ようこそ、チャットGPT ― 2023年04月19日 17時40分55秒
ぼくの兄はエンジニアで、工学部を1983年に卒業しています。
ぼくと違って兄は頭脳明晰で、大学時代の研究テーマが人工知能だったといいますから、時代を見る目があったのでしょう。
ぼくは今でも AI ってどういう理屈でできているのか理解できません。
だって、コンピューターって計算機でしょ?
人が教えたことを、猛烈なスピードで計算するだけでは?
兄に質問したら、いろいろ教えてくれましたが、要は学習するというプログラムを仕込んでいるということ・・・だったように理解しました。
さて、現在、米新興企業「オープンAI」が開発した対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」が話題です。
世間はこの技術をどう見ているのでしょうか。
「すごい!」という単純な感想もあるかもしれませんが、「こわい!」という心配する心理もあるのではないでしょうか。
ぼくも映画『ターミネーター』に出てくるスカイネットというシステムを想起しました。
チャットGPTが一番人々に危惧を抱かせるのは、教育分野での使われ方だと思います。
学生がチャットGPTを使って答えに辿り着いたら、大学生のレポートなどは意味を失うかもしれません。
いやいや、もっと根本的に教師の存在価値が薄れてしまうかもしれません。
また、学生にしたって AI が答えを教えてくれれば、思考力がなくなってしまうかもしれませんよね。
つまりチャットGPTは人の能力を伸ばさない可能性がありそうです。
先日ネットニュースを読んでいたら、自分の子ども4人が東大理科3類に合格した母親が、18歳まではチャットGPTはNGと言っていたそうです。
それに対して堀江貴文さんは「ばか」と批判していました。
「ばか」という言葉はどうかと思いますが、ぼくも堀江さんの意見に賛成です。
だってチャットGPTの登場は、必然的な時代の潮流ですよ。
こういう時代が来ることは少し考えれば誰でも分かることだったはずです。
今の時代、学生が Google や Wikipedia を使うことを制限できるわけがありません。
むしろそれをどう使いこなすか、そのリテラシーが重要なわけです。
チャットGPTだってまったく同じです。
このツールを使うことで個人情報が抜き取られるとか、それはまた別問題ですから、これからを生きる人たちはチャットGPTを含めて人工知能をどう活用していくか、それを考えていくべきです。
18歳まで触れてはいけないなんて、時代錯誤の考え方です。
ぼくが大学の講師だったころ、医学生にスモールグループを組んでもらい、「自分で勉強する方法」を教えるという授業をやっていました。
問題の立て方とか、図書館の利用法とか、資料の集め方とか、その読み方とかですね。
ところが、その直後に Google が普及して、医学生の勉強の仕方は激変してしまいました。
ぼくの行なった授業はある意味で無駄だったようにも見えましたが、時代は進むので、学生は時代に沿った学びをすればいいのだと思ったものです。
だから、学生も教師もうまくチャットGPTを使ってください。
来るべくして来ましたね。
ようこそ、チャットGPT。
ぼくと違って兄は頭脳明晰で、大学時代の研究テーマが人工知能だったといいますから、時代を見る目があったのでしょう。
ぼくは今でも AI ってどういう理屈でできているのか理解できません。
だって、コンピューターって計算機でしょ?
人が教えたことを、猛烈なスピードで計算するだけでは?
兄に質問したら、いろいろ教えてくれましたが、要は学習するというプログラムを仕込んでいるということ・・・だったように理解しました。
さて、現在、米新興企業「オープンAI」が開発した対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」が話題です。
世間はこの技術をどう見ているのでしょうか。
「すごい!」という単純な感想もあるかもしれませんが、「こわい!」という心配する心理もあるのではないでしょうか。
ぼくも映画『ターミネーター』に出てくるスカイネットというシステムを想起しました。
チャットGPTが一番人々に危惧を抱かせるのは、教育分野での使われ方だと思います。
学生がチャットGPTを使って答えに辿り着いたら、大学生のレポートなどは意味を失うかもしれません。
いやいや、もっと根本的に教師の存在価値が薄れてしまうかもしれません。
また、学生にしたって AI が答えを教えてくれれば、思考力がなくなってしまうかもしれませんよね。
つまりチャットGPTは人の能力を伸ばさない可能性がありそうです。
先日ネットニュースを読んでいたら、自分の子ども4人が東大理科3類に合格した母親が、18歳まではチャットGPTはNGと言っていたそうです。
それに対して堀江貴文さんは「ばか」と批判していました。
「ばか」という言葉はどうかと思いますが、ぼくも堀江さんの意見に賛成です。
だってチャットGPTの登場は、必然的な時代の潮流ですよ。
こういう時代が来ることは少し考えれば誰でも分かることだったはずです。
今の時代、学生が Google や Wikipedia を使うことを制限できるわけがありません。
むしろそれをどう使いこなすか、そのリテラシーが重要なわけです。
チャットGPTだってまったく同じです。
このツールを使うことで個人情報が抜き取られるとか、それはまた別問題ですから、これからを生きる人たちはチャットGPTを含めて人工知能をどう活用していくか、それを考えていくべきです。
18歳まで触れてはいけないなんて、時代錯誤の考え方です。
ぼくが大学の講師だったころ、医学生にスモールグループを組んでもらい、「自分で勉強する方法」を教えるという授業をやっていました。
問題の立て方とか、図書館の利用法とか、資料の集め方とか、その読み方とかですね。
ところが、その直後に Google が普及して、医学生の勉強の仕方は激変してしまいました。
ぼくの行なった授業はある意味で無駄だったようにも見えましたが、時代は進むので、学生は時代に沿った学びをすればいいのだと思ったものです。
だから、学生も教師もうまくチャットGPTを使ってください。
来るべくして来ましたね。
ようこそ、チャットGPT。
職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法 Kindle版 (上阪徹) ― 2023年04月19日 21時36分59秒
ブックライターとは聞きなれない職業名ですよね。
世間では、ゴーストライターなどと呼ばれていたりします。
要は、著者の代わりに実際に本を書く人です。
ビジネス書などは、ほとんどすべてがブックライターが書いていると聞いたことがあります。
企業の経営者とか芸能人とかの本もそうでしょう。
あるいは科学者の書いたサイエンスエッセイもそうかもしれません。
プロの作家が書いた本以外は、ほとんどブックライターが書いている可能性があります。
ぼくが書いた本の中で、もっとも多くの人に読まれたのは『発達障害に生まれて』というノンフィクションです。
この本を編集してくれた編集者さんは、業界の人から「この本は、どのブックライターを使ったんですか?」と聞かれたそうです。
開業医に本を書く暇なんてないと思ったのか、それとも開業医で文章の上手い人なんて見たことないと思ったのか、詳細は分かりません。
それくらい本人が書いた本は少ないということです。
ぼくは1年に1冊のペースで本を書いています。
1冊12万字。
上阪さんは、毎月1冊10万字書くそうです。
驚異的にも思えますし、プロなので、それもあり得るかなとも思えます。
ぼくの場合は、夕方まで医師として働き、平日の夜と日曜日を使って本を書いています。
この本の中に書かれていることには、ぼくと同じ意見のものもありますし、異なる部分もあります。
同じというのは、文章を2000字で基本とする考え方です。
念のために書いておきますが、ぼくは現在、『1文が書ければ2000字は書ける』(日本実業出版社)という本を書き上げて、これから入稿という段階です。
何が言いたいかというと、ぼくのアイデアは上阪さんの考えを参考にしたのではなく、ぼくのオリジナルということです。
パクリじゃないですよ。
異なる部分というのは、「話すように書け」という教えです。
ぼくは、書くには技術が必要で、話すように書いても通じないと思っています。
それはまあさておき、本作は大変面白い1冊でした。
書くまでの準備が7割という話は大変貴重でした。そうですよね、準備は大事です。本当にそう思います。
実はこの本、2013年の出版で、現在は絶版なんです。
電書のいいところは、絶版の本でも読めることです。
この本は Kindle で読みました。
電書、バンザイ! という感じですね。
世間では、ゴーストライターなどと呼ばれていたりします。
要は、著者の代わりに実際に本を書く人です。
ビジネス書などは、ほとんどすべてがブックライターが書いていると聞いたことがあります。
企業の経営者とか芸能人とかの本もそうでしょう。
あるいは科学者の書いたサイエンスエッセイもそうかもしれません。
プロの作家が書いた本以外は、ほとんどブックライターが書いている可能性があります。
ぼくが書いた本の中で、もっとも多くの人に読まれたのは『発達障害に生まれて』というノンフィクションです。
この本を編集してくれた編集者さんは、業界の人から「この本は、どのブックライターを使ったんですか?」と聞かれたそうです。
開業医に本を書く暇なんてないと思ったのか、それとも開業医で文章の上手い人なんて見たことないと思ったのか、詳細は分かりません。
それくらい本人が書いた本は少ないということです。
ぼくは1年に1冊のペースで本を書いています。
1冊12万字。
上阪さんは、毎月1冊10万字書くそうです。
驚異的にも思えますし、プロなので、それもあり得るかなとも思えます。
ぼくの場合は、夕方まで医師として働き、平日の夜と日曜日を使って本を書いています。
この本の中に書かれていることには、ぼくと同じ意見のものもありますし、異なる部分もあります。
同じというのは、文章を2000字で基本とする考え方です。
念のために書いておきますが、ぼくは現在、『1文が書ければ2000字は書ける』(日本実業出版社)という本を書き上げて、これから入稿という段階です。
何が言いたいかというと、ぼくのアイデアは上阪さんの考えを参考にしたのではなく、ぼくのオリジナルということです。
パクリじゃないですよ。
異なる部分というのは、「話すように書け」という教えです。
ぼくは、書くには技術が必要で、話すように書いても通じないと思っています。
それはまあさておき、本作は大変面白い1冊でした。
書くまでの準備が7割という話は大変貴重でした。そうですよね、準備は大事です。本当にそう思います。
実はこの本、2013年の出版で、現在は絶版なんです。
電書のいいところは、絶版の本でも読めることです。
この本は Kindle で読みました。
電書、バンザイ! という感じですね。
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