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若い人材を育てよ!2006年06月01日 21時11分16秒

僕もまだまだ十分に若手ですが、それでも声を大にして言いたいです。若い人材を育てよ!と。そうです。逆に言えば、僕は日本小児外科学会の中で、色々な先輩の先生方に育てられてきました。恩人の先生方の名前をすべて書くことは不可能ですが、東大の故・土田教授と、筑波大学の金子教授には研修医のころから目をかけていただきました。お二人のことは僕のホームページ、「小児がんに挑む・それは金寿司さんで始まった」に書いた通りです。
金子先生にはとりわけ引き立てていただきました。今からもう20年近く前の情景をよく憶えています。金子先生は研究会や学会では必ず最前列に座っているんですが、いつも後ろを向いているんです。首をくるっと回して会場を見渡し、研究会に来ている若手を品定めしているかのごとくでした。従って、僕が学会で憶えた他大学の先生のお顔は金子先生が最初でした。
僕が大学院に進学し、がん遺伝子に関する研究発表を厚生省神経芽腫班会議で次々に発表した時も、金子先生はいつでも注目してくださり、貴重なコメントを数々いただきました。これって、今から約17年前、、、僕の今の年齢からすると、、げ。今の僕より当時の金子先生の方が若いじゃん!ということは、そのころから金子先生は若手を引き上げ、育てることを考えていたことになります。
先日、金子先生にメールを差し上げたところ、元国立小児病院の秋山先生(高橋名誉教授のご親友です!)が学会を開催した時は、40代だったそうです。う。僕には、、出来ない。そういったことを知っているからこそ、金子先生は若手有望株を育てる目を人一倍、意識して養っていたのかもしれませんね。
どんな組織でも、功労者はリスペクトされるべきだし、大事にされるべきです。でも、それをやるべき若手が育っていなければ、功労者はただの老人となるだけです。功労者を大事にするためにも、若い人材を育てるべきです。

薬だけ下さい!2006年06月02日 21時34分56秒

開院してまだ3週間ですが、これまでに患者さんから「薬だけ取りに行きたいのですが」という電話が3回ありました。ん?どういう意味でしょうか?
診察は要らないから、前回と同じ薬を欲しいので、処方箋だけ発行しておいてくれという意味でしょうか?僕は、診察してから、もしくはお話しを聞いてから薬を出しますから普通に受診して下さいと必ずお願いしています。ええと、これって間違ってますか?
患者さんを診ないで、、処方や処置をするのは僕の知識では法律に違反していると思うのですが、これって正しい認識ですよね?もしかして、世間では、医者が患者さんを診ないで処方や処置などをやっているのが普通なのでしょうか?ですから僕のクリニックにもそういう電話が来るのでしょうか?
あのー、僕は骨の髄まで患者さんを診ることを千葉大小児外科で叩き込まれたので、患者さんを診ないで(話しを聞かないで)何かを決めるなんて絶対に出来ません。患者さんを診ないで処方や処置が法律的に可能だとしても、僕はそれはやりません。そういった医療をお好みの方はどうぞ、そのようなスタイルのクリニックへどうぞ。で、、もし、それが法律で禁じられていることならば、、誰ですか?そんなふざけた医療をやっている医者は!?まさか、みつわ台にはいないでしょうね。いたら即、保健所に通報しましょう。
(法律に詳しい方で、無診療で処置・処方が許されているかどうか知ってる人がいたら教えてくださいね。)

日本小児外科学会総会に追加演題2006年06月02日 21時58分03秒

今日、日本小児外科学会から年会費の請求書が来ていました。僕は評議員ですから年会費が15,000円。それに学会公式英文誌「PSI」を購読してますから、これが20,000円。合計35,000です。ん。もう一枚、紙がはいっています。学会総会に追加演題があるのだそうです。いいことですね、たとえ1題でも!
。。。小児科の先生の演題ですね。小児外科医ではありません。
なぜ?

4週、終わって。。。2006年06月03日 21時57分06秒

今日は初めてのレセプト(診療報酬請求)作業でした。富士通エヌコムのF姉(ねえ)に来ていただき、K嬢、N嬢と一緒に夜の9時近くまでかかって作業を終えました。開院してからちょうど4週が経過し、ひとつの区切りって感じです。当初の事業計画書と比較するとはるかに多くの患者さんに来ていただいたことになります。本日も半日の診療時間に36人がお見えになりました。この1週間は「一日あたり」平均、ちょうど50人ずつお見えになった計算になります。
僕と家内が新婚時代を過ごした美しい街、みつわ台で、子どもたちの健康に貢献できれば、経済的にうんぬんという話しではなく、本当に嬉しく思います。
さて、黄砂の影響なのでしょうか?関係ないのでしょうか?喘息の患者さんが増えて来ています。大学にいたころは、重症の喘息患者さんに全身麻酔の術前術後管理をするなど、喘息のもっとも難しい管理を小児科の専門の先生と一緒にしていましたが、開業医の今は、日常生活の中の軽症の喘息を上手に管理・治療することになります。実は、僕としては開業にあたって、このあたりの治療がどこまで上手にできるかが最重点ポイントと思っていましたので(千葉大小児科寺井助教授にもそう言われていました)、2年以上前から「日常の喘息」に関しては相当、勉強してきたつもりです。ステロイド吸入薬の「吸う真似」のデモンストレーションなんて上手ですよ。まあ、ここでも決して「我流」になることはなく、喘息ガイドライン2005に忠実に「普通の医療」をして行きたいと思っていますが。
腹部超音波も威力を発揮してます。外科医の「手」は、それだけでお腹の中がどうなっているか、表面からだけで知ることが可能ですが、それでもやっぱり超音波があると、自信をもって診断が可能です。今の器械は状況によってはCT以上にお腹の中が見えたりします。
レントゲンは予想通り、あまり撮影の機会が多くありません。しかし、これが必要になる時は、他の診断手段では代替えが利かない絶対的な効果を発揮します。小児クリニックには必ずしも必要ではないのかもしれませんが、レントゲンが活躍する時は、本当に子どものために役立つ時です。
鼻がかめない幼少児の感冒に対するネブライザー吸引も積極的に行っています。ママたちに大変、好評です。このあたりは小児外科医としての術後管理から学んだ子どもの気道管理に対する一つの結論です。この辺は、こだわりをもって続けて行きたいです。
僕たちのクリニックもだんだん自分たちの形が出来てきました。患者さんをお待たせしてしまった時には、それ以上に満足してもらえるように時間をかけて診察・説明をしているつもりです。さて、「全知全能」の道は遠く険しいと思いますが、理想は高く頑張るぞ〜。

なんでアラートが出るの?2006年06月04日 21時34分18秒

仕事で仕方がなく嫌々、ウインドウズ・マシンを使います。立ち上げると、次々にアラート(警報)が出てくるのはなぜ??あれは一体、何なんですか?
ただでさえウインドウズの醜い画面がさらにうざったくなり、ため息が出てきます。もしかして、僕みたいなマック・ユーザーではない人たちは、あのアラートを消す方法とかを知っていて、あれを見ないですんでいるのでしょうか?
マックの美的感覚からはとても理解できないオープニングのデスクトップですよね。ところでウインドウズのOSは、今年ですか?来年ですか?バージョンが変わりますよね?僕の兄は業界の人間なので色々と情報が早いのですが、試作版をもういじったそうです。例によってマックOS-Xにそっくりだったそうです。そりゃあ、当然、真似しますよねえ。当たり前だ。スティーブ・ジョブスは公衆の面前でウインドウズはマックの真似と言い放っています。何にも反論できないマイクロソフトはちょい、辛いかも。まあ、仕方ありませんね。
ウインドウズの中ではさすがにソニーが唯一デザインにこだわっています。しかし、例によって独自の規格にもこだわり、、おまけに何故か機械の寿命が長持ちしない。VAIOタイマーとか言われてるし。故障の際、うちの幸地先生がソニーに電話したら「使い方が悪い」と言われ、幸地先生、キレてました。
今回、Intel製のCPUを積んだマックのノートが出そろいました。やはりかっこいいです!クールです。しかし、、、名前が、、。マック・ブック。これっていけてないですよね?マック・ブック・プロに至っては、、発音できない。10回続けて言えます?あ、2回目で舌、噛んだ。

写真より良い男!2006年06月05日 19時39分21秒

今日、お見えになった患者さんから「先生はホームページの写真の印象より、優しい先生でした!」と言われてしまいました。う。僕のホームページの全員の集合写真、、、けっこう自分では「優しいおじさん」に写ってると思っていたんですけど。まあ、逆に言われるより良いでしょう。そうですか、怖い先生に見えましたか。髭のせいでしょうか?
僕は弱きを助け強気をくじくのキャラですから、患者さんから見て怖いなんてことはないですよ。小児外科医として若いころはそれなりに短気で、看護学生を泣かせたりしたこともありましたが、、、若気の至りです。。汗顔の至り、許してください。まあ、いずれにしても、このブログもみつわ台の患者さん達にそれなりに読まれているということですね。1日あたり、100件ずつアクセス数が上がっていますので、業界の方と一般の方で半々でしょうか?そうなると、内容も少し考えないといけないですね。まあ、僕の「日記」なので、それは意識する必要はないのかもしれませんが。
今日は朝から多くの患者さんがお見えになりました。お昼の休憩時間は5分くらいでした。長い時間、お待ちになった患者さんは納得してお帰りになったでしょうか?

勤務医のための開業入門その42006年06月06日 20時59分55秒

象牙の塔に19年もこもっていて、世間を知らないでいるとびっくりすようなことがあります。
感冒の患者さんがお見えになりました。薬を処方しましょう。あれとこれとノイチームと。。。僕たちのクリニックは院外処方ですから、患者さんは処方箋を持って、薬局に行きます。で、その患者さんが行ったのは、○○○○・○○○という薬局です。なんでそれが分かったかと言うと、その薬局から電話がかかって来たからです。その電話の内容は、、、ノイチームの在庫を切らしてるから、アクディームに処方を替えてくれとのことです。。。は?。。。あなた誰?。。処方を替えろ?。。。
僕はその日は、朝9時から夜19時まで、10時間の間に5分休んだだけで患者さんのために全神経を集中していました。患者さんたちも長い時間待っていて、いらいらしています。それなのに診療を中断して、アクディームという薬を調べて(塩化リゾチームということぐらい知ってます。ただし、一度も処方したことがありませんから、必ず僕は調べます!)その患者さんのカルテをPCで呼び出して処方を変更して処方箋を再発行して、、、それをやれっていうことですね?診療の合間に。申し訳ありません。できません。許して下さい。ノイチームの在庫を切らしてるあなたのほうで、薬の都合をつけて下さい。僕たちのクリニックのお隣にある「くるみ薬局」さんは、そうやって薬の都合をつけることをいつでもやっていると聞いています。
○○○○・○○○の薬局の方にそう伝えると、たいそう憤慨なされたように電話をお叩き切りになられたようです。
そうですか。怒らせてしまいましたか。さぞや、僕が傲慢な医者に見えたでしょうね。反省します。でもね、、、今後も一切、変更には応じません。

園医デビュー!!2006年06月07日 19時49分40秒

僕の娘が通っている近所の幼稚園から園医をお願いされました。こんな僕で良ければ。光栄です。で、今日は、この幼稚園の姉妹校にあたる園に、車で40分をかけて健康診断に行ってきました。場所は八街市です。
カーナビに目的地情報を入れて家内と一緒に出発すると、、、これがけっこうのどかな風景が続くほのぼのとした土地なんです。幼稚園の園舎も周りの風景とうまく調和していました。現場に着いて、1時間ちょっとをかけて丁寧に聴診をさせていただきました。
以前にある小児科の先生のホームページを見ていたら、その先生は子どもが大好きで医者にならなかったら保育士になっていたと書いてありました。う。立派です。でも、僕って、、、。そうです。ホームページに書いてあるように僕が小児外科医になった理由は、子どもが好きだから、、、ではありません。むしろ医学生の時は苦手でした。小児がんをどうしても克服したいという、「志・理屈」で小児外科医を選んだのです。ですから、開業するにあたって自分が園医をしている姿なんてとても想像できませんでした。大学の後輩たちが見たらびっくりするかも。今年の3月まで最先端医療ばかりやっていた訳ですから。
で、、やってみて。。。本当に良かったと思います。恥ずかしげも無く書きますが、子どもたち、とても可愛かったです。まさか、自分がこんな感想を持つとは夢にも思いませんでした。本当に貴重な経験でした。また、のどかな風景の中の幼稚園の健診だったから、それも良かったのかも。将来、自分がリタイアしたらどこか田舎でこんな仕事も良いかなと漠然と思ったりもしました。ちょい、感傷的に過ぎるでしょうか?
園長先生も立派な方でした。教育者ですね。少子化の日本の現状と行く末を憂いていました。しかし、その憂い方が評論家風では無いんですね。現場に居ますから筋金入りです。志を持って園を率いているんですね。
素晴らしい1日に感謝です。でも、帰宅してから大学病院の秘書さんから悲しいお知らせが。
東海大学の前教授の横山清七先生がお亡くなりになりました。大変、ショックです。僕のクリニックにいらした患者さんは僕の白衣に黄色いバッジがついていることに気づいていると思います。横山先生が文字通り命と引き換えに建設を進めた難病の子どもたちのための「そらぷちキッズ・キャンプ」http://www.solar-petite.jp/ のバッジです。ご冥福をお祈りするとともに、これからもキャンプを応援して行きたいと思います。

横山先生の思い出2006年06月08日 22時27分48秒

横山清七先生。。。
飾らない、きさくな先生でした。日本小児がん学会を開催なさった時、、、会長さんって会期中に何度も挨拶のスピーチをするんですけど、横山先生のご挨拶は毎回、本当に「一言」でした。あれは、「ウケ」を狙ったのか、長い話しが面倒だったのか、形式張ったものに対する批判だったのか、僕にはよく分かりませんでしたが、とても印象に残っています。
神奈川小児がん研究会に、講師として招いていただいたのも横山先生でした。こんな僕の話しで良ければと思い、スライドを一生懸命準備して神奈川に出かけました。小児がんのがん遺伝子の総説をお話ししました。いやあ、よく分からないなあとか言って、笑っておられました。
小児がん学会を開催なさった時には、体調を少し悪くなされていたようです。しかし、この学会の「目玉」は、難病の子どものためのキャンプでした。そらぷちキッズ・キャンプの宣伝がこのころから始まりました。僕はすぐに会員になりました。横山先生は、全国を歩いてキャンプの広報につとめていました。千葉の菜の花会にもお見えになりました。会が終わって、JR千葉駅まで僕の車でお送りしたのが最後に会った横山先生のお姿です。
このホームページが出来た時にもURLをメールでお知らせしましたが、なぜか返事が来ませんでした。いつもなら、「こんにちは!」の挨拶で始まるメールが来るのに。。。ビールが大好きだった先生、、、先生を偲んで杯を捧げたいと思います。

開院祝い2006年06月09日 23時11分08秒

北海道大学小児外科の岡田先生から、開院祝いが届きました。う。。嬉しいけど、何で今??で、、本人は今、秋田で千葉大グループと一緒にお酒を飲んでいるそうです。
僕は新婚時代、このクリニックのすぐ近くに住んでいたと何度か書いた通りですが、岡田先生もここのすぐ近くだったんですよ。
アパートに遊びに行ったりしたのは懐かしい思い出です。