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7月14日(日)いのちの講演2019年07月10日 20時34分13秒

いのちの講演
告知です。
7月14日(日)に、14時から江戸東京博物館で市民向けの講演を行います。
主催は生命尊重センター。
http://www.seimeisontyou.org
胎児の命を守ろうと地道な活動をしている団体です。

ぼくの話なんか聴いてくれる人などいるのかな?と思っていたのですが、定員の150名はかなり予約で埋まっているそうです。

上の画像(チラシ)をクリックするを拡大されますから、もし、興味のある方がいたら申し込みをしてください。
分かりやすく、丁寧に、お話ししたいと考えています。

暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史(牧 久)2019年07月10日 21時41分44秒

暴君:新左翼・松崎明に支配されたJR秘史
前著「昭和解体」があまりにも面白かったので、本書も読んでみました。
前半は「鬼の動労」がコペルニクス的転回をして、国鉄分割民営化に協力するあたり、松崎明の戦略性はとても迫力がありました。
そして後半は、スターリン批判をしてきた松崎さんが自分もスターリンのような存在になり、ある意味で自滅していきます。
結局長い目で見れば、動労はJR東日本に敗れ、政治権力に敗れた訳です。
それはある意味で当たり前であり、労働者が資本家を倒すなどということは、内戦でも起きない限り、つまり暴力を使わない限り、あり得ない話です。
そうなると、この本は何を描きたかったのかと非常に強い疑問が湧いてきます。
特に終盤になり、革マル派と民主党の関係をしつこく筆者は描いていますが、あの記述にはいったいのどういう意図があるのでしょうか?
「昭和解体」には、時代性・歴史性があり、なぜ、ノンフィクションの文学賞を受賞できなかったのか、今でもぼくは納得できないのですが、本書にはそういう歴史観がまったく欠如しており、人生をかけた闘争に敗れたサヨクの一生を描いてそれで終わりというのは、あまりにも本の主旨がつまらないと思います。
ぼくの最大の読後感は、こんな感じです。
「ああ、この作家はサヨクが大嫌いなんだな」

500ページに近い大著ですが、なぜ日本の、いや世界の歴史に左翼運動が必要だったのかという大局観がなかったように感じました。
また民主党を批判する作家は大変多いのですが、なぜ、民主党政権が誕生したのか? 安倍・福田・麻生は1年しか政権が続かなかったのか、そこの分析が抜け落ちています。そういう風に歴史観が脆弱な作家が多いのは、たぶん、世間に媚びているからでしょう。

ここにいる――形質細胞性白血病とダウン症と (玉井真理子)2019年07月12日 19時46分58秒

ここにいる――形質細胞性白血病とダウン症と
闘病中に書いた闘病記というのは珍しいですね。普通は、闘病が終わってから書くものです。
なぜ、その途中で書いたかというと、この病気がとてもタチが悪く、完治することが難しい。それで、「ここにいた」とは書きたくないので、「ここにいる」ことを書いたのでしょう。

玉井さんのお子さん(35歳ですが)は、血液がんの中でも希少疾患である形質細胞性白血病に罹っています。
3回の造血幹細胞移植をして、2回再発しています。
がんというのは、どんな種類でもそうですが、再発すると大変予後が厳しくなります。
おそらく玉井さんは悲しい闘病記を書きたくなかったのでしょう。そこで、現時点での闘病記を書いて、いま、生きているということを文字に刻んだ訳です。

こうした予後不良の疾患を目の前にして、私たちはご家族に対してどう声をかけたらいいのか、困ることが多いと思います。
ぼくもすぐに言葉が出てきません。
しかし書評を仕事の一つにしているぼくが「何て言ったらいいかわからない」ではプロ失格ですよね。

ぼくはお子さんと玉井さんにこう声をかけましょう。
「必ず治るようにぼくは祈っています。いいことがありますように」
2回再発した血液がんが治るなんて奇跡のようなものかもしれません。
医者だったら、それは難しいことだと言うでしょう。
しかし、奇跡を信じることができるのは家族だけです。信じて祈って待つことができるのが、家族です。
ぼくも家族の側に立って一緒に祈ることにします。

【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況(金川 英雄)2019年07月15日 22時09分49秒

【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況
明治末期から大正初期にかけて、東京帝大精神科教授の呉先生らが実地調査した私宅監置、いわゆる座敷牢の記録です。
なぜこういう法律ができたのか? それは明治政府が公立精神科病院を作らなかったからです。
そのため、精神病患者を公安目的で、自宅で監置させたのです。
呉先生はこのことを強烈に批判しています。
「この病を受けた不幸の他に、この国に生まれた不幸も二重に背負わされている」
座敷牢という表現はまだましな方で、中には動物小屋のようなところに閉じこめられている例も多数あります。
採光・換気・衛生にはまったく配慮されず、牢屋よりはるかにひどい状況があったようです。

戦後になりこの制度はなくなり、一転して日本では多数の精神科病院が作られ、患者はそこに入院していきます。
日本の精神科入院数は世界でも群を抜いており、今度はそのことが「この国に生まれた不幸」になっています。
なぜ、こうなってしまうのでしょうか。

ちなみにこの本とは関係ありませんが、昭和の時代まで、脳性マヒの患者も座敷牢に閉じこめられていたという話を、青い芝の会の人から聞いたことがあります。
座敷牢には、他害を加える精神障害者を監禁するという公安目的の他に、家族の恥を家族で抱え込むという考え方が底流にあったのかもしれません。

現在でも、三田市事件のように知的障害者を私宅監置する事件が報道されます。こうした現象は日本だけの文化なのでしょうか。もう少し勉強してみたいと思います。

日本精神科医療史(岡田 靖雄)2019年07月17日 21時57分35秒

日本精神科医療史(岡田 靖雄)
この本も、ちょっと勉強の必要があって読みました。
読めない漢字が多々あり、自分の読解力がイヤになりました。
本書を読むと、精神科医療がある程度ちゃんとした形になるのは敗戦後だと分かります。
しかしそれは考えてみれば当然で、日本には戦後まで抗生剤がなかった訳ですから、きちんとした日本の医療の歴史など70年くらいです。
その半分近くをぼくは経験している訳ですから、考えてみると我ながら驚きです。
中世の日本で精神疾患が「もののけ」「きつね憑き」と考えられていたのは当然でしょう。
明治時代になっても、加持祈祷・民間療法薬・水(滝)療法が行われていたのも当然かもしれません。

明治政府には内務省があり、ここの衛生局が精神疾患者を担当しました。厚生省がまだ無い時代です。
病気を治療するという概念は非常に希薄で、内務省の警察官僚的発想によって患者は公安監禁隔離の対象となります。
で、それを家族に義務づけたわけですね。
江戸時代には、不穏状態にある患者さんは牢屋へ入れられたそうです。
自宅で監置していたケースは例外的だったそうです。

それが明治33年になって精神病者監護法によって、私宅監置になったわけです。
これが日本の精神科医療のプロトタイプであり、障害者を家族で抱え込むという文化もここから生まれたのかもしれません。

青い芝の会の小山正義さんの『マイトレァ・カルナ』を読むと、脳性マヒの患者が家族の恥として隠されていた実態がよく分かります。

とても良い本(値段も高い)だったのですが、漢字にはルビを振って欲しかったです。古い文章に対しては現代語訳も欲しかったです。資料的価値はとても高いと思いますが、あと10年、20年と時間が経つとあまり読まれなくなるのではと心配になります。

アメリカ人のみた日本の死刑 (岩波新書) デイビッド・T. ジョンソン, 笹倉 香奈2019年07月21日 11時36分38秒

アメリカ人のみた日本の死刑 (岩波新書)
アメリカ人の見た・・・というタイトルが適切かはちょっと横においておいて、要は、ジョンションさんという専門家の私見が書かれています。
死刑という制度はいまや「崖っぷち」にあります。世界の140の国と地域において、死刑制度は廃止または停止状態にあります。
アメリカでは州によって死刑制度があることがよく知られていますが、これもどんどん廃止・停止の方向に進んでいます。

中国や北朝鮮を除いたいわゆる民主国家の中で、根強く死刑制度を守っているのは今や日本だけと言える状況になっています。

死刑制度の何がいけないのか、それを書いていくと本書の内容を丸写しにすることになりますので、それはやめておきます。
ただ、ぼくが一番悲しいと思うことは、被害者の遺族が裁判に出廷して「犯人に極刑を望む=あいつを死刑にしてくれ」と言わなければいけない状況です。

死刑を廃止した多くの国では、世論の高まりを受けて廃止にした訳ではないそうです。いわば、政治がトップダウンで決めることが普通のようです。
厳罰感情はどこの国の国民にもありますからね。
では、民主党政権はなぜそれができなかったのか?
鳩山さんの友愛主義はどこへ消えてしまってのでしょうか。

この本の中で、同意できなかったのは、憲法9条があるから死刑制度が無くならないという論考です。
国家としての暴力の発露を封じ込められているから、保守勢力がそれを個人に対して適応しているという考えです。
さすがにそれは考えすぎではないでしょうか?

読みやすかった・・・と言いたいところですが、文章は明らかに翻訳文で、日本の文章ではありませんでした。
翻訳って本当に難しいですね。

講演会に行ってきました2019年07月21日 16時31分55秒

今週は2回、講演をおこないました。
14日(日)は、東京両国で第5回いのちの講演(生命尊重センター主催)。
20日(土)は、東京池袋で第3回桜門小児外科研究会(日本大学医学部小児外科主催)。

14日は、一般の人にも分かりやすいように専門用語はかみ砕いて説明しました。
この日は、170名の参加者があり、講演後に書いて頂いたアンケートを拝見すると、皆様の心の奥に届く深い話ができたようでした。
20日は、小児外科医が相手ですから、あるいは異論反論も出るかな?とちょっと身構えました。
しかしそんなことはまったくなく、どんなに重い障害のある命でも懸命に支えたいという想いの医師ばかりでした。

講演後に懇親会にも参加したのですが、日大の先生方は実に「熱い」。
ぼくと話す中で、涙を流し始める医師が何人もいました。
日大の先生方は、千葉大の小児外科と違って派遣先(アルバイト先)の病院が豊富なようで、往診医療とか老人医療とか、病院まで辿り着けない患者さんの医療を深く経験している医師が多いようでした。
すると、ぼくの講演の話と、彼ら彼女らの経験というのはかなり重なる部分があり、ぼくの話が特別だったと言うよりも、自分たちの経験をぼくが言葉にしたことに対して心が動いたのかな・・と感じました。

ぼくは、26歳のときに、「赤ちゃんの命は赤ちゃんのもので、親の所有物ではない」と思いました。
その後、その考えに変わりはないものの、それって余りにも単純過ぎる生命倫理観と考えるようになりました。
しかし最近になって、ではなぜ重い障害の赤ちゃんを助けるのかと自問自答すれば、それはやはり「赤ちゃんの命は赤ちゃんのもので、赤ちゃんには独立した立派な人権がある」という考え方に自分が回帰していることに気付きました。

可哀想だから赤ちゃんを助けるのではありません。
人権を守るために命を助けるのです。

さて、懇親会ではたくさんの先生方とお話しすることができました。最高のおもてなしで、本当にうれしかったです。
「熱くて優しい」日大小児外科の先生方。行って本当に良かったです。

ジャズと喫茶とオーディオ (ONTOMO MOOK) 田中伊佐資2019年07月24日 21時52分34秒

ジャズと喫茶とオーディオ
ぼくは千葉の田舎に住んでいますので、自宅の土地の価格は大変安い。東京や神奈川に住んでいる友人と話をすると、驚かれてしまいます。
その代わりと言ってはなんですが、建物はかなり大きく、これにはそれなりにお金をかけました。

自分のために4畳半の書斎を作り、2階に12畳くらいの第2リビングのような空間を作り、数え切れない程の本を収容しています。
その点は満足なんですが、うちにはオーディオルームがありません。
さすがにそこまでのスペースの余裕はなかったのです。

音楽は iMac から聴いています。
Harman / kardon のスピーカーを使っていますが、時々階下にいる家内からメールが来て「うるさいです」と叱られます。
そういうときは、JBL のBluetooth ヘッドフォンで音楽を楽しみます。
しかし・・・・。
やはり、いい音響システムで音楽を聴きたいです。

ぼくは時々、東京・南青山の Body & Soul に行って生のジャズを楽しんでいますが、千葉からは遠く、疲労が残るために最近はやや縁遠くなっています。
で、自宅にオーディオルームが欲しいのですが、家内には「無理でしょ!」と言われてしまいます。

ですが、夢は捨てずに貯金をして、何とか防音室を作ってオーディオを揃えたいなと思っています。
今からレコードを集めるのは人生の残り時間から考えて不可能ですから、手持ちのCD をしっかりしたアンプとスピーカーで聴いてみたいです。
タワーレコードのキャッチコピーは、No Music, No Life ですが、ぼくもそう。
音楽を聴かない日はありません。もうちょっと聴く時間を削ることができれば、もっと本を読めるのに・・・と思うのですが、こればっかりはやめられません。

人生、何のために働くのかと言われれば、いろいろな答えがありますが、やはり自分が納得できる楽しみも欲しいですよね。
いったい、どのくらいコストがかかるのか想像もつきませんが、音楽ルームはぜひ欲しいです。
そんな日が実現したら、みなさんに報告しますね。

今夜はジミー・スミスにしようか・・エリック・ドルフィーにしようか・・・迷うなあ。

ハーバードの日本人論 (佐藤 智恵)2019年07月28日 23時09分22秒

ハーバードの日本人論
ハーバード大学の先生たちが、「日本人とは何か」をそれぞれ自分の専門分野で語るという本です。
日本についてこれだけ詳しいアメリカ人が、こんなにたくさんいるということにまず驚きます。
逆に東大の先生方がこんなにアメリカに詳しいのか、門外漢のぼくにはまったく分かりません。

本書で語られる内容は、深く納得する部分も多数ありますが、それってどうよ? と疑問に思う部分もいくつかあります。
日本映画を観て学生が学ぶところから話が始まりますが、現代の日本人で、黒澤明の『用心棒』や原一男の『ゆきゆきて神軍』を観たことのある人などほとんどいないでしょう。
ま、あまり細かく言うと揚げ足取りになってしまいますね。

私たちの文化の根深いのところにある「世間体」については面白い解釈がありました。
江戸時代の武士は武士でありながら、全然闘わない存在でした。
すると、世間が自分をどう見ているか大変気になる。これが世間体の始まりであり、農民・町民に広がり、現在まで脈々と続いているという説です。
その通りかもしれませんね。

日本人の清掃好きを禅との関係で論じていました。これは大変納得する部分とそうでない部分があります。学校の放課後で清掃をするのは禅とは関係ありません。
サッカーW杯でゴミの片付けをするのも、もしや禅というよりも世間体(海外から見た)によるものかもしれません。
うちのクリニックの生け垣には、ゴミの投げ捨てでいつも大迷惑しています。
日本人はそんなに立派ではないと思います。
ただ、禅における「初心」の考え方は見事だと思いました。
初心とは空の心のことでどんなことでも受け入れることができる、でも、専門家は満足してしまうために次の学びへの心を閉ざしてしまうという指摘です。
本当にその通りですね。
医者の世界でもまったく同じで、教授クラスの医者は非常に頑迷で、自分の過ちを認めようとしません。謙虚に新しいものを受け入れようとする心に乏しいのも特徴です。

現在、ベストセラーです。
みなさんもぜひどうぞ。

フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」: 60年の記憶 (岩波新書) 林 典子2019年07月31日 23時12分07秒

フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」: 60年の記憶 (岩波新書)
これはちょっとなかなか出会わない良い本です。
筆者は36歳の女性。写真家です。
しかし文章がいい。とてもいい。
そして当たり前のことですが、文中に挿入される写真が実にいい。プロだから当然でしょう。

今の日本人は全然知らないと思いますが、かつて北朝鮮は理想郷みたいに語られていた時期があります。
1960年代、北朝鮮は在日の人たちに向かって、広く受け入れる意志を表明していました。北朝鮮と日本の赤十字社が連絡を取り合って実現したのが、いわゆる「帰国事業」です。

梁石日の小説にもこうした場面がたびたび登場しますが、当時の在日は大変経済的に貧しく、政治も経済も高度に発展した北朝鮮に渡ろうかと若者たちは熱く語りあったようです。

そして実際に、多くの在日の人たち(北でも南でも)が、海を渡り北朝鮮に向かいました。その時、ご主人である朝鮮人について行ったのが、「日本人妻」です。

筆者は11回の訪朝を経て、9人の日本人妻に会って話を聞いていきます。
また北朝鮮在留孤児の女性にも会います。
彼女たちは高齢化しており、ご主人はすでに亡くなっているというケースばかりです。
いつか日朝友好の時がきて、自由に両国が行き来できることを夢見ていた彼女たちですが、その夢は現実になりませんでした。

朝鮮の地で言葉を覚え、現地に溶け込み、朝鮮人として生きてきた人生。それは、政治や歴史に翻弄された壮絶な人生と言えます。
筆者の林さんは、そのことを単純な言葉では表現しません。つまり「幸福か幸福でなかったか」とか、「朝鮮に渡ってよかったか、そうでなかったか」などの簡単な言葉は用いないのです。
それはそうでしょう。人間の生き方というものは、そんな浅いものではありませんからね。
どのケースもそうですが、日本人妻をとても大切にしていた夫たちの姿がとても印象に残りました。

若い写真家さんがこういう文章を書くことに、ちょっとした衝撃を受けました。無駄が無く、シャープで、詩情が残る文章です。みなさんにぜひオススメします。