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サル化する世界(内田 樹)2020年05月01日 22時35分04秒

サル化する世界
僕は内田樹さんの本をたくさん読んだわけではないので、この本が内田さんにとってどういう位置づけになるか分かりません。
そのことを前提に本書の感想を述べると、これだけブロードに日本の文化を語ることができるのは、ちょっとすごいなと思います。
特に教育に関する論考は大変鋭く本質をえぐっているなと感じました。

内田さんの素晴らしさは、その知識の豊富さ・深さと論理を構築する力の強さにあります。
ここまで見事に知識を集めて思索を深めていくと、読んでいる方はそのロジックの流れに身を任せてしまうような快感を味わってしまいます。
内田さんの数多い肩書きの一つは「思想家」だそうですが、なるほど、プロの思想家とは読者を酔わすのだなと思わされました。

知識をたくさん持つということは、思想の道具を手にすることですから、人間にとって学びの第一歩でしょう。
だけど、知識が豊富であること自体は大したことではありません。
誰でも勉強すれば知識を身に付けることができます。
こんな僕だって人間の身体を作っている血管・神経・骨・筋肉の名前を(ほぼ)すべて知っていますし、ラテン語で何と言うかも知っています。
しかし知識を土台にして考えを深めるというのは、医者によって得意な人とそうでない人がいます。

僕は研修医の頃に、先輩の先生から「医療はパターン認識だ」と教えられたことがあります。つまり体験の記憶ですね。
僕はその言葉に軽い反発を覚えたし、実際、大学院に行って、がん遺伝子の研究で海外の研究グループと競争を繰り広げました。
もちろんそのためには、思考を磨きに磨いて、仮説を証明していくという知の昇華と実践がありました。
若い頃にそうやってサイエンスを必死に考えたことは、今でも自分の自信になっています。

しかしながら、医者という種族はそういう人ばかりではありません。勘とか度胸とか気合いで手術をする先生もいます。
多くの外科医は「医者バカ」みたいになっていて、患者を治すという高い倫理観・使命感はしっかりと持っていますが、一般常識に欠けていたりします。
おそらく深い思索が医療には必要なくて、やはり熟練した医師というのは「パターン認識」に優れた人を言うのかもしれません。

今朝の朝日新聞の広告を見たら、本書は発売2カ月で4万部だそうです。
すごいな。
右翼反動の幼稚な書籍がよく売れる一方で、こうした本がちゃんと売れることが僕には何ともうれしいです。

良い本です。オススメします。

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争(速水 融)2020年05月03日 22時28分52秒

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争
現在、話題の本です。
先日、朝日新聞のサンヤツ広告にも出ていましたので、かなり売れているのではないでしょうか?
今から100年前のスペイン風邪(インフルエンザ)についてまとめた学術書です。
新聞記事を主要なソースとして、日本の各地でどのように被害が広がっていたのかを細かく記述した大著です。
通説では感染者数千万人、死亡者38万人の大被害です。
医療崩壊が起き、社会機能が滞り、火葬場が遺体を処理しきれなくなり、マスクが不足するなど、現在の新型コロナの状況と一致します。
ただ、これだけの災厄を経ても日本の人口は減りませんでした。
また、疫病の終息後にはベビーブームが起きて、人工が増加しています。
経済が壊滅的打撃を受けなかったのはなぜでしょうか?
それはこの時代、まだまだ農業が国の主要産業であり、工業化はこれからというタイミングだったからでしょう。

筆者は、日本人はスペイン風邪から何も学ばなかったと厳しく総括しています。
たしかに、関東大震災を知らない人はいなくても、スペイン風邪はそこまでの認知度はないでしょう。
医学や科学が100年前にはまだまだ発達していませんでしたから(抗生剤もウイルスもまだ発見されていなかった)、感冒が蔓延し猖獗をきわめれば、こういう被害も「あり得る」ことと当時の日本人は考えたのかもしれません。
また、インフルエンザは3日で決着がつきますから、ウイルスが嵐のように去っていったという認識だったのかもしれません。

現代では、観光・飲食・運輸といった産業が国力に大きな比重を占めていますから、人の流れが止まると経済基盤が揺るぎます。
そして、たかが「風邪ウイルスでなぜここまでの被害が?」という思いを抱いた人も当初は多かったでしょう。
麻生財務大臣なんかは「インフルエンザみたいなもんだろ?」と言っていたと報じられています。

結局のところスペイン風邪の教訓は何でしょうか?
それは「忘れた頃にパンデミックはやって来る」ということだと思います。
韓国はその認識で成功しました。一方で、日本には準備がありませんでした。
平時から大災害に備えておくことが重要で、F35戦闘機を100機買って、1兆円浪費するのではなく、国が予備費をとして万が一に備えておくことが重要ではないでしょうか?
憲法改正を論じるヒマがあったら、この感染症対策と経済対策を安倍政権にはちゃんとやって欲しいですね。

日本辺境論(内田 樹)2020年05月05日 14時36分59秒

日本辺境論
大型連休は読書三昧と思っていましたが、Amazonの物流が滞っているらしく、注文した本がすぐには届きません。
そこで書棚をぐるりと見渡して本書を再読しました。
2009年に書かれた本ですから、もう11年前になります。
当時はすらすら内容が頭に入ってきたのですが、今はもたもたしながら読みました。
老眼のせいもあるでしょうが、やはり頭が老化したせいでしょう。
しかしそんなことを言っても、内田先生がこの本を書いたときは59歳。
現在の僕とほぼ似たような年齢です。
いや、僕はダメ人間だな。
もともと僕は大して才能のある医者ではなかった。でも努力だけは惜しまずやってきたし、サイエンスに関してもすごい閃きは無かったものの、朝から晩まで考え続ける集中力・持続力はありました。
人生いよいよ黄昏期に入って、ここでもう一回ネジを巻き直し、Stating Over してみたいなという気持ちが湧いてきました。
死ぬまで努力を続けること、いや、続けようと頑張ることが僕の人生の目標ですし、また、それがわが子に対する親としてありたい姿と思っています。

ちょっとがんばってみようかな。

核大国ニッポン(堤 未果)2020年05月05日 23時07分23秒

核大国ニッポン
堤 未果さんの作品の魅力は、驚異的な取材力とその独特な(良い意味です)文体にあります。
アメリカという国家を描いたり、核問題を描いたりする際に、個人へのインタビューをもとに全体像を帰納していくという手法は決して簡単ではありません。
堤さんのセンスと努力のたまものでしょう。
そして文体に関して言うと、女性ジャーナリストやノンフィクション作家さんは、けっこうこうしたクールで贅肉をスパスパ切り落とした文章を書くんですよね。
男の方が書きすぎるような気がします。

さて、日本と核の問題はこんがらがった糸のようなもので、どこに出口を求めればいいのか分かりません。
いや、それは日本だけじゃないかもしれませんね。
いろいろなことが矛盾の構造を抱えていて正義はどこにあるかよく見えません。
私見を述べていくと、本書を上書きするようなことになってしまいますので、詳しくは書きませんが、僕が思う最大の欺瞞はオバマ前大統領のプラハ演説とノーベル賞受賞だと思います。
ま、違う意見もあるでしょう。

アメリカとロシアで合わせてどれだけの核兵器を持っているのか知りませんが、どれだけ巨大な軍事力が地球上にあっても、たった一人の感染から始まったウイルスの世界的蔓延が国力を麻痺させてしまうというのは本当に皮肉だと思うし、軍拡競争の愚かさを証明していると思います。
世界のリーダーたちはそのことを十分理解していると思いますが、もはや舞台から下りられないというのが実際にところでしょう。

村八分とえんがちょ2020年05月08日 10時29分53秒

新型コロナウイルス感染症の収束が見通せません。
夏に一時的に勢いが下がっても、冬にはインフルエンザと同時流行し、今よりもっと悲惨な状況になるかもしれません。

ウイルスによる疫病は人と人との接触で広がる訳ですから、人間同士の接触を断てば、感染は収まります。
国は8割削減と言っていますが、人の社会はそういう風にできていませんから、それが達成できるかはかなり難しいでしょう。

私たちの社会は、何か禁止ルールを作って、それに従わない人間を激しく非難するということが得意です。われわれは横並びの文化に生きていますから、横に並ばない人間に対しては憎悪のような感情を抱きます。
そしてこういう空気が広く蔓延していくと、もともと社会から白い目で見られていた集団はますますやり玉に挙げられます。

高齢者は若者が嫌いです。コンビニの前でしゃがみ込んでたむろしている若者集団を嫌悪します。
私が所属していた大学病院の教授は、「徴兵制を復活させてこいつらをたたき直さないといけない」と大まじめに発言したことがあります。
若者が知らずにコロナを広めていると批判が起きましたが、若者は必ずしも遊んでいる訳ではありません。学費を捻出するために働いている人も大勢します。

夜の水商売をする人は常に見下されてきました。それがコロナでも、感染の温床として強く非難されました。
パチンコ屋も同様です。
問題は、感染拡大を防止するという科学的観点を大きく飛び越えてしまっていることです。

パチンコ屋の固定費は月に1000万円と言われています。これを休業するということは経営者に首をくくれと言うことと変わりません。
ところが自粛要請に応じないパチンコ屋には民衆が押しかけ怒声を発します。県外ナンバーの車は傷つけられるそうです。
しかし仮にパチンコ屋の中でコロナのクラスター発生しても、周辺住民には何の影響もありません。空気感染はしませんから。
そもそもパチンコ屋は2密であって、3密ではありません。お客同士は対面していません。

通勤電車は放置されるのに、パチンコ屋にはリンチが加えられます。新宿紀伊國屋書店に行列ができても許されるのに、パチンコ屋に行列ができると人々はいきり立ちます。
村八分とは「仲間はずれ」という意味ではなく、私的制裁のことを指します。
こうした伝統は我々の中に脈々と生きており、普段から目障りとされている者たちは、科学的な規制を超えて制裁を受けます。
それが若者・風俗の女性・パチンコ屋です。

ウイルスのような目に見えないものを恐れるのは古今東西変わりはありませんが、私たちの社会ではそれが容易に「不浄」なものに変容します。
つまり「えんがちょ」の思想です。国はくり返し3密ということを言っているのにも関わらず、いったんコロナに接点があった人間は不浄の者と見なされます。

医療従事者に対して拍手を送るのは欧州ですが、日本の場合、それはサル真似に過ぎず、医療従事者の子どもが保育園への通園を拒否されたりします。不浄の者は「うつる」から近寄るなということです。
今はどこのレジでもビニールカーテンが貼られています。対面する人間同士がマスクをしていればカーテンは不要のはずですが、あれは魔除けの札みたいなものです。
今の時代、カーテンを付けていないと白い目で見られかねません。僕も日本ルールに従っています。

因習がサイエンスを乗り越えかねないのは、ちょっと怖いかなと感じますが、これが日本の空気とか文化なんだと思います。

小学校英語のジレンマ(寺沢 拓敬)2020年05月08日 21時49分30秒

小学校英語のジレンマ
2020年の4月から小学5・6年生で英語が教科化されます。
このことに関しては、立場の異なる人たちが様々な意見を表明しており、百家争鳴という感じです。
本書はそういった「声」にはあまりフォーカスを置かず、なぜ教科化されたかの経緯について詳しく述べています。
タイトルにあるように、小学生に担任教師が英語を教えるにはジレンマがあります。
問題点は非常に複雑であり、整理されていません。
なぜこんな複雑なことが実現できたのかと言えば、官邸主導で「エイヤ」と決めてしまったからです。
僕はこの本の中で、最後の方で述べられている早期英語教育の有効性に関するエビデンスを最も興味を持って読みましたが、なかなか理解しづらく納得するには至りませんでした。
小学生に英語を教える是非に関しては僕にも私見はありますが、それをここで書いたところでその他大勢の意見の一つで終わってしまうので、それは控えましょう。
ただ、一般論を述べれば、算数だろうが英語だろうが、学ぶ子どもたちが「おもしろい」と思って学習する意欲を持たない限り、勉強というのは身につきません。
そういう意味では小学生に英語を教えようが教えまいが、将来的に、個人の学力も日本国の英語力も、結局何も変わらないと思います。
ま、それを含めてジレンマなんでしょう。

しかし新型コロナウイルスによって一斉休校になり、英語教育が始まらないのは何とも出鼻を挫かれた形で、英語教育の未来を暗示しているような気がします。

日本が売られる(堤 未果)2020年05月09日 16時52分14秒

日本が売られる
売りたい人と買いたい人がいて、経済は成り立ちます。
しかし人身売買が許されないように、国家として売ってはいけないものがあります。
誰が最初に言ったのかは知りませんが、日本では「水と安全」はタダと考えられてきました。
しかしその水も民営化という名のもとに売りに出されてしまいました。
民営化という言葉は、中曽根さんが国鉄民営化で成功したことをきかっけに、何か効率的でみんなが得をすることにみたいに思われました。
しかし小泉さんの郵政民営化で雲行きが怪しくなり、現在で民営化と聞くだけで胡散臭いったらないという感じです。
日本共産党は「行きすぎた資本主義」という言葉を使いますが、本当にその通りで、国益を外国に売り渡して、マネーを懐に入れて、それで得をするのは国民ではないことだけは間違いありません。
政治の世界では、資本主義vs社会主義の構図は過去のものになったと認識されているようですが、あんがいそんなことはないのでは?
やはり売ってはいけないものは、社会化・国有化してガッチリ守らないと、日本は滅びてしまうような気がします。

現在、野党は「対案路線」とか言って、国民におもねるように、補助金を支給する案を次から次に出しています。まるで与党と競争しているかのようです。
では、その施策が正しいかどうか誰がチェックするのでしょうか?
野党は対案なんて出す必要はありません。政権のチェックをするのが最大の仕事です。そこを勘違いしている政党は、現に支持率が1%くらいしかありません。
政府与党とは異なった価値観を提示するのが野党には重要で、間違った資本主義を見直すという考え方は特に大事にした方がいいと思います。

子どもの発達障害 誤診の危機(榊原 洋一)2020年05月09日 21時39分33秒

子どもの発達障害 誤診の危機
発達障害にはASD、ADHD、LDとありますが、ASDに関して専門医が2割くらい誤診をしているという驚異(脅威)的な本です。
診断を受けて納得のいかない保護者が、筆書のもとをセカンドオピニオンをもらいに訪れるそうです。
ま、身も蓋もない作品です。

この本は誰を読者に想定して書かれたのでしょうか? 発達障害の保護者ということは無いですよね? 同業者に向かって書かれたのでしょう。そして、「みなさん、誤診だらけですよ」と言いたかったのでしょう。
僕はこういう本はあってもいいと思いますが、一般書で書くべき内容ではないと思います。
学会で発表し、専門家の中で議論を深めるべきだと思います。

なお、千葉市では1回お子さんを診ただけで、ASDという確定診断を付けることはほとんどありません。
知的障害を伴う重度のASDの場合は別ですが、多くの場合、診断の確定は困難です。
従って1歳半で、ASDの可能性があることを保護者に伝えて年長さんまではフォローしていきます。明らかな言葉の遅れがある子には、療育を勧めます。
年長さんの段階で、お子さんの抱えている困難がどれほどかを評価し、その時点で、通常学級か特別支援教育かを考えます。
このことが確定診断につながるとも言えます。

ASDの診断は非常に困難ですから、簡単に診断を付けず、かかりつけの小児科医が子どもの成長に伴走していく中で、見定めていくのがいいと思います。

そうした「発達障害を疑った時の最初の一歩」に関して、現在、僕は原稿を執筆中です。ほぼ書き上げていますので、遅くとも秋には中央公論新社から上梓する予定です。
たぶん、保護者の皆さんはそういう最初の一歩を知りたいのだと思います。

エビデンスとは何か? コロナ肺炎の出口戦略2020年05月10日 14時21分23秒

医療の世界ではEBM(エビデンスに基づく医療)という言葉が使われるようになって久しく、一般の方もエビデンスという言葉を多用するようになりました。
ただ、かなり誤用が目立ちます。
エビデンスの意味を「根拠」とか「証拠」とか「科学的理由」と理解している人を多く見かけますが、正しい意味はもっと厳密なものです。
Aを行ったらBになる・・・という因果関係をエビデンスと言うのです。
たとえば、肝芽腫という小児がんには現在、シスプラチンとアドリアマイシンの2剤が使われます。しかし、シスプラチンだけでも効果は変わらないのでは?という意見が医学界にあります。
ではどうするか?
肝芽腫の子どもを2つのグループに均等に(ランダムに)分けます。
1つのグループには、シスプラチンとアドリアマイシンを投与し、もう1つのグループには、シスプラチンだけを投与して治療成績を比べればいいのです。
この結果、両グループの生存率が同じなら、アドリアマイシンは不要と結論付けることができます。
肝芽腫に対する最善の治療は、シスプラチン単独療法と確定します。
これがエビデンスですね。因果関係がはっきりしています。

ところが、データを用いて何かを議論すると、そのこと自体をエビデンスがあると言ってしまったりします。
たとえば、新型コロナ肺炎の緊急事態宣言からの出口戦略ですが、大阪府は「大阪モデル」と言って、
1 感染経路不明・10人未満
2 PCR陽性率・7%未満
3 重症病床使用率・60%未満
を7日連続で達成できれば、自粛を解除するという方針を掲げています。
テレビ番組で著名な科学者が大阪モデル指して「エビデンスに基づいている」と高く評価していました。
しかし、これはエビデンスという言葉の完全な誤用です。
大阪府は数字を挙げて、この基準で自粛を解除しうようと「決意」したのであって、それ以上でもそれ以下でもありません。
この基準を満たせば、自粛を解除しても新型コロナ感染症が再燃しないというエビデンスはどこにもありません。
確かにこの基準を1週間続ければ、その間、オーバーシュートは起きないでしょう。では、基準を以下のように変更したらどうなりますか?
1 感染経路不明・7人未満
2 PCR陽性率・5%未満
3 重症病床使用率・50%未満
感染はさらに落ち着くでしょう。つまりこれは数字を使って誰にでも分かりやすい基準を政治判断したということであって、エビデンスがあるわけではありません。

「エビデンス」とか「科学的に正しい」という言葉が曖昧に使われるのは、サイエンスに対する理解を遠ざけますので、決していいことではありません。
医者・科学者もエビデンスという言葉を正確に使って欲しいと思います。

ルポ 技能実習生(澤田 晃宏)2020年05月10日 19時59分31秒

ルポ 技能実習生
テーマにも興味がありましたが、筆者がどういう人なんだろうと思って読んでみました。
技能実習生制度の矛盾点については以前から知っていました。
だからちょっとハードルを高く設定して読んだのですが、大変力のこもった作品で感服しました。
取材を丁寧にしているし、資料を深く読み込んでいます。ちくま新書はいいルポがけっこうよく出るのですが、この作品も一級品でした。

ベトナムはアメリカに戦争で打ち克ち、南北を統一して社会主義国家を打ち立てました。
労働者が国の主役になり、人間が国家の主人公になったのです。
いや、なったはずだったのですが、国は貧しく、労働力を日本に搾り取られています。
その現状を見ると、なんとも悲しいですね。

なぜ、技能実習という建前だけの出稼ぎの制度があるのでしょうか?
理由はいろいろあるでしょう。本書のあとがきにあるように、単純労働をAIとロボットができるようになるまでの時間稼ぎかもしれませんね。
その時は、もう一度、移民政策を放棄して外国人を追い出すのでしょうね。
寂しいじゃないですか?

筆者はフリーの物書きとして現状では筆一本で生活ができないことが書かれていました。
確かに出版社がライターに取材費を渡し、取材をさせてしっかり原稿料を払うというシステムは終わってしまったようです。
これからは、当事者発信が重要と、ある編集者が言っていました。
つまりプロのライターはもう不要であり、たとえば医者なら医者が医療現場からジャーナリスティックな視点で情報を発信する時代なのだと。
すべてのライターがそうではないと思いますが、この編集者が言っていることはかなり現実としてすでにそうなっていると思います。

筆者は高校中退だそうです(僕はそのことに興味を惹かれた)。だから目の高さがいいんですよね。
この作家さんはこれからもいいルポが書けると思います。