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ヨミドクター、緊急寄稿2016年08月01日 19時34分43秒

相模原での19人殺害事件を受けて、ヨミドクターに緊急寄稿しました。
確かに世間では大騒ぎになっていますが、障害児(者)を持つ家族にとっては大騒ぎどころではありません。
これは、恐怖です。

この5年間、ぼくは障害児と向き合ってきましたが、その集大成として書きました。
ぜひ、お読みください。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160801-OYTET50070/

相模原事件について、付け加えること2016年08月05日 22時34分15秒

19人の重複障害者が殺された相模原事件について、ブログとヨミドクターで自分の意見を述べました。
友人知人の作家・ジャーナリスト・医師・編集者などから多数の意見を頂きましたが、ぼくが考えていたことが案外みんなに受け入れられたので正直驚きました。

ぼくの結論は変わっていません。
「この事件は、広く薄く社会に潜んでいる差別の心理が、この犯人の歪んだ心を通じて増幅し形となって表れてしまったものだと私には思えます」
これがぼくの意見です。

重度障害者の命が、私たちの命とその重みにおいて何ら変わらないということを、みなさんはこの事件をきっかけに考えてみたでしょうか?
ぜひ家族で話し合ってみてください。

人とは何か、定義できますか?
ある人はできると言います。ぼくは、できないし、する必要もないと考えています。
あなたの目の前にスプーンがあるとします。
このスプーンは何のために存在するのでしょうか?
それは、「食べ物を食べる道具」として人が作ったからです。
つまり存在に理由がある。

動物はなぜ子孫を残すのでしょうか?
それは本能です。本能が種を保存し、保存された種が自然淘汰されたわけです。つまり生きるために、子どもを生み、エサをとるのですね。

ところがフロイトの学説を持ち出すまでもなく、人間の本能は壊れています。
だから人間には生まれてきた蓋然性がない。少なくとも本能の結果ではない。
動物とは違う理由で人は生まれる。
まず存在してしまう。スプーンのような本質が無いのです。

そして人はなぜ生きるかというと、生きる意味を作っていくために生きると言えます。
従って、人とは何かと定義できない。真っ白な布のような存在が人間です。
言葉を話すとか・・・、二足歩行するとか・・・・道具を使うとか・・・、そういうことは関係ありません。
人から生まれた生き物が人であり、まずそこに存在するという事実が人を人たらしめているのです。
障害があっても、健常でも、命は唯一無二とぼくが言ったのはそういう意味です。

それにしても、ぼくが疑問に思うのは総理大臣の態度です。
日本が近代国家になってから最悪の殺人事件が発生したのに、首相は国民に向かって何かメッセージを出さないのでしょうか?
消費増税の延期を、記者会見を開いて説明したのですから、このヘイトクライムについてもしっかりとした意見を述べるべきではないでしょうか?

脳が壊れた (新潮新書) 鈴木 大介2016年08月07日 22時54分49秒

脳が壊れた (新潮新書) 鈴木 大介
高次脳機能障害の闘病記です。
現在、Amazonの「闘病記」カテゴリーで首位を独走中です。

著者はとにかく表現力豊か。
自分をここまで書ける人はそうはいないのではないでしょうか?

本書を読んでいて一番良かったのは、実は高次脳機能障害のことではなく、奥さんについて述べた部分。
ご夫婦の愛情のつながりがとても良かった。
この章が存在することで、本書は奥深くなったように感じます。

「唐牛伝 敗者の戦後漂流 」( 佐野 眞一)2016年08月13日 21時18分01秒

「唐牛伝 敗者の戦後漂流 」( 佐野 眞一)
佐野さんの復帰作です。

佐野さんのノンフィクションは、なぜ自分はこの人を書くのかという執筆の動機がいつもはっきりしています。
そういうことが前書きにしっかりと書かれています。
ぼくは、前書きに惹かれて本書を購入しました。

佐野さんの文章のうまさはちっとも錆びついていないなというのが最大の感想です。
しかしながら、唐牛さんという人物は、果たして「怪物」でしょうか?
佐野さんは、正力松太郎は書くけど、渡辺恒雄は書かないと言っています。なぜならば、正力松太郎は「怪物」だけど、渡辺恒雄は「怪物」ではないからだそうです。

では、唐牛さんは渡辺恒雄さん以上の「怪物」でしょうか?
いや、ちょっとそれは過大評価でしょう。
同時に渡辺さんに対する過小評価でしょう。

本書をどう評価するのかということは、同時に60年安保の意味と、60年安保における唐牛さんの位置づけをどう評価するかということと同じです。
「東電OL殺人事件」における佐野さんの執念みたいなものと比べると、非常に淡白な出来に仕上がっています。
60年安保からもう50年が経過していますから、それは仕方ないかもしれません。

60年安保とは結局何だったのか? そして今の日本にどうつながっているのか?
唐牛さんを通じてそれが明らかになったかと言うとちょっと微妙かなと思います。
ノンフィクション好きの人はぜひどうぞ。

ビッグデータと人工知能 - 可能性と罠を見極める (中公新書) 西垣 通2016年08月16日 23時07分20秒

ビッグデータと人工知能 - 可能性と罠を見極める (西垣 通)
現在ベストセラー中で、Amazonでは入手困難です。
ぼくは町の書店で購入しました。

どれだけ面白いのかと期待して読みましたが、かなり専門的な内容で一般の人には難しいかもしれません。
で、ぼくは一般の人間なので、とても難しく感じました。

著者がそう言うならその通りなのかな? と思う反面、異論・反論もあるような気がします。

コンピューターに詳しい方は、読んでみて下さい。

各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと( 宋美玄 ほか)2016年08月17日 21時30分01秒

各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと
インターネットや口コミの情報は玉石混淆でデマもある、正しい知識のためにという本です。
現在ぼくがヨミドクターで書いていることともダブる可能性がありますので、勉強のために購読しました。

興味を持って読んだのは4章の「教育」です。
「1/2成人式」
「江戸しぐさ」
「親学」
こんな言葉は聞いた経験がありませんでした。
ちょっとびっくりですね。そしてこれらには多くのあるいは大きな問題点があるという指摘が書かれていますが、それはまったくその通りだと思います。
学校での道徳の授業に関連しますので、恐ろしい感じがします。
すぐにうちの子ども(中学2年)に聞いてみたところ、言葉は知っているけど、授業でちゃんとやったわけではないそうです。

現政権は道徳教育に熱心なようですから、どんな道徳授業をやろうとしているのか、ぼくは怖くてしかたありません。
たとえば、安保法制のような憲法違反の法律を作ることは、道徳として間違っているよ、と教えるのでしょうか?
それとも、日本で一番偉い人である総理大臣の悪口を言ってはいけないと教えるのでしょうか?

さて、もっとも勉強になったのは
「誕生学」と自傷についてです。
精神科医の松本俊彦先生がとても納得できる意見をわかりやすく書いていました。
リストカットをする子どもたちにどう向かい合うかです。
さすがに専門家です。深く納得しました。

現在Amazonでこの本はベストセラーのようです。
どういう部分がヒットの理由になっているのか興味を抱きますが、ぼくには正直なところわかりませんでした(悪い意味ではないですよ。イヤミじゃないので、誤解なく)。
今度、知り合いの編集者にヒットの理由を分析してもらいましょう。

女のからだ――フェミニズム以後 (岩波新書) 荻野 美穂2016年08月21日 18時12分02秒

女のからだ――フェミニズム以後
2014年に刊行された新書ですが、勉強のため再読しました。
女性解放運動・フェミニズムは、女性の健康問題ならびに中絶の自由と密接に関連があります。
ただし日本とアメリカを比較すると、中絶に対する女性活動家の考え方には微妙な違いがあります。
それはなぜでしょう?

日本は戦後すぐに中絶が事実上自由化されました。
敗戦によって満州国が崩壊し、大陸からも南方からも凄まじい数の男性兵士が日本に帰還し、日本の人口は爆発的に増えてしまったからです。
人口問題は食糧問題、住宅問題にもなり、人口を制限する必要がでてきました。
従って、国の政策として中絶が自由化されたのです。
ただ、この時の法律は「優生保護法」という名称で、優生学の思想が戦前よりも強く現れていました。
この理由は天皇制が戦前と比較して緩やかになったからです。
戦時中の富国強兵・産めや増やせやの思想の中にあって、あらゆる赤ちゃんは天皇を頂点とした一家の子どもと見なされました。
従って、優生思想はそれほど強くなかったのです。
戦後は、量を絞って、そのぶん質を確保しようとしたわけです。

1950年代に中絶が合法的だった先進国は世界で日本だけでした。
したがって日本は「堕胎天国」という汚名を浴びせられます。
一方アメリカでは、中絶が禁止されていたために女性解放運動・ウイミンズ・リブが立ちあります。
その当時のアメリカ女性は、闇の堕胎師による中絶や、発がん性のあるピルや危険な女性避妊具によって、悲惨な暗闇の道を辿っていたのでした。

それが1972年になって中絶は合法化されます。つまり女性が中絶の権利を勝ち取ったのです。
しかし、猛烈な反発もありました。今もあります。
キリスト教保守派は、受精卵を生命と見なすため、中絶は人殺しという解釈になるのです。
両者の対立は現在も続いており、大統領選の行方さえも決める論争になり続けています。
ですから、女性たちは中絶を「チョイス」することに一切の妥協はしません。
障害胎児を堕ろすことは当然であり、苦しみを持った子を生ませることは道徳的でないという理屈を付けます。

さて、日本は高度成長期に入り、今度は労働人口を必要とするようになりました。このため政府自民党は、中絶の要件から経済的理由を削除し、一方で、胎児条項を設けて障害児を堕胎していいという法改正を行おうとしました。経済的理由が削除されると、中絶は事実上不可能になります。
既得権益を奪われそうになって日本の女性たちも立ち上がりました。中絶の権利を守ろうとしたのです。
ところが反対意見は意外なところから現れました。
脳性マヒ者協会「青い芝」です。
青い芝は、障害胎児を中絶権利があるのかと、女性たちを強く批判しました。
また政府自民党にも強く抗議しました。
政府は、青い芝との論争に敗れ、「胎児条項」を削除しました。
つまり、日本という国は、胎児の障害を理由に堕胎してはいけないのです。このことを私たちはよく知っておかなくてはいけません。

青い芝と女性たちの話し合いは10年以上続きました。
その結果、女性たちの考え方はしだいに変化し、「産む産まないは女(わたし)が決める」から、「産める社会を! 産みたい社会を!」へと変わっていきました。
そして優生思想にははっきりと反対を表明し、中絶の自由とは国家からの自由であり、障害児を堕胎する権利ではないという方向へ向いていきました。
この点が、明らかな日米の違いです。

私の考えとしては、アメリカ保守派のように受精卵にも命があるという中絶禁止思想はちょと極端だと思います。
そして、女性の権利として中絶は自由と言いながら、子を授からないと卵子提供も代理母も何でもOKという姿勢は、生命というものに対して少し大雑把な態度だなと感じます。

中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ: フェミニスト倫理の視点から (塚原 久美)2016年08月22日 22時42分57秒

中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ
日本には「堕胎罪」という刑法が存在すると同時に、母体保護法という法律も存在します。
前者によって人工妊娠中絶は罪になります。
しかし、例外規定として母体保護法があり、経済的理由・身体的理由、あるいは性犯罪の結果としての妊娠に関しては中絶が許されます。
経済的理由は、たとえ年収が何千万円あっても、生活が苦しいと言えば認められてしまいますので、事実上、堕胎罪は空文化しており、中絶は自由ということです(ただし22週未満)。

空文化しているならば、この堕胎罪という法律を無くしてしまえばいいわけです。
日本の女性解放活動家たちもそれを目指した時期がありました。
しかしそれは今に至るまで実現していません。

堕胎罪と母体保護法のダブルスタンダードによって、女性たちは苦しんでいます。
産めば産んだで責任をもって育てろと言われ、中絶するのは道徳的にけしからんと非難されるからです。

では、なぜ堕胎罪を撤廃できなかったのか?
もちろん、政権権力側は基本的に中絶に賛成していないという基本構造があります。
しかし、それ以上に大事なのは「民意」です。
日本人の大多数は、やはり中絶に対してネガティブな思いをもっているからでしょう。

その理由は何か?
一つには1960年代の「胎児の可視化」があります。メディアが胎児の写真を大衆に提示し、「胎児は生きている」というメッセージを放ったのです。
もう一つは1970年代の「水子供養」です。
ベネディクトは、日本の文化は「恥の文化」と言いましたが、あんがいそれはあたっていません。
日本人にも「罪の文化」があり、「祟りと鎮め」の風習があります。
水子供養は経済的論理から隆盛になったという指摘もありますが、習慣としてはすでに江戸時代からありました。
中絶胎児を悼む風習は世界で日本だけです。
70年代の水子供養ブームは日本人の琴線に触れたのでしょう。

さらに付け加えると、胎児の生命を尊重する母性の優しさが日本人は強いのだと思います。
従って堕胎罪を撤廃することを声高に主張することがはばかられ、日本では中絶に関する法律が二重構造になっているのでしょう。

ぼくは、女性の権利運動に関しては後押ししたい立場です。
しかしそれは、男女同権といったリベラル・フェミニズムに対してです。
つまり、性差ミニマリズムですね。
一方のラディカル・フェミニズムは性差マキシマリズムの立場をとっていて、「異性間の性行為をすべてレイプとみなす」という発言をする人もいます。
ぼくはこういう過激な考え方にはくみしません。

中絶の最大の問題点はその可否ではなく、望まれない生命が誕生してしまうという過程にあるというのがぼくの考え方です。
今日の日本で母体保護法を廃止するというのはあり得ないわけですから、中絶反対とはぼくは言いません。
しかし、子の両親には反省責任はあると思います。

ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃 (講談社現代新書) 小林 雅一2016年08月24日 21時36分21秒

ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃
こうした入門書は、全然知識のない人に対してある程度のレベルまで理解させる本と、大学院生の程度の知識のある人に対してかなり専門的なことまで理解させる本があります。
本書は、前者にあたります。
ゲノム編集の意義を明確に説明したり、AI 人工知能との関連を述べたり、グーグルやAmazonがゲノム情報をベースに次世代の科学を切り開こうとしていることを解説したりしている部分は、大変よく書けていると思います。
しかし、クリスパー・キャス9のメカニズムに関してはかなり物足りないというのが、実感です。

ゲノム編集を説明するにあたって、KOマウスと何が違うのかを説明する必要があるというのが以前からぼくの考えでした。
本書ではそれが書かれていますが、もっと図を使うなど工夫があってもよかったのでは?
あの説明で一般の方は理解できるのでしょうか?

そもそもゲノム編集はサイエンスとして「応用科学」なのですから、DNAの構造から説明してまったく分子生物学の知識のない人に理解させるというのは難しいのではないでしょうか?

そのあたりは、ライターとエディターが話し合ったと思いますが、戦略としてはうまくいっていないというのがぼくの感想です。
そういう意味では、この本は「現代新書」ではなく「ブルーバックス」で書かれるべきだったと思います。
いや、それとも「現代新書」だからこういう作りになっているのかな。

それにしても、日本にはなぜアップルやグーグルやAmazonがないのでしょうか?
歴史のせいでしょうか? 文化のせいでしょうか?
日本は少子超高齢化の道を辿っていますが、先進国ではすべて同じ問題を抱えています。
一方で、後開発国では人口の増加・食糧問題と貧困化が進行する可能性があります。
地球単位で「人類」という生き物を見ると、果たしてあとどれくらい生き延びることができるのか疑問を持たざるを得ません。

しかしそうした問題は、ビッグデータ・AI・ゲノム編集で解決への道が拓かれる可能性があります。
でもそこに日本が関われない(可能性が高い)のはなんとももどかしいと感じます。
高速道路ばっかり作っているようじゃ未来はやってきません。

生殖医療の衝撃 (講談社現代新書) 石原 理2016年08月28日 18時12分14秒

生殖医療の衝撃 (講談社現代新書) 石原 理
生殖医療に関して大変上手にまとめられている本です。
文章もうまいし、類書がたくさんありながら、飽きさせることがありません。

現代の生殖医療の技術革新は体外受精における3つのテクニックに集約されます。
1 顕微受精
2 胚の凍結融解技術
3 胚培養の技術革新

かつては胚を複数個、子宮内に戻していたため、多胎妊娠とそれに伴う減胎手術など、倫理的に大変問題のある事態が起こっていたわけですが、現在では状況は落ち着いているようです。

ぼくが筆者と意見を異にするのは、着床前診断と着床前スクリーニングです。
著者は、技術がこれだけ進んでいるのだから、遺伝子診断にすべて反対も、すべて賛成もナイーブ過ぎると述べています。
しかしそれってちょっと現実主義に過ぎているのではないでしょうか?
技術があるから、検査をおこなうという考え方には、理念や哲学が欠ける気がします。

たとえば筋ジストロフィーの着床前診断に関して、患者団体はどう言っているのか、などなど、患者の声をもうちょっと紹介して読者に考えてもらってもよかったと感じます。
「日本筋ジストロフィー協会」と「神経筋疾患ネットワーク」がそれぞれどういう主張をしているのか、それを伝えると深みが違ったと思います。