LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門(森山 至貴)2026年05月04日 23時17分45秒

LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門(森山 至貴)
かなり以前に読んだ本ですが、仕事のつごうで読み返しました。
多くの人に勧められる本を探しているところなので。
クィアという概念はかなり幅もあり、簡単ではないので、初心者にはちょっと難しい本かな。
文系の人が、文系の人のために書いた本ですし、読者にかなりの知的レベルを要求している感じがします。
Amazon の評価はメチャ高いのですが、あまり一般向けではないかもしれません。

トランスジェンダーQ&A: 素朴な疑問が浮かんだら (高井ゆと里, 周司あきら)2026年05月04日 23時24分28秒

トランスジェンダーQ&A: 素朴な疑問が浮かんだら (高井ゆと里, 周司あきら)
以前に読んだ本ですが、読み返してみました。
トランスジェンダーやノンバイナリー(Xジェンダー)を理解する上で、非常に優れた本です。
筆者たちは、この本の前に『トランスジェンダー入門』(集英社新書)という本を書いていますが、前著に劣らずトランスジェンダーの苦しさを余すことなく丁寧に語っています。

Q&Aの形で「素朴な疑問」に対する答えを綴っているのですが、実はこの「素朴な」という問いかけが全然「素朴」ではないという指摘が非常に鋭いと思います。

トランスジェンダーは超マイナーな存在で、社会から排除され、差別され、忌避されています。
学校には行けず、就職できず、そのため貧困で、メンタルをやられて自殺を企図します。
これだけしんどいのに、素朴な疑問として、公衆浴場の女湯に「自分は女だ!」という男性が入ってくることが許されていいのかと、定番のトランスヘイトが飛んできます。
問題の本質を見てください。

ぼくはよく、新聞記者さんから、どんな社会になってほしいですか、と聞かれます。
人が人として大切にされる社会、それがぼくの答えです。
特例法という法律があって、トランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変えるとき、要件があります。
この要件が、欧米と比べて日本は異常に厳しいのです。

その一つは「子どもがいない」こと。親の性別が変わったら子どもが混乱するという理屈ですね。
これはバカみたいな話で、親はもうすでに別の性で生活をしているのですよ。
ただ、戸籍という書類を変更したいために申し立てるわけです。
なんで子どもが混乱するのでしょうか?

それから結婚していないこと。性を変更したら同性婚になってしまうから。
そんなの自由でしょ?

そして生殖能力を失っていること。性別適合手術ですね。
こんなもん優生保護法における不妊手術と同じですよ。人権侵害です。

要は、国家が、家族とはこうあるべきという思想を個人に押し付けているわけです。
でもね、国家なんて本当は存在しないんです。幻みたいなものです。
日本という国家に存在するのは、「国境線」と日本国民という「人」だけです。
じゃあ、国家の思想とは何かというと、それは保守とか右翼とか呼ばれる政治家の個人的な考え方です。
そういう連中が自分の考え方を、マイノリティーに押し付けているだけです。
踏みつけて屈服させているわけです。

同性婚も認めない、選択的夫婦別姓も認めない。
そんな国は世界で日本だけです。
世界の中心から遠く離れて辺境に取り残された国、それが日本です。
そういうことが大変よく理解できる本です。
みなさんも読んでみてください。

蔦屋書店@イオンモール幕張新都心2026年05月07日 21時02分37秒

蔦屋書店@イオンモール幕張新都心
『性別違和に生まれて 父と子で綴った23年』(中央公論新社)。
明日、8日(金)発売です。

↓ ここから予約できます。

https://amzn.to/4tWUCzl

写真は、「松永の本」コーナー。
蔦屋書店@イオンモール幕張新都心。新著が山盛りです。

ぜひ、読んでみてください。

ダ・ヴィンチに登場!2026年05月08日 08時48分47秒

本日発売『性別違和に生まれて』(中央公論新社)。
ダ・ヴィンチの書評欄に登場しました! ご覧ください。

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卒業式に学ランを着た娘。戸惑いながらも試行錯誤し寄り添い続けた、小児科医の父と子の23年『性別違和に生まれて』

【書評】 ダ・ヴィンチWeb

https://ddnavi.com/article/1343369/ via @d_davinci

今朝の朝日新聞2026年05月09日 15時07分35秒

今朝の朝日新聞
 ↑ クリックで拡大


けっこう大きく広告が出ました。
5月は新刊の数が少ないために、こうして扱いが大きくなるのです。

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さて、今日は午前中のみの診療。新患はいなくて全員がかかりつけの子でした。
喘息などで定期受診しているお子さんが多く、したがって元気な子の比率が高かったです。

小児科医をやっていると、子どもとも保護者ともお話ができるので、楽しいですよ。
待っている患者さんが少ないと、つい世間話をしちゃうんですよね。
ぼくのクリニックに来てくれて、ありがたいとしか言いようがないです。

遺伝子‐親密なる人類史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF) シッダールタ ムカジー (著), 田中 文 (翻訳)2026年05月09日 21時28分32秒

遺伝子‐親密なる人類史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF) シッダールタ ムカジー (著), 田中 文 (翻訳)
読むのに3週間かかりました(笑)。

優生思想の話は必要あったのかな?と思います。
最後の組み換え遺伝子技術によるタンパク質製造の競争の話はエキサイティングでおもしろかったです。

ノンフィクションをどう書くか2026年05月10日 16時21分33秒

ノンフィクションをどう書くか
残念なノンフィクションは最初の1ページですぐにわかる。
ノンフィクションで最も大事なのは「人称」である。
「人称」が揺らぐと、そのノンフィクションはクオリティーが落ちる。
一人称で書くノンフィクションは、ルポルタージュ(報告文学)とも言われる。
私が(そこへ)行った。私が(そこで)見た。私が(そこで)感じた。私が(そこで)聞いた、語った。
では、そこにいた太郎はどう思ったのか?
それはインタビューで表現すればいい。
Q & A を使うのである。
この一人称形式はノンフィクションとして最も嘘がない。
ただし、やや物語性に欠けるため、作品によってはやや面白みに欠ける。

物語性を出すためには三人称で書くことである。
私が、太郎からインタビューで膨大な量の話を聞き出す。それをそのまま文にしないで、太郎から見た世界を再現するのである。
「太郎はその光景を見て、心から感動した」というふうに語るのである。

では、太郎の他にも二郎が物語に登場するとしたら? それはもう神の視点を使うしかない。
「太郎は立ちすくんでじっと考えていた。同じ頃、はるか遠くで二郎はさっそく行動を起こしていた」、、、こんな感じ。
こうなると、かなり物語性が強く、ノンフィクションとしての正確性・取材の忠実性が怪しくなることがある。
たとえば、「2020年の冬、新宿の繁華街はいつになくひっそりしていた」と書いた場合、これは誰がそう断じているのだろうか。
この言ってみればナレーションみたいな文章は、完全に神の視点である。
一人称で書くなら、こうなる。
「2020年の冬、私は新宿の繁華街に行った。人が少ない。いつもはこんなふうではない。例年はもっと路上に人が溢れている」

神の視点で書くことを完全には否定しないが、ドラマのナーレーションみたいに状況を説明するのに使うことはノンフィクションではやめた方がいい。
自分で取材して(見て、聞いて、考えて)、その結果を表現するなら、生のデータを出すべきである。
特に、一人称と神の視点が混ざるノンフィクションは非常に読みにくいし、面白さを削がれる。

ノンフィクションは「フィクションではない」ことが定義なのだから、表現内容が事実であることを読書に証明しなければならない。
ナレーションが入り、神の視点が強くなると、「本当に直に取材したのか?」と疑問が生まれる。
こういう書き方はどうかと思う。
ぼくは別の道でノンフィクションを書く。

プレジデントオンライン に登場①2026年05月10日 20時08分02秒

プレジデントに登場しました。
抜粋記事です。明日、②が出る予定です。

中学校に行く直前、スカートが穿けないと打ち明けられました。
すべてはここから始まりました。

よかったら読んでみてください。

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わが子が制服のスカートを「穿けないの」…「家に帰るまでトイレは我慢」子どもの"苦悩"を知った小児科医の行動

https://president.jp/articles/-/112334

医者は患者を診よ!2026年05月11日 19時39分01秒

本日、当院に「性別違和」と「神経発達症」と思われる思春期の子どもの親が受診しました。

話を聞く限り、上記診断で間違いないようです。
うちのクリニックからかなり遠方からお見えになりました。ぼくのことをネットニュースで知ったようです。
ですが、ぼくは児童精神科医ではありません。
現在では、性別違和の子を診る医療体制が整ってきているので、専門家に任せるべき、、、ぼくが診てはいけないと判断しました。

ちょっと遠いのですが、浦安に性別違和を専門とするAクリニックがあります。
そこに紹介状を書きました。
これで一件落着と思ったのですが、すぐに保護者が当院に戻ってきました。電話したけど、ダメだったと。
そのクリニックは高校生以上ではないと診ないそうです。
え、そんなことホームページに書いてありますか?

性別違和の子が悩むのは中学生くらいの頃です。なぜ、診ないのかな?
ぼくは困り果てて、来週までに紹介できる医療機関を探しますと保護者と約束しました。

で、昼休み。
千葉大病院・こどものこころ診療部に電話。保留音が10分以上続きます。
どうなっているんだ、この病院。電話機、増やせ!
ようやくつながると、性別違和は診ないと・・・。
じゃあ、この子たちはどうすればいいんですか?
すると、「精神保健センターに相談してみては?」と言います。

で、電話番号を調べて電話。
すると、医療機関を紹介する部署は別の番号へと案内されて、そこへ電話。
延々と保留音がなります。

ようやく繋がって事情を話すと、しばらくお待ちくださいと保留音。
そして、「浦安のAクリニックがいいです」と。

たらい回しじゃないですか?

夕方になり、千葉市小児科医会と千葉市神経発達症のメーリングリストに相談のメールを書き込むと、東京に1つ、千葉市に1つ、適切な医療機関があることを教えてもらうことができました。

ようやく辿り着きました。疲れた。

千葉市(たぶん千葉県全体も)では、神経発達症も性別違和も、大学病院やこども病院が診ないで、開業医が診ているんですよ。
おかしくないですか?
大学は何をやっているんですか?

神経発達症とか性別違和の子は、塗炭の苦しみを味わうんです。
何で診ないんですか?
それから、この患者さんの地元の主治医。もうちょっとがんばってよ。

めちゃ忙しい1日でした。

冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件 (石原大史)2026年05月11日 22時35分57秒

冤罪の深層 追跡・大川原化工機事件 (石原大史)
冤罪問題には昔から興味があるので、読んでみました。
みなさんはこの事件を知っているでしょうか?
ぼくは基本的にテレビを見ないのですが、19時のニュースだけはときどき見ます。
ですので、この冤罪事件は大筋で知っていました。
結論を言えば、警視庁公安部による「でっちあげ」なんです。
理由は、係長が業績を上げたいという私欲に駆られたから。
怖いですね、警察。

詳しくは書きませんが、ぼくは警察の怖さを体験的に知っています。
あの人たちって、自分の(警察)組織を「会社」って呼ぶんですよね。
公僕という意識に欠け、日本の治安を守ることで日本をいい国しようという利他の心が欠けているんじゃないでしょうか?
怖いですね、警察。

この本の出来について書くと、本の60%くらいまではメチャメチャ面白いです。
取材の舞台裏を生々しく描き、「人」をしっかりと描いています。
ただし、終盤になると、この面白さは失速します。
裁判が進むにつれて記者たちは内部資料(特に音声資料)を大量に手に入れます。
その資料を詳細に紹介していくのですが、この辺りで、「人」が見えなくなります。
データだらけになるのですね。特に音声資料の部分。
ここはもうちょっと工夫があってもよかったと思いますし、バッサリ切ってもよかったと思います。
前半が、心臓がドキドキするくらい面白かったので、本当に惜しいと思います。

さて、これだけ質の高いノンフィクションをなぜ書けたのでしょうか?
それは筆者が NHK の記者だったからです。
ノンフィクション作品の質を問うときに、いつもこのことが問題になります。
筆者は自腹で取材をしたわけではありません。
NHK の力で取材したわけです。
ですから、これだけパワフルな取材ができるわけです。

作品として面白ければ、それはどうでもいいという考え方もあるでしょう。
そうかもしれません。
ただ、この本は今年の大宅賞の候補になっていて、そこでどういう評価を受けるのか、ぼくはそこに興味があります。
大作もいいのですが、数年前に大宅賞を受賞した『彼は早稲田で死んだ』のような個人的な回顧録のような「小作」に光を当てるのも大宅賞の社会的責務かなと思います。