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兄弟でもこんなに違う2010年07月13日 20時39分28秒

日経ビジネス・オンラインというのを読むと、僕の兄が、合計5回の連載でデカデカと登場しています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100707/215299/

なんでも電子書籍に関することで、兄と立命館大学の偉い先生が対談したそうです。
兄の顔写真も大きな映像でドカーンと出ています。

興味のある方はぜひ読んでみてください、、、と言いたいところだけど、肝心の僕は読んでも意味がさっぱり分りません。
まるでドイツ語かフランス語を読んでるみたいでチンプンカンプン。
兄はエンジニアですから、僕とは生きている業界が全然異なります。

それにしたって兄弟でこんなにも違うものか?
ところがね、顔は似ているんです。
中学や高校時代は、よく間違えられたものです。

兄はエンジニアと書きましたが、その反面、「読書の力」はものすごいものがあります。
本を読むスピードが常人離れしていて、僕の2倍、3倍の本を読みます。

そんな兄ですから、電子書籍などというビジネス分野は兄のためにあるようなものかもしれませんね。

名古屋で飲んだ2010年06月19日 19時44分59秒

びわ
日本小児外科学会に参加してきました。
日中は真面目に勉強して、夜は痛飲しました。

九州大学の田尻先生、
広島大学の檜山先生はいつものメンバーですが、
これに自治医大や大阪大学関連の先生が集って、気が付けば15人を超える大所帯になってしまいました。
若い先生もいたし、学会を代表するような高名な先生も混じっていました。
ま、しかし、硬いことは抜きにして乾杯しましょう!

真面目な話もたくさんしましたが、田尻先生と檜山先生がからみ合うと、どうしても掛け合い漫才になってしまいます。
日本の小児がんの研究と治療を代表するこの二人ですが、仕事を離れると本当にごく普通の「おじさん」です。

多いに飲んで、多いに笑って、楽しい時間は走り抜けるようにあっという間に過ぎていってしまいました。

まあ、また飲みましょう。
人生は長い。
時間はいくらでも作れば良いのだから。

さて、実はこの学会のためにサイバーショットを買ったようなものなのですが、直前でmicroSDが壊れてしまいました。
従って、飲み会の写真はなし。
重いサイバーショットを名古屋まで持って行って役に立たないとは。
急に愛着が減ってしまいました。
軽い機種に買い替えてやろうかな。

あっという間の一泊二日が終わって帰宅すると、僕の大好物のびわが待っていました。
幸せです。

堀江先生、お疲れさまでした。2010年03月12日 22時02分21秒

千葉県こども病院の堀江先生が定年退官を迎えました。
今夜は、堀江先生を囲む会が開催されました。

集ったのは、千葉大病院小児外科の先生たち、千葉県こどの病院の小児科の先生たち、病理学に関係する先生たち、そして看護師やパラメディカル。
大盛況でした。

堀江先生のお仕事は、直接は患者さんから感謝されることはありません。
しかし千葉県の子どもたちは、日本一の病理の先生がいたことによって、とても質の高い医療を20年以上も受けることができたのです。

僕も小児がんを専門にしていましたから、堀江先生と一緒に覗いた標本の数は数えきれません。
おそらく僕は日本一たくさん病理標本を見た小児外科医でしょう。
そのあたりのことは、拙著「命のダイアリー」でも書きました。

実は、堀江先生との送別会は、個人的に昨年の夏に済ませています。
千葉県がんセンターの中川原先生と一緒に送別会を行ったのです。

堀江先生とのご縁はこれで切れた訳ではもちろんありません。
夏になったら、中川原先生ともども、また飲みに行くことになるでしょう。

友と語らう 小児がん学会で2009年11月29日 18時25分05秒

小児がん学会があって、舞浜に行ってきました。
不謹慎かもしれませんが、お目当ては友人に会うこと。

懇親会に参加すると、友人・知人、いろいろな方が声をかけてくれます。
小児科の先生も小児外科の先生も。
若手の先生から、「教授」や「病院長」といったベテラン先生まで、実に多くの方から話しかけられました。

小児がんの治療の一線から身を引いた僕としては、自分ってすっかり過去の人間、みんなから忘れられているだろうなと思っていたのですが、ここまで暖かく迎えてくれて、嬉しいじゃないですか。

懇親会が終わった後は、小児固形がんと闘ってきた「小児外科医」「小児科医」の「同志」でさらに飲みに行きました。
総勢30人くらいでしょうか?

名前を挙げていけば切りがありませんので書きませんが、こうやって仲間に加えてもらえるのは本当に嬉しい。
そして楽しい時間を過ごしました。

おっと気が付いたらもう終電の時間です。
今度会えるのは何年後でしょうか。
また会いましょう。それまで元気で。

爆笑! 披露宴2009年11月09日 19時18分51秒

昨日の午後、舞浜に出かけました。
僕の後輩のY先生が結婚披露宴を催したからです。

礼服からネクタイ、靴下まで全部家内が用意してくれます。
ま、僕は几帳面な人間ですがそれは仕事の話だけ。
身の回りのことはまったくできません。

さて準備を整えて玄関で革靴を履くと、やけにきつい。
靴べらを使ってどうにか履きました。

自宅を出てモノレールに乗り込むと、靴のきつさが気になります。
車内は空いていますので、どっかり足を組んで靴ひもを緩めて結び直しました。

ところがしばらくすると、やはり靴のきつさが気になる。
もう一度さらに緩めます。
電車を乗り継いで舞浜へ。
すごいですね、舞浜って。
こんな所なんですね。

さていよいよ披露宴の開始です。
可愛いお嫁さんをもらってY先生、幸せそう。
スモーク、光、音楽の豪華な宴です。
お、千葉大小児外科の教授が主賓としてスピーチに立ちました。
襟を正して聞きましょう。

あれ? こんな時に携帯電話が振動しています。
中学一年の娘からメールです。
こんな大事な時に、まさか、緊急の非常事態?
メールを読むと、、、、
「父ちゃん! 私の靴、履いていったよ!」

ぶっ! 
教授がスピーチしているのに、吹き出してしまった。
ここは我慢。
笑いをこらえなければなりません!

しかしまあ考えてみれば、あの靴のきつさは尋常でなかった。
玄関で気付くべきでしたね。
狭いものを無理やり暴力的に広げることを、医学用語でブジーと言いますが、娘の靴はみごとに僕の足でブジーされてしまいました。

橋都先生の「痛快!総長ブログ!」2009年10月24日 16時49分24秒

東京西徳州会病院総長の橋都(はしづめ)先生からメールをもらいました。
橋都先生は、東大小児外科の前教授で、僕がもっとも尊敬する先生のお一人です。
先生の近況をメールで知ると同時に、先生が書いているブログの最新記事にも目を通してみました。

するとそこには、東京オリンピックの招致の失敗について、厳しい記事が。
http://blogs.yahoo.co.jp/hashi_wineclub/33511491.html
都知事のことを痛烈に批判していますが、これは痛快なブログです。
僕もまったく同じ意見です。
それにしても橋都先生、よくここまで書けますね。

僕のブログは何でもかんでも、遠慮会釈無く書いていると、人から揶揄されたり、からかわれたり、批判されたり、怒られたりします。
ところが面白いことに、人から批判を浴びるブログを書いた時って、必ず別の人から「よくぞ言ってくれた!」とメールやコメントがつくのです。

東京都知事のことは、これまでに何度か書こうと思いましたが、はっきり言って書けない。
それは反響が怖いからです。
ネットの世界には思慮の足りないウルトラ右翼がたくさんいて、僕のこういうブログにまで嫌がらせのコメント送り付けてきたりします。
僕の友人の新聞記者が、「私たちはなぜ許すのか」と、この知事の暴言を許す我々の態度を問題提起した記事を書いたところ、抗議の葉書が山ほど来たと言います。

ですからそういう話を聞くと自己規制してしまうのですね。

何でもかんでも僕のブログは自己規制だらけです。
しかし人生の残り時間は短い。
橋都先生を見習って、僕も言いたいことをどんどん言っていきましょう。

忘れないように、草深先生2009年10月06日 23時51分01秒

先日、日大・小児外科の教授、草深先生の訃報に接し大変なショックを受けましたが、その思いは時が経っても薄れることはありません。

草深先生とは「飲み友達」でも無ければ、「個人的な悩みを打ち明ける友人」でもありませんでした。
しかし同世代・同年代として、共に小児がんに立ち向かった仲間ですから、言って見れば「戦友」でしょう。

日本小児外科学会に所属する2500人の医師のうち、いわゆる「名誉会員」という称号を得ている方は、お亡くなりになると追悼記事が学会誌に掲載されます。
しかし草深先生のように年齢の若い現役バリバリの先生にまさかのことがあっても、学会から我々会員に連絡が来るなんてことはありません。

そういったことは、日本外科学会でも日本小児科学会でもやっていないでしょう。
しかし小児外科学会なんて、こんなにも小さな学会なんだから、全会員にメールで訃報を送れないものでしょうか?

僕はお線香をあげることができなかったこともショックでしたが、日本中のほとんどの小児外科医に知られずに先生があの世に旅立たなくてはならなかったことも辛かった。
研修医だろうが教授だろうが、人の記憶に刻まれないというのは何とも切ない。

改めて草深先生のことを記したのは、つい先日、1通の手紙をもらったからです。
差出人は、僕が直接には知らない人。
その方は、僕の書いたブログでの追悼文を読んで、心に感じるものがあり手紙をくれたそうです。
草深先生を偲んでいる人は、この世にいっぱいいます。
せめて僕は、ずっとずっと忘れないようにしたいと思います。

床屋で落涙 草深竹志先生を悼む2009年09月16日 18時30分22秒

今日は月に1回の外来診療のために、大学病院へ行ってきました。
そしてそこで、大変ショックな話を聞かされました。
日本大学小児外科教授の草深竹志先生が亡くなったというのです。
草深先生は、年齢がわずかに僕より2歳くらい年上。
専門は小児がんですから、僕とは10年以上のお付き合いでした。

学会で会えば必ずロビーで話し込みますし、会場ではたくさんディスカッションをしました。

小児外科の王道を歩むような先生でした。
地に足が着いた議論をし、基礎研究も芯を外さないしっかりしたものでした。
小児がんの手術は徹底した摘出術を行い、強い意思で最後までやり遂げる手術でした。

しかし私服の先生は、眼鏡の奥にいつも温厚な目を輝かせて、微笑の柔らかい人でした。

人の命に限りがあることは、その通りですが、いくら何でもこの若さで命を持っていかれるとは、本当に無念だったでしょう。

僕はいつも、外来診療が終わった後は夕方からのカンファレンスに参加するのですが、今日はショックのあまり気分がすぐれず昼過ぎに帰宅しました。

しばらくふさぎ込んでいましたが、気分を換えるために散髪に出かけました。
するとなぜか、6歳の次女がついて行くと言います。

髪の毛を切っていると、待合スペースで待っている次女は、鏡を通して僕に手を振ったり、「父ちゃーん」と声をかけたり。
草深先生にも小さいお子さんがいますから、それを思うと何とも切ない。

ふと鏡を見ると、僕の頬に涙の破片が。

先生。
また会いましょう。
そして会って、小児がんの手術の術式について、これまでの続きを議論しましょう。

友人と飲む2009年08月29日 23時49分43秒

年に2回は、同級生と酒を飲むことにしています。
今夜がその日。
決して深酒はしませんが、楽しく飲んできました。

同級生二人は、新生児科医と耳鼻科医。
二人とも業界ではとても高名で優秀な医者です。
ですから話をしていて、とても学ぶことが多く、また、豊かな気持ちにしてくれます。

日頃の疲れもリセットされて、また明日から頑張っていこうと気が湧いてきます。
友に励まされ、そして刺激を受けるという生き方は、大変幸せなものだと思います。

さて、明日は朝一番で投票を済ませて、その後は、読書でもして鋭気を養いましょう。

ラグビー部OB会2009年03月13日 23時41分24秒

今夜はなぜか、千葉大ラグビー部の開業医、勤務医のOB会でした。
OB会と言っても集ったのはわずかに4人。
誰が言い出しっぺなのかもよく分からない不思議な集りでした。

集ってみると学生時代の昔話に花が咲きますが、話題はやがて家族の話、そして子ども話に。
すると結局、中学受験の話に行き着きます。

こんな久しぶりに旧友の先輩・後輩に再会して、まさか子どもの中学受験の話をするとは夢にも思っていませんでした。
ま、僕は聞き役でしたけど。

しかし、みんな変ってないなあ。
老けて太ったのは僕一人か。
ま、これも時の流れでしょう。

またいつか再会して痛飲しましょう。