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「トラオ 徳田虎雄 不随の病院王」(小学館)青木 理2012年03月11日 22時15分25秒

トラオ 徳田虎雄 不随の病院王
昼過ぎから読み始めて読了してしまいました。
ノンフィクションライターとして日本を代表する書き手の青木理さんの作品ですから、面白くない訳がありません。

出だしから一気に惹きつけられますが、話はどんどん周辺に拡散していき、その取材は実にしっかりしているのですが、テーマがややぼやける印象があります。
つまり、純粋に徳田虎雄を描きたかったのか、それともALSに陥ったから徳田虎雄を描きたかったのか、その辺のフォーカスが若干緩んだ気がします。
おそらくはその両方なのでしょう。

徳田さんの病院の理念は、ぼく自身、大学生の頃に深く感銘を受けた記憶があります。
「生命だけは平等だ」という本を読んだのですね。
あの本には相当感化されたし、医師会というものを悪の団体みたいに思ったものです。

ですが、自分が医者になってみると、「年中無休・24時間オープン」などというのは、ちょっと言い過ぎだと分かります。
夜になれば、病院の玄関は閉まりますし、当直医を除いて医者は残っていないはず。
救急隊から連絡があれば、そして、当直医がその病気の担当であれば、診療するということでしょう。

医師の立場から言えば、徳洲会病院よりも、大学病院の勤務の方がはるかにきついと思います。
当たり前のことを大きな声で言うと、なんだか立派なことをやっているように感じてしまうものです。
民主党の「国民の生活が第一」と同じです。

ただ、徳洲会が離島や僻地に病院を建てていったのは評価した方がいいと思います。

そして地元医師会との軋轢は、本書を読んでも、なぜそんなにこじれるのかよく分かりませんでした。
ぼくのクリニックの近くにも数年前に徳洲会病院が建ちましたが、医者の間でも医師会の中でも何の話題にもなりませんでした。
実際のところ、関係ないんですよ。徳洲会があってもなくても。
いや、むしろ入院患者を受け入れてもらえるから、あった方がいいでしょう。

なぜ、こんなに鹿児島では揉めたんでしょうか。
ぼくの推測では、徳田さんが最低限の仁義を切らなかったとか、あるいは、徳田さんが医師会を「抵抗勢力」に見立てて、自分の病院のPRに使ったとか、そのあたりが真実だと思われます。

この件をもって、徳田さんを医療界の革命児みたいに評価するのは間違いです。
彼は、車の走行で赤信号を守らない人ですから、人間関係でトラブルを起こしても何ら不思議ではありません。
医師会との摩擦は、そういった次元の低い話だと思います。

青木理さんの筆力とは何の関係もありませんが、本の終盤に出てくる万波医師の発言は、ほとんど医師としての常軌を逸しています。
臓器を金で買ってどこが悪いの? という論理は、女性が売春をしてどこが悪いの? と開き直ることとまったく同じ論理です。
ぼくが答えを言うまでもなく、臓器売買も売春も、人権が金で買われて搾取されるから、いけないのです。
こんなことも分からない人間がメスを振るうのは大変危険だと思います。

このあたりまで読むと若干うんざりしてくるのですが、最後に徳田さんへのインタビューに戻ってほっとします。

人間には物事を表現したいという欲がありますが、徳田さんにはその欲が人一倍強くあると思います。
その徳田さんが「目」でしか表現ができなくて、その辛さや葛藤はいかほどでしょうか?
青木さんからはそういった、徳田さんの心の底を覗く質問が少なくて物足りないなと思っていたら、最後になってびっくりするような問いが発せられます。

それは死に向かって進んでいく徳田さんに対して、死ぬことをどう思っているかを聞く場面です。
これはちょっとすごい。ぼくは聞けないな。

答える方もすごい。
「いちばん いい びょうき これからが じんせいの しょうぶ」
見事だと思いました。

さて、冒頭で、徳田さんの目の動きを「ぎょろり、ぎょろり」と表現したことを、佐野眞一さんは激賞したとのことですが、ぼくは「眼窩の中の眼球」という表現に感動しました。
これは医者には思い付かない表現です。
ある意味、「馬から落馬した」に近い。
なぜなら、眼球は眼窩の中にしかないから。

ではなぜ感動したかと言うと、眼窩という表現は「空っぽの、眼球があった窪み」というニュアンスがあるんですね。
だから「眼窩の中の眼球」と書かれると、パソコンの「トラックボール」みたいに本当に目玉がぐるぐる動いている様が浮かび上がってくるんです。
青木さんは意識して書かれたのか、ぼくには分かりませんが、「ぎょろり、ぎょろり」以上に迫真性がありました。

さてこの本のカバー写真ですが、ちょっと反則かなと(笑)。
せっかく青木さんの筆が映像を超えているのだから、写真は不要だったと思います。