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弱いはつよい・村上有香 (著), 伊藤美憂 (絵)2021年04月30日 20時55分03秒

弱いはつよい・村上有香 (著), 伊藤美憂 (絵)
今日、クリニックに贈り物が届きました。
開けてみると、1冊の本。詩集でした。
書いたのは、村上有香さん。ダウン症のある1999年生まれの女性です。そして、絵を描いているのが、伊藤美憂さん。
有香さんのお母様から贈られてきた詩集でした。

小学4年生の頃から書き始め、現在に至っている詩の数々。印刷ではなく、有香さんの肉筆が上質紙にそのまま印刷されていました。
ユーモアがあって、優しさがあって、温かさがあって、そして文章に弾むような明るいリズムがあって。
読者の心を暖めるような詩のシャワーでした。
こういう詩集は人をハッピーにします。悲しい時に読んでもいいかも。元気が出ると思います。
伊藤美憂さんの絵もよかった、色彩感覚が抜群でした。
自分の蔵書の中にこういう1冊があると、人生が豊かになりますよ。
みなさんも、ぜひ、どうぞ。

仕事と人生(西川 善文)2021年04月21日 19時19分00秒

仕事と人生
これはちょっとよく分からない本でした。
分からないというのは、本が悪いのではないく、ぼくに知識がないからです。西川さんはバンカー。
金融の話がたくさん出てきますが、やはり専門外でした。というか、医者という生き物は常識がないのかもしれませんね。
ただ、それだけの本ではなく、仕事論の話でもありました。
部下の叱り方とか誉め方とか。
どうやって人材を伸ばしていけばいいのか、自分はどうやって頭取まで伸びることができたのか。
参考になる話も多数ありましたが、現在のぼくは組織に所属していませんので、あまり関係がないともいえます。

ぼくは大学在籍中に「教授になりたい」と言ったことは一度もありません。
(他の科の医者で教授になりたくて、そういうことをしょっちゅう公言している人を見たことがありますが)
千葉大の小児科も小児外科もぼくの後輩が教授に就きましたが、彼らの苦労はどれほど大変なのかなと考えるときがあります。
組織論みたいなことには興味がありますし、人を育てるということにも興味があります。
ぼくはこれまでの人生で、自分の科(小児外科)を含めて多数の医学部教授を見てきました。
特に6ヶ月間、麻酔科の研修を受けたときに、各科の教授の手術を直に見て、手術の腕前や人柄を身近に知りました。
尊敬できる人もいますし、大したことはないな思える人もいます。
ま、ぼくは教授という仕事をやった経験がないので、偉そうなことは言えませんが。
でも、さまざまな場面で、「自分には無理だなあ」と思ってしまいます。
ぼくの見るところ、教授で一番必要なのは、「鈍感力」のような気がします。
ぼくは神経質で「敏感力」が強いので、教授は失格でしょう。
あ、新しい本のタイトルを思いついた。
「医学部教授・失格」
どこかの出版社が書かせてくれないかな?

新型コロナの科学-パンデミック、そして共生の未来へ(黒木 登志夫)2021年04月19日 21時23分07秒

新型コロナの科学-パンデミック、そして共生の未来へ
知っていることも多数、知らなかったことも多数書かれていました。
知っていることが書かれていると、面白くないかというと、それは違います。
黒木先生が以前に書いた「がん遺伝子の発見」は知っていることが大多数でしたが、読んでみて大変面白かった。それは文章のうまさとか、語り口の妙があるからでしょう。

今回もよくこれだけの情報を集めたなと唸るくらい豊富なデータに基づいて書かれていました。しかしそれが決してデータ偏重の記述になっていないんですよね。
新書の中には学術論文みたいな作品もありますが、先生はしっかりと語っていました。
そして先生の人脈の広さはやはりすごい。その人脈をフル活用して情報を取ってくるんですよね。ぼくには真似ができない。
ま、一介の開業医と先生とでは違いすぎますよね。
(でも、そこらの教授と比べて僕が医学者としての総合力で負けるとも思っていませんが)

この本を読んで一番驚いたのは、千葉大病院でのコロナ治療の様子です。よく調べたというか、話を聞けたものですね。
ぼくもいつか取材しようと思っていたのですが、見事に先を超されました。

先生は、今年85歳。いやあ、これはとても真似できる気がしません。ぼくなんて老ぼれになっているのでは? いや、死んでいるかもしれません。
ぼくもコツコツとがんばることにしましょう。
なお、この本は現在、次女が読んでいます。

その鎮静、ほんとうに必要ですか―がん終末期の緩和ケアを考える(大岩 孝司, 鈴木 喜代子)2021年04月15日 23時08分53秒

その鎮静、ほんとうに必要ですか―がん終末期の緩和ケアを考える
薄い本ですが、読むのに苦労しました。
けっこう難しいことが書いてあります。
がんの末期で疼痛緩和治療が行われます。それでも十分な除痛が得られない時は、鎮静をおこないます。薬を使って患者を眠らせるのですね。
痛みと意識(覚醒)は密接な関係がありますから、眠ってしまえば痛みも感じなくなるわけです。
(ただし、大岩先生はこれにも疑問を投げかけている)

ぼく自身も何度も鎮静をがんの子どもに行いましたし、ぼくの母親の終末期でも鎮静をお願いした経緯があります。
しかし、本書で大岩先生は鎮静を行うことを強く批判します。
まず、そもそも疼痛緩和ケアを行なっていながら、耐え難い痛みは存在しないと先生は言います。
もし患者が痛みを感じているならば、それは医療者と患者との間のコミュニケーション不足に原因があるというのです。
患者は不安になれば、痛みに対する閾値が下がりますから、痛みを強く感じるようになります。
だからしっかりとコミュニケーションをとって、患者の不安を取り除くことが重要になるのです。

そして鎮静という行為は、患者から意思疎通を奪い、極端に言えば、心の死をもたらします。
つまり大岩先生は、鎮静とは安楽死とほとんど変わらないと主張するのです。
先生は、緩和ケア医が死に慣れてしまっていて、鎮静を安易に行なうために、本来の全人的な緩和ケアを十分にしていないことを批判しています。
そう言われると、ぼくももう少しできることがあったような気もしますし、小児医療と成人の医療では違いがあるような気もします。ぼくと子どもとの間では、十分な会話はできませんので。
(がんの子どもはだいたい6歳未満です)

安楽死が認められないと同様に鎮静も認められないというのが先生の意見です。
しかしこれを逆の視点から見ると、鎮静は医療の中で広く行われている現実があるのですから、日本でも実は安楽死が日常化しているとも言えます。
大変勉強になった1冊でした。

がんの最後は痛くない(大岩 孝司)2021年04月08日 22時56分52秒

がんの最後は痛くない
大岩先生の本を読みました。
先生は、日本の医療の現況としてがんの終末期にあまりにもモルヒネが上手に使われていないことを批判しています。
これは確かにその通りで、日本は世界の中でもモルヒネの使用量が少ない国として知られています。
そしてそれとは矛盾するように、先生の診療所ではモルヒネを使わなくてもがんの末期は痛くないことを力説しています。
これはどういうことでしょうか?
もちろん先生は緩和医療の達人としてモルヒネを使い方を熟知しています。でも、もっと大事なことがあると説明します。
それは、患者に痛みに対する自律をうながすこと。つまり自分で痛みをコントロールするように権限を委譲するのです。
すると患者は、自分の体を自分で律することができますから、不要なモルヒネが減るのです。そして自分の体をコントロールできると実感できれば不安も減ることになります。
これはぼく自身もPCAポンプという方法で、患者の家族にモルヒネの使用量を委ねることで安心感を与えましたので、よく理解できます。
そして先生が言うもう一つの大事な点は、患者とよくコミュニケーションをとって患者の不安を除去するということです。

ぼくが研修医の頃、がんの子どもが末期になると、医師たちの回診はその子の部屋の前で足が止まったものです。一人の医師がドアを少しだけ開けて「どうですか? 変わりはありませんか?」などと聞いて、特に変化がなければ誰も個室内に入りませんでした。
やがてぼくがベテランになり、がん治療のリーダーになると、末期の子どもの部屋に足繁く通うようにしました。
ご両親とたくさん話をし、子どもにも声かけをしました。
子どもはたいてい未就学児でしたから、豊富な会話にはなりませんでしたが、小学生くらいの子になると、ぼくが病室に通ううちに手紙などをもらったものです。
ぼくは自分を大した医者とは思っていませんが、それでも患者からしたら、末期がんの状態にあって1日に何度も医者が病室に来てくれるのは、不安を除くことになったのでは・・・と思っています。

実は、ぼくは大岩先生にお世話になっています。ぼくが治療した七海(なつみ)ちゃんは、最期の段階を自宅で過ごすことを選びました。
ご両親は「楽しい時間が少しでも長くしたい」と言って、延命のための抗癌剤は拒否して、最も安心できる我が家の一室を、七海ちゃんが大好きだったアリエルのぬいぐるみなどで一杯に飾り、安心と楽しさに満ちた最後の日々を過ごしました。
その時に往診をお願いしたのが、大岩先生だったのです。
七海ちゃんは自宅が本当に楽しかったらしく、また不安なこともなく、そのせいでしょう、痛み止めはほんのちょっとしか使いませんでした。
そして苦しむことなく、天国へ旅立っていきました。

患者から不安を取るというのは、モルヒネを使うことと同じくらい大事なことだと思います。
そういう意味で、この本に書かれている「がんの最後は痛くない」というのは、大岩先生のような医師に出会えれば、まさに真実だとぼくは思うのです。

「そのとき」までをどう生きるのか(山崎 章郎)2021年04月07日 19時17分02秒

「そのとき」までをどう生きるのか
大変いい本でした。
2018年が初版ですから、どうも増刷された気配がありません。こういういい本が多くの人に読まれないというのは、本当に悲しいです。
本来ならばベストセラーになって欲しいような本です。
この本には大切なことが書かれています。最大の読みどころは、スピリチュアルペインとは何かを説明した部分ではないでしょうか?
先生は、スピリチュアルペインを他者との関係で説明しています。
「真の拠り所となる他者の不在の結果生じる、その状況における他者との関係性のあり様が肯定できないことから生じる苦痛」と定義しています。まったくその通りと思います。
いま、こうありたいと思う自分の姿と、現実を突きつけられた自分に乖離があった場合、人は苦しむのではないでしょうか?
その乖離に深く関わるのが、拠り所となる他者の有無です。
ぼくは以前の著者で、「人は何のために生きるのか? それは人と人との関係を結ぶため」と書いたことがあります。
人と繋がっていない人間は自死に追いやられたりします。
逆に人と繋がっていれば、自死もせず、安楽死したいとも思いません。
こうした苦痛に医療者はどう対応すればいいのでしょうか?
それは真に拠り所となる他者になり患者に接することです。そのためには、当事者の思いに共感しながら、ひたすら耳を傾ける人間になることです。
緩和ケアとは、身体的苦痛をモルヒネで除去するだけでなく、心理的苦痛・社会的苦痛、そしてスピリチュアルペインも取り除かなくてはいけません。
つまり全人的なケアをするということです。
これは緩和ケア医だけの仕事ではなく、医者であれば誰もができなくてはいけません。

ぼくは、思えばいいタイミングで大学病院を辞めたと思います。当時のぼくは、がんの子どもを入院から退院まですべて診ていました。
病気の説明に始まり、抗癌剤治療を行い、放射線治療の計画を立て、もちろん手術も自分の手でやりました。病理組織も全例、自分の目で見ました。骨髄移植も自分の手でやりました。
すべての治療をやり尽くしても病気が再発した時には、緩和ケアをしました。緩和ケアとは、患者(子ども)だけでなく、家族をもケアしていくことが小児医療では極めて重要です。
病院で亡くなった子も、自宅で亡くなった子もいます。どういう最終段階を生きるのか、親御さんと何度も時間に制限をつけずに語り合いました。
こういうことができたのは、当時の小児外科では固形腫瘍のすべての治療を担当していたからです。
現在は、医療の分業化が進み、小児外科医の役割は手術だけになっています。

元気に退院していった子たちはあまり(歳のせいもあり)克明に覚えていないのですが、亡くなった子たちのことは鮮明に覚えています。
最後の日々や、霊安室でのご両親との会話など昨日のことのように蘇ってきます。
自分で言うのも変ですが、緩和ケアに関して自分としては十分にできたように思えます。一番重要なことは医師としてのコミュニケーション力だったと思います。
聴く力と語る力の両方ですね。

ぼく自身にやがて死期が訪れ、人生の幕を閉じるとき、ぼくにとって一番重要なことは何かな?
自宅で・・とか、病院でとか・・・そういうことではないような気がします。
やはり人との関係性が大事。終末期医療を「仕事」としてやるのではなく、「人生を生き切る手伝い」をしてくれる医師・看護師に出会いたいです。
いい本でした。オススメします。

なっとくする数学記号 π、e、iから偏微分まで(黒木 哲徳)2021年04月04日 21時14分37秒

なっとくする数学記号 π、e、iから偏微分まで
ぼくの青春記『どんじり医』にも書きましたが、ぼくは数学がメッチャ苦手です。センスがないというのか、応用問題が出てくると、何も頭の中に閃くものがなく、茫然としてしまうのです。
おまけに算数が苦手で、足し算とか引き算ができない。できないと言うか、暗算するとものすごく時間がかかるし、高い確率で間違えるんです。
進学塾には通っていませんでしたので、鶴亀算とか植木算とか、なんのことか分かりません。
娘たちが小学生の頃、よく算数の解けない問題について聞かれましたが、ぼくが「これをxと置いて・・・」などと言うと、「父ちゃん、意味が分からない」と顰蹙を買ったものです。
では、数学が嫌いかというとちょっと違っていて、難しい問題が解けた時の快感というのは何とも言えず良い。
だから、YouTubeで高校などの受験問題の解き方を解説した動画を見るのはけっこう好きなんですよ。

で、この本を買ってみました。
筆者はユーモアのセンスも良くて、テンポよく読み進めることができます。できます・・・と書きましたが、それは前半の3分の1くらまででした。
あとはついていくのがやっと。
ぼくには難しすぎました。
でも読んで良かったなと思います。

この本は現在ブルーバックスの中でベストセラー1位。いやあ、こういう本が売れると言うのは素晴らしいですね。
日本には頭のいいひとがたくさんいるんですね。本当にびっくりです。
いま、岩波新書でも中公新書でも英語の解説本がヒットしているようです。教養を求める人は多いのですね。
数学もそういう本があったらいいな。整数問題だけを1冊の本にして頭の体操のような、クイズ本のようなものがあったら、読んでみたいな。
数学好きな人にはオススメの1冊です。

土葬の村(高橋 繁行)2021年04月03日 21時58分01秒

土葬の村
これは大変驚く内容です。
現在の日本は火葬率が99.9%。つまり0.1%は火葬ではないのですね。
日本には土葬の習慣が平成の時代まで残っていて、そこから30年で急速に消えていったそうです。
著者は各地の古老を訪ねて土葬・野辺送りのプロトコールを聞き取っていきます。
民俗学的探究でもあり、ルポルタージュでもあります。
土葬には様々なルーチンがあり、その型を守りつつ土葬は行われてきました。
なぜ土葬を望むかというと、「焼かれたらかなわん」というのが理由だそうです。
土葬の他にも野焼き火葬とか風葬(自然に朽ち果てる)とかの慣習があり、日本は狭いようで広いなと感じました。
ちなみに日本の火葬率は世界一で、欧米ではまだまだ土葬が多いようです。
なお、法律上、火葬も土葬もOKだそうです。
奇書という言い方は失礼かもしれませんが、こういう風習が日本の一部でつい最近まで普通にあったということに驚くと同時に、記録性の大事さを実感しました。
興味のある方は読んでみてください。
夜に読むとちょっと怖いかも。現在、ベストセラーです。

アルツハイマー征服(下山 進)2021年04月03日 17時33分40秒

アルツハイマー征服
アルツハイマー病の治療薬開発をめぐるサイエンス・ノンフィクションです。
著者は下山進さん。編集者としても作家としても有名な方です。
日米を中心にワールドワイドに取材を重ね、科学論文を読み込んで仕上げた超巨編にしあがっています。
大変おもしろく読んだのですが、納得できない点も多々ありました。
最初にノンフィクションと書きましたが、この本はとてもドラマチックな表現が多く、例えば、「〇〇博士の胸に熱い思いが込み上がってきた」みたいな言い回しがたくさん出てきます。
これはその博士がインタビューに答えてそう言ったのでしょうか?
それとも著者が想像で書いたのでしょうか?
ぼくは後者であってはいけないと思います。こういう表現をするときは、「私の質問に答えて、〇〇博士は、胸を熱くしたと返事した」と書くべきだと思うのです。
ドラマ性を文章で付加しなくても、この本の内容自体が十分ドラマチックなのだから、もっとシンプルに書いていいというのがぼくの意見です。
結局その方が迫力が出ます。

著者にとって最新のサイエンスを理解し、描くのはそうとう難しいことだったでしょう。そして残念ですが、サイエンスをやった経験のない作家がサイエンスを語る限界は越えられなかったように見えます。
科学的な表現に関して、間違っている所がいくつもありました。
また、書いた内容が意味不明の文章もありました。例えば、
「APPをクローニングし、シークエンスを特定しライブラリーを確認して、21番染色体に関係する遺伝子があることをつきとめた」という文章は意味がわかりません。

ポジショナルクローニングでは連鎖解析が極めて重要ですが、連鎖解析という単語が出てくるだけで、実際にどのように解析がなされたのかがこの本ではまったく書かれていません。
家族性アルツハイマー病がなぜ重要かというと、家系図を作り、DNA多型マーカーで連鎖の相関を追っていくと、原因遺伝子の位置が分かるわけです。そこから目的の遺伝を(たとえば、DNAウォーキングで)同定していくのです。その過程がエキサイティングなのですが、それはまったく書かれていませんでした。

専門家の先生がこの本の原稿を事前に読んでくれたそうですが、きちんとしたチェックが入っていないように感じられます。そこは残念でした。
大傑作の一作と評価されてもいい本なのですが、もったいない点が目立ちました。
それからエピローグ に着床前診断の話がでてきますが、あれはない方がよかったです。それを言っちゃおしまい・・・という感じです。

専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話(忽那 賢志)2021年03月20日 22時52分13秒

専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話
まず、この先生は文章がうまいなと思いました。
先生は、「yahoo! 個人」に記事を連載していたとのことですから、この文章はゴーストライターではなく、自分で書いたのでしょう。
非常にわかりやすく、内容にも偏りがなく、データがまだ不足しているテーマについては、はっきりとそのように述べています。
一番面白かったのは、最後の方のコロナ報道やそれに対するメディアリテラシーの話です。
また、感染症の大流行に対して国がどう対応すべきかの議論も興味深く読みました。
日本には感染症の専門医が1500人くらいしかいません。それは当然で、ふだんは感染症が大きな脅威になっていないからです。
日本人の死因のメジャーは、癌・心疾患・脳血管疾患です。老衰や肺炎もありますが、高齢者の肺炎は感染症というよりも人生の閉じ方の一つの形です。
したがって成人医療で感染症を専門にしている医師は非常に少なく、千葉大の感染症管理治療部の先生も以前は小児科医が担当していました。
メディアリテラシーは大事な問題で、「コロナはただの風邪」とか「インフルエンザの方が怖い」とか「したがって経済を止める緊急事態宣言は不要」という意見を言う人もいます。
それは、まあ自由に発言して構わないのですが、専門家ではない漫画家さんが毎日新聞のロングインタビューで自説を語るのはどうかと思います。漫画家さんが・・・ではなくて、新聞が、です。
新型コロナはあと数年で普通のウイルス性疾患になり、パンデミックも収まると思われます。
その時、国は、次のパンデミックに備えて準備を整えるでしょうか?それとも別のことにお金を使うでしょうか?
そこに興味がありますね。