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頼りにならない千葉大学病院2022年07月02日 20時36分24秒

本日のクリニックは大変混んでいました。大混雑という感じです。
そんな中、足の指をざっくり切った小学生が受診しました。看護師さんが、順番を飛ばしてぼくに早く診るように言いますので、拝見しました。
かなり深い傷。これは小児外科医である僕には処置できません。
専門は整形外科です。
まず、開業している整形外科さんに電話。
すると、「それは大きい病院で処置した方がいいです」。
少し迷って母校の千葉大学病院に電話しました。
当直医が電話に出て、「まずは二次救急病院へ送って、そこの外科医が必要と判断したら大学で診る」と。
あれ?おかしいな。土曜日に二次救急なんてあったけ?
院長室の書類を調べてみたけれど、二次救急は日曜日だけ。
だけど僕の勘違いかもしれない。

そこで「119」番に電話。
「二次救急病院はどこですか?」と尋ねると、「若葉消防署に聞いてください」と電話番号を教えてくれる。
そこに電話して、「二次救急病院はどこですか?」と尋ねると、「土曜日にそういう病院はありません」との返事。

千葉大の当直医、いいかげんな返答をしやがって。
もう一度千葉大に電話。当直医に「二次救急なんてありませんから、患者を、診て!」と依頼。
すると当直医は「足の専門医を探しますから、電話を折り返します」と返事。

その間、待っている患者さんを次々と診察しました。
40分くらい経ってようやく、千葉大から電話。延々と保留音が流されて、5分くらいしてから当直医が登場しました。
「足の外科医が見つかりません。あなたのクリニックの近くに〇〇総合病院があります。そこの整形外科に行ってください。そこの先生が無理だと言ったらうちで診ます」

なぜ、大学で診れなくて、民間病院で診れるのか?

電話を切って、今度は〇〇総合病院へ電話。整形外科医は処置中で電話が繋がりません。10分くらいして、ようやく医師が電話に出ました。
事情を話すと「骨折は? 腱は切れていそうですか?」と質問。
「僕は小児外科医なので、分かりません」と返事。
でもその先生は、「診ます」と。
これでようやく転送先が決まりました。
全部で1時間かかりました。カルテがどんどんたまり、患者さんは25人待ちの状態に。

ぼくは怪我の子のご両親に、お待たせしたこと、せっかく来てもらったのにお役に立てなくて申し訳ありませんと謝罪しました。
ご両親はイヤな顔ひとつしませんでした。

しかし、千葉大整形外科の足の外科医は何をやっているのか?
働き方改革もいいけど、もっと働けよ。
当直医だって、まず患者を診ろよ。
まず診て、そして必要があれば、足の外科医を探せばいいだろう。
医者は患者を診てなんぼ。患者を診ない医者は医者じゃありません。

千葉大病院にはものすごい予算がついて、救急病棟とか、医学部研究棟とか巨大な建物が次々に建っていますが、基本は患者を診ること。
ハリボテじゃないんだから。
そもそも、千葉大の医者は国民の税金から給与を得ているわけでしょ。
いい加減な対応はやめるべき。
ほんと〜〜に母校は頼りにならないと痛感しました。

ルポ 児童相談所(大久保真紀)2022年07月04日 21時36分30秒

ルポ 児童相談所 (朝日新書)
児童相談所(児相)の仕事は過酷です。
どれだけ過酷かを描いたのが本書です。
虐待する親は、100%子どもに憎しみを抱いているわけではなく、複雑な愛憎を持っています。
子どもが児相に保護されて、ああ、すっきりしたという親はまずいません。
必ず子どもを取り返そうとします。すると、親と児相の間で修羅場が展開されるわけです。

医者も児相に通告することがあります。
ぼくの経験では、明らかな医療ネグレクトで子どもを守る必要があったケース、真相は藪の中で虐待をしていたか最後まで分からなかったケース、医者の通告に非があり親はネグレクトしていなかったケースなどがあります。
いずれのケースでも、医師と家族の関係は悪くなりますから、虐待通告というのは医師にとって大変気が重いことです。

しかし疑いがあれば通告することが国民の義務ですから、この問題から逃げてはいけないでしょう。
勇気みたいなものが必要だと思います。

児相には「なぜ子どもを守れなかったのか」と批判や非難が向けられることがあります。
そうした批判も一理あると思いますが、まずその前に、リアルな児相の姿を知ることが重要ではないでしょうか。
勉強になる1冊ですので、おススメします。

ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み(山崎 章郎)2022年07月06日 16時57分23秒

ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み (新潮選書)
母校の大先輩、山崎章郎先生の最新作です。
先生は1947年生まれですから、ぼくの16歳上、今年76歳です。
緩和ケアの第一人者としてとても高名だと思います。みなさんもご存知でしょう。
その山崎先生が大腸癌になりました。リンパ節転移があり、ステージ3の状態でした。従って術後に抗がん剤を使用します。
予測はされていましが、薬の副作用は生活の質を損ねました。そして抗がん剤の効果なく、肺に多発転移します。

ここで、先生は考えます。標準治療を選択するなら、新しい抗がん剤を点滴で投与します。この治療を受ければ延命が可能です。
しかし、完治するわけではない。
延命の日々は辛い日々である可能性が高い。
であれば、標準治療を断って、代替療法・民間療法を受けてみるのはどうか?
この発想から出発して、
ビタミンD
EPA(エイコサペンタエン酸)
糖質制限ケトン食
という食事療法を開始、
クエン酸療法を追加、
メトホルミン(糖尿病治療薬)内服も追加、
丸山ワクチンも試し、
抗がん剤の少量投与(いわゆる、がんの休眠療法)も受けます。

その結果、両肺転移巣は進行が止まり、抗がん剤治療と遜色ない結果を得ることができます。
先生はこうした「がん共存療法」を標準化しようと、専門外来を立ち上げて臨床試験に入る準備をしています。

ぼくも、昨年に書いた『ぼくとがんの7年』(医学書院)で述べたように、「痛いのは絶対にヤダ」と思っています。
がんが全身に広がったら抗がん剤治療は受けないと思います。
自分の年齢にもよりますが、こうした「がん共存療法」すら受けないかもしれません。
ぼくは現在60歳で、72歳くらいまでは生きたいと思っていますが、仕事を全うし、書きたい本を書き切ったら、人生はそれで終わりでいいと思っています。

ぼくにもささやかなプライドがありますので、老醜をさらしたくない。
とくに自分の子どもにそういう姿を見せたくないと願っています。
80歳まで、90歳まで生きたい、できれば100歳まで・・・そういう人がいることは事実だし、ぼくはそういう人のことを尊重したいと思っています。
でも、ぼく自身はそうではありません。抗がん剤治療は受けないと思うし、延命は不要です。
最期は自宅で・・・とも思いますが、子どもに最期を見られたくないという想いもあり、病院にパソコンを持ち込み、ネットサーフィンをしたり、キンドルで本を読みながら、最期を迎える・・・それでいいかなと考えたりします。
ぼくは元々大した人間ではないので、長く生きる価値は特にないので、静かに幕を下ろしたいなという気持ちです。

みなさんもこの本を読んで、人生の最終段階について考えてみるのもいいのではないでしょうか。おススメします。

変異ウイルスとの闘い――コロナ治療薬とワクチン(黒木 登志夫)2022年07月12日 19時34分39秒

変異ウイルスとの闘い――コロナ治療薬とワクチン
黒木先生は1936年生まれ。今年86歳です。その先生が新型コロナの最前線を書くことができるのは、驚異的なことだと思います。
ぼくが86歳になったら、きっとボケていると思います。
サイエンスに対する飽くなき好奇心が本を書かせているのでしょう。その立派な姿勢には学ぶことしかないとさえ言えます。

ただそういう背景を消してしまうと、本書は面白い本とは言えないと感じました。
先生はがんの専門家であって、ウイルス学に関しては素人です。
この本の後書きにあるように、多くの一流の学者にレクチャーを受けて本を作ったようです。
ですから、基本的な記述の誤りもあります。
たとえば、ポリオワクチンであるソークワクチンが「経口投与」できるという記述は間違いで、こんなことは小児科医であれば全員が知っています。

本には2種類あって、現場からの実地体験の報告か、勉強をもとに論を立てるものがあります。
本書は典型的な後者の作品であり、文章にライブ感がありません。
昔先生が書いた『がん遺伝子の発見』は実に面白く、現場からの報告がライブ感とともに迫ってきました。
その差は歴然で、なぜ先生がコロナの最前線を書かなければいけなかったのかという、書き手の原点が弱かったと思います。

ただ、そうした黒木先生の真骨頂には興味がなく、コロナについて知識を得たいという人には十分おススメできます。
本を書くって難しいですね。
ちなみに、現在コロナは第7波。コロナ後の世界も見通せません。この本も古くなっていきそうです。

立憲民主党ななぜ惨敗したか2022年07月12日 20時49分25秒

今回の参院選。一言で総括すれば、立憲が負けて(その分)自民が勝ったということです。予想はされていましたが、あまりにもひどい立憲の負け方でした。
なぜ立憲は負けたのか。

以前に民主党は政権をとっています。その最大の理由は「敵失」にあります。消えた年金問題や自民の内ゲバ。安倍・福田・麻生と1年しか続かなかった不安定な政権。そうした失敗が政権交代につながりました。
ただそれだけではなく、当時の民主党には期待感もありました。理由はいくつかあります。
まずはトロイカ体制です。
鳩山・小沢・菅の三人は総理を任せても大丈夫と思わせる信頼感・安定感がありました。特に鳩山さんと小沢さんは自民党から移籍組なので、素人感がなかったと言えます。
そして、当時民主党は左寄りとかリベラルというふうに見られていませんでした。右とか左といった色が付いていなかったのです。
そして「行政の無駄をなくせば財源はいくらでも出てくる」という小沢さんの発言に、国民が信頼を寄せたことです。鳩山さんも「政界の大掃除をする」と言っていました。
つまり何かが変わるという大きな期待感があったのです。
「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズもよかったという人も多くいますが、あれはおまけみたいなものでしょう。

では今の立憲はどうでしょうか?
まず、トロイカに匹敵するスターはいるでしょうか?
いないですよね。小川淳也さんには映画を見た熱烈なファンがいることは知っていますが、そんなもん日本人の中のごく一部です。つまり有為な人材が育っていない。これは枝野さんの個人商店だったからかもしれません。
そして立憲の色ですが、やはり依然としてリベラル色が強いでしょう。それは党名にはっきりと現れています。立憲主義は立派だと思いますが、それを党名に掲げると間口が相当狭くなるのではないでしょうか。
今からでも「民主党」に戻してはどうかと思います。
(選挙の略称も民主党だし)
最後に期待感です。泉執行部は物価高対策を掲げましたが、スケールがあまりにも小さいのです。
以前、いろいろな政治家たちが「改革」を連呼して、日本人は改革疲れしているという論評がありました。
そうでしょうか? やはり日本人が期待しているのは、政治が大きく変わるというワクワク感だと思うのです。
民主党が政権交代する前夜にはそういうワクワク感がありました。今の立憲にはそれがまったくありません。
政党支持率が低迷したままというのは、労働組合の人たちしか応援していないということです。

日本のグランドデザインを描き変える・・・それくらいの大風呂敷がないと無党派層は振り向いてくれないと思います。
もちろん、現在掲げているリベラルな政策を放棄する必要はありませんが、かつての民主党が考えたような「転回」がなくては民心を集めることはできません。
大企業の内部留保に税金をかけることは、株価暴落の危険があります。これをやるのは一種の革命です。株価がどかんと落ちてもいいと国民に思わせる、それくらいの価値観の変換を国民に説かないと、新しい時代が来るという期待感は生まれないと思います。
自民党には多くの業界と密接な関係があり、そこには税金の無駄が生じていることは周知の事実です。そこを徹底的に切り込んで、自民党一極集中政治を根底から破壊するくらいの「改革」をして、政治をStart Over するというメッセージが必要ではないかと考えます。

コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること(児玉真美・編著)2022年07月18日 14時08分50秒

コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること
コロナ禍の中で、障害児(者)を持った家族がいかなる体験をしたかをまとめた手記です。
コロナ禍の社会というのは、人と人との距離を遠ざける社会でした(今もそう)。
障害児(者)は、入所施設やグループホームにいますから、普段からも家族と少し距離があるわけです。それがコロナの大流行によってその距離が大きく広がります。
また病気を持つ子が長期に入院すると、付き添いの親は、我が子と一緒に病院という場所に隔離され、自分の家庭との距離が大きく開きます。
そういうことが本書を読んで、痛いほどよく分かりました。

施設や病院の方にも言い分はあるでしょう。ぼくも医師なので、その辺がよく分かってしまいます。
本来であれば、施設や病院は家族一人ひとりに正対して、できることと本当にできないことをよく考えて、オーダーメイドの対応の仕方を考えなければいけないでしょう。
そうした対応は、個人経営の施設であれば可能と思いますが、組織が大きくなればなるほど困難になります。
たとえば大学病院などは巨大戦艦のようなものですから、細やかな対応は絶対と言ってもいいほど期待できません。

コロナ社会にあって高齢者・障害者は命が切り捨てられそうになりました(実際切り捨てられた人もいたでしょう)。
そしてさらに、本書のように障害者・障害児は家族から切り離されました。
社会に余裕がなくなり、パワーを失うと、私たちの中の弱い者は必ず負のツケみたいなものを背負わされます。
弱い人をショックアブソーバーみたいにして、社会はなんとか崩壊を免れようとします。

こんなことでは、いつまで経っても私たちの社会は豊かになれないでしょう。
豊かというのは金銭的に潤うということではなく、社会が歴史の中でより成熟して人々の心に幸福感が生まれるということです。
ぼくはいつも講演で言っていますが、日本の未来を創る唯一の道は、「財力を国力にする」という発想を捨てて、「新生児・障害者・高齢者」を守ることで社会的弱者を居なくすることだと思うのです。
不条理に苦痛を感じている人を最小化することが、豊かな社会への道となります。

障害のある子を持つ親が、このコロナ禍で何を感じたか、ぜひ、この本を読んでみなさんにも考えてほしいと期待します。
おススメします。

あしたから出版社(島田 潤一郎)2022年07月23日 21時21分52秒

あしたから出版社
従兄弟の死をきっかけに、鎮魂の詩を本にしようと出版社を作ります。
それが夏葉社。たった一人の出版社です。
ぼくはこの出版社の名前を知りませんでした。

筆者の島田さんは出版社の社長で編集者で営業担当です。
もっとも印象に残ったのは、足をつかって本屋さんを巡り、作った本を置いてもらうという地道な努力です。
そうか、こういう出版社もありなのか。ちょっと驚きました。
内省的な文章はリリカルで、余韻を残します。

なぜこの本に出会ったのか、もうすでに忘れてしまいましたが、話題作・ベストセラー作ではない、良い本に出会うのが読書の喜びです。
良い本でした。おススメします。
ぼくの原稿を出版してくれないかな。

松田聖子の誕生(若松 宗雄)2022年07月24日 15時19分00秒

松田聖子の誕生
筆者は、元CBSソニーのプロデューサー。
一本のカセットテープに収録された女子高生の歌声を聴いて、この子は絶対にスーパースターになると確信して、スカウトに乗り出します。
蒲池法子という少女は、ミスセブンティーンコンテストの九州大会で優勝しますが、東京での全国大会を辞退してしまいます。
父親が歌手になることを許さなかったからです。
筆者は福岡県久留米市に何度も足を運び、父親への説得を重ねます。

つまり松田聖子の誕生は一筋縄ではないかなかったのです。
それは所属事務所を決めるときも同様でした。
「この子は売れない」
周囲の反応はいいものではありませんでした。プロデューサーの若松さんは、自分の直感を信じて松田聖子を猛烈に売り込みます。
その熱意と松田聖子の才能が一つになり、次第に周囲を動かしていき、ようやくデビューに至ります。
『裸足の季節』ですね。

この本を読むと、スターは誕生するものではなく、作られるものだということが大変よく分かります。
本書のタイトルは『松田聖子の誕生』ですが、中身もその通りで、誕生するところでほぼ語り終わっています。
違う言い方をすると、父親を説得する場面が延々と続くという感じでした。
こういうまとめ方もあるのかと感じながら読みました。

しかしまあ、若松さんが執念をもって久留米に通わなければ松田聖子は誕生していなかったわけですから、人間の運命とか、芸能の歴史とかって、一人の人間の力で変わってしまうということを痛感しました。
松田さんのファンには堪らない1冊になっています。おススメです。

復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる(出口 治明)2022年07月27日 21時14分17秒

復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる
ご病気されたことはなんとなく知っていましたが、この本で詳細を知りました。
本書は、出口先生のリハビリ記です。
リハの内容がとても細かく丁寧に書かれていて、同じ病の人にはとても参考になるのではないでしょうか?
先生はとても前向きにリハに取り組まれ、学長に復帰したいという意欲は見事なものでした。
落ち込んだり、ネガティブに考えたりしないところがすごいですよね。
でもこれまでの先生の著作を読んでいると、こうした思考をもつのは必然だったような気もします。

ぼくも解離性脳動脈瘤に倒れ、くも膜下出血の一歩手前でしたから、脳卒中の怖さはなんとなく分かります。
ぼくは、根がネガティブにできていますので、こういう状況になったらものすごく悩むと思うし、開業医として復帰しようとは思わないでしょう。
おそらく仕事は引退して、毎日書斎で本を読む生活に入ると思います。
それに健康を損なった自分の姿を人に見られたくないという気持ちもあります。
ま、見栄っ張りなんですね。

しかし、自分の仕事に愛情と誇りを持っている人が、元の仕事に復帰したいと考える気持ちもよく分かります。
以前に牧太郎さんの『新聞記者で死にたい』というリハビリ記を読んで、心底感動し、泣きそうになったことがあります。
どういう人生を選ぶかはもちろん自由ですから、一人一人がふだんからよく考えておくことが大事だと思います。

出口先生、お体お大事に。無理のないようにお仕事なさってください。
最後に蛇足を。この本は出口治明先生の本ですが、ライターは別にいます。おまけにそのライターは、リハに関わった人たちにもインタビューしています。
これはせめて、出口先生とそのライターの共著にすべきではないでしょうか?