ではない。
ところが学会の「重鎮」みたいな医師には障害児差別者がいます。

1972年、兵庫県に「不幸な子どもが生まれない運動」というのがありました。
行政が検査費用を助成し、羊水チェックを勧めて染色体異常児が生まれないようにするという運動です。
当然のことながら障害者団体(青い芝の会など)の猛反発を喰らい、県はこの運動を撤回しました。
典型的な障害児差別思想ですね。

ところが、日本小児外科学会の重鎮の中には、40年以上も前に否定された、こうした差別思想を今でも持っている医者がいます。
こういう人間を「耄碌している」とか「老害である」と言って切り捨ててしまうのは簡単ですが、実はこんな医者が、来年の日本小児外科学会で特別講演を行うのです。
するとこういう差別者は「正統」ということになります。
耄碌もしていなければ、老害でもないのでしょう。
じゃあ、やっぱりぼくは「異端」だ。

ぼくは単なる開業医ですから、今から小児外科学会の中でキャリア・アップをすることなどあり得ません。
従って、ぼくは永遠に「異端」のままでしょう。

功成り名を遂げた大ベテランの医師が、今から心を入れ替えて自己改革をするなんて絶対にあり得ないでしょう。
もしそんなことをしたら、自死してしまうかもしれない。
差別者として一生を全うして頂く方が良いでしょう。

「YAH! DO みやざき」の山之内さん、ごめんなさい。ぼくは異端者です。
障害児の命を大切にしようとか、自立障害者のがんばりを世に伝えて応援しようとか、そんなことを考えているぼくは、日本小児外科学会の中で異端の存在なんです。

だけど、あと10年とか、50年とかすれば何かが変わるかもしれません。
水は岩よりも強い。雨だれ岩をも穿つと信じて、ぼくはしつこくしつこく発言を続けたいです。

「自分で決める」なんてあり得ない 「Yah! Do みやざき」の皆さんに出会って思ったこと2014年12月09日 21時29分52秒

現代の医療は「説明と同意」と言って、患者の自己決定権が大変重要視されています。
これは大変良いことで、医師が患者にろくすっぽ説明もせず、独りよがりな医療をすることなどは論外でしょう。
しかし敢えて言えば、この「自己決定」という言葉には危険が隠れています。

私たちは無人島に住んでいる訳ではありません。
家族と共に、親族と共に、会社や友人と共に、地域社会と共に、生きている。
ある部分では生かされている。
いえ、相当な部分で人は生かされているはずです。

社会的に弱い立場にある人は往々にして、孤立した処で生きることを余儀なくされます。
そうした生き方は苦しい。生きる気力を失ったりします。
ですから、弱い人ほど社会と共に生きる必要がある。
自立障害者の生き方がまさにそれに当たるでしょう。

だから、自分一人で何かを決めるというのは大変困難で、ほとんど不可能に近いのではないでしょうか?
障害胎児を身ごもった時に、自分たち夫婦の判断で「生んで育てよう」と決意する人は実に立派です。そういう夫婦をぼくは何人も知っています。
ですが多くの場合、周囲の声に押しつぶされてしまうのではないでしょうか?
あるいは世間体とか、「戸籍が汚れるかも」、といった心理的な圧迫によって「自己決定」が不可能になっている可能性が高い。
そうした流れの結果として、弱い生命の萌芽は始末されることが後を絶たないのでしょう。

勇気を持って自分で決めると、今度はそれに対する反発のような力が働き、「それでは自分で責任を取れ」という声が湧きます。
自分で責任を取るということは、周囲は無責任になるということですから、その人間は社会から弾かれるということです。
私たちが、よりよく生きていくためには「共生」していくという姿勢を保つこと以外に無いのですが、「自己決定」は「自己責任」に置き換わり、集団から排除され「共生」が不可能になってしまうあやうさがあると言わざるを得ません。

ぼくは何も、私たちがもっと周囲に甘えても良いと言っている訳ではありません。
自立した心を持って、自分という「個」を打ち立てる必要があります。
そしてそうした「個」が支え合って「共生」が実現した時に、今よりちょっと住みやすい社会が実現するのだと思うのです。

「自己決定」を否定すると、「では自立障害者はどうなの?」という声が聞こえてきそうです。
彼ら・彼女らには元々、自己を決定する自由も決定しない自由も何も無かった訳です。
「措置」という名のもとに、行政から「介護」をぽとりと与えられていた。
障害者の運動は地道に継続し力となって、「支援費」という形になりました(これ以降は複雑なので書かない)。
つまり、介護者に報酬を払って自分の意志で生活し、リスクを冒す自由も手に入れたのです。
だから、健全者と障害者では、「自己決定」と言う時の言葉の重さと深さがまるで違うのです。

健全者には「自己決定権」が元々あって、しかし、それを成熟した形で使うことができていない。
有効な道具どころか、陥穽に落ちるリスクであったりします。
一方で、障害者の「自己決定権」は彼ら・彼女らが必死の思いで勝ち取ったものですから、私たちはそれを支援しなければならない。
健全者にとって「避けて通ることのできない共通の課題」(ヴァイツゼッカー元大統領の言葉)と言えましょう。

私たちの暮らす世界はまだまだ未成熟です。だからこそ生き甲斐があるとも言えます。

日本最初の自立障害者・高野岳志「ある生の記録」2014年12月10日 19時47分48秒

日本最初の自立障害者・高野岳志「ある生の記録」
午後からNHK千葉放送局へ行ってきました。番組公開ライブラリーを視聴するためです。

最初に見たのは「ある生の記録」。昭和47年12月1日に放映された番組です。
ドキュメントの主人公は、高野岳志さん。この当時、中学3年生。
茨城県石岡から、親元を離れて、千葉県四街道市の下志津病院へやってきたのです。
彼の病気は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー。映像の彼は、歩行することはできず、這って進むか車いすで移動していました。

この病気は当時も今も治らない難病です。
人工呼吸器の発達によって、生命予後は長くなりましたが、完治することはありません。特に心筋症が最終的な予後を決めます。
患者は常に生命の限界を若い頃から考えなければなりません。

その彼が「生きるとは何?」と聞かれます。
高野さんの答えは「全力投球すること」でした。
これを意訳すると、こうなります。
「生きるとは何?」という問いかけは、生きる意味を尋ねているのですね。それに対する答えが「全力投球」ですから、これは筋ジスの患者にとっては「生きる」と同義語です。
つまり、人間にとって「生きる目的とは生きる」ことなんです。

何か高邁な理想とか目標があって生きるとは限らない。
人は生きること自体が、人を人たらしめ、そして生きる価値を作っている。
だから人間の尊厳とは何か?と問われたら、ぼくは、生きることが尊厳であり、人間であることが人間の尊厳だと答えます。

寝たきりでも、意識がなくても、人工呼吸器で呼吸のサポートを受けていても、そこに人間が存在していれば、人間の尊厳があります。
違った言い方をすれば「尊厳死」という言葉は自家撞着を起こしていると思います。
そういうことを高野さんは教えていると思います。

両腕を使って必死になって食卓に這い上がる姿でドキュメント番組は終わっていますが、実はこの後にドラマがあるんです。

高野さんは養護学校に高等部を作ることを要望し、それが実現して進学します。
さらに法政大学の通信教育を2年間受けます。
そして周囲の反対を押し切って24歳の時に自立生活に挑みます。
アパートを借りて、介護ボランティアと共同生活に入り、電動車いすでリヤカーを引き、取れたて野菜を売ったり、廃品回収をおこなって収入を得ます。

高野さんは言います。
「みんなは無謀と思うかもしれない。
だけど、病院の中で生命体のみとして生きたくない。
社会の中で自分の可能性を試してみたい。
医療管理に身を任せたくなかった。
だからどうしても自立生活を経験したかった。
つまり簡単に言えば、普通に生きたかった」

高野さんの生き方は、日本で最初の自立障害者の姿とも言われています。
できればそうした自立生活を映像で見たかったのですが、残念ながら、記録には残っていませんでした。

高野さんは26歳で、全力投球の生涯を終えることになります。

(次回は、もう一作見たドキュメント。横田弘さんの記録について書きます)

「脳性まひ者 横田弘 半生を語る」2014年12月11日 20時24分28秒

「脳性まひ者 横田弘 半生を語る」
NHK千葉放送局で見たもう一本のビデオは、「共に生きる明日  ありのままに生きたい 脳性まひ者・横田弘 半生を語る」です。
放送日は1998年10月15日。当時、横田さんは65歳。

「青い芝の会」の行動綱領は以下の4つです。知っている人も多いと思いますが、敢えて書きます(数字はぼくが勝手に付けました)。

1 我らは、自らが脳性マヒ者であることを自覚する
2 我らは、強烈な自己主張を行なう
3 我らは、愛と正義を否定する
4 我らは、問題解決の路を選ばない

この言葉を知った時、松永青年は、3を読んでびっくりしてしまいました。
なぜ愛と正義を否定するのでしょう?
1970年代は障害児殺しが頻発し、そうした殺人は「愛」という名のもとに行われていたからです。
つまり、「この子は可哀想だから死んだ方が幸せ」。
そんな理屈で親が子どもを殺していました。
親は執行猶予ですんだり、場合によっては起訴さえされませんでした。
横田さんたちはそうした状況に恐怖と危機をおぼえました。このままでは今度は自分たちが殺されると。

それ故、「青い芝の会」は2の強烈な自己主張をしました。
どうやって解決するかというと、なんと4です。
お前たち、健全者が考えろというのです。これも強烈ですね。

ですが、横田さんは1が最も重要だと言います。
障害者は場合によっては、健全者に取り込まれ、何か努力をしたりすると自分が健全者になったように「誤解」してしまう。
それは幻想であると横田さんは厳しく警鐘を鳴らします。
障害者は健全者にはなれない。そのことを自覚した時に、障害者運動が始まると説くのです。

横田さんは言います。
「障害者で何が悪いの?
普通の学校に行っちゃいけないの?
生まれちゃいけないの?
障害者で構わないんじゃないの?
このまま生きていて良いんじゃないの?」
こうした想いや欲求は、横田さんにとっては当たり前のことでした。

さて、「青い芝の会」が闘う障害者集団となってから、およそ40年が経ちました。社会は変わったでしょうか?
ぼくは、少しずつ確実に進歩していると思います。
ただ、もっとも進歩が遅れている面は、「私たちの偏見」という心の部分だと思います。

横田弘さんは、2013年6月3日にお亡くなりになりました。80歳でした。
偉大な思想家だと思います。

おかしくないか? 朝日新聞の記事2014年12月19日 20時46分25秒

ネットで朝日新聞を読んでいたら、「STAP、夢のまま終幕」とありました。
なんだか夢破れ、ロマンが消えたかのような情緒的な記事です。
しかしこれはおかしい。

本人の手をもってもSTAP細胞を再現できなかったということは、STAP細胞が「捏造」であったということの何よりの証明です。
つまり彼女が、偶然、STAP細胞を作ってしまったのではなく、「インチキ・不正・偽造」をして万能細胞を「作った」訳です。

夢のまま終幕などというロマンチックな話しではありません。
これは超弩級の詐欺です。
彼女を悲劇のヒロインみたいに論じるのは、的外れにも程があります。
これで日本の再生医学に対する世界的評価は底抜けに滑り落ちました。
彼女が「自白」しない限り真相を明らかにするのは困難でしょう。しかし科学界はそれをやるべきです。
ジャーナリストに手を借りても良いでしょう。
なぜこういうことが起きたのか、明らかにしないと、日本のサイエンスのダメージは何10年も尾を引くでしょう。

原稿をボツにされる側の論理2014年12月19日 21時59分30秒

週間読書人
角岡伸彦さんのブログを読んで悲しくなってしまった。
http://kadookanobuhiko.tumblr.com

こんな不条理なことがあるのであろうか?

なお、業界紙・週間読書人からアンケートを受けました。
2014年の収穫という企画で、ぼくを含めて40人の作家・文化人がアンケートに答えました。

僕が推した3人の作家は、最相葉月・角岡伸彦・藤原章生です。

こんな感じ2014年12月19日 22時09分55秒

週間読書人の原稿
週間読書人に書いたぼくの原稿はこんな感じ。

原稿をボツにする千葉市医師会2014年12月19日 22時14分50秒

原稿をボツにすると言えば、ぼくも経験があります。
2013年の12月に「運命の子 トリソミー」を上梓したことは、このブログを読んでいる皆さんはご存じでしょう。

この本は「障害児差別」を乗り越える本であり、私が「開業医」であるからこそ書けた本なので、自著を千葉市医師会に送り、広報誌の「ひろば」というコーナーに「自著を語る」というタイトルで投稿しました。
広報誌には「自薦・他薦を問わず、どしどし応募してください」と書いてあったからです。

これが2014年2月2日のことです。
ところがずっと何の音沙汰もなし。さすがに失礼ではないかと思い連絡をとったところ、「他薦がなければ採用しない内規」だという。
これが9月上旬。
要するにボツですね。それも二枚舌のような内規によって。

常識がないのにも程があります。
きちんと対応して欲しいですね。大切な時間を失ってしまいました。