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困った、台風18号2014年10月02日 23時39分14秒

5日(日)に宮崎県の勉強会で講演をしますので、今日は最後の作業としてスライドに手を入れました。
しかし・・・。
台風18号は、いったいどうなるのでしょうか?
暗雲が垂れ込めてきました。

さて、先日は在宅の重症児のご家庭を訪問して、4時間も滞在してしまいました。
重症のお子さんは大学病院にもいますから、そこでもケアは行われいるのですが、そういう部分は実は医者はほとんど見ていません。
看護師さんに任せきりになってしまう。
もちろん、医者がサボっている訳ではなくて、診療や手術に忙しくて、「介護」とか「ケア」の現場にはなかなか立ち会えないのです。
報告・連絡はちゃんと受けますから、患者さんの状態を把握する分には問題はありませんが、やはり見てみることは大事とつくづく思いました。
ケアしている人の真剣さとか必死さが伝わってくるんですね。
やはりお医者さんはこういう部分を見ておいたほうがいいと思います。
そしてそうした介護が、家庭の中で行われているって、やはりすごいことだと思います。
ICUが丸ごと自宅に引っ越してきたみたいな。

だけど家族にとって、重症児のケアが人生のすべてではないはずなんです。
きょうだいのこともあるし。
健全児と重症児の二人を育てるというのは、おそらく日常と非日常を行ったり来たりすることなんでしょうね。

今月下旬には、自宅で人工呼吸器を付けた重症児の家族が10組くらい集まって懇談します。
ぼくはそこにもお邪魔する予定。
たくさん勉強してくるつもりです。

どれだけ話を聞き、どれだけ体験を共にすれば、もう十分と感じるか想像もつきません。
ですがいずれにしても、そうやって生きている家族の姿は文字に残した方がいいなと感じます。

9年ぶりに届いたメール2014年10月03日 23時04分30秒

突然、ある女性から電子メールが届きました。
名前を見た瞬間に、顔が思い浮かびます。
彼女は、ぼくが大学病院を辞める直前まで、ぼくの外来に通っていた患者さんです。当時は中学生だったかな?
病気は深刻なものではなく、良性と悪性の中間くらいの小児腫瘍でした。
しかし家族や本人にしてみれば、1%でも悪性の要素があれば限りなく心配になります。
ぼくの外来診療はたいしたことはできず、ま、世間話をしながら母子を元気づけていたという感じです。

彼女は100%完治するとぼくは信じていましたので、大学退職後とくに連絡を取ることもなく、後輩医師に診療を任せていました。

で、その彼女からいきなりメールが来たのです。
どうも9月26日の朝日新聞に載ったぼくの投書「しっかり生きる障害児を知って」を読んでくれたようです。
9年ぶりにメールでの会話となりました。
現在は(当然ですが)すっかり元気で、特別支援学校の教員になったそうです。

それは実に嬉しい。
職業に貴賎無しですが、支援学校の先生というのは実に立派な仕事ではないですか。
障害児と深く接しているのでしょう。

障害を持ったお子さんと一口で言っても、実にさまざまな障害の姿があります。
完全に寝たきりで意志の疎通が難しいお子さんも。
だけど支援学校の先生って本当によくお子さんを見ているんですよね。
千葉大病院の中にも「院内学級」というのがあって、ぼくは教員たちとよくいろいろな打ち合わせをしたものです。
しかし、そういった教師たちの具体的な教育の姿を直に見たことはありません。
重い障害を持ったお子さんとどうやって共に学びを育んでいくのか、ぼくは強い興味を持っています。

人生が二度あれば、ぼくは教師になりたいな。
医者も良い仕事ですが。

音々と貴々2014年10月05日 22時21分08秒

音々と貴々
ぼくは完全にノータッチで、家族に完全に任せきりですが、猫を2匹飼うのはなかなか難しく厄介です。
喧嘩したり、、、かと思えばじゃれ合ったり。
年上の姉・音々(ねね)は神経質で、チビの弟・貴々(きき)はかなり腕白です。
そういう性格の違いは僕でも分かります。
ま、家内は大変のようですが、好きで買った(飼った)のですから、煩わしいのはしかたのないことでしょう。

写真はオリンパス PEN E-P5, 17mm f:1.8 です。

子宮移植2014年10月05日 23時17分20秒

スウェーデンで子宮移植が行われ赤ちゃんが産まれたと報告されています。
先天的に子宮を欠いている女性が、閉経後の婦人から子宮を生体移植でもらった訳です。
二人の女性の間には血縁関係はないようです。

ぼくはこの医療について十分な情報を持っていないため、考えが浅いかもしれませんが、間違った医療ではないように思えます。
生体肝移植が正しい医療ならば、生体子宮移植も正しいのではないでしょうか?

「命のダイアリー」で書きましたが、ぼくの患者で、1歳の時に子宮を手術で摘出したお子さんがいます。
難治性の小児がんで、命と引き換えに子宮を取ったのです。
この子は現在、良いお年頃の女性に成長しています。

こうした女性は、この子に限らず、日本にはそれなりに数の人がいると思われます。
子宮移植は一つの選択肢ではないでしょうか?
(もちろん、赤ちゃんを望むのならば、、、という話の上でです)

代理母というのは、女性を「産む機械」に使っているようで、僕にはとても容認できません。
子宮移植の問題点を学んでいきたいと思います。

台風一過2014年10月06日 22時50分36秒

今夜の貴々
トラブルなく、無事に診療ができて良かったです。
天気の割にはけっこうクリニックは混雑しました。

写真は、45mm f:1.8 。

働き過ぎは体に悪い2014年10月08日 23時14分57秒

月食
本日は「第2」水曜日なので、半日診療。
で、午後からは「千葉市4カ月健診」。
40代の頃は馬力がありましたが、最近の体力の衰えは悲惨なものです。
疲れるので自転車もあまり漕がなくなり、結果、余計体力が落ち、なんだか膝が「ギシギシ」言う始末です。

診療はやはり相当神経を使いますので、水曜日に丸一日働くと本当に重労働という感じです。

帰宅してから原稿を書いていましたが、途中でダウンしてソファで横になってしまいました。
ま、ほどほどにしましょう。

明日もクリニックは混雑するでしょう。
いくら疲れていても、一人一人きちんと対応しましょう。

僕もノーベル賞が欲しい2014年10月10日 22時06分43秒

日本人がノーベル賞を獲るたびに憂鬱な気持ちになります。
ああ、僕も医者など辞めて研究の道を歩んでノーベル賞を目指せばよかったと。

僕が医者を辞めようかと考えたのは、医者になって4年目。
大学院に進学して2年目のことでした。

大学院での研究が(デッドロックに乗り上げた数カ月はありましたが)非常に順調だったので、このまま世界と勝負したいという気持ちが大変強くなりました。
研究をおこなっていた分子ウイルス学教室の教授からも、ポストを用意するから小児外科を辞めて研究室に残らないかと誘われました。

当時、相当迷いましたが、小児外科の上司の引き留めもあり、結局は医者を続けた訳です。
研究者になるということは、世界の頂点を目指すということですから、ある意味、研究者とは全員がノーベル賞を狙っているとも言えます。
研究には才能も努力も、そして運も必要ですから、誰がノーベル賞を獲得するかなど将来を予測できる人などいません。

ぼくが研究生活を送っていた同時代に、ツール・ハウゼンやキャリー・マリスがいますが、彼らがノーベル賞を獲るとは思わなかった。
逆にロバート・ワインバーグやバート・フォーゲルシュタインがノーベル賞を獲れなかったのは意外でした。

さて、今回、物理学賞を青色LEDの開発の業績で日本人が受賞しました。
例によって我が祖国の総理大臣は「人材こそが我が国の世界に誇る資源」などと、ナショナリズムを煽って、政治利用し、結果、自分の支持率を上げ、我欲を満たそうとしています。
しかしちょっと考えて欲しいのは、中村先生は日本という国に呆れ果てて、日本を捨ててアメリカ国籍を取り、当地の教授になっているという事実です。

利根川進先生の「免疫の多様性」を解き明かした発見はノーベル委員会から「100年に1度の発見」と賛辞を受けましたが、利根川先生だって日本に居場所がなかった。

つまり個人の努力でノーベル賞を掴んだのに、政治の権力者が自分らの手柄のように言うのは、大変「せこい」と思います。

中村先生の日亜化学との200億円訴訟を見てもわかるように、日本というのはとにかく「出る杭を打つ」文化があります。
こうした文化は、運動部の「体罰」とか「医者の父権主義」とかに深く通じているでしょう。

メディアは何をやっているのでしょうか?
今こそ、中村先生の名誉回復に、あの裁判のことをもう一度徹底的に大特集を組んで報道すべきではないでしょうか?

中村先生が会社員だった時、彼のあだ名は「スレイブ中村」だったというのをご存じでしょうか?
「スレイブ」とは「奴隷」という意味。
アメリカ人から見れば、青色LEDを実用化した業績に対して2万円しか支払われないのは、異常であり、非常識なんです。
さすがに日本の裁判所も、中村さんの業績の価値を600億円と認定しています。

ですが、どうやら今後法律が変わり、会社員が何かを発明すると特許権は会社に所属するようになるそうです。
もちろん、経団連などがそういった要望を自民党に出しており、そして経団連が自民党に献金を再開しようとしているのは報道の通りです。

その自民党の総裁が、中村先生のノーベル賞を祖国の誇りみたいに言うのは、マンガみたいなものでしょう。

万年筆はウォーターマン2014年10月11日 22時39分38秒

万年筆はウォーターマン
万年筆はウォーターマン! と言いたいところですが、これがけっこう難しいんです。

これまでに使った万年筆の数は10本を超えると思いますが、コスト・パフォーマンスから言うと、ウォーターマンが最も優れているように感じます。

で、ぼくの書斎のデスクトップには4本のウォーターマンが置かれています。

写真の中央の2本が、両脇と比べてちょうど中間の価格なのですが、なんとも微妙な書き味。
青も赤も「メトロポリタン」というシリーズで色が違うだけなのですが、なぜかペン先のしなり方がまるで異なる。
好みもあります、赤のメトロポリタンは柔らかすぎて非常に使いづらいし、もし、最初に購入したウォーターマンがこれだったら、僕はウォーターマンのファンになっていなかった可能性が大です。

手前のスケルトンは安いのは良いのですが、見た目がインクで汚い。
ところが大変書き心地が良いんです。
黒の「カレン」は高級品で、まあ、これだけ高価なので書き味は当然ながら良い。

クリニックではモンブランとペリカンを使っています。
ラミー(サファリ3本とアルスター)も長く使ってきましたが、やはり安価な万年筆なので耐久性に難があるようです。

ファーバー・カステルとシェーファーは人に譲ってしまいました。
取材には(前にここで書きましたが)パイロットを使っています。ペン先がものすごくしなやかで、インクのかすれがありません。
メモを取るには最適です。

こんなに万年筆ばかり買ってどうするのと家内はあきれ気味ですが、たぶんこれからも買うと思います。
ウォーターマンは確かに良いのですが、日本製のものも、もうちょっと試したいです。

なぜ重度障害児に教育をするか?2014年10月12日 23時25分35秒

僕は教育という学問に関してまったくの素人ですが、教育というものが持つ意義や重要性に以前から大変関心を持っています。

僕が「運命の子 トリソミー」を執筆する前は、障害児問題にまったく詳しくなくて、人というのは労働と教育によってのみ自己実現すると思い込んでいました。
しかし若い頃に読んだ「青い芝の会」の主張を再読してみると、重度の障害者は労働からも疎外されており、そして何も労働しなくてもちゃんと自己実現できると再認識させられました。

だから税金を払えない人は払う必要もなければ、それを後ろめたく思う必要もない。
(お金を持っている人が払えばいいので、お医者さんの税金なんてもっと高くていいと思っています。)

そして教育。
寝たきりで24時間全介護のお子さんに教育をおこなう意味はなんでしょうか?
昭和54年に養護学校義務化が法律で決定されました。
それまで重症児は就学免除だったんですね。
しかしこの法律によって障害者と健全者は分断されてしまった。
ですから「青い芝の会」などは強硬に反対運動を繰り広げた訳です。
金井康治君の「普通学校就学闘争」というのもありました。

僕はこれらの運動はまったく正当だったと今でも思っています。
しかし、養護学校義務化によって、在宅介護を受けているような超・重症児に教育の光が当たったことは高く評価されるべきだと考えます。

重症児にとって教育とは何でしょうか?
教え導き、学力を向上させ、健全者にはあって障害児には無いものを埋めることでしょうか?
違いますよね?

一番重要なことは障害児の人柄を認めることです。
人間は何のために生きているのかと問えば、それは人と人のつながりを結ぶためと言うことが可能です。
(つながりの切れた人は自死を選んだりします)
このことは、健全児であれ、障害児であれ同じことです。

人が人とつながりを持つためには、いわゆるコミュニケーションが必要になります。
しかしここで誤解してはいけないのは、コミュニケーションとは「対話」ではないということです。
では顔の表情とか、何かの仕草が必要かと言えば、それも不要なのではないでしょうか?

教師が、障害児の心を受け容れると言ってもいいし、迎えにいくと言ってもいい。
その子の有り様をそのままに受け取って、寄り添っていく。
一緒に過ごす時間を大事にして膨らませ、充実させる。
そしてその気持ちを子どもに返す。
子どもから何も返ってこなくてもいい。だけど、もし返ってくれば、さらにいいコミュニケーションになる。
そうやって、その子の人間性を丸ごと認める、それが障害児教育でしょう。
そして健全児の言葉による学習の場合であれ、こうした心の通い合わせは、基本の中の基本を形作っている、あるいは底支えをしていると思います。

どうも、「教育」という言葉の「教える」という文言が私たちの目を曇らせている気がします。
障害児の心を受けとめ、感応し、それを返すことで、ちゃんと障害児を育んでいるし、その子たちに社会の輪に入ってもらっていると思います。

社会の中で最も弱い人間が、経済的に、そして教育上大事にされる社会というのは、人間の尊厳が大事にされる世界であり、私たち健全者が未来に向かって安心して暮らしていける世界です。
だから重度心身障害児の教育は、極めて重要だというのが僕の意見です。

Steelcase の「Gesture, Leap(ジェスチャー、リープ)」放浪記2014年10月15日 16時32分40秒

Gesture, Leap(ジェスチャー、リープ)
椅子の重要性に気が付いたのは50歳を超えてからです。
若い頃はどんな椅子でもどんどん作業ができました。
しかし今は違います。

9年前にクリニックを建てた時、何も分からずに椅子を購入しました。
診察用の椅子は偶然にも大変座り心地がよく、現在でも愛用しています。ITOKI ですね。
ところが院長室の椅子がまったくよろしくない。
姿勢を保てないんですね。
パソコンにも向かえないし、リラックスもできない。
メーカーは書きませんが、およそ10万円の椅子です。

昨年、自宅書斎の椅子を買い換えました。
オカムラのコンテッサ。
デザインに惚れ込んだ部分もありますが、やはり座り心地が良い。
座面が広く、胡座もかけるなど、リラックスもできます。
ただ、(買わなかった)アーロンチェアに比べて、ちょっとメッシュが硬い。
不満はないけど、100点ではない、、、という感じです。

さて、院長室の椅子。
いろいろな椅子を検討しましたが、恩師の先生に勧められたのがアメリカのSteelcase。
向こうではハーマンミラーよりも人気であるとか。
デザインはちょっと「事務的」な印象。
なので、コンテッサを購入した時には検討すらしませんでした。
しかしこのSteelcase、見れば見る程、深みを感じるデザインと思えてきました。
華はないけど、飽きが来ないような。

で、同社を代表する椅子が、Leap(写真右の黒、革製)。
そして最新作のGesture(写真左のグレイ、布製)。

休診を利用して日本橋まで実物を見に行き、試しに1時間弱座ってみました。

まずGesture。座り心地とか背面の感触とか、大変素晴らしい。
デザインもけっこうカッコ良い。
で、思ったほど大きくない(もう少し大きくても良いなと感じた)。
そして、背面が後方に向かって反っているので、背中を包んでくれる感がない。
リクライニングするとけっこう倒れるので、この椅子は本当であればヘッドレストが必要なのでは? と思ってしまいました。

そして、「売り」である360°動くアーム。
ま、そこまでまめに動かしませんから、装備としてはちょっと過剰(もしくは価格を押し上げている)かなと感じました。
15万円を払う価値はありそうですけど、ちょっと期待が大きすぎた印象です。

いっぽうの Leap。本当は布製に座りたかったけど、展示してあったのは革製。
Gesture同様、あまり大きくなくて、コンテッサの方が座面が広い。
アメリカ人はあれで大丈夫なのかと余計なことを考えてしまう。

Leapはリクライニングが特殊で、後にもたれると、座面が前に出るんです。
この感触が実に気持ちいい。滑らかなんです。
そして背面が、やわらかく肩のあたりを包んでくれる。
Leapは前傾用の椅子と評されますが、それは前傾姿勢を取った時に、座面の前のヘリが凹むから。
しかしそれはほんのわずかで、凹むというよりも、もも裏が当たらないから痛くない、、、というレベル。
椅子から滑り落ちるということはまったくありません。

アームは360°可動ではありませんが、任意の位置にちゃんと動かすことができる。
そしてアームレストはGestureもLeapもとても柔らかくて気持ちいい。
(オカムラのバロンを候補から外した理由は、アームレストが硬いから。コンテッサは Steelcase 並に柔らかい)

LeapのデザインはGestureに比べて地味ですが(平凡と言ってもいい)、見ようによっては「できるビジネスマン的」な風合いがあります。
布製を選べば10万円ちょっとで買えますし、探せばヘッドレスト付きの商品もあるようです。

値段はともあれ、僕にはLeapの方が座り心地が良かった。
コンテッサやアーロンより優れていると思います。
デザインの良さに気づくまで時間がかかると思いますが、大変すぐれた椅子だと言えるでしょう。

試座したショールームはここ。
http://www.oaland.jp/shop/nihonbashi/
予約無しで大丈夫。きれいなお姉さんがいましたが、説明はなく自由に見学できました。