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製薬会社のMRさんへ2014年12月20日 20時57分16秒

2015年に某大手出版社から「ママ・パパのための小児科入門書」を出版します(正式なタイトルではありません。実用書、、、という意味です)。

薬の善し悪しについてもはっきり書く予定です。
読者に誤解を与えてはいけませんので、本が上梓されるまでは、製薬会社のMRさんとは一切、面会致しません。

ぼくに前もって連絡無く、物品をクリニックに置いていったり、郵送することもやめてくださいね。
必ずぼくの確認と了解をとってから、おこなってください。

壊滅! 次世代の党2014年12月21日 20時43分07秒

今回の総選挙で最もおおきな議席の変化があったのは、次世代の党でしょう。
ほぼ壊滅状態です。
当選した二人も、政策内容が受け容れられたというよりも厚い地盤に支えられたというところが本当でしょう。

ま、とにかく選挙中はウルトラ右翼発言を連発していたようです。
ところがネットでは、こういうのはウケるので、「いいね!」「いいね!」と言われて当選するつまりでいたんじゃないですかね?
蓋を開けてみれば大惨敗。

一番困っているのは総理大臣でしょう。
これからは、国会で自民党の誰かが右翼反動発言をして首相に「うん、その通り」と言わせるという猿芝居をする必要があります。
自民党の人たちだって馬鹿じゃないからそんなことはしたくないでしょう。

ネットでいくら威勢が良くても結局あの連中は国家を動かせる程の力はなかったということです(ぼくは、そんなことはわかっていましたが)。
超マイナーな存在だったということ。

ぼくはマイノリティーがダメとか悪いとか言っているのではありません。
誰が何と言おうとも歴史の歯車は少しずつ周り、反動勢力は必ず歴史に敗北するということです。

以前の東京都知事は、「死ぬまで憎まれたい」みたいなことを言っていました。
これは意訳すると、「ぼくちゃんを忘れないでね」というお願いです。
無理ですね。

なかなかプライドを持つことは難しい、開業医2014年12月22日 22時42分07秒

今年の12月は、開業して初めてと言っていいくらいインフルエンザが大流行しています。
特にぼくのクリニックの近隣の小学校と中学校はかなり惨憺たる状況になっており、どういった対策をとっているのか疑問になります。

クリニックは連日大混雑で、先日は、クリニックの外に違法駐車する人がいて、近隣住民からクリニックへ苦情がきました。
違法駐車は道路交通法違反という法律違反です。
なぜうちのクリニックのスタッフが近隣住民に謝罪するのか理解に苦しみますが、とにかく日本は法治国家ですので、法律を破るのはやめましょう。

今日も130人の患者さんがお見えでした。
軽症の人は少なく、ほとんどのお子さんが熱発していました。
こちらも疲労困憊しますが、一人ひとりに、テーラーメイドではないにしても一生懸命、知恵をしぼって診療に当たっています。

しかし所詮開業医なんて軽く見られるのか、某学校から2人の患者が「インフルエンザかどうか検査を受けてくるように」と言われて当院を受診しました。
このうち1人は、すでにぼくが診察をして、検査はせず、「インフルエンザではない」と「診断」していた子です。
もう1人は、明らかにインフルエンザとは思えない軽症の風邪でした。
ここで保護者と押し問答をしても困るのは親ですから、ぼくは検査をしました。
結果は二人とも陰性。
当たり前ですわ。
こっちは28年にわたって、子どもが生きるか死ぬかの瀬戸際で必死の治療をやってきたんです。

ところがガッコウの先生は、ぼくの「診断」などは無視して、ぼくに「検査」をやらせる訳ですね。
ま、下請けですね。
こういう仕事をやっていると、なかなか自分の職業にプライドを持つことは難しい。

開業医の中には「予約制」を取り入れて、一定の人数に到達するとそれ以上は診療しないという先生が何人もいます。
それって法制上は問題ないのでしょうか?
ぼくも可能ならば、1日にせめて60人くらいで診察をやめたいです。

風は生きよという2014年12月25日 23時24分34秒

風は生きよという
「風」とは人工呼吸器のことです。「風」と表現する発想がまったくなかったので、このタイトルに軽い衝撃を受けました。

来年の2月1日。必ず観に行こうと思っています。

サイエンスと倫理が問われた2014年2014年12月26日 19時56分54秒

STAP細胞、新型出生前診断、着床前診断。
2013年から2014年にかけて、サイエンスとその倫理性が問われたと思います。

ぼく自身、大学時代にサイエンスで「飯を食ってきた」身として、サイエンスの怖さがよくわかります。
STAP細胞のような世紀の大発見をしたところで、給料が上がる訳ではありません。
しかし、名誉がもたらされる。その最高峰はノーベル賞です。

人はパンのみによって生きる訳ではありません。
武士は食わねど高楊枝で、名誉こそが人生で一番重要と考える人も多いでしょう。
政治家が「勲章」を欲しがる気持ちにも通じます。

だけど、サイエンスには怖い面があって、ある分野で競争が始まると、大玉が坂を転げるように誰にも制御不能になることがあるんです。
「科学の世界は性善説」などと言いますが、要するにこれは科学をチェックする仕組みをサボっていることに対する単なる言い訳に過ぎません。

政治権力をジャーナリストが監視するように、サイエンスにも倫理的歯止めが本来は必要なんです。

新型出生前診断にしても着床前診断にしても、誰か特定の人間の欲を満たすと、同時に必ず倫理的齟齬が生まれ、優性思想が障害者差別を作ります。
ここでも医者がやっていることに対して倫理的なチェックが必要になるのですが、そこの部分が現状では脆弱ではないでしょうか?

サイエンスとは、本来、人々が幸福になるための技術に過ぎません。
私たちはもう一度、自分たちの依って立つべき原点に回帰し、もっと単純で平明でささやかな幸福を目指した方が良いのではないでしょうか?

「多様」であることは美しい2014年12月29日 16時00分07秒

先日練馬で講演した時に、「多様性」という言葉をキーワードにしました。
語り足りない部分もあったので、ちょっと補足しましょう。

「多様性」という言葉が現在世間でどういう風に「幅」をきかせているか、ぼくは知りません。
もしかしたら風潮としては流行しているのかもしれませんが、もちろんぼくはそうした状況と関係なくこの言葉を使っています。

世の中って多様だなと意識したのは小学生の頃です。いや、正確に言うと世間から多様性が消えて初めて気づいたと言えるでしょう。
昭和40年代の東京下町では、塾や習い事に行く子どもなどはいなくて、学校が終われば近所の子どもたちが10数名集まって、完全に日が暮れるまで遊んだものです。
「缶蹴り」とか「馬跳び」とか「サイショバック」とか。
この遊び仲間にYちゃんという子がいました。
年齢はぼくより3−4歳上。
軽度の難聴があった。
そして発語が不明瞭だった。
難聴があればうまく喋れないと、当時のぼくにも理解できましたが、Yちゃんの場合は、その点を際し引いても若干、知的障害があったようにぼくには見えました。
けれどもYちゃんはぼくらにとっては仲間であり、決していじめられたり、さげすまれたりすることはありませんでした。

学校にはH君がいました。
いつもニコニコして、すこし天然パーマで。
彼は明らかに軽度の知的障害でした。
級友から、時にからかわれることもありましたが、そういう時は彼は反撃しますので、最終的にはいじめられるところまではいかず、ある種の人気があって、いつも人の輪に中にいました。

いつしか、「裏路地」とか「地域コミュニティー」とかは消え、障害児はどこにも見当たらなくなってしまいました。

1979年は養護学校が義務化された年ですが、この年にぼくは、今でも忘れられない強烈なNHKドラマを見ています。
城山三郎原作の「素直な戦士たち」という作品です。
東大合格を悲願とした小学生の強烈な受験戦争がテーマでした。

こうした受験戦争は同じ年に「共通一次試験」という形で具現化します。
全国100数十万人の子どもたちが、一つの尺度で評価されるようになった訳ですね。
その後、マイナーチェンジはあったものの、日本人は「単一」であることを好み、「多様性」を大事にしない道を歩んでいます。

日本は「単一民族国家」と発言して大臣を辞めた政治家もいました。
もちろん、北海道や東北地方にはアイヌ民族が存在します。
沖縄の人たちにも特有な文化があります。
在日朝鮮韓国人は60万人いますが、これは、日本がかつて朝鮮半島を植民地支配したための結果であり、戦後70年が経とうしている今、彼ら彼女らに帰る国はなく、日本が故郷ということになります。

障害をもっている人。そうでない人。
民族が同じ人。そうでない人。
学歴が高い人。そうでない人。
人間性が豊かな人。そうでない人。
多様な社会でしか、私たちは何かを学ぶということはできません。
日本人1億人が全部同じ人間だったら、日本民族は何も学ぶことができず、民族として衰退し、滅亡してしまうでしょう。

だから「多様である」ことは尊いし、美しいと思います。
「異なっていることこそ正常」(ヴァイツゼッカー大統領の言葉)なのです。

生きることの意味2014年12月31日 16時38分55秒

「運命の子 トリソミー」を上梓してちょうど1年になります。
本の売れ行きは大したことはありませんが、増刷にはなったのでギリギリ合格でしょう。
しかしぼくはこの本を通じて多く人と出会うことができました。
8月3日:下志津病院・市民公開フォーラム(千葉市)
9月13日:スモールグループのサロン(東京・湯島)
11月1日:小児外科・秋季シンポ(兵庫県・淡路島)
11月2日:生命を考える講演会(宮崎県)
11月23日:生命倫理カフェ(東京・練馬)

生きることの意味とは一体なんでしょうか?
高校生の頃は強烈に悩みました。
その結果、「生きる」ことの反対である「死」についても考え、「自死」という想いに囚われたりしました。
また「正常に生きる」ことの反対にも興味を持ち、精神分裂病(当時の言葉)に関する専門書もけっこう読みました。
しかし生きることの意味はついにわかりませんでした。

医師になって多くの子どもの死に立ち会いました。
おそらく100名近い死に接したと思います。
その時にわかったことは「死」というものは存在しないということです。
ある瞬間に子どもに死が訪れても、子どもと家族が断絶してしまうということはありません。
家族はいなくなってしまった子どもを想い続け、姿が消えても共に生きていきます。
たしかに「死」は悲しい。
だけどそれは「恐怖」でも「苦痛」でも「みじめ」でもないとぼくは思うのです。

では「生」とは何か?
「運命の子 トリソミー」に関するいくつもの講演で様々な人に出会いました。
ある女性は車いすに乗っていました。年齢は30歳くらいでしょう。
気管切開をして人工呼吸器が付いていました。
体の動きはまったくなくて、わずかに薄目を開けていましたが、顔に表情はありませんでした。
短時間しかお母様と話せなかったので正確にはわかりませんが、意識はほとんどないように見えました。

ぼくが咄嗟に感じたことは、「あ、この女性はしっかりと生きているな」という思いでした。
存在そのものが生命の尊厳だと感じられたのです。
そしてぼくが高校生の時から抱いていた疑問が解けてしまいました。
「生きることの意味」。そんなものはないと。

人は何を生き甲斐にして生きるとか、人生の目的は何かとか、すぐに議論したがります。
もちろん、生き甲斐も目的も有った方が良いでしょう。
では、そうしたものが無い人間は、優れた人間ではないということになるのですか?
それは違う。
人間とは、まずそこに存在することに意味がある。
存在すること、そして生きていることが「十分条件」と言ってもいい。
その上で、生き甲斐や目的を論じるのはその人の自由なのではないでしょうか?

実存が本質に先立ち、極論を言えば、生きることの意味など無いということになります。
ぼくは30年くらい経ってようやく答えを見つけたような気がします。

そして同時に言いたいことは、たとえ意識のない「寝たきり」の人でも、自分一人では生きていないということです。
私たちはそれぞれが生きることによって、同時に人を生かしています。
私たちの命は人によって生かされていると言えます。
このことは、健全者でも障害者でもまったく同じことです。

生かされている命ならば、丁寧に生きたい。
それがぼくのもう一つの結論です。

2015年も皆様にとりまして良い1年でありますように、心から祈っております。