アクセスカウンター
アクセスカウンター

見捨てられる〈いのち〉を考える (安藤泰至, 島薗進, 川口有美子, 大谷いづみ, 児玉真美)2021年11月02日 22時59分58秒

見捨てられる〈いのち〉を考える
まず初めにこれはいい本なので、みなさんぜひ読んでください。

以下個人的なことを書きます。
この本は、京都ALS嘱託殺人事件と、コロナ禍トリアージを主題として、見捨てられる命について、その大切さを論じています。
ぼくは、これとまったく同じコンセプトで本を書きたいと思い、朝日新書の編集長に企画を検討してもらいました。
しかし結果としてはボツ。
その最大の理由は、ぼくが医師としてALSの治療に関わったり、高齢者の「終末期」ケアをした経験がないからでした。
つまり当事者ではないということですね。
ま、当事者でなくてもいい本は書けるとぼくは思っていますが、最近の書籍は「論」じるものよりも、「現場」からの発信が好まれるそうです。
特にそういうことを中央公論の編集者が言っていました。
そういう理由でぼくの企画は消滅してしまいましたが、ぼくが書くよりもっといい本が世に出たので、これでよかったのかもしれません。

ただ、こうした倫理的なことを論じる際に、医師という職業の人間はあまり適していない可能性もある気がします。
詳しくは書きませんが、ぼくは安楽死というシステムに反対していますが、患者(家族)に心を寄せれば寄せるほど、安楽死に近いような処置を行うことがあることもまた事実です。
一般的に産科医が出生前診断に肯定的なのは、医師として患者(妊婦)の気持ちに近づこうと思うからだと、ぼくは見ています。

これも詳しく書きませんが、この本で脳死の問題についても触れられていますが、ぼくは脳死は人の死だと思っています。それはぼくが医師だから、そう考えるのかもしれません。
ちなみにぼくは、100人以上の子どもの死を看取りましたが、脳死の患者は1人も見た経験がありません。
それはなぜでしょうか? 脳死問題に詳しい方なら答えがわかると思います。

コロナ第5波が去りつつある今、トリアージの話は世間から忘れられてしまうかもしれません。
鮮度のあるうちに、みんさんもぜひお読みになって、命について考えてみてください。

本当に君は総理大臣になれないのか(小川 淳也, 中原 一歩)2021年11月03日 17時53分43秒

本当に君は総理大臣になれないのか
次期、立憲民主党の代表候補に名前が上がっている小川淳也さんへのインタビューと解説からできた本です。
昨夜、以前に話題になったドキュメント映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を視聴しました。大変面白く見ましたが、小川さんの政策というのは映画ではほとんど触れられていませんでした。そこで、この本を読んだ訳です。

小川さんは、日本はこの先衰退していくと考えています。人口も減少するし、高齢化もさらに進みます。したがって国として成り立たなくなっていきます。
そこで日本を大改革して持続可能な社会にしようと綿密に政策を練っています。その緻密さとかスケールの大きさとかには正直驚きます。
ほかの政治家が政策に関してここまで深く計画を立てているのかぼくは知りませんが、ここまで考えを詰めているのは立派だと思いました。
ただ、ちょっと冷たい言い方になるかもしれませんが、小川さんの政策はキャッチーではなく、小泉純一郎さんのワンフレーズ・ポリティックスのように、分かりやすさがありません。真意を伝えるためには、短い演説では無理だなと思いました。

しかし、誠実な人だし、真剣な人です。清貧に甘んじて日本の未来のことだけを考えています。
果たして立憲民主党の代表になれるでしょうか?
問題は彼が党内で一匹狼に近い存在だということです。
20名の推薦人を集めて、ぜひ代表選を戦って欲しい。そして総理大臣になる姿を見てみたいものです。

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか(鈴木 忠平)2021年11月10日 20時56分43秒

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか
現在ベストセラーだから・・・という理由よりも、ぼくは昔から落合ファンなので読んでみました。
落合さんがドラゴンズの監督を務めた8年間の記録です。
最初、目次を見たときにイヤな予感がしました。それは、各章のタイトルが選手の名前だったからです。
まさか選手にインタビューしたものを集めた本ではないのか? そんなことを考えてしまいました。
ところがそういう単純な本ではありませんでした。

筆者は1977年生まれですから現在、44歳。外科医で言えば、最も脂が乗った腕前の時期と言えるでしょう。しかし落合番になったときは、末席の記者。駆け出しだったわけです。
たたでさえ、物おじして落合さんの談話を取ってくることができないのに、落合さんは寡黙な人です。そしてちょっと謎をかけるような短い言葉を発します。
だから、スタートは医者で言えば、研修医のようなものです。
そして落合邸にくり返し足を運び、次第にバンキシャとして落合さんに(少しずつですが)食い込んでいきます。
そうした筆者の姿がとてもよかったです。

落合さんを描くにどうしたらいいか、それは選手から見た落合監督との関わり合いを描いていくことで、人間・落合の実像を炙り出すという方法を取っています。
落合さんは選手のときもプロでしたが、監督になってからもプロでした。つまり自分は「契約」によって球団と結びついているのであり、自分の仕事は「勝つ」こと。
それに徹します。そしてそれを選手に要求します。
「お前を好きだから使っているんじゃない。使える選手だから使っている」という台詞が落合監督の全てを表しています。
だから、選手たちにも「使ってもらえる選手になれ」とプロであることを求めます。

勝ち続けた落合監督は、事実上、解任されます。
なぜでしょうか? それは勝ちすぎたからでしょう。勝って年棒が上がりすぎたために、コストカットの対象になったのでしょう。
中日新聞社内の派閥闘争のあおりもあったかもしれません。そこは詳しくは書かれていませんでした。
サブタイトルは「落合博満は中日をどう変えたのか」ですが、変わってないんじゃないですか?
変わったのは選手で、「中日」は変わらなかったと思います。

44歳の筆者には、若さによる筆のシャープさと、成熟期にある文章の深さがありました。やや比喩的表現が多いかなとも思いましたが、470ページを一気に読ませる筆力は見事です。
落合さんへのロングインタビューなしに、落合さんの人間を深く描いたのは見事な取材と構成力だったと思います。
おススメの1冊です。
なお、この本は、カバーデザインも秀逸だと思います。

時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。(和田靜香, 小川淳也)2021年11月12日 22時00分16秒

時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。
フリーライターの和田さんが、『君はなぜ総理大臣になれないのか』の小川さんに教えを乞う本です。
小川さんの政策は、ここではすべて説明することはできませんが、大きく3つにまとめると次の柱からなっています。
1 社会保障制度を立て直す
2 日本を世界に向かって開かれた国にする
3 環境・エネルギー問題の解決
その前段階として重要なことは、日本はこれから人口が減少し、高齢化がさらに進むという認識です。
日本が、世界が持続可能であるためには、これ以上の成長はむしろ悪であり、はっきり言えば、「脱成長」を見据えて、戦略的に縮むことを考える必要があります。
小川さんは実は脱原発を言っていないんですよね。脱化石燃料なんです。環境への負荷を考えてです。これはぼくも賛成なんですよね。

しかし、小川さんは立憲民主党の代表になれるでしょうか?
こうしたビジョンが賛同を得られるのか、ぼくには分かりません。
もし総理大臣になってしまったら、この通りに国の形を変えることは可能でしょうか?
小川さんは政治を変えると同時に、政治と国民の関係も変える必要があると言っています。
そうですよね。総選挙の投票率は50%ちょっとの国なんて、(いわゆる)先進国の中ではほとんどビリの方ですよね。
戦略的に縮んで、国民の支持を得られるか不明ですが、ぼくも同じような考え方を持っています。
これからの日本の方向性に関心のある方は、ぜひ読んでみてください。

グレタさんは、今、自分の家が燃えていると言っています。本当にそう思います。
そういうときに、憲法改正に血道を上げる維新の会と国民民主党は、ピントが外れているとしか思えません。たぶん、世の注目を浴びて党勢を拡大したいのでしょう。
日本をどうするのか、どうしたいのか、どうやったら100年、200年と持続できるのか、そういうことを政治家には考えて欲しいです。

開業医をやりながら作家もやってみた152021年11月13日 14時23分06秒

m3.com 連載、『開業医をやりながら作家もやってみた』の第15回目が掲載されました。

https://www.m3.com/news/iryoishin/982094

デビュー作の『小児がん外科医』が大ヒットになった話です。よかったら読んでみてください。

筑紫哲也『NEWS23』とその時代(金平 茂紀)2021年11月17日 16時56分31秒

筑紫哲也『NEWS23』とその時代
NEWS23 を軸にした筑紫哲也さんの回想録です。
評伝ではないので、はっきりした物語の軸があるわけではなく、メモやエピソードを集めて整理したような構成になっています。
やや内省的な作品と言えるでしょう。
はっきり言って、業界内部の話も多く、一般的にはまったく知られていない人も多数出てくるので、少しとっつきにくい面もありました。
また、途中まで述べて「これ以上は書かない」とやめてしまう文章が多々あり、消化不良が残りました。
それでも興味深い記述は多数あって、引き込まれるように読みました。

実はぼくはあまりNEWS23を見たことがありません。
22時から久米宏さんのニュースステーションを見ていました。久米さんはこの仕事を引き受けるときに、死ぬ(殺される)かもしれないと思ったそうですが、久米さんの政権批判は実に鋭いものがありました。
自民党の梶山静六さんがスタジオに来た(生放送)とき、久米さんが「スポンサーのトヨタに圧力をかけたって本当ですか?」と暴露話を持ち出し、梶山さんがフリーズしたのをよく覚えています。
そういう面からすると、筑紫さんはそこまで政権に厳しくなかったし、あまり毒舌というのもなかった。
リベラルの心情はしっかりと思っていたのは間違いありませんが、その一方で多様性を大事にする人だったので、自分と異なる意見も大切にしていたようです。
いつか筑紫さんの書いた本(「旅の途中」だったかな)を読んだ時、歴代の自民党の総理候補と親しく付き合っていたという記述を読んで、ああ、政治記者ってこういう感じなんだなと思ったものです。
(ただし、森喜朗だけは総理になるとは思わず、交際がなかったらしい)
22時から久米さんの毒舌を聞いてしまうと、NEWS23 ってちょっと「ヌルい」かな・・・と思ってしまうんですよね。それであまり見なかったのだと思います。

筑紫哲也さんには朝日新聞の同期として本多勝一さんがいます。
以前、筑紫さんは、この世で絶対に論争したくない人として2人の名前をあげました。もちろん負けるからです。
それが立花隆さんと本多勝一さん。
立花さんはこの世を去ってしまいました。ぼくは先日、週刊読書人に書評を書きました。
筑紫さんも肺がんでこの世を去りました。
本多さんも最近は本を刊行していません。大好きな3人ですが、時代は移ろい、時は流れるとしみじみ感じます。
筑紫さんのファンには必読の1冊だと思います。オススメです。

雲上の巨人 ジャイアント馬場(門馬忠雄)2021年11月25日 23時21分47秒

雲上の巨人 ジャイアント馬場
ジャイアント馬場さんのことが大好きだった、プロレスの番記者だった門馬さんによる回顧録です。
ま、ノンフィクション文学の域にまで到達していたかは置くとして、馬場さんへの思い入れがたっぷりと詰まっていて、いい作品になったのではないでしょうか?
筆者は脳梗塞に倒れ、リハビリを経て、左手で鉛筆を握ってこの本を書いたと言います。5年かかったそうです。
そういった本を文春から出せるのは、とても幸せなことではないかな。
ただ、プロレスファンでないと、ちょっとしんどい本かもしれません。
馬場さんのファンにオススメします。

開業医をやりながら作家もやってみた162021年11月28日 17時40分36秒

m3.com 連載『開業医をやりながら作家もやってみた』、連載第16回が掲載されました。

https://www.m3.com/news/iryoishin/986395

開業医になってから、月に1回大学病院に通って、がんの子どもたちのフォローアップ外来をやっていた頃の話です。この間、2冊の本を講談社から出しましたがヒットせず、書くことに行き詰まりました。その頃の思い出です。

ゼロエフ(古川 日出男)2021年11月28日 17時54分02秒

ゼロエフ
ちょっと難しい本でしたね。
著者は小説家。小説家が書いたノンフィクションです。

逆の場合もあって、ノンフィクション作家が小説を書くこともあります。
だけどぼくの知る限り、やっぱり本業の中から傑作は生まれるような気がします。
この本も書き方がノンフィクションではなくて、文体に独特の個性があり、読点の打ち方などはまったく賛同できませんでした。
著者のファンの方にオススメします。