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「偶然完全 勝新太郎伝」田崎 健太 (講談社)2012年03月27日 22時20分13秒

偶然完全 勝新太郎伝
大変面白くて一気に読んでしまいました。

勝新太郎の「最後の弟子」である筆者が描く評伝です。
ただ、評伝と言っても、資料を集めて書かれただけの本ではないことはすぐに分かります。
多くの関係者に会って話を聞かなければ知り得ないエピソードが次々に出てきます。

深酒をして撮影現場に出てこられないようなエピソードは、これまでにも何度も見聞きしていますし、また、そういう部分に勝新太郎の魅力は感じられません。
しかし、芸人(=役者・監督・脚本家)として才能のひらめきは、やはりこの人が尋常ならざることを示しています。
また、素顔の人間としての魅力は、若干食傷気味になりつつも、最後までお付き合いして読んでしまいます。

同じ時代の俳優としての、三船敏郎や石原裕次郎と比べると、彼らの方が人気や知名度は上かもしれません。
でもたぶん、三船敏郎や石原裕次郎では、こうして時間を超えて本になることは無いのかなと思います。

芸人としても人間としても破天荒であり、もし職業欄に何かを書くとしたら、彼には「勝新太郎」という以外に書きようがないでしょう。

しかし、「影武者」をめぐる黒澤明との軋轢では、さすがの勝新太郎もやや押され気味です。
やはり黒澤の天才性とか狂気は並大抵ではないと再認識しました。
最後に一本取り返すといった感じで、ワールドプレミア試写会に勝さんが出かけていくのは見事ですが。

本は終盤になり、勝プロダクションが経営的に行き詰まり、本人も才能に行き詰まり、読者もやや行き詰まります。
そこで突然、著者の田崎さんは「自分語り」の一人称の視点で勝新太郎を描き始めます。
ここから、面白さのテンションがV字を描いて跳ね上がります。
つまり、本の大半は、「話で聞いた」「文字で知った」勝新太郎なんですが、最後になって「生身の」勝新太郎が出てくるのです。

興味深かったのは、読者からの「人生相談」を、軽く受け流さず、その世界に入り込んでしまう姿。
なんでしょう、これは。
実はすごく真面目な人なのか。
気合いを抜いている時間がないのか。
常に人生を懸命に走り続けているということなのでしょうか?

そして「生身の」勝新太郎は咽頭がんにかかり、死に向かっていきます。
死を描ききったところがこの本の最大の読ませどころです。
最後の場面は、一体なんだろう? あれはオカルトか? 超常現象か?
見事な筆でした。

勝さんの内面には、表現したいという欲がマグマのように渦を巻いていたのではないでしょうか。
それが燃えさかったり、鎮火したり、自分でもコントロールできなかったのではないかと推察します。
周りの人間は当然振り回されますが、それでも付いていくのは彼の人間的な魅力?
いや、ぼくはそうじゃないと思うな。
人間的な魅力もあったけど、周囲の人間は勝新太郎のマグマを解き放ってそれを見てみたいという誘惑に駆られたんじゃないかなと思います。
それくらいの天才だったということでしょう。

この本を書ききるのに、田崎さんはどれだけ自分の人生を使ったことでしょうか。
それを考えると、ノンフィクション文学って本当に重いと感じます。