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気力・体力ともに落ちる2012年07月12日 19時13分49秒

50歳という年齢はけっこう難しいかもしれません。

40歳の時は、自分としては人生の絶頂にありました。
手術はどんなものでも自分にできると思っていたし、実際のところ、自分よりうまい手術は見たことはありませんでした。
研究も同じ。
自分より業績が上と思える先生は、日本で一人だけ。
しかし創造性ならば自分が上だと思っていました。
つまり最高のパフォーマンスを発揮していた訳です。

それがひとつの病気ですべてがチャラになり、もしや第二の道を誰かが用意してくれるのではと、今にして思うとアホのような幻想を抱きましたが、そういったことは一切なく、自分で道を切り開き、開業医になった訳です。

開業して7年目になりますが、良い意味でも悪い意味でも多くのことに慣れた。
若葉区でナンバーワンの小児クリニックではないかもしれませんが、みつわ台ではそれなりの役目を果たしているでしょう。

だがしかし、自分のこれからの人生に一体何が待っているのか?
ぼくの10代後半は非常に内省的に生きて、このままでは破瓜型精神分裂病(統合失調症)になってしまうのではないかと心配し、関係する本をたくさん読んだものです。
今でもぼくの書棚にはRDレインの詩集などがあります。
このことがぼくが医者になったきっかけの一つなのですが、これまでの50年を振り返ると「医者」という人生が本当によかったのか、強く疑問に感じます。
あの頃の内省的な気持ちが、今、30数年の時を隔ててまた蘇っています。

60歳になると人生の終末が見えるでしょう。
そこで何かを悟るかもしれません。
しかし50歳というのは、悟りに至る手前の怯えの時間なのではないでしょうか?

この1年間自転車を漕いで急激に肉体的な健康を取り戻しました。
ところが一転、老化による体力の減弱をここ数カ月の間に痛感させられています。
すると自分の人生はつるべ落としなのかと恐怖感すら抱きます。
体力が落ちると気力が落ちます。
幸いにして診療は、力を入れてきちんとできていますが、あまった時間をどう充実させるかと考えると、半ば呆然と放心してしまうこともあるのです。

前を向いて進んでいくことがなかなか難しく、どうしても思考が後ろ向きになります。
老人の繰り言、そのものですよね。
朝、通勤の時にラジオから、モンゴル800の「小さな恋のうた」のカバーが流れますが、あれを聞くとどうもよろしくない。
なぜよろしくないかは、ちょっと書けないけど。

生きることの意味を探るために、哲学や宗教があるのかもしれませんが、ぼくの考えでは、「意味」の以前に「存在」があると思います。
だから意味を考えても意味がない。
生きるために生きるというのが正解でしょうね。