地面師連絡役カトウ: 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白 (河合桃子) ― 2026年07月06日 20時10分24秒

地面師連絡役カトウ: 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白 (河合桃子)
第32回小学館ノンフィクション大賞受賞作です。
地面師というワードが人口に膾炙するようになってかなり経つと思いますが、本作のテーマはその地面師のようです。
ぼくはかなり昔に森功さんの『地面師』を読んでいますので、どういう形態の詐欺なのかはまあまあ知っていました。
犯罪という行為は人間性が出ますので、人間を描いている本であれば読みたいと思いました。
もちろん、小学館NF賞を取っていますので、最高レベルのノンフィクションに仕上がっているはず。
で、読んでみました。

最初から、登場人物の多さに圧倒されます。
これだけ「役者」が多いと、読む方は頭が混線します。
もっと簡略に書けないのかな・・・と思いましたが、これがあとで効いてきます。
詐欺集団って大人数で実行に及ぶし、互いのコミュニケーションが取れていなくて、ものすごく塊としてはもろいのです。
犯人はほとんどが逮捕されますが、自供の内容がバラバラなんですよね。
自分は罪を被りたくないから、それは当然かもしれませんが、誰が首謀者なのかもよくわからないのです。
魑魅魍魎の犯罪集団です。

で、主人公のカトウは連絡役というかパシリです。
著者は服役を終えたカトウから長い長い話を聞き出します。
最初は、積水ハウスから金を騙し取った詐欺の話と、報酬として得た大金を湯水のごとく使ってしまった話なのですが、やがてカトウのこれまでの人生と、これからの人生に話が移っていきます。
ぼくはその辺を大変面白く読んだのですが、ここの部分は読者によって評価が分かれるかもしれません。
要は、詐欺を描いた本ではなく、カトウという人生につまずいてしまった一人の人間を描いた本でした。

この本の一番優れている点は、筆者の物語る力です。
ストーリーテラーとしての力がとてもありました。
ぼくがカトウから話を聞いても本にできなかったように思えます。
若い書き手ですから、これからも秀作をどんどん書くのではないでしょうか。
期待しています。
いい作品でした。

さようなら、Sさん。また会いましょう ― 2026年07月12日 22時17分45秒

2013年に『運命の子 トリソミー』という本を書き、小学館ノンフィクション大賞をいただきました。
この本を書いたことでぼくの人生は変わりました。
なにしろ大賞は、その年の日本一ということですから、こんなに名誉なことはありません。
実は賞に応募したのは偶然なんです。

当時ぼくは講談社の編集者と付き合っていました。トリソミーのこと書こうと思ったきっかけもその編集者の言葉があったからです。
小児外科医にとっては当たり前のワードでも、一般の人からするとトリソミーなんて言葉は聞いたことがないわけです。
それも予後が大変に不良で、医療の対象になっていないというのは、信じられないというのです。

そうか、では書いてみよう。こうして「取材」が始まりました。
1年半くらいかかりました。
そうして出来上がった原稿。
しかし2013年頃、講談社はノンフィクションから完全に撤退していました。
その編集者は「うちからは出せない。賞に応募してはどうか」と言います。
そこで調べてみると、小学館NF大賞の締切まで、あとちょうど2ヶ月くらいあります。
受賞する自信なんてなかったけど、原稿を磨いて応募しました。

結果は、大賞。
運がよかったと思います。あのとき、講談社から本になっていたら、違う人生になっていたと思います。
やはり賞という冠は大変重みがあり、これによってぼくは次々に執筆のチャンスに恵まれました。
1作書くと、次の1作への機会が広がるのですね。
多くの出版社の編集者と出会いましたが、やはりみなさん、ぼくのことを知ってくれているのです。

その『運命の子 トリソミー』の編集をしてくれた小学館のSさん。
ぼくの原稿をとても大切にしてくれて、ほとんど応募した原稿のまま出版してくれました。
本はベストセラーになりませんでしたが、10年間で4刷になりました。ロングセラーです。
ぼくにはこちらの方がうれしいです。
そして、文庫化もしてもらいました。ありがたいことです。

Sさんは、『女性セブン』の編集者でもあり、ぼくが本を出版するたびに、セブンで特集を組んでくれました。
そのおかげで、一体どれほど本が売れたかわかりません。

そのSさんが60歳になり、定年退職を迎えました。
昨日は、神保町のフレンチレストランで送別会を行いました。
思い出たくさんなので、話は尽きません。
これからはセカンドキャリアになるそうです。
いったん、さようなら。
健康がとにかく大事。お身体お大事に、次の仕事も楽しんでください。

これまでの13年間のお付き合い。感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
またお会いしましょう。

無機的な恋人たち(濱野ちひろ) ― 2026年07月14日 22時32分13秒

無機的な恋人たち(濱野ちひろ)
この作品は、ひとことで言うととても難しい本でしたね。
性愛の対象が、人形という人たちを描いています。
ケーススタディーのような形で綴られていくので、こうした性愛の形にある種の普遍性があるのか、正直なところわかりませんでした。
ただ、個から一般へと真理を展開することは常に可能ですので、この本を読み取るためには、読者の力も試されるのではないかと思います。
このテーマに関心のある方は、ぜひ、読んでみてください。

口の立つやつが勝つってことでいいのか(頭木弘樹) ― 2026年07月20日 19時00分05秒

口の立つやつが勝つってことでいいのか(頭木弘樹)
頭木弘樹さんのエッセイです。
おもしろい・・・というより、うまいですよね。
書くテーマもうまいし、内容もうまいし、文章もうまいです。
どうやったらこういうエッセイを書けるのかな。

ぼくの書く(いわゆる)エッセイは、医療がテーマなので、個別分野のエッセイです。体験談みたいな。
でもこの本は人生のところどころで感じたことを文章にしています。
ぼくも書いてみたいけど、たぶん書けないような気がします。

印象深いテーマと文章ばかりだったのですが、敢えて1つだけ。
それは「もう1人の自分」
これはぼくもいつも考えるんですよね。
40歳で病気にならなかったら、どうなっていたかなって。
健康なもう1人のぼく。

千葉大の教授になりたかった・・・なんてそんなくだらないことは全然思っていませんが、難しい手術をして、研究をして。
そして日本全体の小児がんの治療成績を上げて。
そういう自分を見てみたかったなという思いがあります。

ぼくももうちょっとがんばって、たくさん文章を書いて、もっと上手くなりたいな。
大変刺激になりました。
いい本です。みなさんも読んでみてください。