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「18トリソミーの会」への寄稿(1)2015年09月04日 00時02分57秒

1.  新型出生前診断の時代

新型出生前診断が始まって2015年の3月で2年になる。1年目の受診者は7740人だったが、2年目は1万人を超えた。本検査を経て羊水検査で胎児の染色体異常が確定したのは230人。221人が人工妊娠中絶を選択し、妊娠を継続したのはわずか4人と報じられている。

新型出生前診断とはどういうものであるか確認しておく。母体の血液中には、母体由来と胎児由来の微小なDNAの断片が含まれている。母体血を採取してDNAの塩基配列を片端から読み取っていく。母親と胎児のDNAの違いは区別しない。塩基配列がわかれば、そのDNAがどの染色体に由来しているかがわかる。つまり間接的に染色体の量をカウントしていることになる。13番・18番・21番染色体のDNAが増加していれば、それは胎児が13・18・21トリソミーであるということだ。

ただ、新型出生前診断の精度は母親の年齢が下がるほど低くなる。検査で陰性となった場合は、胎児染色体は正常であるとほぼ言えるが、陽性に出た場合は羊水穿刺による確定診断が必要になる。では、従来の羊水検査と同じではないかという意見が出るかもしれないが、それは違う。

この検査の出現によって、胎児の染色体情報を知りたいと思うカップルが増加していることは間違いない。また、検査が陽性に出れば羊水穿刺の危険を冒してまで検査を受けようと思う人が圧倒的に多いであろう。つまり新型出生前診断の出現によって、羊水穿刺の心理的ハードルは確実に下がっている。検査2年目に、受検者が1万人を超えたことがそれを裏付けている。

では、13・18・21トリソミーと診断が付いた胎児を人工妊娠中絶することは倫理的に許されるのだろうか? この問いかけは、実は倫理問題でも何でもない。なぜならば、法律上、障害胎児の人工妊娠中絶は我が国では認められていないからだ。日本には現在でも堕胎罪(刑法212〜216条)が存在しており、堕胎は罪と定められている。この法律の例外規定が母体保護法である。同法の14条に基づき、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」と、「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」は、人工妊娠中絶が許されている。だから胎児の「疾病や欠陥」を理由に中絶することは法律違反となる。

胎児条項に関しては、議論がなされてこなかった訳ではない。むしろ逆である。1972年に結局は廃案になった旧優生保護法の胎児条項には元々こう書かれていた。

「胎児が重度の精神又は身体の障害となる疾病又は欠陥を有している虞れが著しいと認められるものを人工妊娠中絶の適応に加える」

この胎児条項は、脳性マヒ者協会「青い芝の会」の強硬な抗議などがあり、障害児差別という理由で条文から葬り去られたという歴史を知っておく必要がある。

「18トリソミーの会」への寄稿(2)2015年09月04日 18時19分41秒

2. 治療差し控えから積極的治療へ

では、実際に18トリソミーの赤ちゃんが生まれてきたら、医者はどうするべきか? 1990年代までは治療の手が差し延べられることはなかった。NICUの片隅で放置されていたと言っても過言ではない。小児外科医も手術しようとはしなかった。小児外科医の倫理観からすると、短命の運命にある子どもに対して手術をおこなうのはむしろ非倫理的という考え方が強かった。なぜならば、手術とは一種の暴力であり、暴力が許されるためには治療を受けた子どもが成人まで育っていけるということが求められていたからだ。

潮流が変わったのは2000年代に入ってからであろう。私の友人の小児外科医は、親の会の結成の影響が強かったと言った。だが、別の友人である新生児科医は、親の会を意識したことはほとんどなく、実際問題としてそれまでは日本中のNICUのベッドが慢性的に不足しており、18トリソミーの赤ちゃんまで手が回らなかったのが実情だと述べている。

新生児科に施設的・人的なパワーが増すと、18トリソミーの赤ちゃんに対する治療が少しずつ進んだ。食道閉鎖という小児外科医にとって大がかりな手術も少しずつおこなわれるようになった。その結果わかったことは、18トリソミーは従来言われているほど短命ではなく長期に生きる子もいること、そしてたとえ数カ月の命であっても家族と貴重な時間を共に過ごせるということであった。外科疾患を合併した18トリソミーの赤ちゃんに手術を加えなければ、数カ月すら生きられないことは言うまでもない。

現在、日本全国の小児外科施設の中で、どれくらいの施設が18トリソミーに合併した食道閉鎖の手術をおこなっているか明らかでない。ただ、2014年に開催された日本小児外科学会・秋季シンポジウムはテーマが「小児外科と倫理」であり、染色体異常児の外科手術について多数の発表があった。治療の流れは確実に変わってきており、家族の気持ちを尊重して、過大侵襲にならない外科治療をやっていこうという機運が生まれている。

しかし問題はこういう学会で発表をしない施設である。私は個人的に、「18トリソミーに合併する食道閉鎖は一切、手術しない」という方針を取っている日本でトップレベルの小児病院が存在することを知っている。看取りだけをおこなう医療を緩和ケアと呼ぶこともあるが、私はこの言い方に違和感を覚える。本来、緩和ケアとは、がんの末期の子どもなどに少しでも苦痛がないようにあらゆる手段を尽くすことを言う。18トリソミーに合併した食道閉鎖に対して胃瘻手術すらしないことは、単なる治療の差し控えである。緩和ケアという美しい言葉で本質を見えなくしてはいけない。