新・餓狼伝 巻ノ三-武神伝説編 (双葉文庫) 夢枕 獏 ― 2019年05月05日 23時48分45秒
いつになったら決着がつくの?とか、
登場人物がどこまで増えるの?とか、
最初の頃とコンセプトが変わっていない?とか、
あの人はどこへ行っちゃったの?とか、
で、何が書きたいの?とか、
突っ込みどころが多すぎて、突っ込みきれないのだけれど、まあ、何だかんだ言って読んでしまう。
面白かったかと聞かれると何とも微妙。
格闘小説が「会話」小説になってしまった。
これはもう完結させない気だな。
登場人物がどこまで増えるの?とか、
最初の頃とコンセプトが変わっていない?とか、
あの人はどこへ行っちゃったの?とか、
で、何が書きたいの?とか、
突っ込みどころが多すぎて、突っ込みきれないのだけれど、まあ、何だかんだ言って読んでしまう。
面白かったかと聞かれると何とも微妙。
格闘小説が「会話」小説になってしまった。
これはもう完結させない気だな。
進化とはなんだろうか (岩波ジュニア新書)長谷川 眞理子 ― 2019年05月03日 22時53分29秒
進化について広く、そして、決して浅くはないレベルまで知りたい人にはこの本がいいと思います。
岩波ジュニア新書は「ジュニア」と言いながら、全然子ども向けではありません。もちろん良い意味ですよ。
高校生から大人までを対象にした優れた本が多いのですが、本作品もそれに当てはまります。
興味のある方はぜひ読んでみてください。
さて、昨日のブログで20世紀最高の科学者について書きましたが、ワトソンとクリックのDNA2重らせんの発見を忘れていましたね。
二人がDNAの構造を解き明かしたのが、1953年。
利根川進先生が免疫の多様性を遺伝子レベルで解明したのが、1970年代。
マリスのPCRの発明が1980年代。
いや、すごいスピードですね。
ぼくが死ぬまでにサイエンスの世界は今とまったく違うものになっているかもしれませんね。
岩波ジュニア新書は「ジュニア」と言いながら、全然子ども向けではありません。もちろん良い意味ですよ。
高校生から大人までを対象にした優れた本が多いのですが、本作品もそれに当てはまります。
興味のある方はぜひ読んでみてください。
さて、昨日のブログで20世紀最高の科学者について書きましたが、ワトソンとクリックのDNA2重らせんの発見を忘れていましたね。
二人がDNAの構造を解き明かしたのが、1953年。
利根川進先生が免疫の多様性を遺伝子レベルで解明したのが、1970年代。
マリスのPCRの発明が1980年代。
いや、すごいスピードですね。
ぼくが死ぬまでにサイエンスの世界は今とまったく違うものになっているかもしれませんね。
人間の由来 (講談社学術文庫) チャールズ・ダーウィン ― 2019年05月02日 22時35分49秒
20世紀の最高の科学者は誰でしょうか?
少し考えただけでも何人かの名前が挙がってきます。
ジークムント・フロイト。アルベルト・アインシュタイン。それからキャリー・マリス。
マリスのPCRの発明を超えた研究は、21世紀にはまだないと思います。
では遡って19世紀は?
これはもちろん、チャールズ・ダーウィンでしょう。
ダーウィンの進化論は、生物学の基盤を作ったのみならず、キリスト教的価値判断を根本から覆してしまいました。
それまでの生物学は、博物学であり、この世に存在する生き物はすべて神が作ったとヨーロッパでは信じられていました。
コペルニクスもニュートンもキリスト教を堅く信じていました。神が作った世界がどうなっているかを知りたくて、彼らは地動説を考え、万有引力を見つけたのです。
ですが、ダーウィンはそうではありませんでした。カトリックの教えを真っ向から否定し、無生物から生命の元が誕生し、その生命は多種多様に枝分かれしていったと考えたのです。
大事なポイントは「枝分かれ」であり、「進歩」ではないということ。それが「進化」の姿とダーウィンは捉えたのです。
進化のキーワードは「(遺伝子)変異」「生存競争」「自然淘汰」です。
自然淘汰という言葉を使うと、劣ったものは滅びるとか、弱肉強食とかいう言葉を想起する人が多いかもしれません。
しかしそれは間違いです。
ダーウィンが言っていることは、「変異」はアトランダムに起こり、それが同じ種の中で「生存競争」に有利に働いた場合、そうした遺伝形質は選択を受ける、つまり「自然淘汰」が起こるということです。これが進化のエンジンですね。
障害児のことを論ずると、必ずお約束のように「自然界であれば淘汰された命だ」という生命軽視の意見が出てきます。
社会ダーウィニズムです。
しかしダーウィン本人はそんなことは言っていません。
社会的および道徳的能力を持った人間の集団の方が、それらを欠いた人間の集団よりも生存に有利なのです。
その結果、社会的・道徳的能力は文明世界の中に広まっていくわけです。
一つの思想が100年を超えるというのは、やはり偉大だと思います。
追記)
障害児が生きていけない社会というのは、獣の世界です。あるいは、無政府状態です。「障害者福祉にカネをかけるな」という発言をする人は、日本という国家を転覆させようとしているのではないでしょうか。
社会福祉・社会保障の向上は、我が国の憲法第25条にちゃんと書かれています。
少し考えただけでも何人かの名前が挙がってきます。
ジークムント・フロイト。アルベルト・アインシュタイン。それからキャリー・マリス。
マリスのPCRの発明を超えた研究は、21世紀にはまだないと思います。
では遡って19世紀は?
これはもちろん、チャールズ・ダーウィンでしょう。
ダーウィンの進化論は、生物学の基盤を作ったのみならず、キリスト教的価値判断を根本から覆してしまいました。
それまでの生物学は、博物学であり、この世に存在する生き物はすべて神が作ったとヨーロッパでは信じられていました。
コペルニクスもニュートンもキリスト教を堅く信じていました。神が作った世界がどうなっているかを知りたくて、彼らは地動説を考え、万有引力を見つけたのです。
ですが、ダーウィンはそうではありませんでした。カトリックの教えを真っ向から否定し、無生物から生命の元が誕生し、その生命は多種多様に枝分かれしていったと考えたのです。
大事なポイントは「枝分かれ」であり、「進歩」ではないということ。それが「進化」の姿とダーウィンは捉えたのです。
進化のキーワードは「(遺伝子)変異」「生存競争」「自然淘汰」です。
自然淘汰という言葉を使うと、劣ったものは滅びるとか、弱肉強食とかいう言葉を想起する人が多いかもしれません。
しかしそれは間違いです。
ダーウィンが言っていることは、「変異」はアトランダムに起こり、それが同じ種の中で「生存競争」に有利に働いた場合、そうした遺伝形質は選択を受ける、つまり「自然淘汰」が起こるということです。これが進化のエンジンですね。
障害児のことを論ずると、必ずお約束のように「自然界であれば淘汰された命だ」という生命軽視の意見が出てきます。
社会ダーウィニズムです。
しかしダーウィン本人はそんなことは言っていません。
社会的および道徳的能力を持った人間の集団の方が、それらを欠いた人間の集団よりも生存に有利なのです。
その結果、社会的・道徳的能力は文明世界の中に広まっていくわけです。
一つの思想が100年を超えるというのは、やはり偉大だと思います。
追記)
障害児が生きていけない社会というのは、獣の世界です。あるいは、無政府状態です。「障害者福祉にカネをかけるな」という発言をする人は、日本という国家を転覆させようとしているのではないでしょうか。
社会福祉・社会保障の向上は、我が国の憲法第25条にちゃんと書かれています。
安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定 (中公新書) 松田 純 ― 2019年04月29日 21時43分58秒
安楽死・尊厳死について書かれた本です。最初は世界の中で、安楽死がどのように行われているかを紹介する作品と思って読み始めました。
ま、ぼくも一応医者なので、その辺の知識は持っていました。
しかしその記述は精密で、豊富なデータを図表を交えて解説してくれました。
ぼくは大学病院に勤務していた時、100人くらいの子どもの死に立ち会っています。
大人の医療をやっていれば、死に立ち会うのは当然で、外科医などは「手術した数だけ死に立ち会う」と言われた時代もありました。
けれども、子どもの死というものは、あってはならないものです。
年端のいかない幼な子が命を失うのは悲劇としか言いようがありません。
では、子どもが死ぬとき、ぼくらは何をするのでしょうか?
それは大変微妙な話で軽々にここでは書くことはできません。
ただ、必ず心がけていることは
① 痛みを除いてやること
② 残酷な延命はしないこと
③ そしてそれを家族全員が納得して望んでいること
です。子どもの死を看取るということは、小児医療の中で最も医者の総合的な実力が問われる瞬間かもしれません。
消極的安楽死とか尊厳死とかいう言葉がありますが、ぼくはそういう言葉の定義がどうというよりも、子どもの最期の瞬間に、子どものために集まってきた家族全員が心安らかになるよう最大限の力を注いだと言えます。
さて、本書に話を戻すと、安楽死の問題は、常に患者の権利を脅かす危険と背中合わせであることを警告しています。
つまり優生思想との関係性を避けて論じることはできないというわけです。
話は必然的に社会ダーウィニズムに進んで行くのですが、ダーウィンは優生思想にある一定の理解を示しながらも、倫理の進化が人間を今日に導いていると考えます。
つまり、体力とか知力に優れた者が「自然選択」あるいは「淘汰」されると単純には考えず、仲間に対して共感する力や道徳的感情を持っている人間の集団の方が、「適者生存」すると指摘しているのです。
ぼくもまったくその通りだと思います。このダーウィンの考え方はもっともっと強調されてもいいはずです。
いい本ですので、オススメします。
ま、ぼくも一応医者なので、その辺の知識は持っていました。
しかしその記述は精密で、豊富なデータを図表を交えて解説してくれました。
ぼくは大学病院に勤務していた時、100人くらいの子どもの死に立ち会っています。
大人の医療をやっていれば、死に立ち会うのは当然で、外科医などは「手術した数だけ死に立ち会う」と言われた時代もありました。
けれども、子どもの死というものは、あってはならないものです。
年端のいかない幼な子が命を失うのは悲劇としか言いようがありません。
では、子どもが死ぬとき、ぼくらは何をするのでしょうか?
それは大変微妙な話で軽々にここでは書くことはできません。
ただ、必ず心がけていることは
① 痛みを除いてやること
② 残酷な延命はしないこと
③ そしてそれを家族全員が納得して望んでいること
です。子どもの死を看取るということは、小児医療の中で最も医者の総合的な実力が問われる瞬間かもしれません。
消極的安楽死とか尊厳死とかいう言葉がありますが、ぼくはそういう言葉の定義がどうというよりも、子どもの最期の瞬間に、子どものために集まってきた家族全員が心安らかになるよう最大限の力を注いだと言えます。
さて、本書に話を戻すと、安楽死の問題は、常に患者の権利を脅かす危険と背中合わせであることを警告しています。
つまり優生思想との関係性を避けて論じることはできないというわけです。
話は必然的に社会ダーウィニズムに進んで行くのですが、ダーウィンは優生思想にある一定の理解を示しながらも、倫理の進化が人間を今日に導いていると考えます。
つまり、体力とか知力に優れた者が「自然選択」あるいは「淘汰」されると単純には考えず、仲間に対して共感する力や道徳的感情を持っている人間の集団の方が、「適者生存」すると指摘しているのです。
ぼくもまったくその通りだと思います。このダーウィンの考え方はもっともっと強調されてもいいはずです。
いい本ですので、オススメします。
がん免疫療法とは何か(本庶 佑) ― 2019年04月27日 19時46分29秒
2冊の本が元になってこの本が出来上がっていますので、ある意味では論文集の形をとっています。
したがってタイトル通りの内容を期待すると、ちょっと裏切られるかもしれません。
PD-1 に関する説明は、サイエンスに関して知識がある人が読めば理解できるでしょう。しかし一般の人には難しいと思います。
「精神と物質」(立花隆・利根川進)のように誰かライターさんがインタビューする形をとった方が絶対によかったと思います。
もう一つの柱である「いのち」を巡る論考にはうなずける部分が多々あり、さすがノーベル賞受賞サイエンティストだと思いました。
先生は大所高所からサイエンスを見ていますから、物理学と生命科学(生物学)の今の状況の違いとか、今後の生命科学の進むべき方向とか、科学研究にかける国の予算の付け方とか、納得できる主張がたくさんありました。
また、科学ジャーナリストに対する、あるいはそのレベルに達していないメディアに対する批判も実に的を射ていると感じました。
STAP細胞捏造事件も、HPVワクチンの事実上中止もメディアの責任が大きいと先生は厳しく論じています。
先生は忙しくて本を書いている時間なんてないと思いますが、過去の文章の論文集ではなく、書き下ろしで一つの世界観を語ってくれたら、もっと素晴らしい作品がレガシーとして残るのに・・・と強く思いました。
したがってタイトル通りの内容を期待すると、ちょっと裏切られるかもしれません。
PD-1 に関する説明は、サイエンスに関して知識がある人が読めば理解できるでしょう。しかし一般の人には難しいと思います。
「精神と物質」(立花隆・利根川進)のように誰かライターさんがインタビューする形をとった方が絶対によかったと思います。
もう一つの柱である「いのち」を巡る論考にはうなずける部分が多々あり、さすがノーベル賞受賞サイエンティストだと思いました。
先生は大所高所からサイエンスを見ていますから、物理学と生命科学(生物学)の今の状況の違いとか、今後の生命科学の進むべき方向とか、科学研究にかける国の予算の付け方とか、納得できる主張がたくさんありました。
また、科学ジャーナリストに対する、あるいはそのレベルに達していないメディアに対する批判も実に的を射ていると感じました。
STAP細胞捏造事件も、HPVワクチンの事実上中止もメディアの責任が大きいと先生は厳しく論じています。
先生は忙しくて本を書いている時間なんてないと思いますが、過去の文章の論文集ではなく、書き下ろしで一つの世界観を語ってくれたら、もっと素晴らしい作品がレガシーとして残るのに・・・と強く思いました。
強制不妊――旧優生保護法を問う(毎日新聞取材班) ― 2019年04月21日 21時39分58秒
旧優生保護法により、本人の同意を得ない不妊(優生)手術が、約16500人に行われました。
同意を得た不妊手術を含めると、約25000になり、母体保護を目的にした手術まで数えると84万5000になると言われています。
この法律は1948年から1996年まで存在していました。
昭和から平成にかけての最大の人権侵害だったかもしれません。
しかしながら話が難しいのは、この事件には大勢の被害者が確実に存在する一方で、障害者の家族も手術を望んだという一面もあることです。
不妊手術を認可したり、手術をおこなった医師に対する批判も強いようですが、医師を非難してそれですべてという訳にはいきません。
政治家も問題視していなかったし、ジャーナリストもこの問題についてまったく報じてきませんでした。
ぼくの感想を書けば、当時(と言ってもつい最近ですが)の意識としては、日本人の心の中に優生思想を許容する文化があったことが最大の悲劇だと思います。
追記)4月24日、旧法から71年目にして救済法が成立しました。しかしこれによって国家賠償請求が取り下げられるわけではありません。
同意を得た不妊手術を含めると、約25000になり、母体保護を目的にした手術まで数えると84万5000になると言われています。
この法律は1948年から1996年まで存在していました。
昭和から平成にかけての最大の人権侵害だったかもしれません。
しかしながら話が難しいのは、この事件には大勢の被害者が確実に存在する一方で、障害者の家族も手術を望んだという一面もあることです。
不妊手術を認可したり、手術をおこなった医師に対する批判も強いようですが、医師を非難してそれですべてという訳にはいきません。
政治家も問題視していなかったし、ジャーナリストもこの問題についてまったく報じてきませんでした。
ぼくの感想を書けば、当時(と言ってもつい最近ですが)の意識としては、日本人の心の中に優生思想を許容する文化があったことが最大の悲劇だと思います。
追記)4月24日、旧法から71年目にして救済法が成立しました。しかしこれによって国家賠償請求が取り下げられるわけではありません。
ヨミドクター、連載を終えて ― 2019年04月19日 11時05分48秒
編集長にインタビューを受けました。
2日連続で上下に分けて掲載されました。興味のある方は、ちょっと覗いてみてください。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190415-OYTET50014/
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190415-OYTET50018/
うちのクリニックに来ている人は知っていると思いますが、僕が着ているのは、アップル社のプライドTシャツです。レインボーカラーですね。
2日連続で上下に分けて掲載されました。興味のある方は、ちょっと覗いてみてください。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190415-OYTET50014/
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190415-OYTET50018/
うちのクリニックに来ている人は知っていると思いますが、僕が着ているのは、アップル社のプライドTシャツです。レインボーカラーですね。
メディアは誰のものか――「本と新聞の大学」講義録 (集英社新書) 一色 清, 姜 尚中ほか ― 2019年04月17日 17時44分16秒
これは大変いい本でした。
あまりベストセラーという感じではありませんが、こういう本こそ売れて欲しいですね。
メディアは誰のものか? 答えを言えば、私たちのものです。
それには理由が二つあって、一つは、メディアは権力者のものではない(はず・べき)ということ。もう一つは、ソーシャルメディアを使って私たちが情報を発信している時代になっているということです。
この本の中にはたくさんの論者が登場しますが、一色さんのジャーナリストとしての感覚に感銘を受けました。マスメディアに対してネットの世界から「マスゴミ」という悪罵があびせかけられることがあります。
一色さんはそうした言葉に感情的にならず、どうしてマスメディアが批判されるのかを冷静に分析しています。
その分析は、津田大介さんの分析にも共通しています。
ネット世論は、「非マイノリティ」の政治によって作られる。
非マイノリティとは、「普通の日本人」という多数派に属しながらも十分に満たされていないと感じている。
この人たちは、「在日コリアン」「障害者」「女性」といった「弱者」が何か権利を得ようとすると、自分たちは満たされていないのに、なぜこの連中はいい思いをするのだ!と腹を立てるわけです。
そしてマスメディアはそうした「弱者」の側に付きますから、非マイノリティから見れば、マスコミは敵なんです。つまりゴミですね。
一方、ネットメディアは(この世界は玉から石まで様々ですが)、言わば「本音」で主義主張をぶつけてくる。
すると、目からウロコが落ちたような錯覚に陥り、ここに真実があると思ってしまうのですね。
しかしこれはあくまでもネット世論の出来方を説明しているのであって、日本人がみんな新聞よりもネットニュースを信じているということではありません。
それは世論調査ではっきりと現れています。日本人が最も信頼しているのは、NHKと新聞です。
ヤフーニュースなどにつくコメントは、相当、日本人の一般的な意見と乖離しているように見えますが、彼らは彼女らは、ネトウヨというよりも、非マイノリティなんでしょうね。
右翼というほど、思想的に成熟している訳ではありません。
いずれにしてもこの本は、ジャーナリズムとはなにか? メディアとは何かを考え、思考を整理するのに大変すぐれた1冊です。
読売新聞の書評欄には絶対に載らないでしょう。
オススメの作品です。
あまりベストセラーという感じではありませんが、こういう本こそ売れて欲しいですね。
メディアは誰のものか? 答えを言えば、私たちのものです。
それには理由が二つあって、一つは、メディアは権力者のものではない(はず・べき)ということ。もう一つは、ソーシャルメディアを使って私たちが情報を発信している時代になっているということです。
この本の中にはたくさんの論者が登場しますが、一色さんのジャーナリストとしての感覚に感銘を受けました。マスメディアに対してネットの世界から「マスゴミ」という悪罵があびせかけられることがあります。
一色さんはそうした言葉に感情的にならず、どうしてマスメディアが批判されるのかを冷静に分析しています。
その分析は、津田大介さんの分析にも共通しています。
ネット世論は、「非マイノリティ」の政治によって作られる。
非マイノリティとは、「普通の日本人」という多数派に属しながらも十分に満たされていないと感じている。
この人たちは、「在日コリアン」「障害者」「女性」といった「弱者」が何か権利を得ようとすると、自分たちは満たされていないのに、なぜこの連中はいい思いをするのだ!と腹を立てるわけです。
そしてマスメディアはそうした「弱者」の側に付きますから、非マイノリティから見れば、マスコミは敵なんです。つまりゴミですね。
一方、ネットメディアは(この世界は玉から石まで様々ですが)、言わば「本音」で主義主張をぶつけてくる。
すると、目からウロコが落ちたような錯覚に陥り、ここに真実があると思ってしまうのですね。
しかしこれはあくまでもネット世論の出来方を説明しているのであって、日本人がみんな新聞よりもネットニュースを信じているということではありません。
それは世論調査ではっきりと現れています。日本人が最も信頼しているのは、NHKと新聞です。
ヤフーニュースなどにつくコメントは、相当、日本人の一般的な意見と乖離しているように見えますが、彼らは彼女らは、ネトウヨというよりも、非マイノリティなんでしょうね。
右翼というほど、思想的に成熟している訳ではありません。
いずれにしてもこの本は、ジャーナリズムとはなにか? メディアとは何かを考え、思考を整理するのに大変すぐれた1冊です。
読売新聞の書評欄には絶対に載らないでしょう。
オススメの作品です。
遥かなる甲子園(山本おさむ) ― 2019年04月14日 19時24分26秒
漫画全10巻を読みました。
先天性風疹症候群により、難聴として生まれて来た子どもたちが、野球で甲子園を目指す話です。
もう少し正確に言うと、高野連に加盟することに球児たちや大人たちが奮闘する物語です。
原作はノンフィクション。
それを山本さんが脚色したようです。
ろうの問題には、昔から関心があります。
耳が聞こえないというのは、人と人とのつながりが切れる障害です。その苦労は私たち健聴者にはとても理解できないでしょう。
ぼくの患者で、高度難聴の子がいます。いえ、もう20を超えましたから大人ですね。
この子のことは、拙著『命のダイアリー』で書いたのですが、今から考えると表現が全然十分ではなかったような気がします。
就職にあたっては、ぼくも企業に相談を持ちかけたりしました。
結局、自分の力で就職先を見つけたので、ぼくの出る幕ではなかった感じです。
ろう学校の中では、手話や指文字を使って生き生きと生活していたその子も、会社の中では意志の疎通がうまくいかず、毎日が辛い思いだそうです。
聞こえないと電話も取れませんから、仕事の上での困難は筆舌に尽くしがたいものがあるでしょう。
もちろん、この子はもうぼくのクリニックには通っていませんが、時々、お母さまとはメールで連絡を取り合って、本人の近況などを教えてもらっています。
ぼくにできる具体的な支援はほとんどありませんので、ぼくは親子の話を聞いて励まし続けています。これくらいしかできません。
山本おさむさんには、『どんぐりの家』という名作もあります。
あの作品にも泣かされましたが、本作も涙無しには読めませんでした。
義務教育に道徳なんて入れる必要はないから、手話を教えればいいのにと思います。
それから、風疹の流行はなかなか解決しませんね。
みんな人ごとと思っているのでしょうか?
対象の人は、有給休暇をとって抗体価をチェックして、必要な人はワクチンを打って下さいね。
先天性風疹症候群により、難聴として生まれて来た子どもたちが、野球で甲子園を目指す話です。
もう少し正確に言うと、高野連に加盟することに球児たちや大人たちが奮闘する物語です。
原作はノンフィクション。
それを山本さんが脚色したようです。
ろうの問題には、昔から関心があります。
耳が聞こえないというのは、人と人とのつながりが切れる障害です。その苦労は私たち健聴者にはとても理解できないでしょう。
ぼくの患者で、高度難聴の子がいます。いえ、もう20を超えましたから大人ですね。
この子のことは、拙著『命のダイアリー』で書いたのですが、今から考えると表現が全然十分ではなかったような気がします。
就職にあたっては、ぼくも企業に相談を持ちかけたりしました。
結局、自分の力で就職先を見つけたので、ぼくの出る幕ではなかった感じです。
ろう学校の中では、手話や指文字を使って生き生きと生活していたその子も、会社の中では意志の疎通がうまくいかず、毎日が辛い思いだそうです。
聞こえないと電話も取れませんから、仕事の上での困難は筆舌に尽くしがたいものがあるでしょう。
もちろん、この子はもうぼくのクリニックには通っていませんが、時々、お母さまとはメールで連絡を取り合って、本人の近況などを教えてもらっています。
ぼくにできる具体的な支援はほとんどありませんので、ぼくは親子の話を聞いて励まし続けています。これくらいしかできません。
山本おさむさんには、『どんぐりの家』という名作もあります。
あの作品にも泣かされましたが、本作も涙無しには読めませんでした。
義務教育に道徳なんて入れる必要はないから、手話を教えればいいのにと思います。
それから、風疹の流行はなかなか解決しませんね。
みんな人ごとと思っているのでしょうか?
対象の人は、有給休暇をとって抗体価をチェックして、必要な人はワクチンを打って下さいね。
編集長、来る ― 2019年04月14日 12時37分51秒
先週、ヨミドクターの編集長さんがクリニックにお見えになりました。
『いのちは輝く』の連載終了にあたって、これまでの記事を振り返るインタビューです。
やはりこういうインタビューを受けるのはぼくにとってとても大事なことで、聞かれるので一生懸命考えます。
すると分からなかったことが、分かっていったりするのです。
実は、活字になっていなくても、ぼくは時々、新聞社やテレビ局からインタビューを受けています。
インタビューする彼ら彼女らの参考になればと思って応じているのですが、答えている自分の方が勉強になったりします。
大学病院で働いていたときは、「ただ、ひたすら命をたすける」という思いしかありませんでしたが、『運命の子』をきっかけにして深く生命を巡る重みについて考えるようになり、自分の思索はそれなりに深まったような気がします。
さて、編集長さんによるインタビューは、あと、2〜3週したら、ヨミドクターに掲載されると思います。
上下2回に分けて登場する予定です。
ヨミドクターのPV数は、2306万と先日ここで書きました。
記事はYahoo! に配信されてそちらでも読まれます。編集部にYahoo! でのPV数を調べて頂いたところ、その数、8573万でした。
合計すると、1億879万となります。
これだけの人が、ぼくの原稿を見てくれたと思うと、感謝しかありません。
「編集長インタビュー」の掲載が決まったら、またご報告しますね。
『いのちは輝く』の連載終了にあたって、これまでの記事を振り返るインタビューです。
やはりこういうインタビューを受けるのはぼくにとってとても大事なことで、聞かれるので一生懸命考えます。
すると分からなかったことが、分かっていったりするのです。
実は、活字になっていなくても、ぼくは時々、新聞社やテレビ局からインタビューを受けています。
インタビューする彼ら彼女らの参考になればと思って応じているのですが、答えている自分の方が勉強になったりします。
大学病院で働いていたときは、「ただ、ひたすら命をたすける」という思いしかありませんでしたが、『運命の子』をきっかけにして深く生命を巡る重みについて考えるようになり、自分の思索はそれなりに深まったような気がします。
さて、編集長さんによるインタビューは、あと、2〜3週したら、ヨミドクターに掲載されると思います。
上下2回に分けて登場する予定です。
ヨミドクターのPV数は、2306万と先日ここで書きました。
記事はYahoo! に配信されてそちらでも読まれます。編集部にYahoo! でのPV数を調べて頂いたところ、その数、8573万でした。
合計すると、1億879万となります。
これだけの人が、ぼくの原稿を見てくれたと思うと、感謝しかありません。
「編集長インタビュー」の掲載が決まったら、またご報告しますね。
最近のコメント