「サンダカン八番娼館 」(文春文庫) 山崎 朋子 ― 2009年08月14日 23時06分11秒
山崎 朋子さんの「サンダカン八番娼館」 (文春文庫) を読みました。
ノンフィクションの名作として有名な1冊ですが、へそ曲がりの僕は今まで読んでいませんでした。
どういった内容かについてはここでは何も書きません。
しかしこれは、ノンフィクション作品の最大級の傑作と断言できます。
ノンフィクションに必要な面白さとは何でしょうか?
4つあると僕は思います。
1 取材対象の面白さ・珍しさ・意外性
分かりやすく言えば、「暴露もの」はここに含まれます。
たとえば、「食肉の帝王―同和と暴力で巨富を掴んだ男」 (講談社文庫) 溝口 敦 、とか。
未知の世界を描いた例として、本多勝一さんの秘境3部作とか。
2 筆者の視点のユニークさ、分析力のすごさ
たとえば、「無名」(幻冬舎文庫) 沢木 耕太郎 とか。
この本は取材対象が、無名の市井人である自分の父親です。
この世に父親のいない人はいません。
つまり誰にでも「無名」は書けるはずです。
しかし実際はそうでない。
それを書き切る沢木さんの「視点」が本書の最大の魅力です。
3 筆力
どうやって描くかです。
資料を集め、取材をし、全体の構成を練って、語り口を決める。
日本で最も筆力のあるノンフィクション作家は、立花隆さんでしょう。
「日本共産党の研究」や「田中角栄研究」が世間では最も評価が高い作品かもしれませんが、僕は「精神と物質」、そして「脳死」3部作を推します。
4 文体
これは読者の好みがあるから、一概に「こうあるべき」とは言えないでしょう。
もちろんノンフィクションでは分かりやすさが第一ですが、これを余りにも追求していくと、文体の個性が消えてしまいます。
文章がうまいなあ、と思って憧れてしまう作家は何人もいますが、たとえば野村進さんの文は本当に良いと思います。
立花さんの文章も、作者名を伏せられても読めば立花さんと分かる個性があります。
さて、そういう意味で言うと、山崎 朋子さんの「サンダカン八番娼館」は上記の4点をすべて高いレベルで満たしていることが分かります。
僕はこれまでの人生で何千冊という本を読んできましたが、その中で最高ランクに輝く1冊です。
ノンフィクションの名作として有名な1冊ですが、へそ曲がりの僕は今まで読んでいませんでした。
どういった内容かについてはここでは何も書きません。
しかしこれは、ノンフィクション作品の最大級の傑作と断言できます。
ノンフィクションに必要な面白さとは何でしょうか?
4つあると僕は思います。
1 取材対象の面白さ・珍しさ・意外性
分かりやすく言えば、「暴露もの」はここに含まれます。
たとえば、「食肉の帝王―同和と暴力で巨富を掴んだ男」 (講談社文庫) 溝口 敦 、とか。
未知の世界を描いた例として、本多勝一さんの秘境3部作とか。
2 筆者の視点のユニークさ、分析力のすごさ
たとえば、「無名」(幻冬舎文庫) 沢木 耕太郎 とか。
この本は取材対象が、無名の市井人である自分の父親です。
この世に父親のいない人はいません。
つまり誰にでも「無名」は書けるはずです。
しかし実際はそうでない。
それを書き切る沢木さんの「視点」が本書の最大の魅力です。
3 筆力
どうやって描くかです。
資料を集め、取材をし、全体の構成を練って、語り口を決める。
日本で最も筆力のあるノンフィクション作家は、立花隆さんでしょう。
「日本共産党の研究」や「田中角栄研究」が世間では最も評価が高い作品かもしれませんが、僕は「精神と物質」、そして「脳死」3部作を推します。
4 文体
これは読者の好みがあるから、一概に「こうあるべき」とは言えないでしょう。
もちろんノンフィクションでは分かりやすさが第一ですが、これを余りにも追求していくと、文体の個性が消えてしまいます。
文章がうまいなあ、と思って憧れてしまう作家は何人もいますが、たとえば野村進さんの文は本当に良いと思います。
立花さんの文章も、作者名を伏せられても読めば立花さんと分かる個性があります。
さて、そういう意味で言うと、山崎 朋子さんの「サンダカン八番娼館」は上記の4点をすべて高いレベルで満たしていることが分かります。
僕はこれまでの人生で何千冊という本を読んできましたが、その中で最高ランクに輝く1冊です。
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