償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って(山﨑裕侍)2026年01月21日 22時05分56秒

償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って(山﨑裕侍)
ぼくは東京都足立区竹ノ塚の出身。
1961年生まれですから、戦争が終わって16年しか経っていません。
舗装道路がまだない時代でした。
電車で少し行ったところに綾瀬という街があります。
ぼくが中学生の頃は、「ガラが悪い」と悪評が立っていました(今は全然違うらしい)。
その綾瀬で、1989年に女子高生コンクリート詰め殺害事件が起きました。
女子高生をさらって監禁し、6人の未成年者が性的暴行を加え、40日後に殺してしまいます。
遺体をドラム缶に入れてコンクリート詰めにして遺棄したのです。大変衝撃的でした。

テレビのディレクターである筆者は、罪を犯した人間の「償い」とは何だろうかと事件から11年経った2000年から取材を開始します。
犯罪を犯した元少年たちは、本当に反省し、被害者と遺族に対して償いの気持ちを持っているのか。
これは大変難しいテーマです。
人間の心の中というのは、当人さえ分からない可能性があります。
また、思っている気持ちをどれだけ言語化できるかという当人の能力の問題もあります。

しかし筆者は、加害者、ならびにその家族に取材を続けていきます。
そこで明らかになったことは、償いの気持ちが「ある」とか「ない」とか単純なものではありません。
結局は、なぜはじめに犯罪を犯したのかという点に収斂していくのだと感じました。
そういう意味ではクリアな結論があるわけではありません。
でも人間ってそういうものだと思います。

中盤から終盤にかけて、実行犯Bの人生のすべてが明らかになっていきます。
罰とはいったいなんでしょうか? 犯罪者を刑務所に隔離して社会の治安を守ればいいのでしょうか?
罪と罰の問題が深く描かれます。

そしてこの本は、綾瀬事件のその後を描くだけでなく、報道とは何かを実に丁寧に描写しています。
報道において、立場のない立場はないわけです。
報ずる者はどういう立場に立つのか、報道される側はどういう立場に立たされるのか、そういうことが深みを持って表現されていました。

25年に及ぶ取材の記録を綴った一級品のノンフィクションでした。
大宅賞の候補に上がるんじゃないでしょうか。

超実践! 60歳から小説家になる(畠山健二, 山口恵以子)2026年01月18日 21時57分10秒

超実践! 60歳から小説家になる(畠山健二, 山口恵以子)
小説家になりたいと思って読んでみました。
印象に残ったのは、プロットよりもキャラクターが大事ということ。
キャラが立っていれば、登場人物が自然と動き出すそうです。
いや、ちょっとぼくには想像がつかない。
それから「つかみ」が大事ということ。なるほど、これは分かる気がします。
やっぱり、小説って難しいですよね。ノンフィクションの方が、書きやすいのではないでしょうか?

患者と目を合わせない医者たち(里見清一)2026年01月18日 08時28分52秒

患者と目を合わせない医者たち(里見清一)
週刊新潮に長く連載をしていて、その記事からまとめた本です。これで何冊目かな。
毎週、長文のエッセイを書けることは驚異的です。
本書の内容ですが、ぼくとは知的パワーが違いすぎて感想を書きようがありません。
ただ、ぼくが自分の医療エッセイで目指そうとしていることとは、広い意味で異なっていると思いました。
才能のある人って、この世にいるんですよねえ。圧巻でした。

映画『Black Box Diaries』を観て、感じたこと2026年01月14日 15時46分46秒

映画『Black Box Diaries』を観て、感じたこと
先日のブログでは、映画の内容と離れて、許諾のない映像を使用したことへの問題点を論じました。
今回は映画そのものへの感想を書きます。
映画は「Diaries」ですから、日記です。つまりセルフドキュメント。
伊藤さんの闘う姿を自分で記録したわけです。

ドキュメントなのに、過剰な説明がなく、それでいて訴えたいことが明確なのは、映画のクオリティーの高いことの証明でしょう。
伊藤さんの内面も、そして闘いの合間に見せる「素顔」も、非常にいいバランスで描かれていました。
風景描写を含めて「要らない」映像がほとんどなく、非常に良質に凝縮されていたと思います。これは編集もいいのかもしれません。
また、クライマックで弩級のドラマが待っていますが、これは神様からの伊藤さんへのご褒美だったのかもしれません。
泣かないで観ることは、かなり難しいです。

でも一番大事なことは、伊藤詩織さんが、この映画を作ったそのこと自体です。
実名・顔出しで告発し、本を出版し、裁判闘争をし、ドキュメント映画を作る。
そのつど、2nd, 3rd, 4th, 5th レイプのような目に遭うわけです。
試しにSNS(Xなど)を見てください。伊藤さんにどれだけ悪罵が投げつけられているかが分かります。

彼女は文字通り命を賭けてこの映画を作ったのだと思います。
なぜでしょう? それはジャーナリストだからです。
不正を告発しなければ、ジャーナリストをやめることになります。
それは伊藤さんにとって、自分の立っている土台を捨ててしまうことになるでしょう。

この映画でぼくが非常に印象に残ったのは、伊藤さんの父親の言葉です。
闘いをやめて、いい人を見つけて結婚して、子どもを生んで、自分の近くに住んでほしい。
ぼくも二人の娘の父親なので、その気持ちが痛いほどよく分かります。
でも、伊藤さんは闘うことを選びました。それはつまり、家族と離散してしまうということです。
それを思うと、ぼくは胸が締め付けられるような気持ちになります。
「泣き寝入り」しない人生が、なぜ、こんなに過酷なんでしょうか?

ぼくはこの映画を若い人に観てほしいと思います。
10代、20代の人に観てもらって、20年後の日本を変えてほしいと願っています。
諦めたら、世界は変わりません。
しぶとく、投げ出さず、なお一層力を込めて、続けていくこと。
そういう人が一人でも多く増えていけば世界は変わります。
見てみたいな、そういう世界。

さようなら、久米宏さん2026年01月13日 20時29分10秒

さようなら、久米宏さん
ぼくは現在、テレビを観るという習慣がありませんが、若い頃は『ニュースステーション』をよく観ていました。
理由はもちろん、久米宏さんがキャスターを務めていたからです。
キャスターといっても、久米さんの視点はジャーナリストのそれでした。
常に権力を批判していました。

久米さんはテレビを信じていたのだと思います。
民放テレビが生まれたのは戦後。つまり民放テレビは国民を戦争へ煽った歴史がありません。
そうした歴史が、未来に向かって伸びていくと久米さんは信じていたのでしょう。

久米さんは、この番組を引き受けるときに、死ぬ覚悟だったと言います。
それは比喩ではなく、本当に殺されるかもしれないと思ったそうです。
昔、自民党に梶山静六というコワモテの幹事長がいたんです。
田中真紀子に「軍人」と言われた人ですね。
ある日の番組で、梶山さんをゲストに招きました。
そこで久米さんは梶山さんに向かって「スポンサーを降りるようにトヨタに圧力をかけたって本当ですか?」と言い放ちました。
生放送ですよ。
梶山さん、顔の表情が完全にフリーズして、そのあと、ゴニョゴニョと口篭ってしまいました。
観ているこっちがハラハラしたことをよく覚えています。

ぼくは「ニュース23」をほとんど観ていません。
かすんじゃうんですよね、「ニュースステーション」のあとでは。

文字通り命をかけて権力に挑んだ久米宏さんは立派としか言いようがありません。
番組の最終回で、久米さんはビールを飲み干しました。
肺がんで亡くなった久米さんの最期も、サイダーを飲み干したそうです。
ぼくの記憶から一生消えることはないでしょう。

町の本屋はいかにしてつぶれてきたか: 知られざる戦後書店抗争史(飯田一史)2026年01月12日 15時55分14秒

町の本屋はいかにしてつぶれてきたか: 知られざる戦後書店抗争史(飯田一史)
町の本屋さんの苦境を綴ったエッセイかなと思って読み始めました。
まったくそういう本ではなく、データを駆使して分析、論述する学術書のような作品でした。
現況を描くだけでなく、歴史も描いており、資料的な価値も十二分にある本に仕上がっていました。
町の本屋さんが戦ってきたのは、大型チェーン店やネット書店だけでなく、キヨ(オ)スクとかコンビニとか図書館とか、広い視点で戦後書店抗争史を見ており、新書でありながらヘビー級の内容でした。
誰もがおもしろい本とは思わないと感じますが、この業界に関心のある人は必読でしょう。

映画『Black Box Diaries』の問題2026年01月11日 20時29分09秒

映画『Black Box Diaries』の問題
映画『Black Box Diaries』が大きな話題になっています。
批判と擁護の応酬になっていますが、何が問題なのか冷静に考える必要があります。

端的に言えば、それは無断引用です。
これは映画の出来とか、伊藤さんが性暴力の被害者として社会運動を起こしていることとは関係ありません。
また、映画の出来が大変いいため、免責されることでもありません。

無断引用されたのは、次のものです。
ホテルの防犯カメラ映像。
当初は裁判の資料にのみ提供されたものです。伊藤さんはそれを無断引用しました。
海外版ではそのまま使われていましたが、日本版では CG で再構成しています。
そして、捜査官・タクシー運転手・弁護士の音声が無断で引用されています。
これも同様に海外版ではそのまま使われていますが、日本版では修正が入っています。

では、この無断引用がなぜいけないのか?
まず、刑事的にはこれを罰する法律はありません。犯罪ではないのです。
でも民事的には、民法709条(不法行為)として、プライバシー権侵害・肖像権侵害が成立する余地があります。
ですが、これは裁判になってみなければ、裁判官がどう判断するか分かりません。
伊藤詩織さんは、社会性・公益性を持ってこの映画を作っています。
覗き見のように、誰かの個人情報を暴いたわけではありません。
よって、民事裁判ではそのバランスが問題になるでしょう。

もう一つの問題は、倫理的・道義的な問題です。
この無断引用を問題にしているのは、(今のところ)ホテル側でも捜査官でも運転手さんでもありません。
伊藤さんの弁護団だった、西廣陽子弁護士らです。
つまり、同じ裁判闘争(=社会運動)をやった仲間だったのですね。

捜査官も運転手も、伊藤さんにとって有利な発言をしているのです。
(西廣弁護士の音声は6秒だけだったそうですが、この人も味方でしょう)
つまり伊藤さんは、「仲間」であるはずの音声を許諾を得ず、無断で映画に使用し、世界公開してしまったわけです。
敢えて言いますが、弁護士さんは非常に感情的になったのではないでしょうか?
弁護士は伊藤さんに対して「あなたのやったことは山口氏のレイプと同じようなもの」と言ったという伝聞も伝わっています。
もし、これが本当だとしたら、許されないことです。

伊藤さんを批判してよく聞かれるものとして、「彼女はジャーナリストとして未熟だから、こういう無断引用をした」という言説があります。
いや、違うでしょう。中学生だってそのくらいのことは分かりますよ。
許諾を得ようとすれば、拒否される可能性があった。だから、そのまま出した。その辺が真相ではないでしょうか?
つまり、この大きな Black Box を開けるには、そのくらい腹を括る必要があったのではないでしょうか?
この映画は、性犯罪の記録だけでなく、その背後にある国家権力の姿を抉っています。
それだけ大きな社会性・公益性があると言えます。

無断使用は確かに問題があります。
でも、それは重大な人権侵害だったと言えるでしょうか?
ぼくの意見はこうです。
謝って、画像を修正すれば済むレベルだったと。
実際に伊藤さんは謝罪していますし、画像も修正しています。

では、海外版は?
欧米では表現の自由が、(この程度の)プライバシー権よりも強いと考えられています。
防犯カメラ映像にも公益性・公共性があると考えられています。
ですから問題になっていません。

ドキュメンタリー映画だけに留まらず、ノンフィクション文学を書いていれば被写体のプライバシーは必ず問題になります。
社会性との兼ね合いを常に考えながら表現者は作品を作っています。
今回の映画の騒動の本質は、弁護士に「仲間なのに裏切られた」という感情論がベースにあるとぼくは見ています。
伊藤詩織さんは、過剰な批判を受けているというのが、ぼくの意見です。

運転者( 喜多川泰)2026年01月11日 08時48分38秒

運転者( 喜多川泰)
小説はあまり読まないし、詳しくありません。
ですので、この作家さんも知りませんでした。
Amazonをぐるぐる見ていて、17,575個もレビューが付いていて、興味を持ちました。
ジャンルとしては何になるのかな? ヒューマンドラマの軽いファンタジーでしょうか?
おもしろくて、すぐに読んでしまいました。
一番驚いたのは言葉(表現)の豊富なことです。いや、次から次へとよく言葉が出てきます。
とても真似できません。
やっぱりぼくには小説は書けないな。そう思いました。
いい話を読みたいひとに、お勧めです。

作家で食っていく方法(今村翔吾)2026年01月09日 23時05分26秒

作家で食っていく方法(今村翔吾)
日本テレビの「バンキシャ」にときどき出演していて、話が滅法おもしろいので、この本を読んでみました。それに元々、こういう「作家になる!稼ぐ!」という本が好きというのもあるし。

今村さんが直木賞を受賞していたのは知っていましたが、こんな超売れっ子作家さんだとは知りませんでした。
毎年、億を稼ぐそうです。
事務所(会社)を構えていて、20人ものスタッフがいるそうです。
とても真似できません。
才能ありすぎです!
今、ネットで調べたら、ぼくより23歳も若いじゃないですか。
これはもう天才と言っていいでしょう。
プロットを作らないって、どういうこと??
そういう意味で、参考になりませんでした(笑)。

そんな天才はこの業界に一握りです。決して真似はしてはいけません。
専業作家になってはいけませんよ(笑)。
ぼくならこういう本を書くな。
『副業としてのアマチュア作家入門』。
いいでしょ? (笑)

正しすぎた人 広岡達朗がスワローズで見た夢(長谷川晶一)2026年01月07日 23時08分13秒

正しすぎた人 広岡達朗がスワローズで見た夢(長谷川晶一)
1978年のプロ野球。
強烈に覚えていますね。
とにかく打線が強力でした。
ヒルトン、若松、大杉、マニエル。
エースの松岡もすごかったけど、打撃で勝ったと思います。
当時ぼくは、高校生で熱烈に長嶋巨人を応援していましたが、とにかくヤクルトの強さは神がかっていました。
そういうわけで、本書を読んでみました。

この本はちょっと特殊な書き方で、1978年のヤクルトを描くのがもちろんメインなんですが、90歳になった広岡達朗から話を聞くことの難しさが繰り返し描かれます。
最初はちょっとどうかと思ったのですが、最後までそれを貫くことで、広岡さんの一生というか、人生そのものを描き切れたように思えます。

ヤクルトが勝つことを目指したのではなく、、、巨人に勝つことを目指し、そして川上哲治を見返すことを人生の目標にしていたのですね。
「正しすぎた人」というのは、どういう意味でしょうか?
広岡さんは1979年に、前年優勝の立役者だったマニエルをトレードで放出します。
足が遅い上に、守れないからです。
このトレードは、当時のぼくも鮮明に覚えています。
そしてチームは崩壊し、1979年は最下位に沈みます。

このトレードがすべてじゃないでしょうか?
つまり正しすぎたのですね。
広岡達朗の人生をたっぷりと堪能できました。
すばらしい1冊でした。