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一産婦人科医師の闘い 天使よ大空へ翔べ (菊田昇 恒友出版)2023年05月11日 21時44分31秒

産婦人科医師の闘い 天使よ大空へ翔べ (菊田昇 恒友出版)
菊田昇先生の本を読みました。
先生は1970年代に、妊娠中絶ができなくなっている妊婦(とパートナー)を説得して赤ちゃんを産ませ、その子を、子どもを欲しいと考えている夫婦に斡旋するということをやっていました。
当時は7ヶ月(28週)まで中絶が可能でしたから、そういた赤ちゃんを体外に出すと、「生きている」ことが多々あったそうです。
そういうとき、産科医は赤ちゃんを劇薬で殺したり、水に沈めたり、凍死させたりしたそうです。
(本論とは関係ありませんが、こうした産科医のメンタリティは今でも生きていると思います)
菊田先生は、赤ちゃんを殺したくないと考え、この斡旋を思いつきました。
しかし戸籍に出産の記録が残ることを産婦が嫌うため、ニセの出生証明書を養親に出しました。

この事件は大きな社会問題になり、先生は学会を除名され、罰金刑を受け、医業停止になります。
それでも先生は挫けずに、赤ちゃんの斡旋を適法化すべく活動していきます。
この結果、妊娠中絶は6ヶ月(24週)までとなり、特別養子縁組という新しい法律も誕生することになります。
つまり、菊田先生が訴えていたことは、すべて正しかったのです。

この本を読んでいると、西洋と日本との、子殺しと遺棄に関する考え方の違いに思いがいきます。

かつて古代ギリシャでは、子殺しはふつうに行われていました。
理由はさまざまですが、大きな意味としては人口調整がその最たるものです。
しかしその子殺しがあまりにも行きすぎていたので、キリスト教の教えが子殺しを抑制することになります。
「生命の神聖」を最も重要に考え、また、姦淫も禁じたため、西洋では1000年以上にわたって堕胎や子殺しは禁じられてきました。
その代わり、遺棄があった。姦淫の証拠を残さず、また子殺しをしなくても済むための方法です。
遺棄が通用したのは、保護のシステムがあったからです。これがコウノトリのゆりかごですね。
現在でもドイツには100カ所以上あると言われています。

キリスト教価値観を根底から崩したのは、ダーウィンです。
人間は、神によって創られたのではなく、動物から進化したと考えた訳です。
そしてダーウィンのいとこであるゴルトンによって社会ダーウィニズムが誕生します。
社会ダーウィニズムは優性思想と言ってもいい。
強い遺伝子は残し、弱い遺伝子は排除するという考えのもとに、堕胎が復活し、脳死が認められ、安楽死が合法化される訳です。
つまり「生命の神聖」よりも「生命の質」が上位に来るのです。

これは価値の転換であると同時に、古代ギリシャへの先祖返りなんですね。
つまり、西洋社会は
1 子殺しの時代
2 キリスト教的道徳観の時代
3 優性思想の時代
と、3つのフェーズから成り立ち、1と3は同じアナロジーになっています。

一方の日本。
日本に(大雑把に言えば)キリスト教的道徳観がなかったのは誰にでも分かりますね。
日本の特徴は、やはり古代ギリシャと同様に「間引き」なんです。
そしてそれが明治の初期まで延々と続いてきた歴史があります。
前近代日本では、赤ちゃんが生まれると、お産婆さんが「置きますか?」「戻しますか?」と尋ねたそうです。
宮参りをするまでは「社会の一人」と認められていなかったため、赤ちゃんはここで書くのも憚れるような残酷な方法で間引かれたようです。
親子心中が場合によっては美化されるのも、日本の伝統文化と関係があります。
日本では子どもを残して親が死ぬと、子どもは悲惨な人生を歩むことになります。
西洋では、保護してくれる養親がいます。

この本はもちろん絶版。中古で買いました。
大事なことがたくさん書かれており、貴重な1冊だと思います。

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