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コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること(児玉真美・編著)2022年07月18日 14時08分50秒

コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること
コロナ禍の中で、障害児(者)を持った家族がいかなる体験をしたかをまとめた手記です。
コロナ禍の社会というのは、人と人との距離を遠ざける社会でした(今もそう)。
障害児(者)は、入所施設やグループホームにいますから、普段からも家族と少し距離があるわけです。それがコロナの大流行によってその距離が大きく広がります。
また病気を持つ子が長期に入院すると、付き添いの親は、我が子と一緒に病院という場所に隔離され、自分の家庭との距離が大きく開きます。
そういうことが本書を読んで、痛いほどよく分かりました。

施設や病院の方にも言い分はあるでしょう。ぼくも医師なので、その辺がよく分かってしまいます。
本来であれば、施設や病院は家族一人ひとりに正対して、できることと本当にできないことをよく考えて、オーダーメイドの対応の仕方を考えなければいけないでしょう。
そうした対応は、個人経営の施設であれば可能と思いますが、組織が大きくなればなるほど困難になります。
たとえば大学病院などは巨大戦艦のようなものですから、細やかな対応は絶対と言ってもいいほど期待できません。

コロナ社会にあって高齢者・障害者は命が切り捨てられそうになりました(実際切り捨てられた人もいたでしょう)。
そしてさらに、本書のように障害者・障害児は家族から切り離されました。
社会に余裕がなくなり、パワーを失うと、私たちの中の弱い者は必ず負のツケみたいなものを背負わされます。
弱い人をショックアブソーバーみたいにして、社会はなんとか崩壊を免れようとします。

こんなことでは、いつまで経っても私たちの社会は豊かになれないでしょう。
豊かというのは金銭的に潤うということではなく、社会が歴史の中でより成熟して人々の心に幸福感が生まれるということです。
ぼくはいつも講演で言っていますが、日本の未来を創る唯一の道は、「財力を国力にする」という発想を捨てて、「新生児・障害者・高齢者」を守ることで社会的弱者を居なくすることだと思うのです。
不条理に苦痛を感じている人を最小化することが、豊かな社会への道となります。

障害のある子を持つ親が、このコロナ禍で何を感じたか、ぜひ、この本を読んでみなさんにも考えてほしいと期待します。
おススメします。