簡単アクセスカウンター
アクセスカウンター
パジャマネットパソコンサプライキッズ洋服成犬用フードチワワの服マタニティグッズおっきくなぁれ販売PCショップベビー服販売PCアプリ

GWの谷間は混む2012年05月01日 21時56分51秒

大型連休の谷間のクリニックは、毎年必ず混雑します。
一年で一番混むかもしれません。
たとえば、こんな感じです。

2007年5月1日:146人。
2008年5月1日と2日:合わせて173人。
2009年4月30日と5月1日:合わせて206人。
2010年4月30日:150人。
2011年5月2日:98人。

そして今日は132人の患者さんがお見えになりました。
午前中の診療は60人の時点で受付を停止しましたので、多くの方が他のクリニックへ回ったと思われます。
待ち時間が長い割に、ぼくの診療時間が短くて不満な方もいるでしょう。
しかし、一開業医であるぼくには、できることの限界があります。
地域医療とは、広く薄くが一番大事ですから、その点をご理解ください。

ぼくとしては、みつわ台周辺の地域を、若いご両親が医療に関して安心出来る環境にすることに、微力でも貢献できればいいと感じています。
飛び抜けて、すごい医療はできません。
今日みたいな日は、短い診療時間でもどうかご容赦ください。

決定!ビンディング・ペダル2012年05月02日 21時08分55秒

Shimano PD-M530
ビンディング・ペダルはコレにしました。
両面SPD。Shimano PD-M530。

初心者は、片面はフラットが良いという意見が多いのですが、ぼくは敢えて両面。
ステップインする時に、どちらがSPDか、探すのが面倒だからです。

ところがぼくの左足首は、昔、ラグビーで大けがをしたせいか、かかとを外側にひねることができない。
つまりビンディングが外れにくい。
これは困った。諦めるしかないのか?
うまく外れずに、怪我でもしたら、せっかくの楽しい趣味が苦痛に変わってしまいます。

そうだ、こういう手があった!

マルチモード・クリート2012年05月02日 21時13分23秒

SH56
そこで、クリートをコレに。
マルチモードで外れるとの「売り」ですが、要は、固定が弱いということです。

これをビンディング・シューズに装着。
かかとを内側に少し振ると、難無く外れます。
ローラー台の上で、100回くらい、ステップインとビンディングアウトをくり返したところ、外すのは100発100中でした。

これなら危険は無いでしょう。
「引き脚」の効果は大したもので、ペダルがくるくる回ります。

「火花―北条民雄の生涯」 (角川文庫) 高山 文彦2012年05月03日 18時05分49秒

火花―北条民雄の生涯
かなり前に読んだ作品ですが、今回、再読しました。

出だしが重く、歯車が回り始めるのに時間がかかるのは、高山さんの文体だと思います。
ノンフィクション文学は、往々にして読みやすさ(伝えやすさ)を優先するために、舞台となる「場所」の風景描写が弱かったりします。
どうしても、インタビューで引き出した台詞が中心になって。
しかし高山さんはそういう部分を丁寧に力強く書きます。
ですから作品に重みと厚みが出ます。
筆力が非常にしっかりしていることの証左でしょうね。

さて題材は、「北条民雄の生涯」。
ぼくはこの人を知りませんでした。
ノンフィクションは、「人」を描くか「事件」を描くかのどちらかに大別されますが、本書は「人」を描いています。
「有名人」の評伝を書くなら、資料も豊富で、様々な人にインタビューできますから、プロであれば必ずしも難しくはありますまい。おそらく。
だけど、北条民雄もその周辺の人達も、ほとんどの人がすでにお亡くなりになっていますから、この本を書き上げるのはかなり難しかったと思います。

北条民雄を選んだこと自体が素晴らしいし、彼の生涯をここまで描き出したのですから、やはり本書は傑作と言えるし、ノンフィクション文学の一つの頂点の形を示していると言えるでしょう。

この本の中で、北条民雄の生き方ももちろん読み応えがあったのですが、「東条」という友人の物語もよかった。
結婚かさもなくば自死を選ぶかの場面です。
あそこは読んでいて本当に切なくなりました。

「人生は暗い。だがたたかう火花が、一瞬暗闇を照らすこともあるのだ」

「火花」というのは良い言葉ですが、やはり北条民雄には「一瞬」という言葉がよく似合います。

「対論 部落問題」 (平凡社新書) 組坂 繁之, 高山 文彦2012年05月04日 16時42分09秒

対論 部落問題 (平凡社新書) 組坂 繁之, 高山 文彦
「火花」を面白く読んで、その流れで本書を読みました。

ノンフィクションですが、対談なので、特にレビューを書きつらねることはやめておきます。
松本治一郎の生涯を辿るなど、話は盛りだくさんであっと言う間に読了してしまいます。

僕はこのブログで、人の心に潜む「差別」の本質は「経済」にあると何度も書いていますが、この対談でもそのことがしっかりと指摘されていました。
「部落差別」の本質がどういうところにあるのか、(普段は)興味のない日本人が大多数でしょう。
ですが、日本人は日本人を知るべきだと僕は思うのです。
この問題を避けて、私たちは私たち自身を理解できないと思うのですが、いかがでしょうか。

ビンディング・ペダル試乗記2012年05月05日 15時15分27秒

まずは、家の前の道路(広い2車線だが、車はめったに通らない)で、試乗。
立ちゴケしてもいいように、家内にブレーキ地点で待ち構えていてもらいます。
やってみると、ビンディングは案外、簡単に外れる。
ステップインはスムーズではないが、足下を見ることはありません。
交代して家内も挑戦。やはりスムーズ。
二人で10回くらいずつ練習をくり返しました。

では少し走ろう。街の外周を5周(約9km)。

信号があったり、一時停止の標識があったり、細かい路地の十字路がありますから、ストップ&ゴーをくり返します。
常にビンディングのことは頭にありますので、リラックスできないのだけど、街中を自転車で走っている訳ですから、それくらいでちょうど良いのかもしれません。
外すのも、ステップインするのもほとんど戸惑いません。

と、その時、左にカーブを切ったら、右側走行のママチャリ(運転はお爺ちゃん)が真正面から突っ込んできます!
何も考える間もなく左足をパッと地面に着いたら、ビンディングは自然と外れていました。

これはやはりクリートがマルチモードのおかげでしょう。
かと言って、引き足で外れる訳では全くないので、マルチモード様々という感じです。
とっさの時も大きな事故にはならない予感。
一番操作が煩雑な街中でこの使い心地なので、長距離はかなり楽なのではないでしょうか?

とにかく「安心」できたのが最大の収穫です。

自転車に乗り始めてほぼ1年。
どうやら次のステップに足をかけたようです。

「エレクトラ―中上健次の生涯」 (文春文庫) 高山 文彦2012年05月06日 22時20分11秒

エレクトラ―中上健次の生涯
大変難しい本でした。
中上健次の生涯を描いた評伝ですが、まず、ぼくには中上健次という人間がとても難しく感じます。

彼は、被差別部落で私生児として産まれます。
もしその生い立ちの中で、ひどい差別に苦しんだのであれば、彼という人間は理解しやすかったと思います。
だけど中上は、東京へ「パッシング」してしまう。
だから難しい。
梅干しの種の殻を割ると、その中には白い核がある。
その核が何なのか? 中上の核は何か?
自明のようで、けっこうそれが難しい。

北条民雄との対比や類似性の分析もありましたが、ぼくにはこの二人は根本的に別の場所いると思います。
北条民雄は「らい文学」というジャンルを否定し、自分にとっての「らい」は「場合」に過ぎないと言っていますが、ぼくにはそうは思われません。
彼は、「場合」ではなく、「らい」という決定的運命から逃れられなかったのです。
一方、中上はどうでしょうか。
彼の「白い核」に「被差別部落」が決定的な刻印になっているかどうかは、ぼくの頭では理解しきれませんでした。

そして中上の作品が難しい。
ベストセラー作家だった訳ですから、多くの読者がいた訳です。
だから、難解な文学ということはないのかもしれません。
だけどぼくにとっては、中上作品は難しかった。
「19歳の地図」とかはよく分からなかった。
こういうのは、脳の相性の問題なのでしょうか?
一般に大江健三郎の文学は難解だと言われますが、ぼくの頭にはスラスラと入ってくる。
特に彼の文体が心地良い。
だけどそれは「万延元年のフットボール」あたりで、ぷつりと消えてしまうんですよね。

そして「文学」自体がこんなにも難しいものだったのかと、今さらながら驚きました。
中上健次と編集者の葛藤にはすごいものがあります。
作家という職業は、作品を産み落とすために、ここまで苦しみ抜かなければならないのでしょうか?

では「文学」の役割とは一体何なのでしょう。
物事の「真実」を伝えるためだけならば、「事実」を羅列すればすむ訳です。
「解説」でも「評論」でも「説明」でもいい。
中上健次と「ノンフィクション」の激突も描かれていますが、事実の持つ重みや、それを伝える難しさは、「文学」とは関係がないのかもしれません。

音楽や美術の目的が、美しさを追求すること、人の心を揺さぶって感動を引き起こすことにあるのならば、文学は、音楽や美術とまったく同じカテゴリーにあると言えましょう。

人はなぜ文学を書くのか。
書きたいから書くのでしょうね。
だけどここまで苦しむ理由は、芸術に限らず人間のあらゆる営みや労働が、悲しみや苦しみを求めているからでしょう。
小説を書くという行為は、そういったものが端的に表れるのでしょう。

というわけで、大変難しい本でした。
1日で読んでしまいました。

明日で1年2012年05月07日 21時32分55秒

3台
5月8日で、自転車を乗り始めて1年になります。
あっと言う間の1年とも思うし、ようやく1年とも思います。

だけど、まさか1年経って、ビンディング・ペダルでロードランナーを走らせているとは夢にも思いませんでした。

肉体改造も大きく進みましたが、まだまだ完成途中です。
あと2kgくらいは体重(脂肪)を落とし、その後で少し食事を増やして筋力を増したいと思います。

年々体は老化していきますが、老人なりの体の鍛え方はあるはずです。
若い者には簡単に負けますが、あと5年くらいかけて、今より良い走りに到達したいと思います。
年寄りの冷や水と人は笑うかもしれませんが、ぼくには他人の視線を気にしている時間は残っていません。

自分で決めた道を進んでいこうと思っています。

銅版画を楽しむ2012年05月09日 19時57分59秒

眠るヤマネ
小児外科と自転車の大先輩にあたる橋都先生から、銅版画を送って頂きました。
タイトルは「眠るヤマネ」です。
どうですか、この立体感。
ソファも、ヤマネも、ふっくらと盛り上がって、まるで3Dの版画を見ているようです。

橋都先生は多趣味多芸の知識人です。
音楽・美術・自転車・イタリア文化に造詣が深く、こういった小児外科医は他に見たことがありません。
また、先生は、若かりし頃のぼくの研究(小児がんのがん遺伝子)を真っ先に評価してくださり、「医学のあゆみ」という雑誌に論文を書かせて頂く機会をもらいました。

1990年頃というのは、遺伝子レベルのがん研究というのはまだまだ端緒についたばかりで、理解してくれる医学者というのは本当にごく一部でした。
ぼくの研究を真っ先に評価してくれたのは、日本では土田先生、金子先生、橋都先生。
三人とも東大の先生だ。

その橋都先生の趣味の一つが銅版画。
毎年、展覧会を開いていますが、今年見た「眠るヤマネ」は感動的でした。
これをぜひとも家族に見せたい。
そういう思いから、お譲り頂きました。

美術センスに長けた次女は、見るなりガラス面を指で触れ、「ソファもヤマネもフカフカだ」と目をキラキラさせていました。

さて、どこに飾ろうかな。

家内もビンディング・ペダル2012年05月10日 22時05分16秒

両面ペダル
家内は、自称ビビリとのことで、ビンディング・ペダルにはまったくの拒否反応でした。
しかし物は試しにと、ぼくのシューズを履いて、Rokhに乗ってみました。
最初はローラー台、その次は家の前を。
そうすると、なんとぼくよりも上手にビンディングを操作します。
案ずるより、何とやらというヤツでしょう。

そこで家内も専用ペダルとシューズを買うことにしました。
ただしペダルは片面がフラット、片面がビンディングというタイプです。
街中を走る時はスニーカーにフラットペダル。
サイクリングロードを走る時はビンディングという考え方です。

ま、もしかしたらそのうちにフラットペダルは使わなくなるかもしれませんが。

シューズの裏の装着したクリートは、マルチモードというタイプ。
複数の方向にビンディングを外すことができます。
要するに固定が弱い訳ですが、それによって引き足が使えないということはまったくありません。

さて長距離を走るとどんな効果が?
平均時速が1~2km/hくらい上がると良いのですが。