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Jack 先生、さようなら2019年06月19日 17時37分08秒

Jack Plaschkes 先生
訃報が届きました。
Jack Plaschkes 先生がお亡くなりになりました。
先生は小児外科医。
ヨーロッパの小児がんのグループスタディーの中で、肝芽腫をライフワークとして力を注いでいました。
SIOPEL という研究グループのリーダーだった先生です。

ぼくが初めて先生にお会いしたのは1999年。
スイスの首都ベルンでSIOPEL主催の国際会議が開催されました。
この会議には、ヨーロッパの各国のみならず、アメリカ・日本からもグループスタディーの代表者が招待を受けました。

日本の代表は、当時若手だったこのぼく。しかしぼくは英語が苦手でしたから、英語の上手な菱木先生がぼくをサポートしてくれました。
スイスで会議が行われた理由は、Jack 先生の地元だからです。

さて、当日14時間に及ぶフライトを終えて会議場に到着してみると、ウエルカムパーティーの最中でした。
先生はぼくの顔を見るとすぐに近寄って来てくれて、
「Dr. Matsunaga?」と聞いてきてくれました。
先生は世界を代表する肝臓外科医ですが、ぼくなんてまだ尻の青い若造という感じです。先生は当然ぼくの顔など知りません。
だけどアジア人がやってきたので、ぼくと分かったのでしょう。
しかし、Matsunaga なんてスイス人には発音しにくい名前をよく暗記していてくれたものです。
本当に感激しました。
日本の教授だったら120%、いや、200%あり得ないおもてなしです。
会議は3日間にわたって活発な討論が行われました。
先生はグループスタディーのリーダーなのだから、どんどん自分の意見を言ってもいいはずなのに、一切発言しません。
一番後ろの席に座ってニコニコしながらみんなの議論を見守っているのです。

会議日程が後半に入ったある日の夕刻に、ぼくは先生に呼び止められました。
正確な英語が分からなかったので、菱木先生に訳してもらったところ、「日本からはるばる来て疲れているでしょう、仲間もいなくて、夜は寂しいでしょう? 一緒にディナーでもどうですか?」とのお誘いでした。
なんという心遣いでしょうか。心が温かくなりました。
ベルンでは多くのことを学び、それを日本に持ち帰りました。

そして2005年に千葉で日本小児外科学会を私たちの教室が開催したとき、Jack 先生に特別講演のために来て頂きました。
6年ぶりに会う先生は、遠くからぼくを見つけるとさっと駆け寄ってくれて手を握ってくれました。

最後に先生とメールでやり取りをしたのは、2015年です。
訃報を伝えてくれた方の話によれば、ここ10年くらいは第一線を離れ、SIOPEL にも参加していなかったそうです。

先生、さようなら。いずれぼくも後を追います。相変わらず英語は下手ですけど、天国で肝切除の話の続きでもしましょう。
ワインでも飲みながら。
最高のおもてなしを本当にどうもありがとうございました。

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