自分は「底辺の人間」です 京都アニメーション放火殺人事件(京都新聞取材班) ― 2026年06月21日 16時18分26秒
京アニ放火殺人事件をめぐるルポルタージュです。
出だしの部分は必要だったかなと、やや疑問に思いつつ読み進めました。
やはりおもしろくなるのは、青葉死刑囚の裁判になってから。
彼は、「自分のアイデアをパクられた」とずって言っていたことはぼくも知っていました。
だから、思い込みとか、言いがかりが犯行の動機だったと思っていました。
ですが、実はそうではなく、統合失調症だったのですね。
つまりは妄想です。妄想から怒りに変わり、犯行に至ったわけです。
それを知って複雑な気持ちになってしまいました。
36人が亡くなり、遺族にはいろいろな思いがあります。
犯人を死刑にしてほしいと望む人もいるし、死刑にしても何も償いにならないと考える人もいます。
裁判に遺族として出廷する人もいるし、もう関わりたくないという人もいます。
この本のある意味主人公は、青葉死刑囚に何度も面会を求める遺族です。
彼がなぜ犯行に及んだのか、殺した自分の妻をどう思っているか、彼の言葉で聞きだし、それによって遺族としての人生に区切りをつけようとするのです。
こうして読んでくると、出だしで京アニで働いていた人たちの姿を描いたことが生きてくるとわかります。
ぼくが気になったのは、事件後4年で裁判が行われたときの、青葉死刑囚の精神病理です。
この時点で、彼の統合失調症はどうなっていたのか?
寛解状態だったのか、それとも病の中にいたのか?
それが気になりました。
彼は社会の経済的な「底辺の人間」で、自暴自棄になっているわけです。
生い立ちも悲惨。
京都まで行ったときは、お金も底を突き、野宿をしています。
そういう経済状況の人が、妄想に絡め取られたら、超えてはならない一線は超えるかなとも思いました。
今の日本の法律では、死刑にして終了・・・しか道がないと思いますが、あまりにも悲惨で救いがないと強く感じました。
どうすればよかったのでしょうか?
出だしの部分は必要だったかなと、やや疑問に思いつつ読み進めました。
やはりおもしろくなるのは、青葉死刑囚の裁判になってから。
彼は、「自分のアイデアをパクられた」とずって言っていたことはぼくも知っていました。
だから、思い込みとか、言いがかりが犯行の動機だったと思っていました。
ですが、実はそうではなく、統合失調症だったのですね。
つまりは妄想です。妄想から怒りに変わり、犯行に至ったわけです。
それを知って複雑な気持ちになってしまいました。
36人が亡くなり、遺族にはいろいろな思いがあります。
犯人を死刑にしてほしいと望む人もいるし、死刑にしても何も償いにならないと考える人もいます。
裁判に遺族として出廷する人もいるし、もう関わりたくないという人もいます。
この本のある意味主人公は、青葉死刑囚に何度も面会を求める遺族です。
彼がなぜ犯行に及んだのか、殺した自分の妻をどう思っているか、彼の言葉で聞きだし、それによって遺族としての人生に区切りをつけようとするのです。
こうして読んでくると、出だしで京アニで働いていた人たちの姿を描いたことが生きてくるとわかります。
ぼくが気になったのは、事件後4年で裁判が行われたときの、青葉死刑囚の精神病理です。
この時点で、彼の統合失調症はどうなっていたのか?
寛解状態だったのか、それとも病の中にいたのか?
それが気になりました。
彼は社会の経済的な「底辺の人間」で、自暴自棄になっているわけです。
生い立ちも悲惨。
京都まで行ったときは、お金も底を突き、野宿をしています。
そういう経済状況の人が、妄想に絡め取られたら、超えてはならない一線は超えるかなとも思いました。
今の日本の法律では、死刑にして終了・・・しか道がないと思いますが、あまりにも悲惨で救いがないと強く感じました。
どうすればよかったのでしょうか?
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