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朝鮮人虐殺から100年2023年09月01日 20時50分04秒

100年前、関東大震災で多くの人が被災して亡くなりました。
同時に流言飛語に惑わされた日本人によって多くの朝鮮人が殺されました。
日本の歴史において大変痛ましく悲しい、そして醜い過去の事実です。

1974年から日朝協会などによって、墨田区の公園で追悼式が行われてきました。
石原慎太郎氏ら歴代の都知事は、知事名で殺された朝鮮人に対する追悼文を送付してきました。あの、石原さんですら、です。

小池知事も都知事に就任した16年には追悼文を寄せています。
「多くの在日朝鮮人の方々が、言われのない被害を受け、犠牲になられたという事件は、我が国の歴史の中でも稀に見る、誠に痛ましい出来事」と書かれていました。

ところがどういうわけか、翌年以降、追悼文の送付をやめています。なぜでしょう。

小池さんは8月18日の会見で「大震災で犠牲となったすべての方々に哀悼の意を表している」と述べました。
え? すべての方々?
被災での死と、デマに踊らされた悪意の虐殺では意味が違います。その背後には、民族差別の感情もあったはずです。

今年2月の都議会では、小池さんは「何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだ」と述べています。
これは侵略とは何かという問いに、歴史家の判断に委ねると答えた安倍さんのロジックと同じです。

いわゆる保守と言われる政治家は、「日本」とか「国家」とかを異常なまでに擁護しますので、過去の過ちを消そうとします。
歴史を修正して、美しい日本にしようとします。
それが本当の愛国でしょうか?
過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる。これが歴史の真理でしょう。

朝鮮人虐殺の有無を明確に語らぬ姿勢は卑怯です。
こうした態度が真に愛国的だと言えるでしょうか。
現在にも盲目となれば、未来を見通すことなど絶対にできません。

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