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しつけと教育2010年05月31日 20時48分25秒

一般論を話しましょう。

先日、小倉台の泉幼稚園へ、そして源町の源小学校へ健診に出かけてきました。
今年でおそらく4回目になります。
毎年のことですが、園児・児童たちは大変礼儀正しく、静かに真面目に僕の健診を受けてくれます。

この礼儀正しさは、僕のクリニックでみる子どもたちと明らかに異なっています。
それは、子どもたちが異なっているのではなく、「学校」と「クリニック」という環境が違うからだと思います。

つまり今の教育現場というのは、「教師に昔の威厳がない」とか、けっこう一方的に批判されますが、僕は全然そんなことはないと思います。

幼稚園や学校というのは、明らかに教師のガバナンスが働いていて、子どもたちは緊張しています。
それはそうでしょう。
当たり前の話です。

家庭の中で子どもをしつけるというのは本当に難しいことで、親子の双方に甘えがあったり、親に自信が無かったり、あるいは、しつけの方法が分らないという親御さんもいます。
学校が、「しつけは家庭でお願いします」と言っても、結局、人間は学校の集団生活の中でしつけを学んでいるのだと思います。
それくらい教育というのは、人間形成に大きな影響を与えるものです。

だからと言って、親がしつけの方法が分らないという言い訳は成り立たないでしょう。
子どもの成長に最後に責任を持つのは親ですからね。
そういう大人が、「鳩山さんは無責任だ」とか、他人の無責任を指弾できる訳がありません。

しつけとは何でしょうか?
これを論じ始めると一冊の本になってしまいますが、ヒントとなる要点を挙げてみましょう。

1 子どもと大人の最大の違いは、子どもは広義の意味で自立していないことです。従って、しつけとは、自立への道筋を教えることです。
2 子どもの人格を認めることが極めて重要です。どうせ子どもだからと見下した時点で、しつけは失敗します。
3 具体的な手段は、「くり返す説得と同意」です。そしてこれこそが教育だと僕は考えます。
4 そういう意味で、暴力は最悪です。肉体的な暴力はもちろん、心の暴力は絶対にしてはいけません。

僕は自分の子どもたちに、ダメな大人を例をくり返し教育しています。
たとえば、街中を銜えタバコで歩いている人間を見かけると、「ああいうダメな人間は、一生ダメなまま。何をやってもダメで、ずっとダメなままで生きていく」と教えます。

7歳の次女はすっかりそのフレーズを憶えていて、僕の説教が始まると、「分ってるよ、一生ダメなんでしょ?」と突っ込みが入ります。

ですから、次女がごねて、ふてくされて、わがままを言い出すと、僕はこんなふうに言います。
「お前のそういう行動が自分を傷つける。自分も悲しい思いをして、父さんもママも悲しい思いをする。家族みんなが悲しい思いをする。そういうことをする人間はダメな人間だ。そういう人間になってはいけない」

こういうことを、くり返し説明して同意を得るのです。

参考になりましたか?
陳腐な意見に過ぎなかったでしょうか?