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ヨミドクター、連載15回目2017年01月23日 20時35分11秒

今日は、RS ウイルスについて書きました。
ぜひ、お読みください!!

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20161227-OYTET50034/

ありふれた感染症ですが、同時に大変怖い病気です。

相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム(立岩真也, 杉田俊介)2017年01月25日 10時52分12秒

相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム
多くの識者が語っていますが、まだまだ語り尽くされていないように思います。
メディアはこの事件を忘れないで、追求し続けて欲しい。

欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」 科学的事実が教える正しいがん・生活習慣病予防 (ブルーバックス) 奥田 昌子2017年01月25日 10時58分12秒

欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」
人種・民族によって病気の頻度が大きく異なることはこれまで周知のことでしたが、この本は、その体質にフォーカスを正面から当てています。

体質が異なるのは、人種によってゲノム構成が異なるから。
個人のゲノムが解読できる時代になると、これまで曖昧に体質だと言われてきたものが、人種間の遺伝子のバリアントと明確に表現されるかもしれません。

病気のなりやすさも、薬の副作用も、人種間で違う可能性が出てきます。
欧米で行われたメタ解析の結果も、そのまま日本で通用しないと考えられるようになる可能性が高いと言えます。
つまり医療統計学は国境を越えないかもしれない。

子宮頸がんワクチンの副反応なども、欧米のデータに頼らないで、我が国で大規模比較試験をやる必要がありそうです。

ボヘミアン・ラプソディ2017年01月25日 21時50分56秒

ボヘミアン・ラプソディ
これは現実の人生なのか?
それとも幻の世界か?
地滑りに巻き込まれたように
現実から逃れることはできない
目を開いて
空を見上げ見つめるがいい
僕はたたの哀れな男、同情は要らない
なぜなら僕は気ままに生きているから
ちょっと良かったり、少し悪かったりする
どんなふうに風が吹こうと僕には意味はない

ママ、たった今、人を殺したよ
彼の頭に銃を突きつけて
引き金を引いたら、彼は死んだ
ママ、人生が始まったところだった
だけど今、僕はすべて投げうってしまった
ああ、ママ
あなたを泣かせるつもりじゃなかった
たとえ明日の今頃ここに戻って来ることができなくても
そのまま生きていって、まるで何ごともなかったように

もう遅すぎる、死ぬ時が来た
背骨の中を恐怖の震えが貫く
体中が痛みで満ちる
みなさん、さようなら、僕は行かなくては
あなた達のもとを離れ、真実と向き合うよ
ああ、ママ
死にたくないよ
時々願ってしまう、こんなことなら生まれてこなければよかったと

キャスターという仕事 (岩波新書) 国谷 裕子2017年01月29日 22時39分04秒

キャスターという仕事 (岩波新書) 国谷 裕子
「クローズアップ現代」のキャスターを23年間つとめた国谷さんの手記です。
岩波新書らしく硬い内容と文章でした。
テレビ番組の舞台裏みたいな話はあまり面白くなく、テレビとは何か? インタビューとは何か? といったジャーナリズム論が大変読み応えがありました。

国谷さんはテレビの危うさを次の3つと考えます。
①「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」
②「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」
③「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」
大変鋭い指摘だと思います。
そして国谷さんは「フェア」であることにとてもこだわり、インタビューでは徹底的に質問を重ねます。
だから安保法制で菅官房長官に食い下がったのは、「右」とか「左」とか、あるいは「反権力」とか「親権力」とか、そういうこととはまったく関係がない。
ジャーナリストとして、徹底的に質問するという態度を貫いている訳です。

そしてそのためには国谷さんはものすごい準備を毎日のように重ねて来たのです。
「クローズアップ現代」が生放送だったとは知りませんでした。
準備に準備を重ね、生放送でゲストから話を深く聞き出すのは並大抵のことではありません。
努力の人だったということがとてもよく理解できました。

彼女は帰国子女で、どうやら思考回路はアメリカ流のようです。
アメリカという国には欠点も多々ありますが、日本が見習わなくてはいけないのはジャーナリズム・スピリットだと思います。
国谷さんはそういった良識あるメディアのリベラリズムを持っていたのでしょう。

今にして思えば良い番組でした。もっと見ておけばよかった。
なお、国谷さんはNHKの職員ではないというのも初めて知りました。

フレディ・マーキュリーの生と死2017年01月31日 22時06分15秒

フレディ・マーキュリーの生と死
中学生の頃、僕はクイーンの大ファンで、彼らのLPレコードをくり返し聴いていました。メジャーになった後期よりも初期の作品に好きな曲が多かった印象があります。
しかしなんと言っても、彼らの最高傑作は「ボヘミアン・ラプソディ」であることは誰しもが認めることでしょう。
僕も大好きでした。
華麗にして壮大な曲、目まぐるしく変転する重厚な構成。こんなロックがあるのか驚き感動したものです。

クイーンは一人ひとりに才能がある優れた個性が集まった4人組みですが、フレディ・マーキュリーのヴォーカルは世界最高レベルのロックだったと思います。
その彼は、1991年11月23日に、自分がHIVに感染していることを公表しました。
日本でも夜のニュース番組で流されました。
当時、HIV感染症(AIDS)は死に至る病でしたので、その時の衝撃と言ったらなかなか言葉になりにくいものがありました。
さらに驚くことがあり、翌日の夜のニュースで、フレディ・マーキュリーが45歳の若さで亡くなったことが報じられたのです。
この時、僕は29歳。それからもクイーンの音楽を聴き続けました。

そしてある時に、「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞が、深い意味を持っていることに気付きました。

『ママ、たった今、人を殺したよ
彼の頭に銃を突きつけて
引き金を引いたら、彼は死んだ 』

これは何を意味するのか?
フレディ・マーキュリーはゲイでした。彼はゲイであることを隠し続ける自分をやめて、カミングアウトの道を選んだのです。
つまり、彼が殺した人間とは、以前の自分自身なのです。
では、ゲイであることを公にした人生が、晴れやかで堂々としたものであるかと言うと、そうではありません。
ゲイを生きることに彼はものすごい恐怖を感じていました。

歌詞に My time has come とあります。中学生の頃、僕はこの意味がわかりませんでした。
今ならはっきりわかります。
Time とは「死期」です。かつてイギリスではゲイは罪でしたから、1990年頃にも偏見が残っていたはずです。
彼はゲイに誇りを持つことなどはできず、絶望の中で叫んだのです。

『もう遅すぎる、死ぬ時が来た
背骨の中を恐怖の震えが貫く
体中が痛みで満ちる
みなさん、さようなら、僕は行かなくては
あなた達のもとを離れ、真実と向き合うよ
ああ、ママ
死にたくないよ
時々願ってしまう、こんなことなら生まれてこなければよかったと』

何という凄絶な歌詞でしょう。
フレディ・マーキュリーが「ボヘミアン・ラプソディ」を歌い上げる時、まるで魂の叫びのように声が天空に舞い上がっていきます。
それは文字通り、自身の命を懸けた歌だったからでしょう。

すっかり歳をとってしまった僕は、フレディの「ボヘミアン・ラプソディ」を聴くたびに落涙しそうになります。