インフルワクチン、最新情報2025年10月02日 11時11分47秒

10月2日(木)の時点で、
インフルエンザワクチン、枠がほぼいっぱいです。

2回接種できる枠はなくなりました(キャンセルが出るかもしれません)。

1回接種であれば、少し空きがあります。
当院で1回、他院で1回接種するのであれば、対応可能です。
また、13歳以上のお子さん(とその付き添いの親)であれば、接種は1回でOKです。

空いている日は、
11月21日(金)。
11月22日(土)。
です。

ご検討ください。

呼吸を取り戻せ――肺移植がもたらす奇跡と悲劇 (デヴィッド・ワイル)2025年10月08日 17時26分32秒

呼吸を取り戻せ――肺移植がもたらす奇跡と悲劇
ぼくが大学病院に勤務していた中で、最も忘れられない手術は生体肝移植です。
一人の患者を救うために、何十人もの医師や看護師が手術に入って長時間に及ぶ難手術をしました。
術後すぐに後出血のため再手術になり、一時は手術死するかと思いました。
現在、その子は立派な大人になっています。
そんな経験もあり、移植医療には以前から強い関心があります。
そこで、本書を読んでみました。

著者は肺移植医。でも呼吸器外科医ではありません。
手術以外のすべてを行います。
ドナーの適合を決めてリストに載せ、脳死患者が発生すれば、その肺が移植に使えるかを判断し、術後のICU管理も行い、さらに外来フォローアップを継続していきます。
別の言い方をすれば、移植外科医は手術しかやりません。もしかしたら術後に患者を診ていないかも。

肺移植は患者の命を救うと同時に危機にさらすことになります。
移植を必要とする患者に対して、いい肺を求めて待ちすぎると患者はタイムアウトで亡くなります。
また、移植を焦ってよくない肺を移植してしまうと、患者は死に至ります。
移植医の判断のミスは患者の命に直結します。

また移植医は医療(移植)のことだけ考えていればいいわけではありません。
病院の収益に貢献する必要があります。
移植を増やしてそれがすべて成功すれば病院に利益をもたらしますし、保険会社も支払いをしてくれます。
しかし、症例が増えて失敗例が増えれば、移植プログラムが成り立たなくなります。
筆者はそういう部分にも神経をすり減らす必要がありました。

患者から見れば移植医は神のような存在です。
移植外科医よりもはるかに感謝される存在なのです。
筆者は患者家族と共に喜び、そして悲しみに涙を流します。
その果てにあったものは、バーンアウトと患者を失った積み重ねによるPTSDでした。
第一線から退いた筆者がゆっくりと再生していくエピローグは大変感動的でした。
詳しくは書きませんが、ぼくの医者人生とかなり重なる部分がありました。

重量級の大変いい本でした。
欠点を一つだけ。電子化してください!
字が小さくて読むのに苦労しました(笑)。
みなさんも、ぜひ、どうぞ。

知って得する、すごい法則77(清水克彦)2025年10月13日 14時22分11秒

知って得する、すごい法則77(清水克彦)
だいぶ前に読んだ本です。
今日、本屋さんに行ったらフルカバーが付いて山積みになっていました。
ぼくの感覚ではこれは「本(文学)」だと思いませんが、大ヒットなのでおめでたいと思います。
24ページにパーキンソンの法則が出てきます。ぼくは前から知っていましたが、これが一番おもしろいかな。

過疎ビジネス(横山 勲)2025年10月15日 23時05分21秒

過疎ビジネス(横山 勲)
過疎ビジネス。過疎の町を食い物にする企業と、その企業に仕事を丸投げする無責任な地方自治体のいい加減さを表しています。
企業版ふるさと納税では、9割に及ぶ寄付金控除があります。
企業が億単位の寄付を、誰も注目しない小さな町に対して行います。
その寄付金で何をするか。地域おこしが専門の企業が寄ってくるのですね。
そして、その企業しか落札できないような仕様書が作られ、億単位のお金はその企業に落ちます。
ところが、実はその企業というのは、最初の億の寄付をした大きな企業の子会社なんです。
つまりお金が還流するわけです。

これは小さな話のように見えて、日本の現在の国の形を象徴しているように感じます。
氷山の一角の可能性もあるし、国が何か予算や法律を新たに付けると、すぐにそれを利用とする人間が出てくるのかもしれません。
また、この事件はメディアの重要性を大変よく伝えています。
特に新聞は、デジタルの時代になって、紙が売れなくなっていますが、こうした調査報道は新聞ならではですし、また地方紙だからできたとも言えます。
もちろん、記者の熱意が最も重要でしょう。

現在、この本はベストセラー。
新書ではなく単行本でもよかったと思いますが、ノンフィクションでも新書でちゃんと売れるという見本なのかもしれません。
いい本ですので、おススメします。

歪んだ政治を憂う2025年10月17日 20時36分39秒

自民党と維新の会の連立政権は、醜悪に歪んだ政治です。
戦後政治においてこんなに歪んだ政権はあったでしょうか?

維新の会は、自民党の裏金問題を厳しく批判し、連立を組むことは絶対にないと言ってきました。
ところが、連立。
権力の前に恥も外聞もかなぐり捨てたのでしょうか。
こういうウソを平気でつく神経が理解できません。

自民党は裏金問題を解明する気はないようです。
これも醜く歪んでいます。
また、企業献金をやめる気もないようです。なんて醜悪なんでしょうか?
維新の会は、企業献金の禁止を自民党が飲まないと連立しないと昨日まで言っていました。
ところ、自民党が飲まないと知ると、1日で引っ込めました。
維新の会は思想が歪んでいます。
醜い政治集団です。

そして今度は、議員定数の削減を言い出しました。
日本は(いわゆる)先進国の中でも国会議員の数が少ない国です。
それをなぜ減らす必要があるのか?
維新の歪んだ「身を切る改革」パフォーマンスでしょう。
維新はそもそも大阪都構想の住民投票を2回もやり、莫大な税金の無駄遣いをしています。
おまけに不祥事議員が多く、政治にコストをかけすぎている歪んだ党です。

議員定数を削るということは、「小さな声」を聞かないということです。
比例区の議員を削るらしいですから、共産党や社民党は壊滅的なダメージを受けるでしょう。
公明党も同じくダメージを受けます。
維新の会は、大阪の小選挙区で強いので安泰です。
これはファシズムへの第一歩です。
こんなことが許されていいはずがありません。

金に汚い政党の延命に力を貸す醜悪な政党。
単に権力の一部を握りたいだけでしょう。
こういう連中が権力を持って国を統治するというのは、危険であり、国益を損ないます。
世界中からますます軽蔑されて、二流国と見なされるでしょう。
裏金自民と二枚舌維新は、わが祖国をどこへ連れて行こうとしているのでしょうか?
日本の未来には絶望感しかありません。

しかし、です。
歴史は必ず進歩します。
自民も維新も歴史の潮流に洗い流されて、藻屑のように消えていくでしょう。
ぼくが生きているうちに、その日が来るのをこの目で見たいと思います。

「もう一度歩ける」に挑む 救命救急センター「チーム井口」の覚悟(高梨ゆき子)2025年10月18日 23時10分22秒

「もう一度歩ける」に挑む 救命救急センター「チーム井口」の覚悟(高梨ゆき子)
ぼくが医学部6年生だったとき、旭川で東日本医科体育大会が開かれました。
ぼくらのラグビー部が試合をしたそのすぐ後の試合で事故が起きました。
スクラムが崩れ最前列中央のフッカーの選手が頸髄損傷となってしまったのです。彼は四肢麻痺になりました。
大会が終わってしばらくしてから、その事故の連絡がぼくらのところに回ってきて、彼に寄付をすることにしました。
ワープロを送ろうというのが寄付の趣旨でした。当時はまだPCはなく、彼はワープロを舌を使って入力すると聞きました。
こういう経験もあり、脊髄損傷には昔から強い関心があります。

本書は、埼玉医大総合医療センターにおける頸髄損傷を専門にした整形外科医の井口先生を主人公にしたノンフィクションです。
これは読まない手はありません。

医療の世界には「常識のウソ」という言葉があります。
昔から伝統的に行われている医療というのは、何か突拍子も無い新しい発見やアイデアが出てこないと変更が加えられることがありません。
その科で常識と思われている医療が、他科の医者から見て非常識ということもあります。
ぼくは長い医者人生の中で、何度か「常識のウソ」を経験しました。

頸髄損傷は、いったん事故が起きると回復は不可能です。
言うまでもありませんが、損傷した脊髄の位置が高いほど、麻痺の範囲が広くなります。
ぼくが以前に宮崎でお会いした自立支援センターの方は、頸髄損傷で動くのは右手の手先だけでした。
手術をしてもしなくても、麻痺は残る。したがって「常識」に従えば、緊急手術はしません。効果が期待できないからです。
しかし井口先生は、受傷後6時間以内の手術にこだわり、救急救命センターにそういう体制を作っていきます。

「細かな最適化」こそが、頸髄損傷に有効であり、ホームランを狙った一発逆転の医療を目指すわけではありません。
その地道な努力には頭が下がるばかりです。
医師の働き方改革も重要ですが、365日患者を診るという姿勢がないと、いい医療は達成できないと強く感じました。

さて、実は、本書は井口先生を描いたルポルタージュではありません。先生と関わりのある医師や患者家族を次々と描いていく群像劇のようなスタイルです。
そのストーリーテリングが実に読み心地がよく、どんどん引き込まれていきます。
それぞれの人にそれぞれの人生があり、非常に読み応えがありました。
筆者の高梨さんの語り口があまりにもよく、ぼくは柳田邦男さんの『ガン回廊の朝』を思い起こしてしまいました。あれも大傑作でしたね。

井口先生の超早期手術に関して、最も悩ましいのはランダム化比較試験の難しさです。
頸髄損傷をランダムに2群に分けることは困難で、また、手術を遅らせる群を作ることも医師の良心に反します。
ここは本当に難しいテーマです。

ぼくはこの本を読み始めたときに、再生医療の話ではないのかと少し戸惑いました。
札幌医大では、患者自身の間葉系幹細胞を使った再生医療が保険適用で行われています。
また慶應大学で iPS 細胞を使った臨床試験が行われました。
そうした最先端の話はどう関わってくるのかと少し危惧しましたが、終章でちゃんと話が交差します。

本書は取材が大変分厚いと感じました。「 」の中のセリフはインタビューしたものだとすぐにわかりますが、地(じ)の文も取材で得られた情報から成り立っています。
相当深く話を聞いたのだと思います。
医者ではない筆者がここまで書くのは相当大変だったと思います。さすがとしか言いようがありません。

力作の上に面白く、医療の最前線を描くと共に、人間を描いています。
すぐれたノンフィクションでした。
ぜひ、読んでみてください。おススメします。

巨人V9の真実(鵜飼克郎)2025年10月19日 19時33分57秒

巨人V9の真実(鵜飼克郎)
ぼくが育った昭和40年代は、娯楽といえば野球しかありませんでした。
サッカーというのは、超マイナーなスポーツで、友だちでサッカーをやっている子は皆無でした。
今では考えられませんが、ぼくの地元(東京都です)には所有者が誰なのかも分からない空き地がいくつもあり、それを「原っぱ」と呼んでいました。
小学校時代、放課後が近づくと、誰かが「野球、やろうぜ」と言い出し、みんながその気になると、他のクラスに試合を申し込みに行きます。
交渉が成立すると、放課後は「原っぱ」で野球です。

茶の間の娯楽といえばテレビで、テレビといえばプロ野球でした。
そしてプロ野球とは巨人のことであり、巨人=王&長嶋でした。
長嶋が引退したのは、ぼくが小学6年生のとき。
国民的な英雄でした。
ぼくも大好きでした。

本書は、そんな長嶋を中心とした巨人の9連覇にフォーカスを当てたインタビュー集です。
V9時代の巨人は本当に役者が揃っていましたね。
堀内さんとか、森さんとかは大変プライドが強いようで、V9は王&長嶋だけではないと力説していることが印象的でした。

巨人の選手だけでなく、ライバル選手のインタビューも含まれています。
どのインタビューもすべておもしろかった。
でもやっぱり野村さんの話が一番おもしろかったかな。さすがです。

一時期、西武ライオンズの黄金時代がありましたが、やっぱり巨人のV9には敵いません。
二度とこんなことは起こらないでしょう。
楽しく読ませていただきました。

途中下車 ---パニック障害になって。息子との旅と、再生の記録(北村 森)2025年10月23日 17時08分01秒

途中下車 ---パニック障害になって。息子との旅と、再生の記録(北村 森)
ちょっと古い本なんですが、パニック症に関心があり、読んでみました。
パニックの心理を大変細かく精密に表現しており、そこはよかったと思います。
ただ、本書は筆者が一部フィクションを交えたと書いてあるとおり、明らかな作り話が目立ちました。
せっかくこういういい素材があるのだから、ノンフィクションで押せばよかったと思います。

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録(東 えりか)2025年10月25日 22時38分38秒

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録(東 えりか)
原発不明がんとは、原発巣の場所が不明で、転移したがんだけが広がっている希少がんです。
ぼくが大学病院にいた40歳の頃、医学部では教育改革が行われました。
たくさんのことをやりましたが、そのうちの1つとして「医学生に勉強のしかたを教える」という実習がありました。
その実習で、放射線科の医師が、原発不明がんを取り上げてことを非常によく覚えています。
悪性の経過をとる患者で、原発巣の証明ができない場合は、原発不明がんを疑うと知りました。

さて、本書は筆者の東えりかさんが、ご主人の闘病の具体的な姿を綴ります。
ぼくは、闘病記を読むのが大変好きなので、早速読んでみました。
出だしは、ご主人の原因不明の腸閉塞症状から始まります。
医師団は懸命になって原因究明に努めますが、どうしても診断がつかない。
東さんの不安や心配、あるいは病院に対する不信や怒りなど、大変精緻に描かれています。情感深く、心揺さぶるように。
このあたりの描写は見事としか言いようがありません。
本当にご主人を心から愛していたのだと大変よく分かります。

転院し、最終診断は原発不明がん。それも末期状態。
抗がん剤治療に挑戦しますが、たちまち継続困難になり、エンドステージに追い込まれます。
本人の強い希望があり、最期は自宅で介護を受けることになります。
これがわずか18日間。でも、この18日が、とても色彩豊かに輝いているのです。
闘病の過程がグレーで描かれていたとすれば、自宅での日々は実に色鮮やかなに描写されていました。
もちろん、たった18日で命が消えてしまうのは悲しいのですが、この18日は輝くような幸せの日々だったと言わせてください。

伴侶を亡くした喪失感がその後に描かれます。
ご夫妻にはお子さんがいません(その代わり友人は大変多い)から、東さんは一人ぽっちになるわけです。
悲しいですよね。
あんなに愛したご主人がいなくなった寂しさは、どうやって癒していけばいいのでしょうか。
心に空いた穴を埋めるように、治療や介護のお世話になった医師や看護師たちに会って、闘病を振り返っていきます。
原発不明がんという訳のわからない病気に決着をつけたいという気持ちもあったでしょう。
ご夫婦が経験した闘病や介護を整理したいという気持ちもあったと思います。

闘病記とは、どれだけ病気をリアルに描けるか、そして人間の心を(この場合は東さん)描き切れるかでクオリティーが決まります。
そういう意味で、本書は最高レベルの闘病記です。
一級品のノンフィクションでした。文章も実にいいです。

そして、希少がんをテーマに本を書き切ったことを高く評価したいと思います。
稀な疾患ってなかなか本にしてもらえないんです。これはぼくの経験ですね。
東さんは、希少疾患の経験を通じて、自己の体験を普遍化・一般化しています。
この書きぶりがこの本の価値を上げています。

みなさんもぜひ読んでみてください。
純愛の物語です。おススメします。

鬱病日記(杉田俊介)2025年10月31日 21時52分33秒

鬱病日記(杉田俊介)
いろいろなところで書いていますが、ぼくは高校生の頃から精神疾患に強い関心があります。
人にとっての最大のミステリーは人で、その人の中でも精神というものは本当に謎に包まれています。
高校生の頃、「絵画による精神分裂病患者の精神報告」という展覧会を東京の外れまで見に行ったこともあります。
日記文学というのは基本的には好きではないのですが、中には傑作もあります。
たとえば、『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』とか。
で、本書を読んでみました。

筆者は鬱病。それもかなり重度だと思います。
鬱病患者は、暇で退屈なんですね。
なぜだか分かりますか?
何もする意欲が湧かないからです。
そうするともう寝ているしかないわけです。これが苦しいのです。
非常によく分かります。
筆者はダイレクトに、そのしんどさを表現します。
さらには、経済的不安とか、仕事に復帰できるかどうかの不安とか。
とにかく不安なんですね。
鬱病の人には希死念慮が生じ、自死に至る人もいます。
それを筆者はこう表現しています。
「希死念慮というのは本当に怖いものだとぞっとした。心と体と脳、生きていたい(心)、苦しいから楽になりたい(体)、お前は死ぬしかない!(脳)が分裂していくような感じがするのだった。」
そういうことなんですね。
「死にたい」のではなく、「死ぬしかない」と追い込まれるのですね。

こんなにつらい病気ってほかにあるでしょうか。
むかし、『うつ病九段』を読んだときに、鬱病患者の精神状態を大変詳しく表現していて、傑作だと感じました。
本書もそれに劣らず、貴重な記録文学になったと思います。

すごいものを読んでしまった。
それがぼくの感想です。
興味のある方は、ぜひ、どうぞ。