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サーカスの子(稲泉 連)2023年05月14日 21時49分23秒

サーカスの子(稲泉 連)
本書の一部は『群像』で読んでいましたので、だいたいどういう内容かは分かっていました。
その『群像』の文章があまりにもよかったので、完成版としての本書も手に取ってみました。

筆者の稲泉さんはキグレサーカスで1年間、幼少期を過ごした経験があります。お母様がサーカスで炊事の仕事をやっていたからです。
その1年間の体験は、筆者にとって夢とうつつの境界のような時間であり、郷愁を呼び起こす不思議な時間だったようです。

サーカスとは非日常の世界であり、一種の祭りのようなものです。
2ヶ月の公演が終われば別の場所に移動し、旅する生活でもあります。
当然、サーカスの子どもたちも転校を繰り返します。
またサーカスの人たちは一種の擬似家族みたいなもので、世間とは独立した世界の住民でもあったわけです。

稲泉さんは、かつてサーカスで一緒だった大人たちを訪ねて歩き、彼ら・彼女らの人生を辿っていきます。
元サーカス団員であった人たちの語る言葉はとても豊穣で、同時に哀愁や慈愛があって、読むものの胸に染み込んできます。
インタビューを重ねて、稲泉さんが体験した夢のヴェールがクリアになっていくかというと、それが不思議なことに、サーカスはあくまでも非日常の夢のままなんですね。
語れば語るほど、郷愁が増していくように、それぞれの人たちの人生の根にサーカスがあったことが浮き上がっていきます。

祭りには終わりがあります。そしてサーカスがいつか終わることもみんなが知っていたでしょう。
やがて、それぞれの人生の祭りに終わりが訪れて、その余韻の中を、日々生きていくために、必死に生活を作っていく人間のしぶとさのようなものが、読み手の心に響きます。
サーカスを生きた人たちの熱い心を描いた人間讃歌がこの本の真骨頂ではないでしょうか。

筆者の語り口は実に豊かで、ハレとケの間を揺れ動く人生模様を見事に表現していました。こういう文章はちょっと書けない。
もう一回、大宅賞を受賞してもいいのではと思ってしまいました。
こういう本にはなかなか出会えないと思います。
ぜひ、読んでみてください。おススメします。