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できるかも。――働く母の“笑顔がつながる”社会起業ストーリー(林 恵子)2024年02月18日 17時42分20秒

できるかも。――働く母の“笑顔がつながる”社会起業ストーリー(林 恵子)
これは大変いい本でした。
林恵子さんは、バリバリのビジネスパーソンでしたが、やがて家庭を持ち、育児を経験し、仕事と育児の両立に悩むようになります。
もっと「できる」自分になりたくて、MBA 留学も目指します。
しかしその道のりは決して平坦ではありません。

その過程で、ワークショップで学んでいたときに、ある課題を与えられます。
「孤児院」を支援するのための企画を作ること。
でも、孤児院って何?
それは現代では児童養護施設のことでした。子どもたちは孤児ではなく、親がいます。
虐待などの理由で、子どもは施設に入所しているのです。

18歳までは施設で生活ができますが、高校生活が終わると社会に出ていくことになります。
家はありません。事実上、親がいないのだから。
経済的基盤もありません。
大学進学率は低く、入学しても辞めてしまう人が多いといいます。
それは仕事も同じで、長続きしない人が多いのです。

風俗に身を沈める人、生活保護を受ける人、ホームレスになる人。
子どもたちには過酷な運命が待ち受けています。
こういう現実を知り、林さんは、18歳からの人生を支える NPO 法人を立ちあげます。

しかしその運営は順風満帆ではありませんでした。
林さんが考える支援と、施設職員の考える支援は「質」がまったく違っていたからです。
「将来、漫画家になりたい」という高校生がいます。NPOのスタッフは「がんばれば夢は叶うよ」と励まします。
ところが施設からクレームが来ます。
そんなに現実は甘くない。夢を諦めさせるのがわれわれの仕事。

また、林さんの支援の柱の「巣立ちプロジェクト」というものがあります。
社会に出たあとに知っておかなくてはいけない、社会のルールや常識、マナーを教えるのです。
林さんが食事のマナーを教えると、施設からは「そんなことはどうでもいい」と言われます。この子たちは虐待にあって、まともに食事もしてこなかった。
そんなことよりも1日3食食べることが重要で、そういう生活を作ることが大事。

林さんのNPO は施設からしたら、余計なおせっかいに映ったことでしょう。
現場も知りもしないくせに、何を善意の押し売りをしてくるのかと警戒されたでしょう。
でも、林さんは挑み、失敗し、再挑戦し、NPO を成長させます。

この本の優れたところは、林さんの胸のうちを赤裸々に表現していることです。
林さんは育ちの過程で劣等感があり、社会人になっても自分の居場所を探していました。
NPO の活動によって子どもたちから感謝されることで喜びを得て、自分の居場所がここでいいと確認することができます。
単に社会貢献だけが目的ではなく、自分が幸せになるための活動でもあると綴られています。
とても素直な心情の吐露で、ぼくは感心して読みました。

12年前に発売された本ですが、埋もれてしまうには余りにももったいない作品だと思いました。
みなさんも、ぜひ読んでみてください。

児童養護施設 施設長 殺害事件-児童福祉制度の狭間に落ちた「子ども」たちの悲鳴(大藪 謙介, 間野 まりえ)2024年02月14日 21時00分54秒

児童養護施設 施設長 殺害事件-児童福祉制度の狭間に落ちた「子ども」たちの悲鳴(大藪 謙介, 間野 まりえ)
とても大事なことがいっぱい詰まった本でした。
メインタイトルよりも、サブタイトルの方が、本の内容を正確に表現しているかもしれません。

児童養護施設で育つ子たちには18歳の壁があり、そこから先のアフターケアが、行政の制度としてはないわけです。
現在の日本では大学進学率が50%を超えますから、18歳で経済的に自立するのは相当難しいものがあります。

こうした部分を民間の法人が支えているというのは、ちょっと変だと思います。
そしてその法人に寄付をする国民という構図。

政治って何のためにあるんでしょうか?
増税をしてまで、防衛費を倍増することも政治の役割かもしれませんが、日本国民の中の最も弱い部分を支えるのも政治ではないでしょうか?

こうした本を読むと、自分に何ができるか深く考えざるを得ません。
みなさんも読んでみてください。

児童養護施設という私のおうち(田中れいか)2024年02月04日 21時00分07秒

児童養護施設という私のおうち(田中れいか)
うちのクリニックには、児童養護施設から患者さんが時々受診します。
理由は定かではありませんが、単純に距離が近いということかもしれません。
子どもには(当然ながら)職員さんが付き添ってきますが、不思議なことに、一目で親子ではないなと分かってしまうんですよね。
雰囲気なんでしょうか。
保育園で子ども怪我があったとき、保育士さんが子どもをクリニックに連れてくることが多々あります。
こういう時は、付き添っているのが保育士さんなのか、母親なのか区別がつかないんですよね。
どこが違うのかよく分かりません。

さて、児童養護施設で暮らす子はどういう生活をしているのでしょうか。
この本には、それが具体的に書かれています。
また、現在進行形で、子どもたちの生活(例えばスマホを持てるかどうか)も変化しつつあることも書かれています。

そして18歳の壁。
施設の子も、里親に育てられた子も、18歳になると自立しなければなりません。
大学進学は至難の業です。進学するとなると、奨学金をもらって授業料に当て、生活費はアルバイトで稼ぎ出さなければなりません。
したがって進学する人はかなり少なく、また進学しても辞めてしまう人がけっこういるそうです。

養育しない親をいくら非難したところで、何の解決にもなりませんから、18歳で社会に出ていく子ども(法律上は大人)たちを、われわれが支えなければなりません。
そのためにはどうすればいいのでしょうか?

施設の卒業生を支援する団体はけっこうあります。そういう団体に寄付などをして応援するのも一つの選択肢でしょう。
ぼくも実施しています。
でもそれだけでいいのでしょうか?
そもそも、なぜ個人が寄付しないと回っていかないのでしょうか?
国は子どもたちのために何をしてくれるのかな。

ぼくの人生も後半戦ですから、何が自分にできるか、じっくり考え、また実行していきたいと思っています。
みなさんもこの本を読んでみてください。

きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」(田内学)2024年02月02日 20時51分34秒

きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」(田内学)
ベストセラーだし、長女も面白いと言っていたので読んでみました。
物語る力はとても秀逸で、すぐに読めてしまいました。
ですが肝心のお金にまつわる話がよく理解できませんでした。
ぼくって頭が悪いの? と薄々思っていましたが、本当にそうかもしれません(笑)。
興味を持たれた方は、ぜひどうぞ。

ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。(古瀬祐気)2024年01月28日 21時11分17秒

ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。(古瀬祐気)
全体として3部構成で、1部が西アフリカのエボラウイルス感染症の話、2部がご自身のキャリアの話、3部が新型コロナ対策の専門家チームの話。
本のタイトルは1部を指していると思われますが、2部と3部はまったくタイトルに関係ありません。

古瀬祐気さんは有名人らしいので、ファンも多いでしょう。興味のある方は、ぜひ、どうぞ。

死刑について(平野 啓一郎)2024年01月25日 22時25分15秒

死刑について(平野 啓一郎)
本日、京都アニメーション事件で被告に死刑判決が出ました。
次女(21)と死刑制度について語り合ってしまいました。
この本は作家が考える死刑廃止論です。
いろいろな面から論じていましたが、はっとするような新しい視点は特になかったように思います。
自分の近しい人が殺されたら、犯人を死刑にしてほしい。そうした遺族の感情が死刑制度の維持につながっていると思います。
だけど、ぼくはこうしたロジックを乗り越えなければいけないと思います。
でも、はっきり言って日本人には乗り越えられないでしょう。
ものすごく保守的な国民性なので。
欧州のネオナチが、日本を理想の国と考えているというのには笑えました。
移民や難民を受け入れず、死刑制度があるからなんだそうです。

成瀬は信じた道をいく(宮島未奈)2024年01月24日 18時50分23秒

成瀬は信じた道をいく(宮島未奈)
成瀬シリーズ第二弾です。
いや、今回も最高におもしろかった!
成瀬あかりという強烈なキャラを通して、それぞれの登場人物の人間性とか心の内が、大変よく描かれているんですよね。
もちろんストーリーのおもしろさも申し分ありません。
小説家って何でこういうおもしろい話を書けるのかな?
不思議で仕方ありません。
読んでみてください。おススメします。

遺伝子が語る免疫学夜話 自己を攻撃する体はなぜ生まれたか?(橋本求)2024年01月23日 22時29分23秒

遺伝子が語る免疫学夜話 自己を攻撃する体はなぜ生まれたか?(橋本求)
めちゃめちゃ面白くて一気読みでした(正確には二晩)。
筆者は自己免疫疾患の専門家。つまり、関節リウマチとか、ちょっと専門的な病名を出すと SLE とかの、自分の免疫が自分を攻撃してしまう病気です。
なぜこういうことが起きるのでしょうか?
それを普通に解説したところで、本として成立しません。

そこで、
1 自然選択としての免疫現象
2 衛生仮説という考え方
3 進化の観点からの免疫
を述べていきます。

こう書くとちょっと抽象的で分かりにくいかもしれませんね。かと言って本書を一言ではまとめられません。
あえて表現すれば、人類の歴史は感染症との戦いでした。
ウイルス・細菌・寄生虫と人間は戦ってきました。
その結果、免疫系を発達させてきて、これを上手のコントロールしてきました。
ところがそうした遺伝子が、戦う相手がいなくなったときに、自己や周囲環境に向かい、自己免疫疾患やアレルギーになっていったのです。

ぼくもさすがに医者なので、そうした全体的な流れは知っていました。
しかし、ここまで最新の知見を提示して、最先端の医学・科学を駆使して説明されると、あっと驚き感嘆するしかありません。
ああ、なるほど、そうなっているのか!

いやあ、こういう本ってどうやったら書けるんでしょうか?
先端サイエンスを知っていることはもちろんですが、そうした知識を結びつけて、ストーリーとして完成させるには、並外れた洞察力が必要なんじゃないでしょうか。
悔しいけれど、ぼくには絶対に書けないなと思いました。
最高におもしろい知的興奮の一冊でした。

最後におまけを。
筆者は制御性T細胞を発見した坂口志文先生のお弟子さんなんですね。
そして、多田富雄先生のサプレッサーT細胞。千葉大医学部が誇る「世界の多田先生」ですが、この細胞は「眉唾ものとして歴史の彼方に葬りさられていきました」とばっさり切り捨てられていました。しかたないですよね。

大変いい本でした。
最後のメッセージもよかった。子どもは大いに「非」衛生的な環境で大いに遊びなさいというアドバイスは本当にその通りだと思います。
また、開業医が不要な抗生剤を処方するのも、強く戒められています。まったく同じ意見です。

みなさん、ぜひ読んでみてください。おススメします!

ピンヒールで車椅子を押す(畠山織恵)2024年01月21日 23時07分44秒

ピンヒールで車椅子を押す(畠山織恵)
重い脳性麻痺の子と共に生きたおよそ20年の記録です。
タイトルから、母親が「ケアの人生から社会進出へ」移行するストーリーかと思い込みましたが、全然そんな内容ではありませんでした。
脳性麻痺のお子さんがいかに成長していくか、どう自立していくかの貴重な記録になっていました。
とても良質なノンフィクションでした。

終盤は、お子さんの話は出てこず、母親の人生が語られます。
ちょっと自己啓発本みたいな雰囲気になりますが、読んでいて大変読み応えがあり、母親の成長の軌跡もとてもよく分かりました。

ぼくはいつも講演で、「自分が生きる世界を変えようと思ったら、自分が変わらなくてはいけない」と言っています。
筆者も「自分が行動することで、変わる」と言っていましたので、考え方として共通な部分が多いなと感じました。

重い障害の子をどう育てるか。ぜひ、読んでみてください。

怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ(森合正範)2024年01月21日 14時42分40秒

怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ(森合正範)
ボクサー井上尚弥に敗れた選手にインタビューすることで、井上の強さを描くノンフィクションです。
インタビューした選手の数がちょっと少ないことが残念でしたが、大変クオリティーの高い内容になっていました。
ただ単に、井上の怪物ぶりを表現するだけでなく、敗れたボクサーの人生がしっかり描けていました。
一級品の作品です。

ぼくは井上尚弥の試合を生放送で観たことは一度もありません。興味がないのではなく、テレビを観る習慣がないからです。
でもさすがにその強さは知っていました。
でもこの本を読んで、井上はアマチュア時代からモンスターであってこと、そして現在は、スピード・パワー・ディフェンス・頭脳と完璧な選手と知りました。

だから敗れたボクサーたちは、井上との試合を語ろうとするんですよね。
敗けてプライドを失うのではなく、井上と闘ったことでプライドを得たのだと思います。

この本の出だしには、筆者のボクシングに対する思い入れが書かれていますが、そこもまたよかったです。
それからのこの方は文章が非常にいいですね。新聞記者だから当たり前か。

傑作に仕上がっています。ぜひ、おススメします。