「面白い本」 (岩波新書) 成毛 眞 ― 2013年02月10日 19時08分19秒

岩波新書にしては柔らかい本だと思います。
著者の成毛眞さんの読書量は大変なものですね。
書評家ではないようですが、ノンフィクションを重点的にものすごい量を読んでいます。
ぼくが年間に読む本が80〜100冊くらいですから、成毛さんはその数倍でしょう。
だけど面白いことにそんな成毛さんでもすべてのジャンルのノンフィクションを読むことはやはりできない。
格闘技は嫌いらしい。
この本を読むと、選ばれた100冊のノンフィクションは「翻訳本」と「科学・医学」に比重が大きいことが分かります。
ぼくはあまり「翻訳本」は読みません。
作家の文体を味わうことができないからです。
上手な翻訳者はたくさんいますけど、(たとえば)英語で書かれた味を再現することは不可能に近いと思います。
逆に言えば、川端康成や大江健三郎の文学をなぜ欧米人が理解できるのか、ぼくには理解できません。
医者の書く論文は基本的に英語ですが、「一般論文」は日本人が書いてもアメリカ人が書いても同じような文章になるんです。
ところが雑誌の巻頭を飾る「レビュー」には、その先生の英語の文体とか味がしっかりと出ます。
そういうものを上手に日本語に翻訳できても、味は出しようがありません。
ところが例外もあるんですね。
ぼくがこれまでに読んだ国内外のノンフィクションでトップランクの面白さだったのは、「マルコムX自伝」です。
この文章はとてもいいと思いました。
フィクションでは、「チャイルド44」の翻訳が大変うまい。
要するに翻訳者が頭の中で「意訳」して、「日本語」を書いているのではないかと、ぼくは想像しています。
サイモン・シンのサイエンスとか、医学サイエンスとか、ぼくはまったく興味がありません。
なぜかというと、まるで面白くないから。
ぼくの頭は「理系」にできていないので、これは仕方ないでしょう。
好みの問題です。
巻末に「鉄板すぎて紹介するのも恥ずかしい本」が9冊載っていましたが、恥ずかしいなどと言わず、書影は要りませんから「鉄板本」の100冊を紹介して欲しかったです。
何を以て成毛さんが「鉄板」と考えているいるか、そのリストを見れば分かりますからね。
ベスト100冊というのは、人によって案外違いますから、その辺にもとても興味があります。
ぼくも死ぬまで、ブログにマイ・ノンフィクション・ベスト100を書くつもりです。
著者の成毛眞さんの読書量は大変なものですね。
書評家ではないようですが、ノンフィクションを重点的にものすごい量を読んでいます。
ぼくが年間に読む本が80〜100冊くらいですから、成毛さんはその数倍でしょう。
だけど面白いことにそんな成毛さんでもすべてのジャンルのノンフィクションを読むことはやはりできない。
格闘技は嫌いらしい。
この本を読むと、選ばれた100冊のノンフィクションは「翻訳本」と「科学・医学」に比重が大きいことが分かります。
ぼくはあまり「翻訳本」は読みません。
作家の文体を味わうことができないからです。
上手な翻訳者はたくさんいますけど、(たとえば)英語で書かれた味を再現することは不可能に近いと思います。
逆に言えば、川端康成や大江健三郎の文学をなぜ欧米人が理解できるのか、ぼくには理解できません。
医者の書く論文は基本的に英語ですが、「一般論文」は日本人が書いてもアメリカ人が書いても同じような文章になるんです。
ところが雑誌の巻頭を飾る「レビュー」には、その先生の英語の文体とか味がしっかりと出ます。
そういうものを上手に日本語に翻訳できても、味は出しようがありません。
ところが例外もあるんですね。
ぼくがこれまでに読んだ国内外のノンフィクションでトップランクの面白さだったのは、「マルコムX自伝」です。
この文章はとてもいいと思いました。
フィクションでは、「チャイルド44」の翻訳が大変うまい。
要するに翻訳者が頭の中で「意訳」して、「日本語」を書いているのではないかと、ぼくは想像しています。
サイモン・シンのサイエンスとか、医学サイエンスとか、ぼくはまったく興味がありません。
なぜかというと、まるで面白くないから。
ぼくの頭は「理系」にできていないので、これは仕方ないでしょう。
好みの問題です。
巻末に「鉄板すぎて紹介するのも恥ずかしい本」が9冊載っていましたが、恥ずかしいなどと言わず、書影は要りませんから「鉄板本」の100冊を紹介して欲しかったです。
何を以て成毛さんが「鉄板」と考えているいるか、そのリストを見れば分かりますからね。
ベスト100冊というのは、人によって案外違いますから、その辺にもとても興味があります。
ぼくも死ぬまで、ブログにマイ・ノンフィクション・ベスト100を書くつもりです。
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