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正解を目指さない!? 意思決定⇔支援: 人生最終段階の話し合い(阿部 泰之)2021年02月14日 19時50分11秒

正解を目指さない!? 意思決定⇔支援: 人生最終段階の話し合い
人生の最終段階というのは、個人にとっても最も重いステージです。また医療者にとっても重い課題です。
これに対してどう対応していくか。
極めて重要なテーマです。
多死超高齢化社会に突入して、人生の最終段階をどう生きたいか、人々の関心は高まっているように見えます。
だからなおのこと重要なこととも言えるし、別にそういう社会でなくても、人生の最終段階は普遍的に重要と言えるでしょう。

国(厚労省)の考えは、人生の最後をどう締め括るのか、医療者と患者が丁寧に話し合うことを強く推奨していますので、国民にも医療者にもそうした要請に応える義務があるように思えます。
ぼく自身も大学病院にいた時には、子どもの最終段階で保護者と時間をかけて会話を繰り返してきました。
そのプロセスは拙著『小児がん外科医』に詳述してあります。
話し合いというのは、単に呼吸器をつける/つけないとか、蘇生を試みる/試みないという話ではありません。
メニューがあってAかBを選ぶような単純なものではないのです。

保護者は「子どもの最善の利益の代弁者」とされていますが、愛情が強すぎて目が曇ることもあります。
たとえば、標準治療をやめて民間療法に頼るとか。
親の思いは、子どもの病状によって揺らぐものです。その揺らぎにしっかりと付き合い、会話をいくらでも重ねていって、「子どもの最善の利益」を親とともに見つけていくのが医療者の使命です。

子を持つ親でも、患者である大人本人でも、意思を決定するのは大変難しいことです。
それを支援していくために、医療者には大変な努力が必要となります。
そのプロセスには倫理観や医の使命感などが試されることもあるでしょう。
よく、倫理に正解はないと言います。また正解は一つではないという言い方もされます。
だけど、「間違い」はあるような気がします。
特にこれからの若い医療者にはコミュニケーションの力を磨いて欲しいと強く期待します。
プロセスを大事にした医療をしてください。

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