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選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子(河合 香織)2018年07月19日 22時14分21秒

選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子
おぼえていますか? 2011年の出来事です。
高齢で赤ちゃんを授かった母親が羊水検査を受けます。医師の説明では「結果は異常なし」。
母は赤ちゃんを生みます。しかしその子はダウン症でした。医師は検査結果を読み間違えるという初歩的なミスを犯したのです。
ダウン症の赤ちゃんにはTAM(一過性骨髄異常増殖症)などの合併症があり、生後3カ月で命を閉じます。
両親は裁判を起こします。

さて、訴訟の理由はなんでしょうか?
本人の言葉を聞くのが一番正しいのですが、この裁判は広く報道され色々な意見が飛び交いました。
一つは、ロングフル・バース訴訟という観点です。つまり親から見れば、生まれたことが間違いだった。正しい検査結果を知っていれば中絶できたという見方です。
もう一つは、ロングフル・ライフ訴訟という観点です。赤ちゃんから見れば、こんな辛い人生ならば生きたくなかった。自分が生まれて生きることが間違いだったという見方です。

本書を読むと、母は、医師に対して「赤ちゃんに謝って欲しかった」、「病気に苦しんだ3カ月を謝らなかったことが許せない」と言っています。それが訴訟の理由です。

日本の法律では、胎児の障害・病気を理由に中絶することは法的に許されていません。
しかし実際は、障害児の堕胎は日常的に行われています。母体保護法を拡大解釈して、なし崩し的に援用されている実態があります。
新型出生前診断(NIPT)は、「生まれる前にカップルが心の準備をするため」という目的で行われていますが、これが単なる建前であることは誰でも知っています。羊水検査で異常が見つかり、分娩に至るケースは3%に過ぎません。

そしてこの裁判は、両親が完全勝利しました。
ただし、ロングフル・バースも、ロングフル・ライフも認定しませんでした。
裁判所が認めたのは、「生まれる前に夫婦が心の準備をする」権利を奪われた損害に対する賠償です。
要するに、検査結果を間違って伝えたという医療ミスに対して損害賠償を認めた訳です。
赤ちゃんが亡くなったとき、医師が赤ちゃんに謝らなかったことに対して、賠償を命じたのではありません。

そう思うとこの裁判の意味はどこにあったのかと思います。
心の準備とはいったい何でしょうか?
母親は、21トリソミーと分かっていたら、絶対に中絶したとは言わないけれど、その可能性が高かったと言っています。
では中絶する権利を奪われたということでしょうか? それは違うとも母親は言っています。
しかしながら、判決文を読むと、心の準備の中には「中絶を選ぶ」ことも入っているように読めます。
読者のみなさんはこの本をどう読むでしょうか?

ぼくが最も印象的だったことは、母親が筆者に対してよくここまで取材に答えたなということです。作家としての誠実さが母親に伝わったからかもしれませんね。