誠意の臨界点 ― 2026年08月18日 20時09分04秒
文筆活動をしながら開業医をやっていると、クリニックにさまざまな連絡がきます。
ファンレター。
医療相談。
頼み事。
電話が来たり、郵便物が来たり。
可能な限り対応しているのですが、ものには限度があります。
ぼくの本業は「開業医」であり、診療中に電話がかかってきても出ることはできません。
ファンレターは、なぜかぼくの自宅の住所を知っている人から届くことがあり、いったいどういうふうに個人情報が漏れているのでしょうか?
分厚い封書にA4の紙が数10枚入っていて、いきなり医療的な助言を求められることもあります。
文章を読むのに1時間、返事を考えるのに1時間、返信を書くのに1時間という感じです。
いったん頼み事に応じると、ぼくのことをヒマだと思っているのか、さらに頼み事をしてくる人もいます。
向こうにしてみれば、ぼくを頼っていろいろと連絡をとってくるのでしょう。
ぼくも、がっかりさせてはいけないと思い、可能な限り対応をしてきました。
ですが、ぼくはもう還暦を過ぎ、残された人生をどう使うか、毎日濃密に時間を過ごしています。
これまで誠意を持ってご連絡に応じてきましたが、この辺が臨界点です。
もう、これ以上はムリです。
何か伝えたいことがあれば、クリニックに郵便物を送ってください。
ただし、返事は書けないと思います。
どうかご容赦くださいね。
ファンレター。
医療相談。
頼み事。
電話が来たり、郵便物が来たり。
可能な限り対応しているのですが、ものには限度があります。
ぼくの本業は「開業医」であり、診療中に電話がかかってきても出ることはできません。
ファンレターは、なぜかぼくの自宅の住所を知っている人から届くことがあり、いったいどういうふうに個人情報が漏れているのでしょうか?
分厚い封書にA4の紙が数10枚入っていて、いきなり医療的な助言を求められることもあります。
文章を読むのに1時間、返事を考えるのに1時間、返信を書くのに1時間という感じです。
いったん頼み事に応じると、ぼくのことをヒマだと思っているのか、さらに頼み事をしてくる人もいます。
向こうにしてみれば、ぼくを頼っていろいろと連絡をとってくるのでしょう。
ぼくも、がっかりさせてはいけないと思い、可能な限り対応をしてきました。
ですが、ぼくはもう還暦を過ぎ、残された人生をどう使うか、毎日濃密に時間を過ごしています。
これまで誠意を持ってご連絡に応じてきましたが、この辺が臨界点です。
もう、これ以上はムリです。
何か伝えたいことがあれば、クリニックに郵便物を送ってください。
ただし、返事は書けないと思います。
どうかご容赦くださいね。
雨 ― 2026年08月16日 21時36分00秒
しかし、まあ、すごい雨でしたね。
みなさんのご家族・ご家庭には被害はなかったでしょうか?
観測史上最大の雨ですから、被害がなくても大変怖い思いをしたのではないかと思います。
ぼくの自宅とクリニックは無事でしたが、ぼくの子ども夫婦の家では、自宅前の道路が冠水し、玄関に土嚢を積み上げなければならない状態になりました。
レベル5の警報が出ていますし、相談の上、ぼくの自宅へ避難することになりました。
ところが道路が大渋滞で全然進めないとLINEで連絡がきます。
車のエンジンからは異音がする・・・ドアを少し開けるとドアのすぐ下まで冠水していると。
ぼくは胃袋をギューっと掴まれたような気持ちになりました。
まさか立ち往生?
心臓がドキドキした状態でしばらく待っていたところ、Uターンに成功して自宅に戻ることができたと。
まじ、よかった。
最悪、床上浸水になってもいいから、命だけは守ってと伝えました。
25時頃に雷鳴が消えて、どうやら「抜けた」ようでした。
本当に危なかった。
レベル4の段階で避難しなければいけなかったのですが、ぼくには知識がありませんでした。
怖い思いをさせてしまって、うちの子には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
翌日以降、千葉県の路上放置の車は2,500台以上とも報道されています。
ぼくも15日、16日と買い出しに出かけましたが、動かなくなった車を何台も見かけました。
ああ、怖い。
千葉市の中では辺田町あたりの被害が大きかったようです。
辺田といえば、こども病院。
いま、ホームページを見ましたが、通常通りに診療しているようです。
17日(月)からはいつも通りに診療を始めます。
路上放置の車もかなり移動されたと聞きます。
ちょっとは早めに出勤しようかな。
この雨で学んだことは、避難してはいけないということです。
自宅が水没して亡くなった人っていないでしょ?
自宅から出ないことが最大の防御ですね。
みなさんも明日は慎重に車を運転していらしてくださいね。
みなさんのご家族・ご家庭には被害はなかったでしょうか?
観測史上最大の雨ですから、被害がなくても大変怖い思いをしたのではないかと思います。
ぼくの自宅とクリニックは無事でしたが、ぼくの子ども夫婦の家では、自宅前の道路が冠水し、玄関に土嚢を積み上げなければならない状態になりました。
レベル5の警報が出ていますし、相談の上、ぼくの自宅へ避難することになりました。
ところが道路が大渋滞で全然進めないとLINEで連絡がきます。
車のエンジンからは異音がする・・・ドアを少し開けるとドアのすぐ下まで冠水していると。
ぼくは胃袋をギューっと掴まれたような気持ちになりました。
まさか立ち往生?
心臓がドキドキした状態でしばらく待っていたところ、Uターンに成功して自宅に戻ることができたと。
まじ、よかった。
最悪、床上浸水になってもいいから、命だけは守ってと伝えました。
25時頃に雷鳴が消えて、どうやら「抜けた」ようでした。
本当に危なかった。
レベル4の段階で避難しなければいけなかったのですが、ぼくには知識がありませんでした。
怖い思いをさせてしまって、うちの子には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
翌日以降、千葉県の路上放置の車は2,500台以上とも報道されています。
ぼくも15日、16日と買い出しに出かけましたが、動かなくなった車を何台も見かけました。
ああ、怖い。
千葉市の中では辺田町あたりの被害が大きかったようです。
辺田といえば、こども病院。
いま、ホームページを見ましたが、通常通りに診療しているようです。
17日(月)からはいつも通りに診療を始めます。
路上放置の車もかなり移動されたと聞きます。
ちょっとは早めに出勤しようかな。
この雨で学んだことは、避難してはいけないということです。
自宅が水没して亡くなった人っていないでしょ?
自宅から出ないことが最大の防御ですね。
みなさんも明日は慎重に車を運転していらしてくださいね。
カスタマーハラスメント ― 2026年08月10日 10時41分56秒
中央区都町のヨークマートに行ってきました。
買い物を済まし、セルフレジのコーナーに向かったところ、入り口で高齢ご夫婦が通路を塞いでいました。
こちらは急ぎませんので、待っていました。
すると、店員さんが、われわれ夫婦が通れるように、その方に声かけをしました。
すると、高齢男性が逆上し、大声で店員さんに怒声を浴びせます。
持っていたステッキを床に叩きつけました。
高齢男性はしつこく何度も大声を出しています。そのたび、店員さんは詫びて頭を下げていました。
なぜ、ほかの店員さんが助けないのでしょうか?
店長さんか、それに代わる人はいないのでしょうか?
高齢男性が通路を塞いでいたので、道を開けてくださいとお願いしただけです。
度を超えたカスタマーハラスメントです。
レジで精算していたぼくの妻も自分のすぐ背後で、ステッキが床に打ち付けられる音がして怖かったと思います。
ぼくは自分のクリニックでこんな光景を見たことは一度もありませんが、もし、こんなことが起きたらスタッフを守るために何のためらいもなく警察を呼ぶと思います。
買い物を済まし、セルフレジのコーナーに向かったところ、入り口で高齢ご夫婦が通路を塞いでいました。
こちらは急ぎませんので、待っていました。
すると、店員さんが、われわれ夫婦が通れるように、その方に声かけをしました。
すると、高齢男性が逆上し、大声で店員さんに怒声を浴びせます。
持っていたステッキを床に叩きつけました。
高齢男性はしつこく何度も大声を出しています。そのたび、店員さんは詫びて頭を下げていました。
なぜ、ほかの店員さんが助けないのでしょうか?
店長さんか、それに代わる人はいないのでしょうか?
高齢男性が通路を塞いでいたので、道を開けてくださいとお願いしただけです。
度を超えたカスタマーハラスメントです。
レジで精算していたぼくの妻も自分のすぐ背後で、ステッキが床に打ち付けられる音がして怖かったと思います。
ぼくは自分のクリニックでこんな光景を見たことは一度もありませんが、もし、こんなことが起きたらスタッフを守るために何のためらいもなく警察を呼ぶと思います。
東洋経済オンライン ― 2026年08月05日 14時02分28秒
東洋経済オンラインで医療エッセイを連載しています。
今日は第2回。膀胱がんになったときの話。
闘病の様子は、『ぼくとがんの7年』(医学書院)という本に書いたけど、その中で唯一書かなかったことが。
それは「痛み」について。
今回は、闘病の「痛み」についてメチャ書きました。
https://toyokeizai.net/articles/-/953117?display=b
よかったら読んでみてくださいね。
今日は第2回。膀胱がんになったときの話。
闘病の様子は、『ぼくとがんの7年』(医学書院)という本に書いたけど、その中で唯一書かなかったことが。
それは「痛み」について。
今回は、闘病の「痛み」についてメチャ書きました。
https://toyokeizai.net/articles/-/953117?display=b
よかったら読んでみてくださいね。
さようなら、Sさん。また会いましょう ― 2026年07月12日 22時17分45秒
2013年に『運命の子 トリソミー』という本を書き、小学館ノンフィクション大賞をいただきました。
この本を書いたことでぼくの人生は変わりました。
なにしろ大賞は、その年の日本一ということですから、こんなに名誉なことはありません。
実は賞に応募したのは偶然なんです。
当時ぼくは講談社の編集者と付き合っていました。トリソミーのこと書こうと思ったきっかけもその編集者の言葉があったからです。
小児外科医にとっては当たり前のワードでも、一般の人からするとトリソミーなんて言葉は聞いたことがないわけです。
それも予後が大変に不良で、医療の対象になっていないというのは、信じられないというのです。
そうか、では書いてみよう。こうして「取材」が始まりました。
1年半くらいかかりました。
そうして出来上がった原稿。
しかし2013年頃、講談社はノンフィクションから完全に撤退していました。
その編集者は「うちからは出せない。賞に応募してはどうか」と言います。
そこで調べてみると、小学館NF大賞の締切まで、あとちょうど2ヶ月くらいあります。
受賞する自信なんてなかったけど、原稿を磨いて応募しました。
結果は、大賞。
運がよかったと思います。あのとき、講談社から本になっていたら、違う人生になっていたと思います。
やはり賞という冠は大変重みがあり、これによってぼくは次々に執筆のチャンスに恵まれました。
1作書くと、次の1作への機会が広がるのですね。
多くの出版社の編集者と出会いましたが、やはりみなさん、ぼくのことを知ってくれているのです。
その『運命の子 トリソミー』の編集をしてくれた小学館のSさん。
ぼくの原稿をとても大切にしてくれて、ほとんど応募した原稿のまま出版してくれました。
本はベストセラーになりませんでしたが、10年間で4刷になりました。ロングセラーです。
ぼくにはこちらの方がうれしいです。
そして、文庫化もしてもらいました。ありがたいことです。
Sさんは、『女性セブン』の編集者でもあり、ぼくが本を出版するたびに、セブンで特集を組んでくれました。
そのおかげで、一体どれほど本が売れたかわかりません。
そのSさんが60歳になり、定年退職を迎えました。
昨日は、神保町のフレンチレストランで送別会を行いました。
思い出たくさんなので、話は尽きません。
これからはセカンドキャリアになるそうです。
いったん、さようなら。
健康がとにかく大事。お身体お大事に、次の仕事も楽しんでください。
これまでの13年間のお付き合い。感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
またお会いしましょう。
この本を書いたことでぼくの人生は変わりました。
なにしろ大賞は、その年の日本一ということですから、こんなに名誉なことはありません。
実は賞に応募したのは偶然なんです。
当時ぼくは講談社の編集者と付き合っていました。トリソミーのこと書こうと思ったきっかけもその編集者の言葉があったからです。
小児外科医にとっては当たり前のワードでも、一般の人からするとトリソミーなんて言葉は聞いたことがないわけです。
それも予後が大変に不良で、医療の対象になっていないというのは、信じられないというのです。
そうか、では書いてみよう。こうして「取材」が始まりました。
1年半くらいかかりました。
そうして出来上がった原稿。
しかし2013年頃、講談社はノンフィクションから完全に撤退していました。
その編集者は「うちからは出せない。賞に応募してはどうか」と言います。
そこで調べてみると、小学館NF大賞の締切まで、あとちょうど2ヶ月くらいあります。
受賞する自信なんてなかったけど、原稿を磨いて応募しました。
結果は、大賞。
運がよかったと思います。あのとき、講談社から本になっていたら、違う人生になっていたと思います。
やはり賞という冠は大変重みがあり、これによってぼくは次々に執筆のチャンスに恵まれました。
1作書くと、次の1作への機会が広がるのですね。
多くの出版社の編集者と出会いましたが、やはりみなさん、ぼくのことを知ってくれているのです。
その『運命の子 トリソミー』の編集をしてくれた小学館のSさん。
ぼくの原稿をとても大切にしてくれて、ほとんど応募した原稿のまま出版してくれました。
本はベストセラーになりませんでしたが、10年間で4刷になりました。ロングセラーです。
ぼくにはこちらの方がうれしいです。
そして、文庫化もしてもらいました。ありがたいことです。
Sさんは、『女性セブン』の編集者でもあり、ぼくが本を出版するたびに、セブンで特集を組んでくれました。
そのおかげで、一体どれほど本が売れたかわかりません。
そのSさんが60歳になり、定年退職を迎えました。
昨日は、神保町のフレンチレストランで送別会を行いました。
思い出たくさんなので、話は尽きません。
これからはセカンドキャリアになるそうです。
いったん、さようなら。
健康がとにかく大事。お身体お大事に、次の仕事も楽しんでください。
これまでの13年間のお付き合い。感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
またお会いしましょう。
ぼくは若者が好き ― 2026年06月27日 19時21分49秒
ぼくは若者が好きです。
だってバカだから(笑)。
バカってすばらしいですよ。打算がないし、ピュアだし、柔軟だし、突拍子も無いアイデアを出すし。
ですので、大学にいたとき、若い医師と付き合うのが好きでした。
でも、バカはバカなんですよね。
常識がない。
今の時代、年賀状に自分の子どもの写真を載せるのは非常識です。
赤ちゃんが生まれて、友だちに一斉にLINEで写真を送るのも非常識です。
この世の中には、赤ちゃんを授かりたくても、授かれない人、授かろうと思わない人がいくらでもいます。
そうした写真を送ることを、無神経とか鈍感とかバカとかいいます。
もう少しだけ、常識をわきまえましょう。
その赤ちゃん、LINEを送った先の人から祝福されていませんよ。
そういうことを考えてください。
だってバカだから(笑)。
バカってすばらしいですよ。打算がないし、ピュアだし、柔軟だし、突拍子も無いアイデアを出すし。
ですので、大学にいたとき、若い医師と付き合うのが好きでした。
でも、バカはバカなんですよね。
常識がない。
今の時代、年賀状に自分の子どもの写真を載せるのは非常識です。
赤ちゃんが生まれて、友だちに一斉にLINEで写真を送るのも非常識です。
この世の中には、赤ちゃんを授かりたくても、授かれない人、授かろうと思わない人がいくらでもいます。
そうした写真を送ることを、無神経とか鈍感とかバカとかいいます。
もう少しだけ、常識をわきまえましょう。
その赤ちゃん、LINEを送った先の人から祝福されていませんよ。
そういうことを考えてください。
倉敷市に行ってきました ― 2026年06月07日 19時40分35秒
AbemaTV ― 2026年05月15日 15時13分29秒
21時40分から、AbemaTV に生出演することになりました。
町田市の、一家で妹(知的障害)を監禁虐待した事件をめぐって。見るなよ、見るなよ!
町田市の、一家で妹(知的障害)を監禁虐待した事件をめぐって。見るなよ、見るなよ!
さようなら、久米宏さん ― 2026年01月13日 20時29分10秒
ぼくは現在、テレビを観るという習慣がありませんが、若い頃は『ニュースステーション』をよく観ていました。
理由はもちろん、久米宏さんがキャスターを務めていたからです。
キャスターといっても、久米さんの視点はジャーナリストのそれでした。
常に権力を批判していました。
久米さんはテレビを信じていたのだと思います。
民放テレビが生まれたのは戦後。つまり民放テレビは国民を戦争へ煽った歴史がありません。
そうした歴史が、未来に向かって伸びていくと久米さんは信じていたのでしょう。
久米さんは、この番組を引き受けるときに、死ぬ覚悟だったと言います。
それは比喩ではなく、本当に殺されるかもしれないと思ったそうです。
昔、自民党に梶山静六というコワモテの幹事長がいたんです。
田中真紀子に「軍人」と言われた人ですね。
ある日の番組で、梶山さんをゲストに招きました。
そこで久米さんは梶山さんに向かって「スポンサーを降りるようにトヨタに圧力をかけたって本当ですか?」と言い放ちました。
生放送ですよ。
梶山さん、顔の表情が完全にフリーズして、そのあと、ゴニョゴニョと口篭ってしまいました。
観ているこっちがハラハラしたことをよく覚えています。
ぼくは「ニュース23」をほとんど観ていません。
かすんじゃうんですよね、「ニュースステーション」のあとでは。
文字通り命をかけて権力に挑んだ久米宏さんは立派としか言いようがありません。
番組の最終回で、久米さんはビールを飲み干しました。
肺がんで亡くなった久米さんの最期も、サイダーを飲み干したそうです。
ぼくの記憶から一生消えることはないでしょう。
理由はもちろん、久米宏さんがキャスターを務めていたからです。
キャスターといっても、久米さんの視点はジャーナリストのそれでした。
常に権力を批判していました。
久米さんはテレビを信じていたのだと思います。
民放テレビが生まれたのは戦後。つまり民放テレビは国民を戦争へ煽った歴史がありません。
そうした歴史が、未来に向かって伸びていくと久米さんは信じていたのでしょう。
久米さんは、この番組を引き受けるときに、死ぬ覚悟だったと言います。
それは比喩ではなく、本当に殺されるかもしれないと思ったそうです。
昔、自民党に梶山静六というコワモテの幹事長がいたんです。
田中真紀子に「軍人」と言われた人ですね。
ある日の番組で、梶山さんをゲストに招きました。
そこで久米さんは梶山さんに向かって「スポンサーを降りるようにトヨタに圧力をかけたって本当ですか?」と言い放ちました。
生放送ですよ。
梶山さん、顔の表情が完全にフリーズして、そのあと、ゴニョゴニョと口篭ってしまいました。
観ているこっちがハラハラしたことをよく覚えています。
ぼくは「ニュース23」をほとんど観ていません。
かすんじゃうんですよね、「ニュースステーション」のあとでは。
文字通り命をかけて権力に挑んだ久米宏さんは立派としか言いようがありません。
番組の最終回で、久米さんはビールを飲み干しました。
肺がんで亡くなった久米さんの最期も、サイダーを飲み干したそうです。
ぼくの記憶から一生消えることはないでしょう。
謹賀新年・自分に自信を持とう ― 2026年01月01日 11時27分34秒
新春を寿ぎ、謹んで新年のお慶びを申し上げます。
いい2026年になりますように!
さて、昨年の12月に、YouTube を見ていて、ある文芸評論家の存在を知りました。
その人は、若くて(31歳)、才能があって、実に輝いていました。
才能があるというのは、年間にぼくの3倍くらい本を読んでいて、その内容を上手にアウトプットできるということです。
立て板に水、のようにお話しします。
ぼくなんか、読書数は年間に100冊未満だし、昔読んだ本の内容なんて忘れているし(夏目漱石とか)、忘れているから語ることができないし・・・趣味は読書といいながら自分はメチャ、ぽんこつだと、非常に落ち込みました。
しばらくの間、うなだれていました。
でも、よく考えてみると、ぼくは64歳です。
そりゃ、記憶力だって低下します。若い頃みたいに速読できないですよ。
その評論家だって64歳になったらどうなっているか分からないし、今、年間360冊読めているのはそれが仕事だからかもしれません。
だいたいぼくは、朝から夕方までずっと患者さんを診ているのだから同じ量の本を読むことはできるはずがありません。
31歳のぼく。当時は大学院に行っていました。
よく考えてみれば、ぼくの人生の中で知的パワーが頂点の状態にありました。
神経芽腫という小児がんの中で作られているがん遺伝子のメッセンジャーRNAの量を測定していました。
研究の世界では1番になることが重要で、2番目には何の価値もありません。
最初にゴールに到達した人だけが科学論文を書くことができるわけです。
そして大事なテーマで研究をしていると必ずライバルが現れます。
ぼくの場合、それはアメリカの NIH (米国国立衛生研究所)と、スウェーデンのウプサラ大学研究チームでした。
激烈な競争になりましたが、ぼくはその闘いに勝ち、研究成果を論文にしました。
この結果、神経芽腫の子の予後が正確に分かるようになり、不必要な抗がん剤の量をかなり減らすことが可能になりました。
ぼくの研究成果で、利益を得た子どもはたくさんいます。
そういう意味で、ぼくの31歳のときの知的アクティビティーって、十分に価値あるものだったと思います。
その才能に溢れた文芸評論家と比べて自分を卑下する必要はまったくないと再認識しました。
64歳には、64歳なりの人生の知恵があるわけですから、もっとプライドを持ってもいいのだと、改めて思いました。
これはぼくだけの話ではなくて、誰でもそうだと思います。
ぼくの父親は中卒で貧しい暮らしから這い上がった人ですが、彼にはやはりプライドがあったはずです。
プライドの芽は小さくてもいいので、生きる中でそれを育てていけばいいでしょう。
誰もが自分に自信を持っていいはず。
自分を大切にして、2026年を始めましょう!
いい2026年になりますように!
さて、昨年の12月に、YouTube を見ていて、ある文芸評論家の存在を知りました。
その人は、若くて(31歳)、才能があって、実に輝いていました。
才能があるというのは、年間にぼくの3倍くらい本を読んでいて、その内容を上手にアウトプットできるということです。
立て板に水、のようにお話しします。
ぼくなんか、読書数は年間に100冊未満だし、昔読んだ本の内容なんて忘れているし(夏目漱石とか)、忘れているから語ることができないし・・・趣味は読書といいながら自分はメチャ、ぽんこつだと、非常に落ち込みました。
しばらくの間、うなだれていました。
でも、よく考えてみると、ぼくは64歳です。
そりゃ、記憶力だって低下します。若い頃みたいに速読できないですよ。
その評論家だって64歳になったらどうなっているか分からないし、今、年間360冊読めているのはそれが仕事だからかもしれません。
だいたいぼくは、朝から夕方までずっと患者さんを診ているのだから同じ量の本を読むことはできるはずがありません。
31歳のぼく。当時は大学院に行っていました。
よく考えてみれば、ぼくの人生の中で知的パワーが頂点の状態にありました。
神経芽腫という小児がんの中で作られているがん遺伝子のメッセンジャーRNAの量を測定していました。
研究の世界では1番になることが重要で、2番目には何の価値もありません。
最初にゴールに到達した人だけが科学論文を書くことができるわけです。
そして大事なテーマで研究をしていると必ずライバルが現れます。
ぼくの場合、それはアメリカの NIH (米国国立衛生研究所)と、スウェーデンのウプサラ大学研究チームでした。
激烈な競争になりましたが、ぼくはその闘いに勝ち、研究成果を論文にしました。
この結果、神経芽腫の子の予後が正確に分かるようになり、不必要な抗がん剤の量をかなり減らすことが可能になりました。
ぼくの研究成果で、利益を得た子どもはたくさんいます。
そういう意味で、ぼくの31歳のときの知的アクティビティーって、十分に価値あるものだったと思います。
その才能に溢れた文芸評論家と比べて自分を卑下する必要はまったくないと再認識しました。
64歳には、64歳なりの人生の知恵があるわけですから、もっとプライドを持ってもいいのだと、改めて思いました。
これはぼくだけの話ではなくて、誰でもそうだと思います。
ぼくの父親は中卒で貧しい暮らしから這い上がった人ですが、彼にはやはりプライドがあったはずです。
プライドの芽は小さくてもいいので、生きる中でそれを育てていけばいいでしょう。
誰もが自分に自信を持っていいはず。
自分を大切にして、2026年を始めましょう!

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