資本主義の「終わりの始まり」: ギリシャ、イタリアで起きていること (新潮選書) 藤原 章生 ― 2013年02月21日 19時42分18秒

毎日新聞社の藤原章生の作品です。
ギリシャの映画監督・テオ=アンゲロプロスが言葉を残す。
「私たちは待合室で扉が開くのを待っている。その扉は地中海諸国で開く」と。
この言葉にいわば狂言回しの役割を持たせて、筆者はイタリア・ギリシャの市井の人、政治家、学者に話を聞きます。
筆者はメキシコ・南アフリカ特派員の経験がありますので、自分が見て聞いて感じてきたことも、そこに加えて長大な論考が進んでいきます。
一見ばらばらに見える中米・南アフリカ・南欧・福島がつながって見えるのは、いかに筆者が各地をつぶさに観察して文化の本質を抽出してきたかの証明でしょう。
自分の経験に意味を持たせて、それを有機的に成熟させていくのは、その人のセンスであり、また努力なのでしょう。
そういう考察の構築が実にみごとにできていました。
さて、本書の中で印象的だったことは多々ありますが、3つだけ挙げておきましょう。
まず、現代の若者は記憶力が劣化しているという点。
ネットの時代ですから何でも簡単に調べることができる。アクセスが容易ですから、記憶の必要がない。
その結果、「過去」を心に刻むことができない。
「過去」に盲目であれば当然未来を見通すことができません。
従って現代の若者には未来が見えていないという鋭い指摘です。
2点目は、資本主義とは経済に関する主義ではなく、宗教であるという指摘です。
私たちは共産主義を宗教と考えがちでちですが、なるほど、確かに資本主義だって立派な宗教です。
恐らくその教典は、資本主義社会では経済は成長しなくてはいけないという教えでしょう。
ぼく自身は数年前から、「脱経済成長」という考え方を持っています。
そうしなければ、日本に未来はないと思います。
だけど政治家がそんなことを言うとたちまち選挙で落選するんですね。
答えを知って言えても政治家は口にできない。政治は常に衆愚ということです。
3点目は、世界がアメリカ化しているということ。
まったくその通りです。
小泉なんとかいう男は、ブッシュのペットと揶揄されましたが、この総理大臣の世論支持率は最後まで衰えることはありませんでした。
彼のことを新自由主義とか、保守回帰とか言いますが、そうでしょうか?
「自己責任」とか「自助努力」とか言って、本来私たち日本人が持っている「助け合う」美しい心を失ってしまったのではないでしょうか?
要するに彼がやったことな「アメリカの猿まね」であり、アメリカにおべっかを使って、アメリカかぶれの、えせアメリカ文化を日本に持ち込んだだけでしょう。
本書の感想を離れてぼくの感想を付け加えると、今の日本は「分厚い中間層」が劣化していると思います。
本来、日本は中間層が強かった。自分のことを「中の上」と思っていたので、政治に対する不満が薄かった。
ところが経済成長がなくなり、中間層は「中の下」になった。
すると、下の層に手を貸そうとする優しい気持ちが消えてしまったんですね。
朝日新聞の世論調査を見ても、「生活保護費を減らしたほうがいい」、「福島の被災者へ寄り添う気持ちが風化した」という人が過半数を占めています。
これが本当に「美しい国」でしょうか?
安倍なんとかという男が舌先三寸で円安を誘導し、誰も何の汗もかかずに経済が好転する。
いや、実態はわかりませんがそういうムードです。
そして中間層の人たちは、そのムードの好況にあやかろうと、あさましく手を伸ばし、下層の人たちを足蹴にしようとしている。
まるで、「蜘蛛の糸」です。
南欧では資本主義が終わろうとしているのかもしれませんが、日本では福島原発事故の時点で資本主義の定向進化の果ての絶滅が露わになったとぼくは見ています。
ギリシャの映画監督・テオ=アンゲロプロスが言葉を残す。
「私たちは待合室で扉が開くのを待っている。その扉は地中海諸国で開く」と。
この言葉にいわば狂言回しの役割を持たせて、筆者はイタリア・ギリシャの市井の人、政治家、学者に話を聞きます。
筆者はメキシコ・南アフリカ特派員の経験がありますので、自分が見て聞いて感じてきたことも、そこに加えて長大な論考が進んでいきます。
一見ばらばらに見える中米・南アフリカ・南欧・福島がつながって見えるのは、いかに筆者が各地をつぶさに観察して文化の本質を抽出してきたかの証明でしょう。
自分の経験に意味を持たせて、それを有機的に成熟させていくのは、その人のセンスであり、また努力なのでしょう。
そういう考察の構築が実にみごとにできていました。
さて、本書の中で印象的だったことは多々ありますが、3つだけ挙げておきましょう。
まず、現代の若者は記憶力が劣化しているという点。
ネットの時代ですから何でも簡単に調べることができる。アクセスが容易ですから、記憶の必要がない。
その結果、「過去」を心に刻むことができない。
「過去」に盲目であれば当然未来を見通すことができません。
従って現代の若者には未来が見えていないという鋭い指摘です。
2点目は、資本主義とは経済に関する主義ではなく、宗教であるという指摘です。
私たちは共産主義を宗教と考えがちでちですが、なるほど、確かに資本主義だって立派な宗教です。
恐らくその教典は、資本主義社会では経済は成長しなくてはいけないという教えでしょう。
ぼく自身は数年前から、「脱経済成長」という考え方を持っています。
そうしなければ、日本に未来はないと思います。
だけど政治家がそんなことを言うとたちまち選挙で落選するんですね。
答えを知って言えても政治家は口にできない。政治は常に衆愚ということです。
3点目は、世界がアメリカ化しているということ。
まったくその通りです。
小泉なんとかいう男は、ブッシュのペットと揶揄されましたが、この総理大臣の世論支持率は最後まで衰えることはありませんでした。
彼のことを新自由主義とか、保守回帰とか言いますが、そうでしょうか?
「自己責任」とか「自助努力」とか言って、本来私たち日本人が持っている「助け合う」美しい心を失ってしまったのではないでしょうか?
要するに彼がやったことな「アメリカの猿まね」であり、アメリカにおべっかを使って、アメリカかぶれの、えせアメリカ文化を日本に持ち込んだだけでしょう。
本書の感想を離れてぼくの感想を付け加えると、今の日本は「分厚い中間層」が劣化していると思います。
本来、日本は中間層が強かった。自分のことを「中の上」と思っていたので、政治に対する不満が薄かった。
ところが経済成長がなくなり、中間層は「中の下」になった。
すると、下の層に手を貸そうとする優しい気持ちが消えてしまったんですね。
朝日新聞の世論調査を見ても、「生活保護費を減らしたほうがいい」、「福島の被災者へ寄り添う気持ちが風化した」という人が過半数を占めています。
これが本当に「美しい国」でしょうか?
安倍なんとかという男が舌先三寸で円安を誘導し、誰も何の汗もかかずに経済が好転する。
いや、実態はわかりませんがそういうムードです。
そして中間層の人たちは、そのムードの好況にあやかろうと、あさましく手を伸ばし、下層の人たちを足蹴にしようとしている。
まるで、「蜘蛛の糸」です。
南欧では資本主義が終わろうとしているのかもしれませんが、日本では福島原発事故の時点で資本主義の定向進化の果ての絶滅が露わになったとぼくは見ています。
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