見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録(東 えりか)2025年10月25日 22時38分38秒

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録(東 えりか)
原発不明がんとは、原発巣の場所が不明で、転移したがんだけが広がっている希少がんです。
ぼくが大学病院にいた40歳の頃、医学部では教育改革が行われました。
たくさんのことをやりましたが、そのうちの1つとして「医学生に勉強のしかたを教える」という実習がありました。
その実習で、放射線科の医師が、原発不明がんを取り上げてことを非常によく覚えています。
悪性の経過をとる患者で、原発巣の証明ができない場合は、原発不明がんを疑うと知りました。

さて、本書は筆者の東えりかさんが、ご主人の闘病の具体的な姿を綴ります。
ぼくは、闘病記を読むのが大変好きなので、早速読んでみました。
出だしは、ご主人の原因不明の腸閉塞症状から始まります。
医師団は懸命になって原因究明に努めますが、どうしても診断がつかない。
東さんの不安や心配、あるいは病院に対する不信や怒りなど、大変精緻に描かれています。情感深く、心揺さぶるように。
このあたりの描写は見事としか言いようがありません。
本当にご主人を心から愛していたのだと大変よく分かります。

転院し、最終診断は原発不明がん。それも末期状態。
抗がん剤治療に挑戦しますが、たちまち継続困難になり、エンドステージに追い込まれます。
本人の強い希望があり、最期は自宅で介護を受けることになります。
これがわずか18日間。でも、この18日が、とても色彩豊かに輝いているのです。
闘病の過程がグレーで描かれていたとすれば、自宅での日々は実に色鮮やかなに描写されていました。
もちろん、たった18日で命が消えてしまうのは悲しいのですが、この18日は輝くような幸せの日々だったと言わせてください。

伴侶を亡くした喪失感がその後に描かれます。
ご夫妻にはお子さんがいません(その代わり友人は大変多い)から、東さんは一人ぽっちになるわけです。
悲しいですよね。
あんなに愛したご主人がいなくなった寂しさは、どうやって癒していけばいいのでしょうか。
心に空いた穴を埋めるように、治療や介護のお世話になった医師や看護師たちに会って、闘病を振り返っていきます。
原発不明がんという訳のわからない病気に決着をつけたいという気持ちもあったでしょう。
ご夫婦が経験した闘病や介護を整理したいという気持ちもあったと思います。

闘病記とは、どれだけ病気をリアルに描けるか、そして人間の心を(この場合は東さん)描き切れるかでクオリティーが決まります。
そういう意味で、本書は最高レベルの闘病記です。
一級品のノンフィクションでした。文章も実にいいです。

そして、希少がんをテーマに本を書き切ったことを高く評価したいと思います。
稀な疾患ってなかなか本にしてもらえないんです。これはぼくの経験ですね。
東さんは、希少疾患の経験を通じて、自己の体験を普遍化・一般化しています。
この書きぶりがこの本の価値を上げています。

みなさんもぜひ読んでみてください。
純愛の物語です。おススメします。