アクセスカウンター
アクセスカウンター

いのちは輝く〜障害・病気と生きる子どもたち(29)2018年11月01日 12時39分11秒

連載第29回を書きました。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181005-OYTET50018/

時間のある方は、読んでみてください。

弁護士ドットコムニュース2018年11月01日 12時54分43秒

弁護士ドットコムニュースで、猪谷千香さんにインタビューして頂きました。
「発達障害の息子と教育者の母、17年の葛藤 「普通」からドロップアウトしても幸せはつかめる」というタイトルです。

https://www.bengo4.com/internet/n_8701/?fbclid=IwAR1Qbs7qmhRPmgAxmx--GC6rjC6MbvQyKTIOhyRx1midDCfWe1uWh_OE9oU

よかったら読んでみてください。

ダウン症をめぐる政治――誰もが排除されない社会へ向けて(キーロン・スミス)2018年11月03日 17時34分37秒

ダウン症をめぐる政治――誰もが排除されない社会へ向けて
もしかしたら、イギリスは世界で最もダウン症児が生まれないことに執念を持っている国かもしれません。
しかしながら、もし、ダウン症の子が生まれてくると、手厚い支援をすることでも知られています。
いわゆるダウン症児に対するダブルスタンダードですね。

イギリスはNHS(国立健康サービス)により、医療費が無料です。だから、費用対効果を計算します。
ダウン症が生まれた場合に、医療支援をする場合の費用と、出生前診断によってダウン症を生まれる前に見つけるコストを比べる訳です。
その結果、イギリスの妊婦は、母体血清マーカー診断とNT(胎児のうなじの浮腫みを測る超音波検査)を無料で受けられます。
しかしながら、宗教的な理由などで、こうした検査を受けない妊婦も30%くらい存在すると言われています。

障害児に対する支援はこんな感じです。
障害を持った子が保育園に入園すると、保育園に対して追加の予算が国から配分されます。
通常学級に障害児が通う場合には、マンツーマンで支援員が配置されます。
イギリスのGDPに対する障害者への公的支出の割合は、2.9%に達しており、これは日本の1.0%のおよそ3倍にあたります。

そうしたイギリスにおいても、著者はダウン症児が社会から排除されていると問題を提起しています。
学校がそして社会がダウン症児(障害児)をインクルージョンしていくことが、いわゆる健常者にとっても実はいい社会であるのだとぼくも思います。

日本でも障害者差別解消法が2年前からスタートしましたが、障害児を本当にインクルージョンするまでにはもう少し時間がかかりそうです。
しかし悲観ばかりしてもしかたがないので、一人ひとりが歴史の歯車を回す努力をこつこつと積み上げていくことが重要かなと考えます。

亜由未が教えてくれたこと―〝障害を生きる〟妹と家族の8800日(坂川 裕野)2018年11月04日 22時40分52秒

亜由未が教えてくれたこと―〝障害を生きる〟妹と家族の8800日
本書の良くない点を先に書いてしまいます。
それは、筆者がNHKのドキュメントを作ると言う、いわば自然ではない動機、流れで妹さんのケアをしているところです。
それはそれでセルフドキュメントにはなっていますが、ケアされる人とケアする人間の双方向性がナチュラルに見えないのです。
しかしそんな点を補って余りある優れた点が多数あるノンフィクションでした。

一つは、重度障害者と社会との関わり合いですね。障害者は一人では生きられません。また生きようとしてはいけません。
ご両親は自宅を「あゆちゃんち」と名付け、さまざま催しを通じて自宅を開放します。
これによって障害者は地域社会と共生できるのです。

2点目はやはりお母さまの愛情の深さですね。
障害者を育てる親が「自分は幸福です」というと、世間からは「それって強がっているのでは?」という反応が返ってくることが多々あります。
なぜでしょうか?
おそらくその理由は、自分だったら障害児(者)の世話をしたくないという忌避感からだと思います。
「障害児を授かったら人生終わり」みたいな台詞がSNSで駆け巡ったりしましたが、それは大変軽率な発言です。
自分だったらこう思うとは、いくら言っても構いませんが、人の人生に対して見下すようなことを言う人間は、人として余りにも未成熟です。
障害児を受容できず、我が子を病院に捨て子みたいにしてしまう人を僕は見た経験がありますが、そういう人はおそらく健常児を授かってもしっかりとした愛情を注げないと思います。
親から見たら我が子は無条件に可愛いものですが、この世には、我が子を虐待する親もいます。
多くの場合でその親自身の育ち方に問題があったのでしょう。
自分を肯定できない親は、自分の子どもも肯定できません。
それが児童虐待の本質で、我が子が障害児であるというのは、虐待の単なるきっかけに過ぎず本質は別の所にあります。

3つめは、きょうだい問題です。
障害児や病気の子のきょうだいは、大変複雑で辛い思いをします。この問題の解決はなかなか難しく、今後、医療的課題としてますます重要になり、支援の工夫がなされていくと思います。

本書は、障害児を授かった家族がどうやって「障害のある人生」を生きていくか、きっちりと描ききった名著だと思います。
オススメです。

医療的ケア」の必要な子どもたち:第二の人生を歩む元NHKアナウンサーの奮闘記(内多勝康)2018年11月07日 22時56分10秒

医療的ケア」の必要な子どもたち:第二の人生を歩む元NHKアナウンサーの奮闘記
医療的ケアが必要な子どもたちについて、広く、深く書いています。
とても大事なことですので、こうした本はたくさんの人に読まれた方がいいでしょう。
しかしながら、本の出来としては多くの要素を詰め込み過ぎたために、本の中心を貫く柱のようなものがぶれた印象があります。
サブタイトルに「奮闘記」と書かれていますが、それはイントロダクション程度でした。
そして成育医療センターの「もみじの家」の紹介が最後の方に回されるという構成は、いくらなんでも凝り過ぎだと思います。
もっと素直に「奮闘記」を書いて、その合間にいろいろな「医療的ケアの必要な子」を紹介すれば良かったと思います。

多くのお子さんを紹介することも大事なことですが、一人のお子さんの生活を長期にわたって描き続ける手段も有効だと思います。
ぼくは後者の方が読者に理解が深まると考えて、「呼吸器の子」を書いた訳です。
本書で医療的ケアを要する子に関心を持った読者は、拙著「呼吸器の子」も読んでみてください。

発達ナビ(リタリコ)に寄稿しました!2018年11月09日 10時52分56秒

発達ナビに原稿を書かせて頂きました。
自著『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』を書いて僕が学んだことについてです。

https://h-navi.jp/column/article/35027128

「発達ナビ」は、「Yahoo」みたいに有名ではないかもしれませんが、ものすごく多くの読者がいるサイトです。
発達障害やグレーゾーンのお子さん、そのご家族や関係者にとって重要な情報に溢れています。
教育に関わる人にも役立つはずです。

時間のある方はちょっとご覧になってみてください。

今朝の朝日新聞、サンヤツ2018年11月09日 11時36分48秒

今朝の朝日新聞、サンヤツ
https://book.asahi.com/sanyatsu/TOP/intro/ADTLM20181109103.html
↑ クリックしてください。

今朝の朝日新聞にサンヤツ広告が掲載されました。
サンヤツとは、新聞一面の一番の下の部分に、3段分のスペースを使い、これを8つに分割して広告を載せることです。

「発達障害に生まれて」は発売から2カ月で3刷りに到達しているため、ノンフィクションとしては異例の追加広告となったのです。

興味のある方はぜひ手にとってみて下さい。ただ、リアル書店では品薄のような印象です(千葉市でもあまり見ない)。
Amazonにはしっかりと在庫があります。
http://amzn.asia/d/ajmbdRv
↑ こちらからどうぞ。

いのちは輝く〜障害・病気と生きる子どもたち(30)2018年11月16日 16時04分50秒

連載記事の第30回目が掲載されました。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181019-OYTET50014/

よかったら、読んでみてください。
どうぞよろしくお願いします。

ナオミとカナコ (幻冬舎文庫) 奥田 英朗2018年11月16日 16時08分13秒

ナオミとカナコ
日本小児血液・がん学会のために京都へ3日間行っていました。学会では特別講演を仰せつかり、「障害児を受容する」こと、「障害を生きる」ことの意味を述べさせて頂きました。聴衆も多く、こうした貴重な機会を与えてくださった細井創教授には本当にいくら感謝しても感謝し切れません。

さて、旅と言えば読書です。
今回の旅に僕が選んだ本がこれ。
奥田さんは、犯罪小説・ユーモア小説・日常を切り取る小説を書きます。どの本を読んでも外れはなく、日本を代表するエンターテインナーだと思います。
奥田さんの事実上のデビュー作は、「最悪」。犯罪小説ですね。
ぼくはこの本を読んで奥田さんを知ったのですが、この人、天才かと思いました。
その後、犯罪小説だけにとどまらず、ユーモア小説などにも進んで行きます。
ときどきくり返し表現が出てきたりすることがありますが、とにかく人間を描く、人間の気持ちを描くということに関しては稀代の作家でしょう。

「ナオミとカナコ」は、タイトルだけではわかりませんが、これも犯罪小説です。前半でほんのわずかもたつく部分もありますが、後半になると読むスピードに加速がつき、あまりの緊迫感にページをめくるのがもどかしくなります。
一気読みの面白さとはこのことでしょう。
500ページを超える作品ですが、あっと言う間に読了してしまいました。

こういう本を読むと、やはりフィクションの「強さ」を感じます。ノンフィクションは基本的に事実を伝えることが最優先ですから、形容詞の部分が少ないんですね。いえ、佐野真一さんは「形容詞は腐る」と言っていました。
だから極論を言えば、5W1Hで成り立ってしまうんです。
ところがフィクションの場合は、どれだけ人間の心を表現するかに重点が置かれますから、作家として表現力が問われる、そして鍛えられる訳です。
だから、大雑把に言ってしまえば、フィクションの作家は文章力がノンフィクション作家よりも全然上ですよね。
したがってノンフィクション作家がそれに負けないようにするためには、取材によって大量の事実を掘り起こすしかないんです。
「事実は小説より奇なり」と読者に思ってもらわないと、ノンフィクションは買ってもらえないでしょう。

「ナオミとカナコ」。
クライムノベルが好きな人には超オススメです。

ダヴィンチ・ニュース2018年11月16日 20時24分14秒

ダヴィンチ・ニュースという書評サイトをご存じでしょうか?
KADOKAWAさんの運営するサイトです。
一昨日、ダヴィンチ・ニュースに「発達障害に生まれて」の書評が掲載されました。

https://ddnavi.com/review/500047/a/?fbclid=IwAR1k3eolbb-kK1ZuqBgj2ODJQPwfd7wZnPQMTaZFlIwUKNbk_thk62dV210

もし、お時間がありましたら、ご覧になってください。