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歳を取ると涙腺が緩んで2010年12月03日 23時03分13秒

黒澤明監督の「まあだだよ」は師弟愛を描いた映画ですが、実はそれだけではありません。

内田先生を支える奥さんの姿が美しく描かれています。
演じるのは香川京子さん。
役者として本当に上手なだけでなく、実に美しい女性です。
香川さんの演技に関して黒澤監督はまったく注文を付けず、すべてお任せだったそうです。

内田先生がお猪口で日本酒を飲むと、そっとすぐに酒を注ぎ足す。
その仕草がきれいなんです。
男尊女卑と言われてしまうかもしれませんが、夫に奉仕する奥さんの姿が心を揺さぶります。

そして中盤の大きなテーマが、野良猫のノラがいなくなってしまい、内田先生が悲嘆にくれるシーンです。
この場面はけっこう長く続きます。
人によっては、なぜ、猫ごときにここまで内田先生は泣くのだと思うでしょう。
しかしあの猫は、内田先生にとっては自分の子どもなんです。

自分の子どもがある日突然消えてしまったら、どれだけ悲しいですか?
あの場面はそれを描いているんです。

歳を取ると感受性が鈍る部分と逆に敏感になる部分があります。
ノラがいなくなって食事も喉を通らなくなった内田先生を観ていたら、僕はもう涙腺が緩んで、画面が滲みっぱなしでした。

この映画にはほかにも印象的な点が多々あります。
たとえば、内田先生を師と仰ぐ中心人物の四人の中に寺尾 聰さんがいますが、彼は劇中に台詞がないんです。
ただし、ナレーションを務めている。
表情だけで演技する寺尾さんも本当に良い味を出しています。

またこの映画にはほとんどBGMがありません。
ただし効果的に使われているのが、ヴィヴァルディの「調和の霊感」第9番の第2楽章。
これがいい。

幻想的な雲の夢のエンディングといい、この映画は無駄なカットが一切無く、映画として最高水準にあると思います。
黒澤監督が83歳の時に、自分で脚本を書き、メガホンをとったのですから、これはもう本当に黒澤明は天才としか言いようがありません。

こんな素晴らしい映画が興行としては失敗。
全然ヒットしなかったそうです。

でもね、売れるか売れないかなんて関係無いんです。
本当に大事なことは何なのかを理解している人が評価してくれれば、作品には永遠の命が吹き込まれるんです。

内田先生が映画の中で子ども達に語りかけるでしょ?
「本当に好きなことを見つけてください。そしてそのことを大事にして一生懸命、努力してください」と。

あれは、黒澤監督の次世代への遺言です。
こういう素晴らしい映画を観ないと、人生、損をすると思います。