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12年ぶりの手紙2006年07月18日 22時02分50秒

今から12年前のことです。
僕の目の前に現れた女の子はおしゃまで利発で目のくりくりした可愛い子でした。今、考えてみると、年齢は現在の僕の長女とほぼ同じではないでしょうか?顔まで何やら似ている気もします。
その女の子、Mちゃんはお腹の腫れを訴えて僕の外来にママと一緒に来たのです。僕には一目で分かってしまいました。小児がんです。Mちゃんを外来の廊下へ出して、ママと対峙しました。あの12年前のママの目が忘れられません。驚きとか不安とか恐怖とか、そういったネガティブな感情をすべて封印するような、凛とした、きちんとした眼差しでした。
すぐに入院して手術をしました。術前に気になったのは腫瘍と他臓器の境界がはっきりしなかったことです。摘出できない可能性も頭を横切りました。
開腹してみると悪い予感はあたりました。一緒に手術に入ってくれた他科の先生が、「どうするの?一緒に取らないと腫瘍の摘出は無理だよ」と途中で手を止めました。他臓器合併切除なんて、子どもには絶対に許されません。僕は生検だけにとどめてお腹を閉じました。
検体を持って行った時の病理の先生も忘れられません。一線をリタイアした年配の先生でした。病院には非常勤で来ていたと思います。おそらく小児がんの検体なんて見たことが無いと思います。僕はMちゃんの年齢を説明し、病理診断がこの子の命を分けると説明しました。
おじいちゃん先生は顔色が変わりました。ご自分のお孫さんと、Mちゃんの年齢が同じなのだそうです。時間をかけて丁寧に標本を見て頂き正確な診断がつきました。
Mちゃんに待っていたのは過酷な化学療法です。もちろん、髪の毛もすべて無くなります。でも、いつでも笑顔で頑張っていました。3回の化学療法のあと、僕はもう一度、Mちゃんのお腹を開けました。今度は原発巣をすべて摘出しました。術後も3回の化学療法を行ない、Mちゃんは元気に退院して行きました。毎年、Mちゃんから年賀状が届いて、元気であること、結婚したことは知っていました。
で、今日。Mちゃんママから長文のEメールが届きました。僕のホームページを人づてに聞いてメールしたそうです。その後のMちゃんの人生が書かれていました。結婚して、妊娠して、前置胎盤で帝王切開でお腹を開けて子どもを産んで、もう一度妊娠して、4度目のお腹を開けて2人目の子どもを産んだそうです。4度目はさすが癒着がひどく出血も多かったそうです。
がんばったね。Mちゃん。
君はどれだけ偉いことをしてるか分かってるかな?君のがんばりを見て、これから治療に挑む子どもたち、ママたちは勇気をもらうんだよ。僕はこれまでに、「うちの子は将来、子どもを産めるんでしょうか?」って何人ものママたちに聞かれて来ました。そんな時に僕はMちゃんの話しをします。Mちゃんは神様がつかわした『ガイド』です。
僕もMちゃんに本当に感謝しなければいけません。子どもを2人も産んでくれて。僕の治療から3つの命が生まれた、、、って思わせてくれるMちゃん。。君は本当にこの世を照らす光だね。